24 / 132
第1章
第24話、ダンジョン悪鬼要塞
しおりを挟む
湿った風が木々の間を縫い、小枝を軽く揺らして行く。
それは街道から外れ雑木林を進んで行くと、隠れるようにして鎮座していた。
それはジメジメとした濃い緑に埋没し、その周辺にのみ発生している霧に抱かれるようにして存在していた。
鬱蒼と生い茂る蔦や苔に覆われた、岩石で出来た小高い丘。
その霧がかった岩石の一部に、初のダンジョンとなる悪鬼要塞へと続く入り口があると言う。
ダンジョンの入り口がある場所は、おそらく先ほどから冒険者が入って行っている、丘の中でひときわ濃い霧がかかっているあの大木の左付近。
俺たちよりあとから着いた人たちも、見ているとそこに入って行っているのでまず間違いないだろう。
さてと——
「朝昼兼用の食事をしようか? 」
「オッケー」
俺たちは、他の冒険者たちが霧の中に入っていくのを眺めながら、少し離れた木の根っこを陣取り冒険者メシを広げる。
今朝起きてからなにも食べてなかったけど、ダンジョンに潜るという緊張感からか、お腹はそこまで空いていない。
でもちゃんと食べておかないとね。
それから俺たちは、二人前の中身を仲良く三つに分け合い食すと、非常用にオニギリを三つだけ残しそれをルルカのリュックに戻した。
そしてルルカがお姉さんの形見の品、ノートを取り出ししっかりと両手で握ると、他の冒険者同様、岩石の一部にかかる霧の中へと進んで行った。
霧を抜けると普通に洞窟の中であった。
人が悠々と両手を広げられるくらいの横幅に、思いっきりジャンプをしてギリギリ手が届くくらいの高さがある一本道が、曲りくねりながら奥へと続いている。
「ふーん、洞窟自体が光を放ってるんだ」
そう、洞窟内は明るい。
どういう原理か分からないけど、地面は薄っすらと赤味を帯び、逆に天井の方は薄っすらと青味を帯びた光を灯している。
とにかく目の前に広がる洞窟は、今まで見た事がない不思議な洞窟であった。
「きれいです」
ルルカが呟いた。
「やるね、実にいい仕事だよ」
真琴がゾクゾクと震えながら、心底褒め称えるようにして薄ら笑いで呟いた。
たしかに綺麗ではあるが、ここには、ここから先には危険な生物モンスターが徘徊しているのである。
俺にはこの洞窟の鮮やかな色が、逆に不安を掻き立てるシグナルに見えてならない。
それにここは、外の風に草木がそよぐ音、陽光の明かり、蒸せ返るような植物独特の濃い匂いが、ここに来た途端にぷつりと千切られたようにまったく存在しない。
その代わりに耳を澄ませば、遠くから金属を打ち付ける音が等間隔に聞こえ、地鳴りのような低い音も時折聞こえてくる。
不安が募る中、事前にルルカのノートを見せて貰ってたほうが良かったかな?
