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第2章

第13話、曲がり角

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「なにあれ? 」

 彷徨い歩く女性、シェリーを見据えたアズの質問。
 その問いに、今しがたクロさんに教えて貰った不死者シェリーについての情報をそのまま伝える。

「ふーん、そうなの」

 するとアズは、興味なさげに相づちを入れるとそっぽを向いた。
 そしてクロさんに先ほどと同じように潜む敵の所在を聞きだすと、闇ツララを作りあげ次の部屋へと突撃しようとする。

「アズ、不死者シェリーには興味ないの? 」

「あれに興味? ……私が興味あるのはあんただけよ」

「えっ、いや、そういうことじゃなくて——」

「あははっ、冗談よ。
 ——それにあれはね、私に対してガンを飛ばしてこないから襲わないの」

「なっ、なるほど、それなら納得だ」

 するとアズが腰に手を当て頬を膨らませる。

「なによ、もしかしてあんた、私を戦闘狂のように思っていたわけ?
 それにアレを狩るより、他のを沢山狩ったほうが効率良さそうじゃない? 」

 プンスカ怒るアズだけど、そう思われても仕方がないと思うんだけどなー。

 でもあの金髪の女性シェリー。ダンジョンが生み出した物である以上、ベースとなったシェリーさん本人は既にこの世にいないわけなんだろうけど——
 魔法生物とはいえ、悲しい存在である。
 倒された事がないという事はこのダンジョンに生まれてからずっと一人彷徨い歩き、出会う冒険者からは嫌悪の目に晒され続ける。

 しかしなんなんだろう、この違和感。
 アズが言うように、襲ってきそうな雰囲気がしなくて、……本当に彷徨い歩いている、と言ったほうがしっくりくる感じがする。

 そんな事を考えていると、二人の競争は再開されていた。
 そして時間は流れ、真琴も落ち着きを取り戻し……いや、目が完全にすわって殺戮マシーンと化した頃、そんな真琴がひきつけを起こしたかのような悲鳴をあげた。
 いつの間にか不死者シェリーが窓越しであるが結構近くにまで来ていたのだ。

 青白いシェリーの顔面、そこには多くの縦方向にナイフで斬りつけられたような深くて長い切り傷が多くあり、そこが時折波打つように盛り上がりを見せるためパックリ開いた傷口が痛々しいほどに見える。
 ここはダンジョン内であるが思わず目を背けたくなるようなその姿のため、俺たちはその場から逃げるようにして廊下を進んだ。

 長い廊下の突き当たり付近まで来ると、内装に若干の変化が見られ始める。
 壁に窓が一切なくなったのだ。
 そのため頼りになる明かりはランプしかないため日中なのに結構暗い。
 道は直角に右へ続いており、そこから先は今までと同じように右に部屋の扉、左は外が見える窓となっていた。

 ん?
 外の光がオレンジ色?
 これって?
 走って窓がある場所まで行き外を覗いて見てみると、すぐに違和感の正体に気づく。

 太陽が低い位置に見える。
 これって……夕焼け空だよね?
 ダンジョンに入ってまだ小一時間くらいと思っていたんだけど、知らぬ間にかなりの時間が過ぎてしまっていたよう……まてよ?
 つい今しがた、外は朝日のように明るかった。
 そして角を曲がるといきなり夕焼け空になったのだ。

 これはいったい?

「どうしましたか? 」

 考えが纏まらず思考が行ったり来たりしていると、クロさんが不思議そうな顔で訪ねてきた。

「その、いつの間にか夕焼け空になっているので」

 するとクロさんが、「そう言う事ですか」とポンと手を叩いた。

「このダンジョンは、迷宮ラビリンス型ダンジョンになります。
 分岐点は曲がり角で、この一本道の角を曲がるたびに侵入者の強さにあわせて知らぬ間に道が変わる仕組みになっています。
 そのためさっきいた場所とここは、全ては繋がっているように見えますけど、まったく違う場所になるわけなのです」

 えっ? どゆこと?

