77 / 132
第3章
第2話、アズとデート
しおりを挟む
とにかくどこか、デートの行き先を決めないと!
でもここで変に視線を動かすと、今になって行き先を探しているとバレバレで恥ずかしすぎるし。
そうして俺は、俯き加減でその場を微動だにせずに考えを巡らせ始めた。
どこに行く?
ごはん、どこか、取り敢えず出る、計画はしっかりと立てないと、リード、時間が——
その時チラリと見えたアズは、俺を見て小首を傾げていた。
あわわ、頭が完全にパニクる。
先程から同じような考えがエンドレスで頭の右から左へと駆け巡っていくため、考えが一向に先へ進まない。
とそこで焦りの感情が最高潮に高まると、ふとニュートラルに切り変わった。
……俺はなにを、なにをやっているんだ!?
このままじゃダメだ!
俺はさっきから自分の事ばかりを考えてしまい、アズの待たされている側の気持ちを完全に無視してしまっていた。
もう、俺が惨めな想いをするのがなんなんだ!
関係ない、ぶっちゃけてやる!
「アズ! 」
「なっ、なによ? 」
「実は俺、デートってなにをどうすればいいのか、もうなにがなんだかサッパリだ」
するとアズが、一瞬固まった後に苦笑をした。
「あんたも初めてなの? 」
「そうだ」
「へぇー、初めてなんだ」
するとアズがやれやれといった表情を見せた後、その口を開く。
「デートって事細かに言うと色々あるんでしょうけど、その本質は二人きりで時間を共有すること。
つまり色々する中で様々な会話をして、コミュニケーションを取り合うものなんでしょ? 」
「会話!? 」
「そう、会話」
「なっ、なるほど」
「だから、今この時も立派なデートじゃないの? 」
そうか、そうなんだ。
一筋の強い光が見えた気がした。
そっ、それなら会話をする場所を探してみよう!
「それじゃ、とりあえずどうしよう?
そだ、お腹は空いてる? 」
「別に空腹ではないわね」
「じゃ、この道沿いを歩いて、なにか気になったお店とかあったら入ってみようか」
「それでいいわ」
「それとアズ! 」
「今度はなに? 」
俺はアズを真正面から見据える。
「色々とありがとう」
するとアズの口元が波打つように緩む。
「ふふっ、また貸しができたわけね」
「えー、今ので!
アズ、その、デートとかする仲、というかなんというか、とにかく俺は貸し借りとかあんま好きじゃないんだ」
「そう、そしたら今のは無しでいいわよ」
「えっ、……いいの? 」
「えぇ、そもそも今のはジョークだったわけだし」
そしてアズは、俺の手をその小さな手で握ってきた。
街中で女の子と手を繋ぐ。
その恥ずかしさから周りの目が気になり、自然な動作の中でこっそり視線を配らせてみる。
すると結構な確率です、道行く人たちの視線が俺たちに注がれているのは。
一瞬で顔が赤くなる。
……いやでも、アズの服装も庶民的なモノじゃないうえ、俺のこの服装に褐色の肌は完全にアウェー感いっぱいであった。
これは人の目を気にしていたら何も出来ないかも、に至り、恥ずかしいけどここは開き直ることに。
しかしデートにこの学生服は、本当に選択ミスだよなー。
でも他に洋服なんてないからどうしようもないと言えばないのだけど……、もしリベンジの機会があるならばその時は。
それから俺たちは色々なお店の前に足を止めては話をした。
そして意外や意外、アズの話は止まらない。
どうやらアズは一人で生きてきたため、ちょっとした疑問もぶつける相手がおらず、そのため何事も不干渉の姿勢で生きてきたらしい。
しかし今ここには俺と言う話し相手が存在するわけで、今までの疑問を片っ端から思い出しては聞いてきてくれているのだ。
デートに浮き足立っていた俺としては大助かりである。
そして道すがらアズが手にしていた林檎を露店の棚に戻すと、彼女の視線が別へと向き固定、そして目を輝かせ始める。
どうやら新たな疑問を見つけたようだ。
「このお店は? 」
「これは——」
店内にはガラス越しに女性のお客さんの姿が沢山みえる。
お客さんが手にするものは布のようだけど、服屋さんかな?
