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第2章

第4話、給仕人クロネディア、上

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 ◆ ◆ ◆

 ふー。

 一呼吸つくと、喧騒が喧騒である事を頭が思い出し始めました。
 今日も酒場は多くのお客さんで賑わってます!

 お冷を配り終えた私は狭い店内を縫って厨房へ向かうため、空になったお盆を胸に押し当て深呼吸を数度。

 ……よし、行きます!

 私はまずロビーを通り抜けるため、新たに入店してくるお客さんたちを右へ左へ半身になりながら躱していきます。

 しかし神をも恐れぬ人がまだいたのですね。
 ギルドでチラリと聞いたダンジョン崩壊の情報。
 私なんてつまずいた拍子にダンジョンの迷宮核を叩いてしまっただけで、Aランクへの昇格試験を反故にされました。
 しかも罰はそれだけに留まらず、Bランクであった冒険者ライセンスまで剥奪されちゃいましたし。
 それからと言うもの、知らない土地イドで私は寝る間を惜しんで罰則金として課せられた多額の借金返済のために働いているのです。

 ……お父さん、お母さん。

 ——えぇい!
 いっ、いじけてはダメでした、前を向いて生きると決めたじゃないですか!
 このまま不眠不休で働けば、十年後には私は晴れて自由の身になる予定です!

 でも今回のダンジョン崩壊者は、見せしめの意味も含めてきっと辱めを受けた末に惨たらしい拷問、そして公開処刑とかされちゃうのでしょうか?
 なんだか、考えただけでも頭がクラクラしてきてしまい、すれ違うお客さんに当たりそうになりました。
 とっ、とりあえず、呼吸を整えましょう。

 はぁはぁ、はぁ……よし!

 そう言えば最後に脱出をしてきたとされるあの新人冒険者のユウトさんとマコトさん、そして同行していた女性二人が真っ先に疑われたらしいです。
 でもソウルリストにはダンジョン関連のそれらしい文字が刻まれて居なかったそうで。

 私なんか迷宮核に触れただけで『迷宮核を弄ぶ者』なんてのに書き換えられたぐらいですから、あの方たちが無罪なのは間違いないでしょう。
 とにかく明日には、各地でソウルリストの検問所が出来るはずですから、崩壊者が捉えられるのも時間の問題なんでしょうけど。

 あれっ?
 衝撃?
 それに私、体勢を大きく崩している?
 これはもしや、ぶっ、ぶつかってしまった!?

 ウエイトレス歴2年であり、お客さんにぶつかった事がない記録も同じく2年であるこの私が。
 神経を尖らせてなかった無意識状態だったですけど、歌いながらでも背後からの矢を避けられるこの私が。

「ごめんなさい! 」

 下方から少女の声がしました、私が謝るより先に。
 そして声のほうへと視線を動かしますが、そこには誰もいなくて目の片隅に、すでに人混みに消えようとしている小さな女の子の後ろ姿が。
 とその時になり我に返ります。
 ぶつかることで押し出される形となっている事に。そして目の前に、出会い頭で冒険者風のお客さんが!

 そこで私は普段は倒している頭頂部の獣耳を立てると、五感を研ぎ澄まします!
 そうする事によりまるで時間の流れが遅くなった錯覚に浸る中、レストラン内全てのお客さんの立ち位置、姿形が頭の中に流れこんできます。
 私は前に来ていた右足で強く踏みしめると共にそこを起点として、まずは頭と連動させて上体を捻り回転。
 次にお客さんを背中に感じながらに出した左足を踵から前方に出すことにより華麗に横から抜ける事に成功します。

 とその時、私の頭頂部で周囲の音を拾っていた両の耳が異音、怒鳴り合う声を捉えました!
 その方向をさっと見れば、酔っ払い同士が喧嘩を始めたみたいです。
 見ればおじさんの片方が、同じテーブルに向かい合って座っている肥満体型のおじさんに向かい、テーブル上に置いてあった無数のフォークを指の間に挟む形で掴むと今まさに投げつけようとしているではないですか!?

 ってあの投げつけようとしているお酒で顔面を真っ赤に染め上げているおじさん、あれはパン屋のギンさん!
 そしてギンさんが持つフォークを見て一気に戦意を失っているのはこのお店のオーナーであり、ウエイトレスである私の雇い主であるウォークリーさん。

 そこでギンさんの腕が高速で振られました!
 その手から投げ放たれる事により、照明に照らされ空中でキラリと光るフォークの群れ。
 しかしそれらのフォークは、ウォークリーさんが有無を言わさず頭を抱えてしゃがみ込んだため、その延長線上の私に向かい突き進んできます!

 どう見ても運動不足であるウォークリーさんが容易に避けられたのは、ギンさんが獲物に本気で当てようと思って投げたわけではないからでしょうけど——

 しかしやはりと言うべきか、それでもかなり早いです!
 足を止めたばかりの私は、その早さのためそこから移動する事を諦めます。
 ちなみにこの手に持つ木製のおぼんでは、あのギンさんが操るフォークから身を守る事は難しいでしょう。
 だからと言って直撃を受け入れる選択をしたわけではありません。
 私はその場で躱す事を選んだのです。

「フゥーッ! 」

 息を吐き下半身に力を入れます。
 そしてまず一番最初に飛んできたフォークは、おぼんを持つ左腕を肩ごとサッと後ろに引き半身になる事により躱し、次に顔に向かって飛んできたフォークはそこから頭を後ろに倒し躱します。

 そこで真っ赤な顔のギンさんの目が怪しく輝きました!
 私という存在に気づいたのです。
 懐ろから新たなフォーク、無数のマイフォークを握り一気に引き抜きます。そして手に持つフォークが別の何かに昇華したかのような錯覚。
 そうして今度は本気で私に狙いを定めると、力強くかつ華麗にジャンプをしながら投げ放ちました!