と言う思いが大きくなってきた。
……でもそうか、そうなるよね。
言えばルルカはいい子なので快く見せてくれたかも知れない。
だけどノートは大切なお姉さんの形見の品だ。そういう物を赤の他人が、しかも自身が怯えたがためにルルカを信じず自身で確認したいと言うのは、ちょっと酷い話のような気がする。
話ではこのダンジョン、罠という罠がないそうだし、仮になにか対策が必要な事があったりしたら、ルルカもダンジョンに入る前に教えてくれてたはず。
それに今は団体行動中だ。
互いの信頼を損なうような発言は極力慎むべき。
結果、見せて貰わなくて良かったのかもしれない。
「どうかしたの? 」
「いや、なんでもないよ」
そう、なんでもない。
なにか物事に囚われて萎縮していては、盗賊が現われた時のように右往左往するだけで終わってしまう。
今の俺には回復魔法がある、俺は俺の役割を果たすのみなのだ。
俺の目標は、全員が無事にダンジョンから帰還して、イドの街に戻る事。
今はそれだけを。それ以外の考え事は、無事に街に戻ってからすればいいのだ。
「真琴、全力でサポートするね」
すると真琴が大胆不敵にニヤリと笑みを作る。
「うん、頼りにしてるよ相棒」
真琴を先頭に、真ん中はノートへ視線を落として歩いているルルカ、そして俺が最後尾で続く順で進んでいる。
そして暫く進むと、道が三叉路になっていた。
分かれ道か。
ルルカに視線を送ると、緊張した面持ちで顔を上げる。
「ここは左に進みます」
その言葉を受け真琴と俺が歩こうとした時、ルルカから声が上がる。
「あとここから先は敵がいるみたいです! 」
「オケー」
軽い口調で返事をする真琴は終始余裕の表情を崩さないが、逆に俺の顔は結構ガチガチに固くなってるっぽい。
回復、俺は回復をするんだ。
それから少し進むと、キィキィッと生物が鳴く甲高い声が、この道の先から微かに聞こえだしていた。
少しの音も聞き逃さないよう神経を集中させる。
そしてそこから洞窟が道なりに左へカーブをしたあと、少し大きめの空間へと出た。
そこの空間は、二階建ての民家がまるっと入る高さがあり、それが奥へ100m程続いた先に今まで通ってきたような小さな通路への入り口が見える。
左右の壁には所々突起があり足をかけれそうだけど、側面の上のほうを奥へと向かって走る段差までは、流石に高低差がありすぎて届きそうにない。
そして先ほどから聞こえている鳴き声は、この大きめの空間のちょうど中間位置の段差のところ、下からは死角になる場所から聞こえてきていた。
あそこになにかが潜んでいる!
その場から動けずゴクリと固唾をのんでいると、そいつは不意に顔を覗かせた。
それに驚いたルルカが『ひっ』と小さな悲鳴を漏らす。
潰れたような低い鼻に下顎から上へと向けて伸びる飛び出した牙、そして不健康そうな緑色をした顔色。
あいつは十中八九——
「へぇー、ゴブリンだね」
そう、ゴブリンだ!
ゴブリンは甲高い声を短く一度上げると、その足場から下へと飛んだ。
途中壁にある突起に足をかけることにより衝撃を分散して地面に降り立ったゴブリンは、有名ファンタジー映画であるリングの物語に出てくるゴブリンそのままで、俺たちの胸元ぐらいの背丈で手にはショートソードと木の盾、そして防具に少し大きめの鉄の兜を被っていた。
その時チクリとした視線を感じる。
……え、ゴブリンから?
これって、モンスターもソウルリストを確認するって事!?
慌ててこちらも確認すると、『喧嘩っ早い悪童』と出た。
そこで真琴が動く。
右手の指先を揃えて伸ばし手刀の形を作ると、首に巻きつけるようにして構えた。
「先手必勝! 」
そして左脚を一歩踏み出した真琴が、同時にその右腕をゴブリンへ向けて、左上から右下へと振り下ろす。
すると低いうなり声を出し威嚇をしていたゴブリンの体を二分するかのように、斜めに深い傷がビシッと入った。
そして『ギャァァー』と断末魔を上げたゴブリンは、突然ボンッと破裂音を立て黒い粒子となると、空気中に溶けるようにして霧散してしまう。
なにが起きたのかわかっていないルルカがポカンとする中、真琴がゆるゆると語り始める。
「ダンジョンのモンスターって、もしかしたら魔法的ななにかか魂そのものが実体化した存在なのかもだね」
「なんでそう思うの? 」
「だって今の攻撃、生身の人間だと外見上一つも傷が入ることはないからね」
つまり盗賊たちにした攻撃と今の攻撃は同質の攻撃ってことなのか。
しかしこれは、真琴の強さが予想していたようにダンジョンに来ても変わらずであるという、喜ばしい事実である。
「真琴さん、凄いです! 」
ルルカの嬉しそうな声に、真琴が顔の前に右の手の平をバッと広げ斜に構えた。
そして見下ろすようにして、その指の隙間から鋭い視線を送ってくる。
「惚れたら因果……」
それって決め台詞?