そして置かれた品をまじまじと見ていて気がつく。
続いて看板を見るとランジェリーの文字が。
「しっ、下着屋さんみたい、だね」
「そう言えばクロが下着を履いた方が良いと言ってたのを思い出したわ」
「え? アズって下着つけない派なわけ? 」
「いままではそれで問題なかったからよ。
ただ私人間になったでしょ?
だからきた時は困るらしいのよね」
「きた時? なにが? 」
「生理」
「えっ」
「そう言えばあんた、男だから生理を知らないのよね?
説明してあげようかしら? 」
「いえ、……結構です」
「でもほんと攻撃されても無いのに血が出るだなんて、人間ってほんと不便よね。
それで股からの血が服につかないよう部位に布を宛てがうらしんだけど、その布を固定させるためにも下着が必要なわけなの」
「そっ、そうなんだ」
「ちょうどいいわ、このお店に入るわよ」
そうして引かれるようにして、俺は初のランジェリーショップへと入店する事となった。
若い女性客たちは一度、俺へ痛烈な視線を浴びせるが、アズと一緒にいる事に気がつくと買い物に戻っていく。
でもサササッと綺麗に俺からは遠退いていくのは少し傷つきます。
「ねぇ、どれがいいのかしら? 」
「そ、そうダナ、ドレがいいノカナ」
恥ずかしさから、言葉がカタコトになってしまう。
どうする? そうだ!
無だ、無の境地になるんだ!
取り敢えず焦点はズラしてよく見えない状態にする。
そうして俺は無になり、アズの後ろをついて歩く事に。
しかしアズは目移りしているのか、なかなか決められないでいるため店内を右へ左へ移動し、そのため俺も店内をうろうろする羽目になり、それを嫌った俺と同年代ぽい女性客たちが退店する事に。
はっ、恥ずかしい。
それとごめんなさい。
「これなんてどう? 」
見ればアズの手に黒いなにかが握られていた。
形状からおそらくパンティなんだろうけど、やっぱりというか黒が好きなんだね。
そこでネット情報を思い出す。
たしか女性と買い物に行った時、似合うかどうか聞いてくるモノは、聞かれた人がなんと答えようが女性は購入する、とあったはず。
それならば俺もそれに習い返答をする事に。
「いいと思うよ」
「そう、じゃこれにしようかしら? 」
とそこで目の疲れのピークが訪れてしまい、意図せずに焦点が段々と合ってきてしまう。
そのためアズの両の親指の間に広げられるようにしてある、生地の端にレースが付いた黒のパンティが目に飛び込んできた!
そしてそのままアズがそのパンティを履いている姿が頭に浮かんでしまう。
アズは色白の肌のため、より強調されてしまう黒の下着。
はっきし言ってエロいです。
「あんた、にやけてるの? 」
なっ、なんだと!?
いつの間に!
「気のせいです! 」
「ふーん」
そしてアズは、クロさんからセットのブラも買う事を勧められていたそうで、ちゃんと言われた通りにその二点を三セットと、吸収性の高い布を複数枚購入してからお店を後にした。
そして俺たちはその後も結構な時間、街を見て歩いていたのだけど——
『ドンッ』
肩に軽く衝撃が走りよろけてしまう。
振り返れば、同じようによろけている冒険者風のおじさんが。
どうやらすれ違いざまにこの人と肩がぶつかり合ったみたいだ。
「馬鹿野郎! どこに目をつけてやがる! 」
俺を睨むと怒鳴り散らすおじさん。
そしてそのおじさんの手が腰にぶら下がってる剣へと伸びていき——、そのまま剣の持ち手を握り込んだ。
と同時に走る悪寒。
「ご、ごめんなさい! 」
俺の平謝りに、おじさんの動きが止まる。
「けっ、女連れてんのに情けねーな!
