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第1章

第25話、セーフティーゾーン

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 真琴の快進撃は続く。

 散発的に現れるゴブリンと黒い毛並みの狼みたいなモンスター達は、近寄る事すら出来ずに全て瞬殺されていく。
 そして今も、迫ってきていた二匹のゴブリンが断末魔をあげ黒い粒子となり霧散した。

『コトッ』

 ん?
 今なにか音がした、よね?

 俺たち三人の視線が、右側のゴブリンが先ほど断末魔をあげ消失した場所へと集まる。

 なにかある!
 そしてそこには、小石程度の大きさの黒い鉱物が落ちていた。

「これって!? 」

 真琴が驚きの声を上げると、その声で我に返ったルルカがノートをペラペラ捲り始める。
 そしてとあるページを開いたままにすると、そのページと鉱物を見比べてから言った。

「ドロップアイテムです!
 ゴブリンが落とす鉱物は『ゴブリンの瞳』と言って、だいたい500ルガで買い取ってくれるらしいですよ! 」

「……ふふっ、初ドロップアイテムか。
 これは記念に取っておこうかな? 」

 女性陣はかなり盛り上がっているようである。
 しかし俺は一人冷めていた。
 初期の冒険者って結構大変なのかも。
 ノートの情報は一年前のため鉱物の相場は厳密に言えば違うのかもしれないけど、でもこれぐらい狩ってだいたい冒険者メシ一回分の計算になるわけだ。
 日帰りでダンジョンに来ており暗くなる前には帰りたいため、フルで頑張っても五時間くらい。
 それで計算すると、一日で5000ルガくらいの稼ぎになる。それを三人で割るとさらに減って1600ルガくらいか。

 ん、待てよ。
 逆に考えるなら、危険なダンジョンに潜ってもやっていける人たちがいると言う事は、たとえ初心者でもこのダンジョンのどこかしらには旨味があるはず。
 そう考えると、おのずとダンジョンに入る前にルルカが言っていた、この先にあると言う悪鬼が住まう要塞群のどれかに収支に見合うドロップアイテムをするモンスターがいたり、宝箱があるのかもしれない。

 うーん、考えていても始まらないし、とにかく進むか。

 鉱物をルルカのリュックサックに入れ歩みを再開させると、程なくしてルルカが小走りになった。
 そして少女は、先頭を行く真琴と並ぶと声をかける。

「真琴さん、先ほどからどういった攻撃をしているのですか? 」

 小首と一緒に栗色のポニーテールを揺らしながらそんな質問をするところを見ると、ルルカもダンジョンと言う場所に対して少し余裕が出てきたのかもしれない。

 真琴はそれに対し振り向きその場で足を止めると、
「——ボクはね、実は魔力を刃として飛ばせるんだ」
 と身振り手振りを加えて説明をした。

 これは嘘情報である。
 本当の攻撃は、別次元に発生させたエネルギーを伸ばす事により防具や体などを飛び抜かして、その次元に存在する魂へ直接攻撃をしているらしい。

「武器を持っていなかったので、魔法使いの方だとは思っていたのですが、そんな事が出来るんですか! 」

「まあね」

 まあ魔力を飛ばしてるって方が理解しやすいだろうし、俺たち一般人に言わせればどっちでも凄い事には変わりないんだろうけどね。

 あれ?
 と言うことは、今まで見たゴブリン達は武器や防具を身に着けていた。
 そして消滅するとき、それらの装備品は一緒に消えていた。
 つまりモンスターとは装備品を含めて一つの存在であるという事になるよね?