「その、ごめんなさい。
 今の話でよくわからなかったところがあるんですけど、ラビリンスっていえば、迷宮のことですよね? それとダンジョンも迷宮だから他のダンジョンも同じような作りになっている、って事ですか? 」

 すると今度はクロさんが考え始める。

「えーと、まずダンジョンとは、簡単に考えてもらえれば迷路・・のようなものになります。
 いくつも分岐があって進んでいくとぐるっと回って同じところに来てしまう事もある、とかです。
 代わって迷宮ラビリンスとは、進む道は一本道で分岐はありません。
 その、迷宮ラビリンス型ダンジョンは厳密に言えば完全な一本道ではないのですが、ほぼほぼ一本道という事で、そのように名付けられたと聞いています」

「へー」

「そしてここのようにラビリンスと認定されているダンジョンは、何かしらの条件が揃えば勝手に進む道を決められてしまう場所で、またその多くはコアルームが見つけられていない、攻略されていないダンジョンである事が多いです」

「というと、このダンジョンもコアルームの場所が見つかっていなかったりするのですか? 」

「はい、この館の屋上に居座る剣と盾を武装した巨大なリビングアーマーがダンジョンボスだと言われているのですけど、倒したあとその周辺をいくら探しても道が見つからないそうです。
 そのため真のボスが他にいるのではとか、何かしらの条件が揃ってないのではと考えられています」

 そこでふと、最後尾に位置するヴィクトリアさんをチラ見してみる。

「アドバイスは無しです」

「まぁ、そうですよね」

 眼鏡をクイクイしながらピシャリと言われちゃいました。
 でもヴィクトリアさんのその姿、俺には不正は許しませんよとプンプン怒っているように見えたため、その可愛らしい頭をポンポンしたい衝動が生まれてきてしまう。
 そんな感じでついついヴィクトリアさんに視線を送っていると、ヴィクトリアさんは動きをピタリと止めて俺の瞳を覗き込んできた。

「ユウト様、……なにか? 」

「えっ、いや、——なんでもないです」

 ハッとなって急いで視線をそらす。
 ヴィクトリアさんに対してそんな感情を抱いていた事を読まれてしまっていたらと思うと、急に恥ずかしくなってきてしまう。
 そしてうん、現在背中にヴィクトリアさんからの視線をバンバン感じています。

 そんなこんなを挟みつつ、真琴とアズは潜む敵を片っ端から撃破していき、順調に次の曲がり角へと差し掛かった。

 うわぁ、暗い。

 ここから先は夜のようで、廊下の上方付近に設置されたランプには橙色の光を放つ魔法の光源が灯っている。
 しかし等間隔に並ぶその照明は長い廊下に対して数が少なく、そのため廊下のいたるところに闇が生まれていた。
 また外は月明かりもない真の闇のようで、真っ暗で何も見えない。
 そのため実際にはそんな事はないのだろうけど、左からの圧迫感が強くて廊下自体が狭く感じてしまっている。
 とそこで背中から声が聞こえる。

「な、なんか出そうだよね」

 真琴である。
 競争が始まってからたびたび俺の陰に隠れて休憩をしているのだけど、本人曰くこれは充電をしているのだそうだ。
 ちなみに少し震える真琴は、彼女の柔らかな身体全体で包み込むようにして俺の肘から先の腕をギュッと握っているため、俺の脇腹から背中にかけても暖かい温もりが伝わって来ている。

 えっ?

 突然廊下に設置されている全ての魔法のランプの光源が、急速に弱々しくなっていく。

「きっ、消えちゃう!? 」

 真琴が上方に向かい視線をキョロキョロさせながら絞り出すように叫んだ。
 しかし明かりは完全に消える事はなかった。
 ただし風に吹かれるロウソクのように弱まったり元に戻ったりを繰り返し始める。

 それからどれくらい経ったのだろう?
 静寂の中、すぐそばの真琴の息づかいだけが聞こえてくる。

 その時、耳を立てて瞳を閉じていたクロさんがキッと廊下の先、とある天井のある一点を見つめた。
 すると間髪入れず、天井のそのあたりからギィシッっと軋む音が。
 そしてもう一度軋む音が鳴ると、その音は段々と間隔を狭めながらギシギシと連続して聞こえ始めてくる。
 そう、天井裏にいる何かが、こちらへと向け移動してきているのだ!
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