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第3章

第1話、ハーレムについて考える

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『クォッコォ、クォッコォ……』

 翌朝の8時を知らせる鳩時計を合図に、俺は無言で身支度を行なっていく。

 アズとの待ち合わせ場所は15分もあれば着く噴水がある時計広場で、9時に待ち合わせなので出発にはまだ早い。
 だからといって時間一杯まで真琴といるというのは、互いにとって良くないと思う。
 ちなみについ今しがた部屋に来たクロさんがこっそり教えてくれたのだけど、アズは既に宿を出たらしく、時間までぶらぶらしてから待ち合わせ場所まで来るそうだ。

 8時20分、そろそろ下に行くか。
 無言でベットに横たわり背中を見せ続ける疲労困憊の真琴をクロさんに任せると、俺は一人部屋を出て宿屋の階段を降りていく。

 早いもので異世界生活四日目を迎えていた。
 毎日が濃い内容でそれに対してこちらも全力で来たため、それこそあっという間の四日目である。

 そして今から生まれて初めての女の子とのデート、アズとのデートが始まる。
 でも俺には最近真琴という彼女が出来たわけで、勝負が決まってからはあまり考えないようにしてたのだけど、やはり心のどこかでその事実が今回のデートのシコリとなっていたりもする。

 あれ?

 宿屋の受付まで来ると、ロビーに置かれた椅子にヴィクトリアさんが姿勢正しく座っているのが見えた。
 ちなみに俺はヴィクトリアさんの斜め後方に位置しているため、彼女はまだ俺の存在に気付いていないようだ。

 しかしいつも突然現れるヴィクトリアさんをこちらから見つけるというのは、なんか新鮮な気がしないでもない。

「おはようございます」

 俺の挨拶に対しヴィクトリアさんは、スクリと立つと会釈で返した後に若干笑顔になったような気がする。

「ユウト様、これからお出かけですか? 」

「ぁ、はい」

「その表情だと、あまり気乗りされていないようですが? 」

「……実は正直いうと、ですね。
 だって俺には真琴がいるから……。
 その、今さらなんですけど、今回のデートは真琴とアズ、二人に対して申し訳ないというか」

「では、断れば良いではないですか」

 ……たしかに。
 でもそうすると、アズを酷く傷つけてしまう。
 それにアズとのデート、約束だから断るわけには……。

 いや、自分に正直になろう。
 アズは常識知らずな部分があるから、真琴以上に目が離せない子だ。
 それとアズとのデート、真琴には悪いけど楽しみな部分も確かにある。

 二人ともほっとけないし、二人とも一緒にいて嫌な気はまったくしない。

 いや、嫌な気がしない……では、どこか自分を守るための言葉のようで違う気がする。
 自分に正直に考えてみないと、俺の本心がどこにあるのか分からなくなる。

 俺は——

 真琴も大切だけど、アズも同じくらいほっとけない、……大切な人である。
 これは嘘偽りのない、俺の本心だ。

 ただそうなると、ようは二股って事で、それはダメな考えであって——

 そこで気がつく。
 いつも無表情であるヴィクトリアさんが、今日に限ってえらくニヤニヤと笑顔になっている事に。

「ユウト様、良い事をお教えしましょう」

「は、はい」

「ハーレムを作れば良いのです」

「はっ、ハーレムですか!? 」

「えぇ、そうです」

「いやでも、重婚は法律違反であっ……まぁ、この世界は分からないですけど」

「ユウト様、日本でもハーレムを築いている人は少なからずいますよ」

「えっ、そうなんですか? 」

「えぇ、ただ社会的に認められていないため、公にはしていないだけで」

 でもこの俺がハーレムだなんて。

「ユウト様、ハーレムに必要なモノとはなんなのかわかりますか」

「えーと、お金ですか? 」

「そうですね、勿論それも大切ですが、パートナーたちとの相互理解も必要です。
 そして財力と理解の二つと同じくらいに大切なのが、枯れる事のない愛情を持つ人になります」

「枯れる事のない愛情、ですか」

「そうです、そしてその枯れる事のない愛情を、ユウト様はお持ちでいらっしゃいます」

「俺がですか? 」

「はい、間違いありません。
 一般的な人たちの話をしますが、人に好意を持つ事は多くの人が出来るかもしれません。
 しかしそれに行動を伴わせようとすると、最初は良いのですが時間が経過するにつれてエネルギーを失っていきます。
 また一人なら継続できたとしても、それを複数人同時にこなす事は並大抵の事ではありません。
 例えると、相手が喜ぶだろうとプレゼント選びをしたり、結婚式を挙げたりする行動、これらを複数回行うとなると、かなりの労力を費やし精神的にも疲れるのです」

 バイタリティーが必要って事なのかな?

「しかしユウト様には、女性を喜ばせる体力は無尽蔵にありますし、愛情の強さもかなりのモノをお持ちです。
 ですから日本に戻った際には、如何にお金を稼ぐのかと、如何に自由な時間を確保するのかを考えられるとよろしいかと」

 ふむふむ、……っていうか、なんか俺がハーレム状態を作る事が決まったみたいな流れになっていますね。
 でも、仮に複数の女の子を幸せにしたいと願えば、そしてその複数の女の子たちがそんな俺と一緒にいたいと願うのであれば、ハーレムを作る事がみんなの幸せに繋がるのかもしれない。

 と言うか、ハーレムについて検討する以前に、俺を好きと言ってくれる人が何人も現れるのだろうか?
 真琴にしても、考えたくないけど今後もしかしたら俺が捨てられる可能性だってあるだろうし。

「ユウト様は、自身が考えるより遥かに魅力的な人だと思われます。
 自信を持って接すれば、相手はそれを受け入れるでしょう。
 それと人は普通、全ての人に優しくは出来ません。
 人は大なり小なり表裏が存在し、心許せる人には裏の顔を、また疲れた時は余裕もなくなり身近な人にほどつらくあたってしまいがちになります。
 ですがユウト様はそこも違います」

 うーん、俺もそう言うの、少しはあると思うんだけどな。
 程度が違うって事なのかな?
 でも俺が幸せを願う人が、俺を好きでいてくれるのなら、俺はその人を幸せにしたい。
 俺の手が届く、全ての相手に対して。

「ユウト様」

 その言葉で考え込んでいた俺は顔を上げる。
 するとヴィクトリアさんは微笑んでいた。

「今日のデート、思いっきり楽しまれたほうがよろしいかと思われます」

 もしかしてヴィクトリアさん、それが言いたくてここにいたのかな?
 でもそのおかげで、なんか吹っ切れた気がする。
 俺はお礼を言い宿屋を後にすると、時計広場へと歩を進めるのであった。


 ◆


 少し早く待ち合わせ場所に着いた。
 辺りを見回してみる。
 よし、アズはまだみたいだね。
 こういうのって、少しでも余裕を持っていたいからね。

 しかしデートなんてした事ないんだけど、これからどこに行けば良いんだ?
 なんかバタバタしていたし、二人がデートの権利を争ってダンジョンに潜っていた時も、どこか他人事のように考えていたため、昨日の夜になってからどこにいくのか考え始めたわけなんだけど、俺は恋愛経験値が低いためなにも決まっていなかったりする。

 日本だと取り敢えず遊園地とか映画館になるんだろうけど、この異世界にはそのどちらもない。
 あと考えられるのはお洒落なカフェとかになるんだろうけど、果たして異世界に酒場以外の飲食店はあるのだろうか?

「あら、私より早く来てるだなんて生意気ね」

 時間ちょうどに現れたアズはそんな憎まれ口をたたいてはいるが、言葉に反して耳を赤く染めている。

「なんだよ、それなら遅れて来ればよかったわけ? 」

「私を待たせたら万死に値するわ」

「それならどうしろって言うんだよ? 」

 そこでアズがハッとした表情のあと、思案を巡らすような表情になる。

「それもそうね」

「天然!? 」

 すると俺のツッコミを受けたアズが、ブーと頬っぺたを膨らませた。

「それよりさ、髪型変えたんだね」

 アズの膝まである艶やかで長い銀髪が、左サイドに束ねられ一つの大きな三つ編みへと編み込まれていた。
 そのため少し大人ぽっく見える。
 そんな大人っぽくなっているアズは、頬を膨らませたまま俯き、チラチラと見上げる形で話し始める。

「朝起きたら、クロが私の制止をふりきって勝手に弄りだしたんだけど、……どう? 」

「うん、凄く似合っているよ」

「……そう」

 あと服装もよく見れば、いくつかの違いがある事がすぐにわかった。
 今日はいつものマントを付けておらず、黒を基調とした洋服も一見すると同じに見えるかも知れないけど、服から覗くレースやフリルの色が赤からピンクに変わっていた。
 また頭の上に乗っかっている王冠もなく、三つ編みの毛先の方に大きな薔薇のコサージュが付いている。

 それに比べて俺はマントをしてないとは言え、いつもの制服姿。
 完全に失敗した感で一杯である。

「それより遠目から見てた時そわそわしてたように見えたのだけど、なにかあったの? 」

「いや、その——」

 行き先とかなんも決まってない、とかカッコ悪すぎて言えません。
 しかしどうしよう?
 とりあえず朝ご飯にでも食べに誘うか?

 ん?
 ……朝ごはんに誘う、なんてムードがない言葉なんだ。
 でもこのままどこにもいかないでグジグジしてると、ずるずるいってデートが台無しになりそうだし。
 というかそもそもデートって、どこかに行くだけでいいのだろうか?
 不味い、頭がかなり混乱してきてる。
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