限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
158 / 376
第七章 神無月(十月)

154.十月十四日 明け方 一騎打ち

しおりを挟む
 真宵がその巨大な体躯と常識はずれの大剣の間合いに遮られ攻めあぐねているうちに、幻想の山火事と同じような青白い光が空を包んでいく。そろそろ夜明けが近い。

 直接的な攻撃はどちらにもあたっておらずこう着状態ではあるのだが、鬼火武者の斬撃を受け止めるたびにその重さで間合い外へと押し戻されてしまい、再び間合いを詰めるところからやり直しになっていた。

 そしてそれと同時に嫌な予感を感じていた。確かに眼前の鬼火武者から大きな力を感じるが、他にも何かが隠れているように思えてならない。周囲には細かな鬼火が舞っているし、八早月が相手をしている地上にもまだまだ鬼火は闊歩している。

 だがこの戦場いくさばにはその他のなにかがいる。遠くからの視線を感じると言えばいいのだろうか。まるで観察されているかのような不快な感覚、殺気とは異なるが明らかに友好的な物ではない。

『八早月様、何者かが我々を監視しているような気配がございます。
 妖の感覚とは異なるように思えるのですがなにかお分かりになるでしょうか』

『やはり真宵さんも感じていたのですか、それなら気のせいではありませんね。
 数度だけですが見張られているような視線を感じました。
 今は全く感じませんので、相手の目的は真宵さんでしょうね。
 鬼火武者は適当にあしらえば良いですから十分に注意してください』

『かしこまりました、本格的な討伐は麗明殿と合流してからということで。
 それにしても監視者の目的は何なのでしょうか。
 これまでにこんなことは一度もありませんでした』

『そうですね、不気味ではありますが心当たりがないのですから仕方ありません。
 相手がこれ以上仕掛けてくるようならそこで対処に当たりましょう』

 八早月と真宵は念話で相談をしながら方向性を決めると、真宵からドロシーの呼士である春凪はるなぎへと繋ぎをつけ警戒を怠らないよう伝えた。そのドロシーたちはいまだに常世の扉が見つからず難儀しているようである。

「まさかこれだけの鬼火が現れているのに扉がないなんてあるのでしょうか。
 あの鬼火武者にこんな強大な力があるようには感じられませんが……」

 八早月はブツブツと独り言を言いながら考え事をしつつも、次から次へと鬼火を切って回っていた。その小さな手に握られた刃は、上り始めた朝日を反射して直線的に光りを反射している。朝靄あさもやの中ひときわ目立つ輝きを放っているつるぎこそ、神器と呼ばれ国宝である天叢雲剣あまのむらくものつるぎの元になった八岐大蛇第一の尾の写しなのだ。

 これこそが当主継承で引き継がれた八家筆頭の神刃かみやいばであり、普段は八早月の体内にしまわれている。その刃は現実世界に存在する刃物とは異なり半霊体とも言える人知を超えた物質であり普段は肉体と融合しているのだが、必要に応じて具現化され使用されるのだ。

 初代の時代には呼士が使用するための武器だったのだが、妖討伐の任を次の世代へ継承するための儀式へ使うため、当主本人の体内へと埋め込まれることになったいきさつがある。今その力を自在に引出すことができるのは、授けた八岐大蛇を除けば持ち主の当主継承者だけである。

 八早月の振るう草薙剣くさなぎのつるぎ形代かたしろは超古代に産み出された代物のため、現代でなじみ深い湾曲した日本刀とは異なり槍頭のように直線的で長さも短い両刃なのが特徴である。およそ剣術とは程遠い、舞のような八早月の自在な剣技に神通力を乗せられた草薙剣は、煌めきながら無数の鬼火を瞬く間に消し去って行く。

「筆頭様、遅くなりました。双宗聡明御前に。
 麗明は真宵殿と合流し鬼火武者へと向かいました」

「聡明さん、ご苦労様です。朝早くに起こしてしまいすいませんでした。
 真宵さんとも相談していたのですが、何者かがこの戦いを監視しているようなのですが気づきましたか?」

「なるほど、一瞬だけ何者かの気配を感じたのはそういうことですか。
 おそらくは気取られぬようにとすぐに意識を逸らしたのだと思います。
 麗明も気付いたようなので妖ではなく人か、もしくは戦人いくさびとかと。
 この世には以前のような怪しげな団体もいることですし注意は必要でしょうな」

「戦人ですか…… 流石聡明さん、半妖の可能性は失念していました。
 やはり常世の扉が見つからないのはそういうわけなのでしょうね。
 いくら鬼火武者が大妖たいように近しい存在とは言え、これほど大量の鬼火を自らの力だけで発生させられるはずがありません」

「左様でございますな、そもそも奴にはそんな知能もないでしょう。
 後ろで操りつつ鬼火をばらまいている輩がいるとすると厄介ですな。
 しかもそれが人か半妖の可能性まであると…… これは緊急会合ものでしょうかね」

「本日から継承候補たちによる立ち合いの会の予定だったのですがね。
 ともあれまずは目の前のあれ・・を何とかしてしまいましょう。
 鬼火武者を倒しても鬼火が消えない可能性を考えつつ、となりますけれど」

 聡明は八早月へと頷いてから自身の呼士麗明へと指示を出す。巨大な刀剣を振り回す鬼火武者の斬撃を槍でいなし、真宵が飛び込む隙を作る作戦のようだ。その狙いはうまく行き、麗明の槍が鬼火武者の大剣を跳ねのけた瞬間、真宵は一気に切り込んでがら空きとなった右足を切断した。

「うがあああああ、ぎぎぎ」

「二番槍、参る! てやあああ!」

 足元が覚束おぼつかなくなり地面へとひっくり返った鬼火武者の左足の裏へ麗明の槍が深々と刺さる。その刺創しそうを中心として周囲が細かな塵となって消えていく。しかし致命傷ではないようだ。

 さすがの巨体と言ったところか、麗明渾身の一撃では倒しきれず再び槍を構え横腹を突き刺した。体を捩りもだえ苦しむ鬼火武者へ真宵が最後の一撃と飛びかかり、具足の隙間へ小太刀を深々と差し入れた。

 辺りを揺るがす断末魔が響き、とどめを刺された鬼火武者は塵と消え常世へと帰って行った。だが戦いはまだ終わっていない。八早月の心配したとおり、武者が消えても鬼火は消えず周囲に留まり森を焼き続けている。

 結局全てを退治し終えたのは完全に夜が明けて村人が活動を始めた頃だった。ドロシーと春凪は最後まで常世の扉を見つけることが出来ず、終始鬼火を討伐し続けるだけで落ち込んでいた。

「やはり扉は有りませんでしたね。
 懸念していた通り鬼火をばらまいた遣い手が別にいると考えるべきでしょう。
 それも果たして鬼火だったのが、ただの幻術だったのかもわかりません。
 とにかく帰って一休みしてから緊急会合を開きましょうか」

「左様でございますね、午後か夕方からになりますかな?
 時間があるようなら少々寝ておこうかと思いまして」

「私も眠いですから夕方からにしましょうか。
 宿おじさまへ連絡しておいていただけますか?
 あと聖に今日の立ち合い会は中止だとも」

「はっ、承知しました。それにしてもドロシー殿は大分腕を上げましたな。
 鬼火相手とはいえなかなか見事な剣裁き、筆頭様にしごかれた甲斐があったようで何より」

「セッシャもはやく一人前にならないとアイソつかされてゴザイマスからネ。
 夕方からの会合マデ寝てもいられまセンし、アッチもコッチもガンバラネバです」

「ドリーはこれからなにか用があるのですか?
 夜通し当番だったのだからきちんと寝ておいた方がいいですよ?」

「デスガ学校の仕事もアリマスからね。
 こうミエテモ受け持ち教科アルのでテスト作らないといかんのデス」

「―― テスト…… ?
 それはなんのテストですか?」

「中等部はスケジュール違いマスか?
 高等部は今週の木金デ中間試験ナノデスがね?」

 ドロシーから痛恨の一撃クリティカルヒットを貰ってしまった八早月は、妖と戦っているときにはなんともなかったはずなのに、今にも倒れそうなくらい疲労を感じてよろめいてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った――― 高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。 従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。 彼女は言った。 「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」 亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。 赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。 「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」 彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

処理中です...