 普通に考えれば討伐したモンスターから武器の類いを拾えないだけの事になるわけだけど、これは真琴目線だともう一つの違った意味合いが出てくる。

 その意味合いとは、人相手だと防具をすっ飛ばしてダメージを与える事が出来る真琴の攻撃を、モンスターたちは防具により軽減出来るという事である。

 でもそこまで深刻に考えなくてもいいのかもしれない。
 それは真琴が高威力の遠距離攻撃を立て続けに行える事と、例え戦闘中に怪我をしたとしても、回復魔法が使える俺とルルカが後方に控えているのだから。

 大丈夫だ。
 十分な安全は確保されているはずだ。
 俺は自分に言い聞かせるようにして、不安を振り払い前へと進んでいく。

 それからさらに洞窟を進んでいくと、道が終わり視界が一気に開ける。
 洞窟の中に突如として現れたそのドーム状の大空間は、それこそ野球のドーム球場一個分と同等の広さがあった。

 煌びやかに発光する地面と天井は、中央部に行くにつれてその光を強めており、俺たちの対面に位置する壁の方には光がほとんどなく、その代わりに岩石で出来た様々な建物が乱立していた。

 こんな光景、初めて見た。

 中世ヨーロッパ風の塔のような建物があったかと思うと、その隣には南米の遺跡のような建造物が並び、さらにその隣には蟻塚のように穴が出鱈目に空いただけの建物と呼べるのかわからない、ただ地面から石が盛り上がっているだけにしか見えないものまである。

 そしてそれらの建物は例外なく、半分から先が向こう側、ドーム状の壁に埋もれるようにして一体化していた。

「なんか凄いところだね」

「そうですねー。あっ、ここから先は、あの建物の入り口と同じだけの道に別れているそうです」

「分岐点ってわけか」

 そこで視線を建物群から下にずらす。

「あと俺たち以外に人がいるのって、なんか安心するね」

 この広い空間には、先に着いていた冒険者の人たちの姿がちらほらあった。

 一人で荷物に腰を下ろしタバコをふかしている中年冒険者。
 パーティーを組んでいる人たちだろうか、円陣を組んで座り、なにやら楽しげに会話をしている若い冒険者たち。

「ここはモンスターが寄り付かないセーフティーゾーンと言われる安全地帯です。
 あとここから先は、入る建物によって危険度が変わるそうです。それと場所によっては、中で建物同士が繋がっている所もあるそうですよ」

「へぇー、そうなんだ」

「あとこの先は休憩場所がないみたいなんですけど、ここでオニギリを食べますか? 」

 うーん、一時間ほど前に食べたばかりだしね。
 仮に他に休めるところがなくても、オニギリなわけだから、敵がいなければダンジョン内でもサッと食べれるわけだし。

「いや、今は水分補給だけにしとこう」

 そうして俺たちは、ダンジョンに入ってから初めての休憩をとった。
 床に座り脚を休める中、ルルカがノートと睨めっこをしながら解説を開始する。

 その内容とはこうだ。
 正面の建物と建物の間の壁にある、巨人でも通れそうな大きな縦穴が『悪鬼の神殿』と呼ばれる場所へと続く道のりになり、その道を進んで行くとダンジョンボスがいる闘技場へと着くそうだ。

 次に西洋風の塔の隣にある、屋根を多くの円柱が支えるパルテノン神殿のような場所が、ルルカのお姉さんがよく潜ってた『小鬼の砦』である。
 つまりあそこが、今から俺たちが潜るダンジョンになるわけだ。

 ん?
 あれはなんだろう?

 不自然に立つ、立て看板を見つける。
 その立て看板は、ただぽっかりと地面に空いた穴の付近に立てられていた。
 ちなみにその穴の中には下へと続く階段が見える。

 なんだろう、あそこは違和感というか、見ているだけで凄く嫌な気分になってくる。

 俺の目線を追ったルルカが、手早くページをめくり説明を始める。

「その立て看板がある所は、『悪鬼の監獄』ってあります。
 凄く強いモンスターが一匹だけいる地下ダンジョンだそうで、そこにいる唯一のモンスターでありフロアボスでもある悪鬼は、『魂の旋律者』と呼ばれ、五十年前に穴が出来てから一度も討伐された事がないそうです」