 インテリアショップを営む両親から産まれたギンさんは、物心が付いた頃にはあるソウルリストが付いていたそうです。

 そのソウルリストとは『フォークは友達』。

 ありとあらゆる食事を食べる時、またスープを飲む時でさえフォークを使い、四六時中いっときもフォークを手放す事なく、時にはフォークに語りかける。
 また呼び方が似ているという事で魔球フォークをマスターし、フォークダンスも段位保有者クラスの腕前に。
 フォークを愛し、フォークを操る。
 まさにフォークの申し子。

 一説ではあの手に持つフォークをナイフに持ち替えるだけで、百の冒険者を血祭りに上げられるのではと噂されるギンさん。
 しかし実際には、フォーク以外の扱いはてんで駄目で、違うものに持ち替えると実力がガタリと落ちるそうです。

 そんなフォークを愛してやまないギンさんが、思ったのでしょう、面白くないと。
 私が躱した事により、本気にさせてしまった、眠れる獅子を起こしてしまったと言ったところなのかもしれません。

 とにかく先程とは比べものにならないくらいの早さ、空間に残像の軌跡を残して迫る四本ものフォークをなんとかして躱さなければいけません!
 きつい体勢でありますが、右腕を後ろへ向け大きく振ることによりその反動で上体を後ろに傾け一本二本とフォーク躱し、次の二本はさらに一度前に移動させていた左腕を大きく後ろに向け振ることにより躱します!
 そして脚が地面に対して垂直に立っているけど、膝から上が地面と水平、横倒しになっている私に向かい、残り最後の二本が打ち下ろしの角度で脛に向かい牙を剥いてきました!
 そこで私は空いている右腕にオーラを纏うと、ダンっと音を立て片腕一本で床を掴む形で逆立ちになります。
 そして二本のフォークはその私の腕の左右真横ギリギリを通り過ぎ、少し後方で店内の床に突き刺さりました。

 心臓が遅れてバクバク鳴り始めました。
 いっ、今のは危なかったです。
 えいっ!
 結果片手バク転をする形で着地した私は、エプロンを正す意味で軽く押すようにしてはたいているのですが、現在正気を取り戻したギンさんから平謝りをされていたりします。

「今の見た! マトのリックスみたいだったね! 」

 そんな意味不明な若い男、青年の声が何処からともなく聞こえてきました。
 声がしたほうを見たのですが、テーブルやお手洗いに向かうお客さん、注文の品を運ぶ同僚のウエイトレスたちの姿が邪魔で見つけることが出来ませんでした。

 ……あれ? おかしいです。
 神経を研ぎ澄ました私が、見えないとはいえ相手の位置がわからないだなんて。

「クロちゃん、ボーと突っ立ってどうしたの?
 珍しく順番抜かされたよ。
 さっ、今度はこれをそこのテーブルに運んで」

「あっ、はい! 」

 引っ切り無しにカウンターに並ぶ食事類をお盆に載せ運ぶのが今の私のお仕事なのですが、今しがたの騒動のせいで二人ばかりに飛び抜かされてしまったようです。
 ちなみに飛び抜かされたのは初日以来です。


 私は二つの顔を持っています。
 昼はギルドの受付嬢、夕方からはイドの三大酒場の一つ、オーイェイでウエイトレスの仕事を。
 ようは掛け持ちしてます。

 はぁー。
 しかし今日の明るい時間帯のお仕事は、終わるまでずっとそわそわしちゃっていました。
 だってギルド登録に来た新人さんたち、ユウトさんたちに色々と説明をしないといけないところを、気が動転してしまい説明する事を忘れてしまってたからです。
 それが原因で亡くなられでもしたら、それは責任を感じちゃいますので。

 私は体力に自信が有るのですが、元々内向的な性格なため冒険者は不向きで、受付業のような仕事は向いていると思ってたのですけど失敗続きだったりします。

 あぁ、二つ上の先輩で北狐の神秘獣耳ケモフィリアであるレキュートさんからは毎日のように嫌味を言われるし。
 幸いレキュートさんは今日休みだったので、あの新人さんたちからの苦情が目安箱に入れられたらすぐに私が回収するつもりだったのですが。

「クロちゃん、今度は30番のテーブルにこれ全部宜しく! 」

 大量のお皿の上には丸噛りが出来る蜂蜜マンモスのお肉を筆頭に、様々な食材がのっています。
 うーん、これはマイお盆に乗らない分は、指の間にお皿を挟み込んで運ぶしかないですよね。

「クロちゃん、大丈夫!? 」

「はっ、はい! 行ってきます! 」

 そして30番テーブルに向かうのですが——

 あれ? あっ、あれは噂をすれば!
 新人冒険者でああ見えて……荒々しく立派なユウトさん、そしてそれを恐らく毎晩受け入れているマコトさん。
 ソウルリストに刻まれるぐらいですので、それはそれは——

 いっ、いけませんでした。今は仕事中です!
 深呼吸、深呼吸。
 そこで落ち着き視野が広がったため、ユウトさんたちのテーブルには他にも座られている方がいる事に気が付きます。

 ……あの小さいほうの子、お人形さんみたいで綺麗です。
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