きぃーつけろよ、このマセガキが! 」
そうしておじさんは機嫌の悪そうなガニ股な足取りで俺たちから離れていった。
そうだった、ここは異世界なんだ。
慣れとは怖いもので、剣と魔法の世界での生活に順応し、街で剣をぶら下げている人を見ても危険が迫らない限り何も驚かなくなっている自分がいた。
元の世界でも油断していると死んでしまう要素はいくらでもある。
ガラが悪い場所では今みたいな人にからまれる事もあるだろうし、一番身近な死として交通事故死や自殺などがある。
この世界では事故死が少ないと考えたとしても、冒険者として生きていくのなら常に高い確率で死と向きあって——
「もう、あんたが待ったをかけるから、ストレス溜まっちゃったわ」
手を繋ぎなおしてきたアズが、プンスカ怒ってみせる。
そのどこか可愛らしい姿を受けて、俺の緊張も解けていく。
しかしさっきは本当に心臓に悪かった。
怒鳴られた時、咄嗟にアズに向け手を伸ばし落ち着いて貰っていたのだけど、あと少し遅れていたならおじさんの体に大きな穴が開いていたかもしれない。
肩がぶつかっただけで互いの命のやり取りをするだなんて、それで死んでしまったほうは後悔してもしきれないだろう。
そしてそれは俺個人にも言えることでもある。
ダンジョンで戦う以上、いつ死んでもおかしくない。そのため後悔をしない生き方、をしなくてはいけない。
後悔——
人生を生きていたら、それこそ数え切れない程の後悔をしながら生きていくのだろうけど。
少しでも後悔しないためにも、出来るだけ意地を張らず、恥ずかしがらず、目一杯真剣に生きていかなければならない。
だからと言って、俺の命には三人の命の重みもあるんだから、闇雲に突っ込んだりもしないけど。
それと一度、真剣に魔法を習ってみたいな。
もしかしたらだけど、魔力アップとかコツを掴んだりしたら、彼女たちの肌を小麦色に染める縛りを打ち破れるような回復を使えるかもしれないから。
そこで不意に思い出す。
幼い頃の失敗、無知ゆえの後悔。
でも考えたら、あの事はまだ真琴に謝罪出来るし、渡すことも出来る、んじゃないのかな?
そこで軽く手を引かれた。
「なに一人で考え込んでるのよ? 」
「あっ、ごめん。ちょっとね」
そう、今はアズとのデート中。
真琴は真琴、今はアズ一人と真剣に向き合わないと彼女に失礼である。
「ふーん」
澄まし顔のアズがそっぽを向く。
そして突然あらぬ方向に顔を向けたかと思うと、いっときしてからまた違う方向に顔を向ける。
あれ?
アズさん、そわそわしてるのかな?
「アズ——」
「そうそう、私の方こそなんだけど、その……ごめんなさい」
「どうしたの、急に? 」
「その、他の存在と対等に話すことって今までなかったから、あんたに対しての接し方が、自分でもいまいちわからないの」
アズは編み込んだ髪の束を、クルクル指に巻きつけながら話を続ける。
「私って自分本位の考え方するでしょ?
思い返してみても、あんたと話してるとそれが矛盾点となって浮き彫りになっちゃって。
……まーそれに気付けただけでも、あんたと出会った事に意味はあったわね!
……って、何笑ってんのよ? 」
「なんでもないよ」
アズさん、相変わらず前向きだな。
知らず知らずの内に笑顔になっていたようです。
陽が傾き始める中、座るのにちょうど良い高さの塀を見つけたので腰を下ろすと、アズも俺の隣にチョコンと座る。
「アズはさ、今までどんな人生を歩んできたの? 」
「私は、……生まれながらにして周りと違ってた。
ほらっ、私たちはある目的に向かって生きてるじゃない。
それでね、私は唯一その目的に手が届きやすい位置で生まれたの」
ある目的って言われても知らないんですけど。
……でもこれって、絶対俺が知ったらダメなやつですよね?
このままアズの話を聞いていてもいいのかな?
「それを誇りに黙々と、他の奴らを視界に入れず……正確には視界に入れる余裕がないほどに頑張ってきた。
だからここに到達するための膨大な時間に、苦痛を感じたことは一度もなかった。
けど見知った存在はいても仲間と呼べる奴は一人もいない。
……ま、当然の結果よね」
「俺でいいなら、これからいつでも話し相手になるよ」
「なら毎晩、吐息がかかる位置で話そうかしら? 」
「そそ、それはなんか違う気がするんだけど」
あたふたしながらもなんとか言葉を出すと、そんな俺に対してアズが熱っぽい瞳で微笑んだ。
「ほんとあんたって、面倒みようとするくせに抜けてて、なんかほっとけない、目が離せない奴なのよね」
横に座るアズの二の腕が俺の二の腕に密着し、その小さな面積で互いの熱を感じ合う。
「それになんでだろ?
他者に関わり合いたくないと思ってた私が、不思議とあんたにだけは興味を抱いてしまう。
それと私、いま心臓がドキドキしてるんだけど、なんでかわかる? 」
「なっ、なんでだろうね? 」
アズが上体を前に倒し、そこから覗き込むようにして俺を見上げる。
「あんたはさ、私とデートをするって決まった時、少しでも嫌な気持ちになった? 」
「そんな事はないよ!
どこに行こうかは悩んだけどさ、アズと行くってなった事に対して、少しも嫌な気持ちなんてなってないよ」
「へぇー、そうなんだ」
その言葉は、甘い香りにのって一瞬で空気に溶けていった。
陽はかなり傾き、俺たちの影はとうの昔に二人の身長を越している。
「じゃ、そろそろ戻ろうか」
「うん」
と腰を上げようとした時、違和感を感じる。
——これは、視線?
そしてアズを見るとニヤリと笑っていた。
「昨日の奴らね、どうしてくれようかしら? 」
でもここで変に視線を動かすと、今になって行き先を探しているとバレバレで恥ずかしすぎるし。
そうして俺は、俯き加減でその場を微動だにせずに考えを巡らせ始めた。
どこに行く?
ごはん、どこか、取り敢えず出る、計画はしっかりと立てないと、リード、時間が——
その時チラリと見えたアズは、俺を見て小首を傾げていた。
あわわ、頭が完全にパニクる。
先程から同じような考えがエンドレスで頭の右から左へと駆け巡っていくため、考えが一向に先へ進まない。
とそこで焦りの感情が最高潮に高まると、ふとニュートラルに切り変わった。
……俺はなにを、なにをやっているんだ!?
このままじゃダメだ!
俺はさっきから自分の事ばかりを考えてしまい、アズの待たされている側の気持ちを完全に無視してしまっていた。
もう、俺が惨めな想いをするのがなんなんだ!
関係ない、ぶっちゃけてやる!
「アズ! 」
「なっ、なによ? 」
「実は俺、デートってなにをどうすればいいのか、もうなにがなんだかサッパリだ」
するとアズが、一瞬固まった後に苦笑をした。
「あんたも初めてなの? 」
「そうだ」
「へぇー、初めてなんだ」
するとアズがやれやれといった表情を見せた後、その口を開く。
「デートって事細かに言うと色々あるんでしょうけど、その本質は二人きりで時間を共有すること。
つまり色々する中で様々な会話をして、コミュニケーションを取り合うものなんでしょ? 」
「会話!? 」
「そう、会話」
「なっ、なるほど」
「だから、今この時も立派なデートじゃないの? 」
そうか、そうなんだ。
一筋の強い光が見えた気がした。
そっ、それなら会話をする場所を探してみよう!
「それじゃ、とりあえずどうしよう?
そだ、お腹は空いてる? 」
「別に空腹ではないわね」
「じゃ、この道沿いを歩いて、なにか気になったお店とかあったら入ってみようか」
「それでいいわ」
「それとアズ! 」
「今度はなに? 」
俺はアズを真正面から見据える。
「色々とありがとう」
するとアズの口元が波打つように緩む。
「ふふっ、また貸しができたわけね」
「えー、今ので!
アズ、その、デートとかする仲、というかなんというか、とにかく俺は貸し借りとかあんま好きじゃないんだ」
「そう、そしたら今のは無しでいいわよ」
「えっ、……いいの? 」
「えぇ、そもそも今のはジョークだったわけだし」
そしてアズは、俺の手をその小さな手で握ってきた。
街中で女の子と手を繋ぐ。
その恥ずかしさから周りの目が気になり、自然な動作の中でこっそり視線を配らせてみる。
すると結構な確率です、道行く人たちの視線が俺たちに注がれているのは。
一瞬で顔が赤くなる。
……いやでも、アズの服装も庶民的なモノじゃないうえ、俺のこの服装に褐色の肌は完全にアウェー感いっぱいであった。
これは人の目を気にしていたら何も出来ないかも、に至り、恥ずかしいけどここは開き直ることに。
しかしデートにこの学生服は、本当に選択ミスだよなー。
でも他に洋服なんてないからどうしようもないと言えばないのだけど……、もしリベンジの機会があるならばその時は。
それから俺たちは色々なお店の前に足を止めては話をした。
そして意外や意外、アズの話は止まらない。
どうやらアズは一人で生きてきたため、ちょっとした疑問もぶつける相手がおらず、そのため何事も不干渉の姿勢で生きてきたらしい。
しかし今ここには俺と言う話し相手が存在するわけで、今までの疑問を片っ端から思い出しては聞いてきてくれているのだ。
デートに浮き足立っていた俺としては大助かりである。
そして道すがらアズが手にしていた林檎を露店の棚に戻すと、彼女の視線が別へと向き固定、そして目を輝かせ始める。
どうやら新たな疑問を見つけたようだ。
「このお店は? 」
「これは——」
店内にはガラス越しに女性のお客さんの姿が沢山みえる。
お客さんが手にするものは布のようだけど、服屋さんかな?
そして置かれた品をまじまじと見ていて気がつく。
続いて看板を見るとランジェリーの文字が。
「しっ、下着屋さんみたい、だね」
「そう言えばクロが下着を履いた方が良いと言ってたのを思い出したわ」
「え? アズって下着つけない派なわけ? 」
「いままではそれで問題なかったからよ。
ただ私人間になったでしょ?
だからきた時は困るらしいのよね」
「きた時? なにが? 」
「生理」
「えっ」
「そう言えばあんた、男だから生理を知らないのよね?
説明してあげようかしら? 」
「いえ、……結構です」
「でもほんと攻撃されても無いのに血が出るだなんて、人間ってほんと不便よね。
それで股からの血が服につかないよう部位に布を宛てがうらしんだけど、その布を固定させるためにも下着が必要なわけなの」
「そっ、そうなんだ」
「ちょうどいいわ、このお店に入るわよ」
そうして引かれるようにして、俺は初のランジェリーショップへと入店する事となった。
若い女性客たちは一度、俺へ痛烈な視線を浴びせるが、アズと一緒にいる事に気がつくと買い物に戻っていく。
でもサササッと綺麗に俺からは遠退いていくのは少し傷つきます。
「ねぇ、どれがいいのかしら? 」
「そ、そうダナ、ドレがいいノカナ」
恥ずかしさから、言葉がカタコトになってしまう。
どうする? そうだ!
無だ、無の境地になるんだ!
