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第3章

第12話、踏みつけ攻撃とユウトの哲学

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 男たちは敵意を向け、俺たちを取り囲む。
 そしてそのど真ん中に向かい、疾走するクロさん!

 夕刻である事も相まって、メイド服のクロさんがその速度のため一つの陰となった。

 そうして地を這うようにして迫る彼女に、狙われた男の一人が完全に虚を突かれる形となる。
 男は慌てて手にした剣を力強く握り込むと、振り上げるのだけど——

 さらに加速した!

 クロさんは男の懐に飛び込むと、振り下ろされる剣を持つ男の手首をそのままキャッチ。
 そして掴んだまま身を反転し、男の身体に勢いのまま自身の背を押し当てる。
 それらの一連の動きを流れるように行なうと、そこで自身の身を屈め、チカラを込める!

 そう、背負い投げだ!

 男はクロさんに腕を掴まれているため、そのまま受け身も取れずに硬い地面へ。
 さらにクロさんの体重もプラスされた状態で背中から叩きつけられた男は、空気の塊を口から吐き出した。

 そしてクロさんはと言うと、地面に叩きつけた反動を利用してピョンっと空中へ飛び上がり前転回転をしてスタリと地面に降り立つと、そのまま近くにいた男へ襲いかかる!

 それから次々に男たちへ、まるで披露されるかのようにして繰り出される数々の投げ技。
 背負い投げから始まり、分かる技名だけでも大外刈りや内股、体落としに巴投げ。
 しかも相手を地面や壁に叩きつけると同時に、相手の腕を極めていたりしっかり肘を入れているものだから、投げられた男たちは脇腹や腕を抑え立ち上がってこない。

 それと柔道は授業で習った程度だからなんとなくでしか分からないけど、それでもクロさんは上手いと思う。
 簡単に投げているように見えるけど、その一つ一つに相手との攻防が繰り広げられているのが見てとれたからだ。

 普通無理に投げようとしても、相手は必ず踏ん張るからそうそう簡単には体勢が崩れず投げる事は出来ない。
 しかしクロさんは、相手が踏ん張るのを逆手にとっている。
 引っ張り相手が踏ん張ったところを、刈り取るようにして脚をかけ押し倒す。
 逆に押して踏ん張ったところを引っこ抜くようにして投げ飛ばす。
 そして投げられた先に待つのは、道場のように柔らかい畳ではなく、煉瓦が敷き詰められた硬い地面。

 しかも倒れた相手へ追加の踏みつけ攻撃も行なっていたりする。

 ゲームとかでは踏みつけ攻撃など倒れた相手への攻撃は、ついでにダメージを与える程度の微々たるものだけど、リアルファイトでは踏みつけほど怖い攻撃はない。
 普通拳で殴ると相手は仰け反ったり倒れたりして威力が分散してしまうのだけど、踏みつけ攻撃は脚と地面に相手が挟まれた状態になるため衝撃が逃げにくくなるのだ。

 実際にテレビのニュースで殺人事件として流れているのを見たことがあるのだけど、人は踏みつける事により、簡単に相手を死に至らしめてしまえる。

 踏みつけの脅威を分かりやすく説明すると、それはやはり簡単に誰でも出来ることにあると思う。
 格闘家はトレーニングを長年行いやっと自身の体重を乗せたジャブやストレート、バネを活かした蹴り等を身につけていくらしい。
 しかしなんの訓練もされていない一般人でも、自身の全体重を乗せた重い攻撃が行えてしまう。

 それが踏みつけなのだ。

 そんな踏みつけ攻撃を何度もやったり、体重が重い人がやったり、ハイヒールのような先が尖った部分でやってしまえば、相手がどうなってしまうのか想像するだけで怖い。
 そう、踏みつけ攻撃とは、クロさんのように体重の軽そうな女性でも場所によっては、一撃で普通に人ひとりの息の根を止めてしまえる程、強力な破壊力を持つ攻撃なのだ。

「うぉわ! 」

 足首を狙ったクロさんの足払いで、男の一人が横這いに転倒し叫び声を上げた。
 男は慌てて立ち上がろうと地面に手をつくが、クロさんの蹴りが胸に炸裂。
 そのため仰向けに転がり倒れこむ男へ、すかさず一昔前のカンフー映画に出て来る序盤は無敵に近い強さを持つ悪の拳法使いのような迫力で、クロさんがその男の胸を力強く踏みつけ、その後にグリグリと念を押すようにして踏みしめた。

 そしてその時、俺は見えた気がした。

『ハイィィーィ』という掛け声と共に、クロさんの背後で雷鳴轟く闇の中から浮かび上がるトグロを巻いた大蛇が!

 って男たちで残っているのは、あと小男とひときわデカイ体躯である大男の二人だけ!?

 そしてクロさんが武器を持つ最後の一人、大男と交戦を開始した!
 男は無駄に大きな斧を担いだ状態でクロさんを見下ろしているが——

 この男、今までのクロさんの動きを見てきているはずなのに、どしんと構えている。
 もしかしてかなりの使い手なのか!?

 そして俺の予想が的中する!
 男はかなりの速度で斧を振り回し始めたのだ!

 斧で攻撃しながら前進してくる男に対して、素手のクロさんは攻撃を仕掛ける素ぶりを見せず、また一定の距離から詰めようとしない。

 と躱すのに専念しているように見えたクロさんが、次の瞬間には一気に間合いを詰めた!
 そして振り回す男の武器を持つ手を握っていた。

 いや、あれは男の小指だけを握っているようだ!
 嫌な音と共に、指が曲がったらいけない方向に曲がり、男が斧を地面に落とす。

 そしてそこからは一瞬であった。

 手から腕へ掴みかえたクロさんが、腕を持ったまま一気に飛び上がる。
 そして男の腕の上方から出した、黒のロングスカートから露わになった御御足おみあしをそのまま相手の首に引っ掛けると、もう片方の脚を腕の下方から出して胸にかける。
 そして男の腕を両手で決めたまま全体重を使い、自身の肩口から地面へコロリと入り背中で着地。
 すると立っていた男は、真下へ引っ張られる形で地面へ転がりそこから大の字になった。
 そしてクロさんが男の腕を一気に引くと、男は大きな悲鳴を上げる。

 うわっ、カッコイイ!
 初めて生のを見た!
 今のは絶対、飛び付き腕十時固めだ!

 そこで地面に伏し右腕を抑え呻き声をあげる大男を尻目に、独り立ち上がったクロさんが小男を見据え語る。

「あとはあなただけですけど、……まだやりますか? 」

 小男は言葉をかけられた事にも気づかないくらい唖然としていた。
 そこで俺とアズは、クロさんの隣に並ぶ。

「クロさん、怪我はないですか? 」

「はい、大丈夫です! 」

「ま、私に仕える者としては当然の結果よ」

 アズが嬉しそうにクロさんを褒め称える。

 男たちはと言うと、戦意喪失しているようで攻撃してくる者がいない代わりに、互いに肩を貸したりして、倒れた仲間たちを起き上がらせたりして介抱している。

「しかしクロさん、容赦ないですよね」

「えっ? あっ、あちらは命を奪っても仕方ないくらいの気持ちで来てるので、これくらい生温いほうですよ! 」

 ……ぬぐっ、言われてみれば、たしかにそうかも。
 戦争とかで銃撃戦が始まっている中、自身だけ相手の命を心配して発砲していたんじゃ、勝てる戦いも勝てなくなってしまう。

 つい今しがたの発言は、俺の考えがなまっちょろいだけである。

「殺さないのは、私なりのせめてもの情けなんです」

「いえ、……俺の考えが甘かったです。
 それと生意気な事を言って、すみませんでした」

「えっ、いえいえ、ユウトさんはそのままで良いと思いますよ!
 ただ久々に動いて疲れちゃいました」

「そっ、そうですよね、あんなに大勢いたからですね! 」

「あっ、そ、それもそうなんですけど、相手を殺さないようにする、と言うか。……パンチが当たって倒れた先で頭でも打てば、人は簡単に死んでしまいますし、必要以上に力を入れて踏むのも危険なのでその調整というのでしょうか、手加減が——」

 とそこで、小男が背を向け走り出した!

「あははっ、逃げられるとでも思ってるの!? 」

 アズの真っ赤な口がパックリ開かれる。
 そして出現する長い闇ツララが一本!

 アズ、それはまじで洒落にならないって!
 そして咄嗟に手を出していた。
 続いて手首に走る鋭い痛み。

 直撃したのだ、俺の手に闇ツララが。
 そして感じた痛みより、目の当たりにした光景によりゾッとしてしまう。

 俺の手首が骨ごと切断され、少しの肉と皮とで繋がっている状態になっていたから。
 そのため現在手首から先が絶賛ぶらんぶらん揺れていたりする。

 そして闇ツララはと言うと、軌道が少しズレ小男の横にあったガラクタを破壊、盛大に吹き飛ばしていた。
 また小男の姿は上がった埃により見えなくなっていく。

「なっ、あんたなにやってんのよ? 」

 アズが俺の手首を見て、狼狽えながら俺に詰め寄る。
 俺は千切れかかっている手をもう片方の手で支えながら傷口に当て固定させると、そのまま白濁球の中に腕先を突っ込んだ。

「いたたっ、こうでもしないとあの男の人に直撃してたよね? 」

「当たり前でしょ、殺すつもりで撃ったんだから」

 やっぱり!

「だからアズなら殺す以外にもやりようがあるだろ? 」

「例えば? 」

「俺の回復があるから、……手足だけ吹き飛ばして、動けなくするとか——」

 自分で言っておきながら、物騒なことを言っているなと驚く。

「あははっ、それはそれで楽しそうね」

「……あの」

 おずおずと言った形でクロさんが口を開く。

「みんな逃げられちゃいました」

 え?
 クロさんの言葉に辺りを見回す。

 つい今しがたまで転がっていたり壁に背を預けていた男たちが、いつの間にか姿を消していた。

「仕返しに来るかも、しれません」

「あははっ、その時は最初から私もやるわよ!
 いいわね! 」

 うーん。

「……ちょっと、考えさせて」

「えー!? 」

 アズが動けば高確率で相手が死ぬ。
 でも今回の敵は死なないといけない事を、はたしてしたのだろうか?

 ……現段階ではノーだ。
 しかし次に会いまみえる時はどうなのか?

 俺は考える。

 食料として食べている動物に対して、殺して食べているという事実に抵抗はあっても、食べなければ生きてはいけないため、普段はなにも思わない自分がいる。

 食べるために殺す。

 それは太古の昔から、恐竜から人間まで、ずっと行われてきた当たり前の事。
 現在に至っても野生に生きる生物たちは、弱肉強食の世界でそれを行い生きている。

 それなのに、こと相手が人間になると、殺す事に対して猛烈に拒絶反応を示す俺がいる。
 最初のダンジョン、悪鬼要塞で人を殺してしまったと思い込んだ時、極端に言うなら生きる気力を失いかけた。

 それほど人を殺すと言う事実は、精神的に自身へもダメージを与えている事になるわけだ。

 それは何故か?

 食べるためではないからか?
 それとも人間のDNAだけに刻まれた、同族を殺さないための情報があるかも知れないからなのか。

 もし、もしそうではなく、現在の世に生きる人間だけが、人間を殺す事に対して極度の嫌悪を感じているのであれば——
 それは地球を平和にしようとしている者か、反対に敵対者を作らないよう牙を抜くために暗躍する者か、はたまたその両方の意図が複雑に社会、世界に絡み合っているのかもしれない。
 ただ真実がどれであるにしても、それは誰かがルールを作りそう考えるように仕向けている事に——

 俺は小さい頃から、ふと今の生活に、今の世について考えることがある。

 それは、俺が生きる日本での生活そのものが試練の場、バーチャルな世界ではないのかと。
 時折感じる作られた世界に身を投じているという感覚。

 現に進化の果てにこのようになりました、と言う進化の中には、明らかに辻褄が合わない進化があるように思える。

 そう思う一つに、人間以外の動物は眼球の多くを黒目が占め、人間のみ進化の過程で白目を多く手に入れた、と言われるモノがある。

 狩りの際、黒目が多い動物はサングラスのように自身の視線を相手に悟らす事を難しくし、逆に人間は白目が見える事で静かな合図、アイコンタクトが出来ると言うわけだけど——

 進化の過程で、集団狩りに適した白目を手に入れた?
 果たして狩りに適してるからと言って、人間は眼球を進化させて白目を手に入れられるのだろうか、という事だ。

 だってアイコンタクトをやり始める最初はみんな黒目である。
 そこでやっても意思の疎通が成立しないのに、何度も何度も、それこそ進化するまでアイコンタクトを挑戦するだろうか?
 しかも全人類が同時期にやった事にしないと、その進化は一気に全人類に適応されないし、そうでなければ一部の進化した人類が他の人類を狩り尽くした事にしないと辻褄が合わない。
 現代の地球のように大量殺戮兵器があるならまだしも、石器を武器にしていた人類が地球上の進化していない人類を一人残さず見つけ出して——

 これらの事から、その場に適した進化をチョイスし、それに向かって少しずつ改造、もしくは一気にカスタマイズされたと聞かされたほうが、妙に納得してしまう自分がいる。

 人という生き物は——

 自己治癒能力を有する優秀な身体ボディーに、電気で動く司令塔であるコンピューターを有し、宿る魂ダウンロードをして人生という名の試練ミッションを行なっているのではないだろうか?

 また人がそうして作られた存在ならば、人間はなんのために生きているのか?

 試練を受けるため?
 そうであるならそれは人それぞれ。
 こうして悩む事が試練の者もいれば、大きな災いを体験する者もいるかもしれない。
 そして世界の綻びに気づきそのままにしておけないと感じた者がいれば、それがその人の試練となる。

 そう考えると、今ここで人を殺める事に対して葛藤している事が、今の俺の試練、避けて通ってはいけない道なのかも——

 そして各々、その試練をクリアし続けた先には、俺たち人間には何が待っているのだろうか?

 ……。

 …………。

 いや待てよ?

 真琴やアズ、それに二人が知らなくてもヴィクトリアさんならば、これらの答えを知っているのでは?

 たぶん女神様だし!

 よし、一番確かな情報を知っていそうな、ヴィクトリアさんに機会があったら聞いてみるとしよう!
 ……仮にそれが、宇宙規模で禁止されてる質問事項なら、素直に諦めるしかないんだけどね。
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