とにかく真琴はノリノリ、絶好調のようだ。
それは街道から外れ雑木林を進んで行くと、隠れるようにして鎮座していた。
それはジメジメとした濃い緑に埋没し、その周辺にのみ発生している霧に抱かれるようにして存在していた。
鬱蒼と生い茂る蔦や苔に覆われた、岩石で出来た小高い丘。
その霧がかった岩石の一部に、初のダンジョンとなる悪鬼要塞へと続く入り口があると言う。
ダンジョンの入り口がある場所は、おそらく先ほどから冒険者が入って行っている、丘の中でひときわ濃い霧がかかっているあの大木の左付近。
俺たちよりあとから着いた人たちも、見ているとそこに入って行っているのでまず間違いないだろう。
さてと——
「朝昼兼用の食事をしようか? 」
「オッケー」
俺たちは、他の冒険者たちが霧の中に入っていくのを眺めながら、少し離れた木の根っこを陣取り冒険者メシを広げる。
今朝起きてからなにも食べてなかったけど、ダンジョンに潜るという緊張感からか、お腹はそこまで空いていない。
でもちゃんと食べておかないとね。
それから俺たちは、二人前の中身を仲良く三つに分け合い食すと、非常用にオニギリを三つだけ残しそれをルルカのリュックに戻した。
そしてルルカがお姉さんの形見の品、ノートを取り出ししっかりと両手で握ると、他の冒険者同様、岩石の一部にかかる霧の中へと進んで行った。
霧を抜けると普通に洞窟の中であった。
人が悠々と両手を広げられるくらいの横幅に、思いっきりジャンプをしてギリギリ手が届くくらいの高さがある一本道が、曲りくねりながら奥へと続いている。
「ふーん、洞窟自体が光を放ってるんだ」
そう、洞窟内は明るい。
どういう原理か分からないけど、地面は薄っすらと赤味を帯び、逆に天井の方は薄っすらと青味を帯びた光を灯している。
とにかく目の前に広がる洞窟は、今まで見た事がない不思議な洞窟であった。
「きれいです」
ルルカが呟いた。
「やるね、実にいい仕事だよ」
真琴がゾクゾクと震えながら、心底褒め称えるようにして薄ら笑いで呟いた。
たしかに綺麗ではあるが、ここには、ここから先には危険な生物モンスターが徘徊しているのである。
俺にはこの洞窟の鮮やかな色が、逆に不安を掻き立てるシグナルに見えてならない。
それにここは、外の風に草木がそよぐ音、陽光の明かり、蒸せ返るような植物独特の濃い匂いが、ここに来た途端にぷつりと千切られたようにまったく存在しない。
その代わりに耳を澄ませば、遠くから金属を打ち付ける音が等間隔に聞こえ、地鳴りのような低い音も時折聞こえてくる。
不安が募る中、事前にルルカのノートを見せて貰ってたほうが良かったかな?