 確かに看板には『立ち入り禁止』って書かれている。

「あっ、そう言えば、いつか勇者様が来られたら、一度討伐して貰って今まで亡くなった方々への祈りを捧げようって話が出ている場所があるってのを聞いた事があります」

「へぇー、それがここかもってわけだね」

 そこでチラリと真琴を見る。
 するとマタタビを目の前にした猫のような表情をしている事から、魂の旋律者がどんな相手なのかを見たくてウズウズしてるようである。

『ネェネェ、御主人様』

「ん? どうかした? 」

『オ腹空イタ』

「ようはベ・イヴベェが欲しいんだよね?
 えーとね、ここはダンジョン内であって、いつみんながピンチになるかわからない状態だから、おいそれとあげる事は出来ないんだ」

『ウー、少しダケデモ? チットモ? 』

「まー、今はほぼフル満の状態だから、少しだけならいいけど——」

『少シダケデモ良い! 頂戴頂戴! 』

「うーん、……そしたらあげても良いんだけど——、そうそう名前が欲しいよね」

『ナンノ? 』

「君の名前だよ」

 バングルは黙り込んだ。どうやら考えているようだ。
 そこで俺はその暇を持て余している間に呪文を唱え白濁球を作り上げていく。
 そしてバングルが考えついた名前は——

『ワカラナイ。……御主人様ガ決メテ』

 俺が作り上げた白濁球の一つを、薄っすらピンクに染まるツタが丸飲みにする。

「そうだなー」

 どうせならカッコイイ名前がいいよね。
 よし、少し連想ゲームをしてみるか。
 材質は木なんだよね。

「そういえばさ、そのツタみたいなのは同時に何本出せるの? 」

『今ハコレクライ。デモ沢山食ベタラソレダケ成長スルカラ、トテモ多ク出セルヨウニナルカモ』

 バングルから緑色のツタが、全方位へ一気に十本くらい生えてきた。
 それらはいっときの間ワシャワシャ動いたのち、ズズズッと引っ込んでいく。

「ふむふむ」

 俺の手から沢山出るツタか。
 そしてバングルから沢山生えていたツタを真上から見た感じが、あの仏様に似てるよね。

 それなら——

「センジュなんてどう? 」

『センジュ? ドウイウ意味? 』

「意味かー。えーとね、千手観音菩薩っていう神様がいて、沢山手がある姿が君に似ていると思ったんだ。
 ちなみにその神様はたしか手が沢山あるから、全ての人を救えるみたいな意味の力を持ってるって話だったと思うよ」

『ワカッタ。
 ソレジャ、センジュ・・・・ニスル』

 新たな白濁球を咀嚼しながら返事をするセンジュ。
 なんか適当に返事をしているように感じるんだけど、大丈夫だよね?

 まーそこがこの子らしいと言えば、らしいんだけどね。

「俺はユウト、改めてよろしくね」

『ヨロシク』

「ところでさセンジュ、さっきの話で成長するって言ってたけど、具体的にどうしたら、あとどのように成長するのか教えてくれないかな? 」

『アル一定量食ベタラ成長スルノヲ、本能デ感ジル。ドウ成長スルカハ、ヨク分カラナイケド、質量ガ一気二増エル感ジ、ダト思ウ。
 ソレト御主人様ノ影響ヲ受ケタ成長ノ仕方ヲスルハズ。
 ソレガアト少シノ予感』

「へー、それは嬉しいな。
 だってやっぱり真琴に守って貰ってばっかりって言うのは、男として悲しいものがあるからね」

 とそこで肩のあたりをチョンチョンされる。

『ねぇねぇ御主人様』

「ん、なに? 」

『チャラララチャッラッラー、センジュはレベルが2になった』

「なに今の言葉使い!
 もしかして、早くも俺の影響! 」

『センジュはなにも話さない、屍のようだ』

「絶対にそうだよね! 」

 俺の鋭いツッコミ、しかしそれに対して反応がない。
 つまり寝たって事?

 センジュはかなり自由な存在だと、思い知らされるのであった。
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