取り敢えず焦点はズラしてよく見えない状態にする。
そうして俺は無になり、アズの後ろをついて歩く事に。
しかしアズは目移りしているのか、なかなか決められないでいるため店内を右へ左へ移動し、そのため俺も店内をうろうろする羽目になり、それを嫌った俺と同年代ぽい女性客たちが退店する事に。
はっ、恥ずかしい。
それとごめんなさい。
「これなんてどう? 」
見ればアズの手に黒いなにかが握られていた。
形状からおそらくパンティなんだろうけど、やっぱりというか黒が好きなんだね。
そこでネット情報を思い出す。
たしか女性と買い物に行った時、似合うかどうか聞いてくるモノは、聞かれた人がなんと答えようが女性は購入する、とあったはず。
それならば俺もそれに習い返答をする事に。
「いいと思うよ」
「そう、じゃこれにしようかしら? 」
とそこで目の疲れのピークが訪れてしまい、意図せずに焦点が段々と合ってきてしまう。
そのためアズの両の親指の間に広げられるようにしてある、生地の端にレースが付いた黒のパンティが目に飛び込んできた!
そしてそのままアズがそのパンティを履いている姿が頭に浮かんでしまう。
アズは色白の肌のため、より強調されてしまう黒の下着。
はっきし言ってエロいです。
「あんた、にやけてるの? 」
なっ、なんだと!?
いつの間に!
「気のせいです! 」
「ふーん」
そしてアズは、クロさんからセットのブラも買う事を勧められていたそうで、ちゃんと言われた通りにその二点を三セットと、吸収性の高い布を複数枚購入してからお店を後にした。
そして俺たちはその後も結構な時間、街を見て歩いていたのだけど——
『ドンッ』
肩に軽く衝撃が走りよろけてしまう。
振り返れば、同じようによろけている冒険者風のおじさんが。
どうやらすれ違いざまにこの人と肩がぶつかり合ったみたいだ。
「馬鹿野郎! どこに目をつけてやがる! 」
俺を睨むと怒鳴り散らすおじさん。
そしてそのおじさんの手が腰にぶら下がってる剣へと伸びていき——、そのまま剣の持ち手を握り込んだ。
と同時に走る悪寒。
「ご、ごめんなさい! 」
俺の平謝りに、おじさんの動きが止まる。
「けっ、女連れてんのに情けねーな!
きぃーつけろよ、このマセガキが! 」
そうしておじさんは機嫌の悪そうなガニ股な足取りで俺たちから離れていった。
そうだった、ここは異世界なんだ。
慣れとは怖いもので、剣と魔法の世界での生活に順応し、街で剣をぶら下げている人を見ても危険が迫らない限り何も驚かなくなっている自分がいた。
元の世界でも油断していると死んでしまう要素はいくらでもある。
ガラが悪い場所では今みたいな人にからまれる事もあるだろうし、一番身近な死として交通事故死や自殺などがある。
この世界では事故死が少ないと考えたとしても、冒険者として生きていくのなら常に高い確率で死と向きあって——
「もう、あんたが待ったをかけるから、ストレス溜まっちゃったわ」
手を繋ぎなおしてきたアズが、プンスカ怒ってみせる。
そのどこか可愛らしい姿を受けて、俺の緊張も解けていく。
しかしさっきは本当に心臓に悪かった。
怒鳴られた時、咄嗟にアズに向け手を伸ばし落ち着いて貰っていたのだけど、あと少し遅れていたならおじさんの体に大きな穴が開いていたかもしれない。
肩がぶつかっただけで互いの命のやり取りをするだなんて、それで死んでしまったほうは後悔してもしきれないだろう。
そしてそれは俺個人にも言えることでもある。
ダンジョンで戦う以上、いつ死んでもおかしくない。そのため後悔をしない生き方、をしなくてはいけない。
後悔——
人生を生きていたら、それこそ数え切れない程の後悔をしながら生きていくのだろうけど。
少しでも後悔しないためにも、出来るだけ意地を張らず、恥ずかしがらず、目一杯真剣に生きていかなければならない。
だからと言って、俺の命には三人の命の重みもあるんだから、闇雲に突っ込んだりもしないけど。
それと一度、真剣に魔法を習ってみたいな。
もしかしたらだけど、魔力アップとかコツを掴んだりしたら、彼女たちの肌を小麦色に染める縛りを打ち破れるような回復を使えるかもしれないから。
そこで不意に思い出す。
幼い頃の失敗、無知ゆえの後悔。
でも考えたら、あの事はまだ真琴に謝罪出来るし、渡すことも出来る、んじゃないのかな?