と言う思いが大きくなってきた。
……でもそうか、そうなるよね。
言えばルルカはいい子なので快く見せてくれたかも知れない。
だけどノートは大切なお姉さんの形見の品だ。そういう物を赤の他人が、しかも自身が怯えたがためにルルカを信じず自身で確認したいと言うのは、ちょっと酷い話のような気がする。
話ではこのダンジョン、罠という罠がないそうだし、仮になにか対策が必要な事があったりしたら、ルルカもダンジョンに入る前に教えてくれてたはず。
それに今は団体行動中だ。
互いの信頼を損なうような発言は極力慎むべき。
結果、見せて貰わなくて良かったのかもしれない。
「どうかしたの? 」
「いや、なんでもないよ」
そう、なんでもない。
なにか物事に囚われて萎縮していては、盗賊が現われた時のように右往左往するだけで終わってしまう。
今の俺には回復魔法がある、俺は俺の役割を果たすのみなのだ。
俺の目標は、全員が無事にダンジョンから帰還して、イドの街に戻る事。
今はそれだけを。それ以外の考え事は、無事に街に戻ってからすればいいのだ。
「真琴、全力でサポートするね」
すると真琴が大胆不敵にニヤリと笑みを作る。
「うん、頼りにしてるよ相棒」
真琴を先頭に、真ん中はノートへ視線を落として歩いているルルカ、そして俺が最後尾で続く順で進んでいる。
そして暫く進むと、道が三叉路になっていた。
分かれ道か。
ルルカに視線を送ると、緊張した面持ちで顔を上げる。
「ここは左に進みます」
その言葉を受け真琴と俺が歩こうとした時、ルルカから声が上がる。
「あとここから先は敵がいるみたいです! 」
「オケー」
軽い口調で返事をする真琴は終始余裕の表情を崩さないが、逆に俺の顔は結構ガチガチに固くなってるっぽい。
回復、俺は回復をするんだ。
それから少し進むと、キィキィッと生物が鳴く甲高い声が、この道の先から微かに聞こえだしていた。
少しの音も聞き逃さないよう神経を集中させる。
そしてそこから洞窟が道なりに左へカーブをしたあと、少し大きめの空間へと出た。
そこの空間は、二階建ての民家がまるっと入る高さがあり、それが奥へ100m程続いた先に今まで通ってきたような小さな通路への入り口が見える。
左右の壁には所々突起があり足をかけれそうだけど、側面の上のほうを奥へと向かって走る段差までは、流石に高低差がありすぎて届きそうにない。
そして先ほどから聞こえている鳴き声は、この大きめの空間のちょうど中間位置の段差のところ、下からは死角になる場所から聞こえてきていた。
あそこになにかが潜んでいる!
その場から動けずゴクリと固唾をのんでいると、そいつは不意に顔を覗かせた。
それに驚いたルルカが『ひっ』と小さな悲鳴を漏らす。
潰れたような低い鼻に下顎から上へと向けて伸びる飛び出した牙、そして不健康そうな緑色をした顔色。
あいつは十中八九——
「へぇー、ゴブリンだね」
そう、ゴブリンだ!
ゴブリンは甲高い声を短く一度上げると、その足場から下へと飛んだ。
途中壁にある突起に足をかけることにより衝撃を分散して地面に降り立ったゴブリンは、有名ファンタジー映画であるリングの物語に出てくるゴブリンそのままで、俺たちの胸元ぐらいの背丈で手にはショートソードと木の盾、そして防具に少し大きめの鉄の兜を被っていた。
その時チクリとした視線を感じる。
……え、ゴブリンから?
これって、モンスターもソウルリストを確認するって事!?
慌ててこちらも確認すると、『喧嘩っ早い悪童』と出た。
そこで真琴が動く。
右手の指先を揃えて伸ばし手刀の形を作ると、首に巻きつけるようにして構えた。
「先手必勝! 」
そして左脚を一歩踏み出した真琴が、同時にその右腕をゴブリンへ向けて、左上から右下へと振り下ろす。
すると低いうなり声を出し威嚇をしていたゴブリンの体を二分するかのように、斜めに深い傷がビシッと入った。
そして『ギャァァー』と断末魔を上げたゴブリンは、突然ボンッと破裂音を立て黒い粒子となると、空気中に溶けるようにして霧散してしまう。
なにが起きたのかわかっていないルルカがポカンとする中、真琴がゆるゆると語り始める。
「ダンジョンのモンスターって、もしかしたら魔法的ななにかか魂そのものが実体化した存在なのかもだね」
「なんでそう思うの? 」
「だって今の攻撃、生身の人間だと外見上一つも傷が入ることはないからね」
つまり盗賊たちにした攻撃と今の攻撃は同質の攻撃ってことなのか。
しかしこれは、真琴の強さが予想していたようにダンジョンに来ても変わらずであるという、喜ばしい事実である。
「真琴さん、凄いです! 」
ルルカの嬉しそうな声に、真琴が顔の前に右の手の平をバッと広げ斜に構えた。
そして見下ろすようにして、その指の隙間から鋭い視線を送ってくる。
「惚れたら因果……」
それって決め台詞?
とにかく真琴はノリノリ、絶好調のようだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
357
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる