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第2章
第20話、浮かび上がる顔
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「……やっぱり何か横切りました」
耳を立てたクロさんが俺たちに警告を鳴らした。
明かりの乏しい廊下のため確認は出来なかったけど、隠し持った武器さえ分かるという空間把握能力が高いクロさんが言うのだから間違いないだろう。
この先になにかがいるのは。
俺たちは鼻歌が耳へ届く中、アズがこそこそ隠れる奴は許さないと譲らなかったため、真っ先に長い廊下の先、他の部屋を飛び抜かして突き当たりの部屋を目指して進むことになっていた。
とそこで場の空気に緊張が走る!
先頭を歩むクロさんが、片手を横に伸ばし静止を求めてきたからだ。
「ドアのところに、なにか潜んでいます」
声を押し殺して話すクロさん。
……たしかになにかいる!
長く暗い廊下の先の部屋は、観音開きの扉が開け放たれた状態である。
そのためその出入り口部分が縦長の長方形に開かれた口のように見えないといけない訳なんだけど、右側付近になにかがいるようでそれが陰となり、僅かにだが長方形が崩れてしまっている。
さらに正確に言うと、僅かに揺れるようにして見えるその陰は、床から俺の肩の位置ぐらいまでの高さがありそうである。
あそこにいるのは十中八九、俺たちの敵。
問答無用で攻撃するべき——
いや、もしかしたら冒険者の可能性だってある。
「あの、大丈夫ですか? 」
傷つきもたれかかってるかもと思い声をかけてみたけど、返事はなくゴウゴウと雨風の音だけが耳へ届くのみ。
それならもう少し近づいて——いや、非常時だしソウルリストを確認して——
そこで廊下全体、この屋敷の全てがフラッシュをたかれたようにして一瞬だけ明るくなった。
稲光だ。
そしてその陰がなんなのかが、同じく一瞬だけ見えた。
しかしそのインパクトのためか、はたまた稲光のフラッシュ効果のためなのか、網膜にその不気味な姿が焼き付いて離れなくなる。
「うぅわあ! 」
そして俺は、思わず声に出してしまっていた。
真琴は俺の腕を掴む力を強め、声を漏らす。
「あっ、あれって? 」
あぁ、あれは見間違いなんて事はない。
あれは、人の顔面だ!
目を見開き、瞬き一つせず、こちらをジッと見ていた。
今は暗くて見えなくなったけど、まだそこにいることからずっとこちらを見ているはずだ。
全身が鳥肌に覆われてしまう。
なんなんだあれは!?
陰として見えていた上から下までのその全てが、一つの大きな人の顔面。
顔半分を覗かせているそいつは、先程の灯火喰らいと同じように真っ白な肌。
笑っているようにも見えた釣り上がるようにして開かれた大きな口内は奈落の底のように真っ暗で、その闇の中央部に浮かぶようにして並んで見える白い歯には、今付いたばかりのような新鮮な血液のような赤い液体が多く滴る。
また黒目の多い見開かれた瞳に眉毛の上までしかない中分けの黒髪は、例の有名ジャパニーズホラー映画の子供のような幼さも感じさせる。
それにこいつ、頭の角度が明らかにおかしい。
身体を隠して覗いている巨人だと考えると、首を伸ばしているわけで、そうなると顔が多少は傾いていないと変である。
しかしこいつの頭は、今も上から下まで垂直に見えている。
そこでそいつが扉の真ん中付近へ横移動し始める。
どうやら陰から察しても、人の頭だけしかない化け物のようだけど。
ど、どうする?
……そうだ、ソウルリストだった!
『狂信者の偽りの仮面』
いっ、意味不明である!
『カッ』
すぐ近くで光が灯る、クロさんだ。
リュックから取り出した魔光石を擦り光を灯したのだ。
それらを下手投げで顔面の方へ転がす。
……やっぱりそうだった。
魔光石に照らされたのは、巨大な人の顔面だけの化け物。
生気を感じさせない死人のようなその両の目は、俺たちから僅かに逸らされる事なくジッと見つめ続けている。
そしてそいつは光を浴びたからなのか、部屋の奥へと後退しそのまま闇へと溶けていった。
「クロさん、アレはなんなんですか!? 」
「ごめんなさい、私も初めて見る敵です。
ただここには、灯火喰らいもいるようです。
皆さん、気をつけられて下さい! 」
そっ、そうか、光が部屋の奥まで届いていないのは闇が濃かったってわけなのだ。
つまりこの部屋には、最低でも正体不明の顔面に灯火喰らいまでがいるわけだ。
「ははは」
突然の笑い声。
声を発したのは俺の腕に抱きつく真琴であった。
「ははは、ははははっ」
「真琴、しっかりするんだ! 」
俺は真琴の肩に両手を置いて揺さぶるが、俺にされるがままにカクカクと揺れるだけで笑い声をやめない。
「ははははははははっ」
まっ、真琴が、あまりの恐怖に壊れてしまった!
そしてスルリと俺の手から抜け出した真琴が、一歩進むごとに横へフラフラと揺れながら前方へ歩みを始める。
「ポイント、ポイント……」
まっ、真琴!
真琴を追おうとしたのだが、クロさんが前を遮る。
「これ以上先は危険です」
一人歩む真琴は、部屋へと到達するがなおも前進を続ける。
すると部屋の闇から、無数の老若男女で大小様々な大きさの無機質な顔が浮かび上がってくる!
「まっ、真琴! 」
「はははははははは」
「あははっ」
不気味な鼻歌が途切れた。
そして真琴の笑い声に重なるようにして、いつもの調子の笑い声が聞こえる!
俺の脇を小柄な人陰が抜け、その周りには漆黒に塗り固められた何本もの細長い闇の塊が追随する。
「あいつはポイント高かったわよね! 」
アズが嬉々とした表情を見せ真琴の背中を追い走る中、アズの周囲を浮遊する闇ツララが細かく砕け数多くの闇ナイフへ形状変化する。
そして無数の顔面に連続掌底打ちを放ち始めていた真琴の脇も抜けたアズが、闇の中へと飛び込んでいった。
上がる怒号。
アズの笑い声。
深い闇に包まれる部屋の中が、内から一瞬だけ篭った光りを見せる。
その発光からいっときの間があいてから、アズがドア付近まで歩いて出てきた。
部屋の左のほうからいくつもの宙に浮かぶ小さな顔が現れ、こちらから見て横切るようにして突撃をして闇に消えていく真琴を背に、アズは余裕の表情を浮かべる。
「ちょろいわね」
どうやら先程と同じように、灯火喰らいを一瞬のうちに撃破したようだ。
という事は——
ヴィクトリアさんに視線を向けると涼しい顔で口を開く。
「コンボは発生しました」
やっぱり!
美味しいところをアズが掻っ攫っていったようだ。
そしてなんとなしに視線をアズに戻した時に、思わず固まってしまう。
アズの背後である闇から一つ、一番最初に現れた大きく不気味な顔面が地を這い現れたのだ。
その血に染まる口で噛みつこうとしているのか!?
しかし次の瞬間にはアズが作り上げると同時に射出させた闇ツララが、その顔面の目と目の間、眉間へと突き刺さる。
顔面は前進を止めると、突き刺さった場所から顔中に亀裂が走り、そのまま砕けてしまった。
あれ?
もしかしてあの顔面って、薄い板かなにかだったりするのでは?
そこで今の奴のソウルリストを思い出す。
狂信者の偽りの仮面……そうか、地球にも様々な仮面を飾る人がいたりするけど、この部屋はそういった仮面をコレクションしている部屋だったのでは?
そしてそれらがポルターガイストにより動かされていたわけで——
そんなこんなで思考を巡らせていると、こちらまで戻ってきたアズが、寄っ掛かるようにして俺の胸に顔を埋めてくる。
「ちょっ、アズ? 」
またどうせ魔力切れを起こしたのだろうけど、まだ戦闘中である。
アズの両肩に手を置き距離を保とうとするのだけど——
あれ?
そこでなにか嫌な予感がする。
「アズ、もしかして怪我しているの? 」
「怪我? この私があんな雑魚相手にダメージを受けるわけがないでしょ? 」
違和感を感じアズの右手首を掴み持ち上げる。
すると黒を基調としたドレスの一部、右腹部分が破れており、その下にあるアズの肌が赤黒く変色しているのが見えた。
これは、かなり酷い火傷をしている!
「こんなのかすり傷よ」
そっぽを向いて吐くようにして話すアズ。
「バカ、なんで黙っているんだよ! 」
「だからかすり傷って言ってるでしょ? 」
「もーいい! 少し黙ってて! 」
「なによ、黙るなとか黙れとか。
意味わからないわよ」
俺はそれから何度も話しかけてくるアズを完全に無視すると、火傷の部分に白濁液を塗りつけるのであった。
耳を立てたクロさんが俺たちに警告を鳴らした。
明かりの乏しい廊下のため確認は出来なかったけど、隠し持った武器さえ分かるという空間把握能力が高いクロさんが言うのだから間違いないだろう。
この先になにかがいるのは。
俺たちは鼻歌が耳へ届く中、アズがこそこそ隠れる奴は許さないと譲らなかったため、真っ先に長い廊下の先、他の部屋を飛び抜かして突き当たりの部屋を目指して進むことになっていた。
とそこで場の空気に緊張が走る!
先頭を歩むクロさんが、片手を横に伸ばし静止を求めてきたからだ。
「ドアのところに、なにか潜んでいます」
声を押し殺して話すクロさん。
……たしかになにかいる!
長く暗い廊下の先の部屋は、観音開きの扉が開け放たれた状態である。
そのためその出入り口部分が縦長の長方形に開かれた口のように見えないといけない訳なんだけど、右側付近になにかがいるようでそれが陰となり、僅かにだが長方形が崩れてしまっている。
さらに正確に言うと、僅かに揺れるようにして見えるその陰は、床から俺の肩の位置ぐらいまでの高さがありそうである。
あそこにいるのは十中八九、俺たちの敵。
問答無用で攻撃するべき——
いや、もしかしたら冒険者の可能性だってある。
「あの、大丈夫ですか? 」
傷つきもたれかかってるかもと思い声をかけてみたけど、返事はなくゴウゴウと雨風の音だけが耳へ届くのみ。
それならもう少し近づいて——いや、非常時だしソウルリストを確認して——
そこで廊下全体、この屋敷の全てがフラッシュをたかれたようにして一瞬だけ明るくなった。
稲光だ。
そしてその陰がなんなのかが、同じく一瞬だけ見えた。
しかしそのインパクトのためか、はたまた稲光のフラッシュ効果のためなのか、網膜にその不気味な姿が焼き付いて離れなくなる。
「うぅわあ! 」
そして俺は、思わず声に出してしまっていた。
真琴は俺の腕を掴む力を強め、声を漏らす。
「あっ、あれって? 」
あぁ、あれは見間違いなんて事はない。
あれは、人の顔面だ!
目を見開き、瞬き一つせず、こちらをジッと見ていた。
今は暗くて見えなくなったけど、まだそこにいることからずっとこちらを見ているはずだ。
全身が鳥肌に覆われてしまう。
なんなんだあれは!?
陰として見えていた上から下までのその全てが、一つの大きな人の顔面。
顔半分を覗かせているそいつは、先程の灯火喰らいと同じように真っ白な肌。
笑っているようにも見えた釣り上がるようにして開かれた大きな口内は奈落の底のように真っ暗で、その闇の中央部に浮かぶようにして並んで見える白い歯には、今付いたばかりのような新鮮な血液のような赤い液体が多く滴る。
また黒目の多い見開かれた瞳に眉毛の上までしかない中分けの黒髪は、例の有名ジャパニーズホラー映画の子供のような幼さも感じさせる。
それにこいつ、頭の角度が明らかにおかしい。
身体を隠して覗いている巨人だと考えると、首を伸ばしているわけで、そうなると顔が多少は傾いていないと変である。
しかしこいつの頭は、今も上から下まで垂直に見えている。
そこでそいつが扉の真ん中付近へ横移動し始める。
どうやら陰から察しても、人の頭だけしかない化け物のようだけど。
ど、どうする?
……そうだ、ソウルリストだった!
『狂信者の偽りの仮面』
いっ、意味不明である!
『カッ』
すぐ近くで光が灯る、クロさんだ。
リュックから取り出した魔光石を擦り光を灯したのだ。
それらを下手投げで顔面の方へ転がす。
……やっぱりそうだった。
魔光石に照らされたのは、巨大な人の顔面だけの化け物。
生気を感じさせない死人のようなその両の目は、俺たちから僅かに逸らされる事なくジッと見つめ続けている。
そしてそいつは光を浴びたからなのか、部屋の奥へと後退しそのまま闇へと溶けていった。
「クロさん、アレはなんなんですか!? 」
「ごめんなさい、私も初めて見る敵です。
ただここには、灯火喰らいもいるようです。
皆さん、気をつけられて下さい! 」
そっ、そうか、光が部屋の奥まで届いていないのは闇が濃かったってわけなのだ。
つまりこの部屋には、最低でも正体不明の顔面に灯火喰らいまでがいるわけだ。
「ははは」
突然の笑い声。
声を発したのは俺の腕に抱きつく真琴であった。
「ははは、ははははっ」
「真琴、しっかりするんだ! 」
俺は真琴の肩に両手を置いて揺さぶるが、俺にされるがままにカクカクと揺れるだけで笑い声をやめない。
「ははははははははっ」
まっ、真琴が、あまりの恐怖に壊れてしまった!
そしてスルリと俺の手から抜け出した真琴が、一歩進むごとに横へフラフラと揺れながら前方へ歩みを始める。
「ポイント、ポイント……」
まっ、真琴!
真琴を追おうとしたのだが、クロさんが前を遮る。
「これ以上先は危険です」
一人歩む真琴は、部屋へと到達するがなおも前進を続ける。
すると部屋の闇から、無数の老若男女で大小様々な大きさの無機質な顔が浮かび上がってくる!
「まっ、真琴! 」
「はははははははは」
「あははっ」
不気味な鼻歌が途切れた。
そして真琴の笑い声に重なるようにして、いつもの調子の笑い声が聞こえる!
俺の脇を小柄な人陰が抜け、その周りには漆黒に塗り固められた何本もの細長い闇の塊が追随する。
「あいつはポイント高かったわよね! 」
アズが嬉々とした表情を見せ真琴の背中を追い走る中、アズの周囲を浮遊する闇ツララが細かく砕け数多くの闇ナイフへ形状変化する。
そして無数の顔面に連続掌底打ちを放ち始めていた真琴の脇も抜けたアズが、闇の中へと飛び込んでいった。
上がる怒号。
アズの笑い声。
深い闇に包まれる部屋の中が、内から一瞬だけ篭った光りを見せる。
その発光からいっときの間があいてから、アズがドア付近まで歩いて出てきた。
部屋の左のほうからいくつもの宙に浮かぶ小さな顔が現れ、こちらから見て横切るようにして突撃をして闇に消えていく真琴を背に、アズは余裕の表情を浮かべる。
「ちょろいわね」
どうやら先程と同じように、灯火喰らいを一瞬のうちに撃破したようだ。
という事は——
ヴィクトリアさんに視線を向けると涼しい顔で口を開く。
「コンボは発生しました」
やっぱり!
美味しいところをアズが掻っ攫っていったようだ。
そしてなんとなしに視線をアズに戻した時に、思わず固まってしまう。
アズの背後である闇から一つ、一番最初に現れた大きく不気味な顔面が地を這い現れたのだ。
その血に染まる口で噛みつこうとしているのか!?
しかし次の瞬間にはアズが作り上げると同時に射出させた闇ツララが、その顔面の目と目の間、眉間へと突き刺さる。
顔面は前進を止めると、突き刺さった場所から顔中に亀裂が走り、そのまま砕けてしまった。
あれ?
もしかしてあの顔面って、薄い板かなにかだったりするのでは?
そこで今の奴のソウルリストを思い出す。
狂信者の偽りの仮面……そうか、地球にも様々な仮面を飾る人がいたりするけど、この部屋はそういった仮面をコレクションしている部屋だったのでは?
そしてそれらがポルターガイストにより動かされていたわけで——
そんなこんなで思考を巡らせていると、こちらまで戻ってきたアズが、寄っ掛かるようにして俺の胸に顔を埋めてくる。
「ちょっ、アズ? 」
またどうせ魔力切れを起こしたのだろうけど、まだ戦闘中である。
アズの両肩に手を置き距離を保とうとするのだけど——
あれ?
そこでなにか嫌な予感がする。
「アズ、もしかして怪我しているの? 」
「怪我? この私があんな雑魚相手にダメージを受けるわけがないでしょ? 」
違和感を感じアズの右手首を掴み持ち上げる。
すると黒を基調としたドレスの一部、右腹部分が破れており、その下にあるアズの肌が赤黒く変色しているのが見えた。
これは、かなり酷い火傷をしている!
「こんなのかすり傷よ」
そっぽを向いて吐くようにして話すアズ。
「バカ、なんで黙っているんだよ! 」
「だからかすり傷って言ってるでしょ? 」
「もーいい! 少し黙ってて! 」
「なによ、黙るなとか黙れとか。
意味わからないわよ」
俺はそれから何度も話しかけてくるアズを完全に無視すると、火傷の部分に白濁液を塗りつけるのであった。
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