そこで軽く手を引かれた。
「なに一人で考え込んでるのよ? 」
「あっ、ごめん。ちょっとね」
そう、今はアズとのデート中。
真琴は真琴、今はアズ一人と真剣に向き合わないと彼女に失礼である。
「ふーん」
澄まし顔のアズがそっぽを向く。
そして突然あらぬ方向に顔を向けたかと思うと、いっときしてからまた違う方向に顔を向ける。
あれ?
アズさん、そわそわしてるのかな?
「アズ——」
「そうそう、私の方こそなんだけど、その……ごめんなさい」
「どうしたの、急に? 」
「その、他の存在と対等に話すことって今までなかったから、あんたに対しての接し方が、自分でもいまいちわからないの」
アズは編み込んだ髪の束を、クルクル指に巻きつけながら話を続ける。
「私って自分本位の考え方するでしょ?
思い返してみても、あんたと話してるとそれが矛盾点となって浮き彫りになっちゃって。
……まーそれに気付けただけでも、あんたと出会った事に意味はあったわね!
……って、何笑ってんのよ? 」
「なんでもないよ」
アズさん、相変わらず前向きだな。
知らず知らずの内に笑顔になっていたようです。
陽が傾き始める中、座るのにちょうど良い高さの塀を見つけたので腰を下ろすと、アズも俺の隣にチョコンと座る。
「アズはさ、今までどんな人生を歩んできたの? 」
「私は、……生まれながらにして周りと違ってた。
ほらっ、私たちはある目的に向かって生きてるじゃない。
それでね、私は唯一その目的に手が届きやすい位置で生まれたの」
ある目的って言われても知らないんですけど。
……でもこれって、絶対俺が知ったらダメなやつですよね?
このままアズの話を聞いていてもいいのかな?
「それを誇りに黙々と、他の奴らを視界に入れず……正確には視界に入れる余裕がないほどに頑張ってきた。
だからここに到達するための膨大な時間に、苦痛を感じたことは一度もなかった。
けど見知った存在はいても仲間と呼べる奴は一人もいない。
……ま、当然の結果よね」
「俺でいいなら、これからいつでも話し相手になるよ」
「なら毎晩、吐息がかかる位置で話そうかしら? 」
「そそ、それはなんか違う気がするんだけど」
あたふたしながらもなんとか言葉を出すと、そんな俺に対してアズが熱っぽい瞳で微笑んだ。
「ほんとあんたって、面倒みようとするくせに抜けてて、なんかほっとけない、目が離せない奴なのよね」
横に座るアズの二の腕が俺の二の腕に密着し、その小さな面積で互いの熱を感じ合う。
「それになんでだろ?
他者に関わり合いたくないと思ってた私が、不思議とあんたにだけは興味を抱いてしまう。
それと私、いま心臓がドキドキしてるんだけど、なんでかわかる? 」
「なっ、なんでだろうね? 」
アズが上体を前に倒し、そこから覗き込むようにして俺を見上げる。
「あんたはさ、私とデートをするって決まった時、少しでも嫌な気持ちになった? 」
「そんな事はないよ!
どこに行こうかは悩んだけどさ、アズと行くってなった事に対して、少しも嫌な気持ちなんてなってないよ」
「へぇー、そうなんだ」
その言葉は、甘い香りにのって一瞬で空気に溶けていった。
陽はかなり傾き、俺たちの影はとうの昔に二人の身長を越している。
「じゃ、そろそろ戻ろうか」
「うん」
と腰を上げようとした時、違和感を感じる。
——これは、視線?
そしてアズを見るとニヤリと笑っていた。
「昨日の奴らね、どうしてくれようかしら? 」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
357
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる