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第3章

第13話、走る稲妻

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 ◆


 ——てな訳で前日のヴィクトリアさんへのぬりぬりとオークションへの参加、そして小男率いる集団との戦闘になった、長い回想は終わりである。

 焦点を前日と同じように目の前に現れた者、小男に合わせる。

「こちらにも面子ってもんがありやしてね、やられっぱなしのままだと、ここらでは新参者であるあっしの商売が舐められちまうんですよ」

 そこで小男がニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。

「そいでちょいとお金はかかりやしたが、凄腕の先生をお連れしやしたので」

 小男が誰もいないはずの、後方の暗がりへ視線を向ける。

「それでは先生、おねげえしやす」

 ……。

 …………!

 全く気配がしなかったのに!

 その暗がりからぬっと現れたのは、全身を覆い尽くす黒のロングコート、黒の手袋に黒のブーツ、そして長身で背中まで伸びている長い金髪の男であった。
 また高い鼻筋から左側には上から下まで幅広の火傷の痕が縦に走っており、その直線上にある左目は開かないのかずっと閉じられていた。

 そして唯一開かれている片目で、こちらを注意深く観察している。
 続いてチクリとする視線。

 これはソウルリストを確認された!

 そこで黒コートの男は、火傷が走る閉じられていた方の片眼を開く。

 その瞳は、綺麗な金色に輝いていた。
 この人、黒と金の碧眼だ。

「おい、お前! 」

 そこで突然、その黒コートの男がこちらに向け怒鳴ってきた。

「お前だよお前! 黒い奴! 」

「あっはい」

「間抜けに返事してんじゃねーよ!
 それよりどう言う事なんだ!
 さっきから見てればイチャイチャを繰り広げやがって!
 しかも超絶倫だと!?
 ……一体どんな夜を過ごせばそうなるんだ?
 羨ましいぞこの野郎! 」

「あっ、ごめんなさい」

 ……ってあれ?
 いやいや俺って本当は、『真の童貞』に認定されてる可哀想な人間なんですけど——

「とにかくだ! 」

 そこで黒コートの男がビシッと俺の方へ人差し指を伸ばす。

「この超絶有名なライトニングの異名を持つ、ライズ=クロスバウアー様が、お前たちを直々にお仕置きしてやるぜ! 」

 なんかこの人、少し変な人のような気がするんだけど、……いや、今はそれを気にしている場合じゃない!

 こちらもソウルリストを確認するんだ!

 そして見えたソウルリストは、本人が名乗った『ライトニング』であった。

 俺はその時、正直に羨ましいと思った。
 ……いや、そんな悠長なことを考えている場合でもない!
 なんかさっきからペースを乱されまくっている気がする。
 乱されるな!
 考えるんだ!

 まずはソウルリストについて。
 ライトニングだから、そのまま稲妻って事だよね?
 そして武器の類いを持ってないって事は、雷魔法の使い手って事か!?

 そこですぐ真横で風切り音が鳴った。
 アズだ!
 アズが闇ツララの一本を作り上げると、問答無用でライトニングに向け発射させたのだ!

 空気を斬り裂きライトニングの胸へ、吸い込まれるようにして飛んでいく闇ツララ。

 って、アズ!
 あの人が死んじゃう!

 しかしそのアズの闇ツララを、ライトニングは身を翻して躱してみせた!

「おっ、おうおうおう、いきなりだな!
 しかし銀髪で尚且つ無詠唱で攻撃魔法を飛ばせるなんて、やっぱりそっちの少女に見えるのは、黒の魔女で間違いなさそうだな。
 ……なら俺様も、最初から飛ばしていくぜ! 」

 アズが黒の魔女と呼ばれている事を、ライトニングの方は知っている!?

「あははっ、ユウト!
 こいつは私のソウルリストを覗いた失礼な奴だから、ギタギタにして殺すわよ! 」

「え? いやっ——」

 殺し合いが始まってしまう!
 両者が死なないように、また回復を飛ばす準備をするしかないのか!?

 そこで気づく。

 ライトニングの手首から先が、バチバチ音を立てて電流が流れてる事に。
 つまり奴も、アズと一緒で無詠唱で魔法が使えるってこと!?

 と、そこで——。

『ドチャッ! 』

 突然上方から降ってきた黒い塊が、俺とアズの目の前に落ちてきた。

 いや、着地をしたのはクロさんだ!
 空を見上げて見る。
 多分並ぶようにして建つ、あの二階建ての民家の屋根から飛び降りたのだろうけど——

 とにもかくにも俺の心はビックリで満たされていますよ!

 そしてクロさんはまるで、素っ裸で未来から送り込まれてくる旧式ロボと変形自在の液体金属ロボの登場シーンのように、片手を付き跪いたポーズののちに立ち上がると、ライトニングをキッと睨みつけた。

「どうしてもお嬢様と戦いたいのであれば、まずはこの私を倒してからにして貰いましょうか! 」

 と言うかクロさん、このタイミングで出てこれると言うことは、今までずっと俺たちに内緒でデートに付いて来ていたのですね!

「メイド服!? もしかしてお前が昨日暴れまわったって言う怪物女か? 」

「だっ、誰が怪物女ですって! 」

 そこでライトニングがニヤリと不敵に笑う。

「しかしこの俺様に気配を感じさせないとは、中々やるようだな。気に入ったぜ」

 そこでクロさんがスカートの中に手を突っ込むと、同じ形状の二本のナイフを取り出した。

 問答無用で武器の使用——

 つまり昨日の男たちより、ライトニング一人の方が強いってこと!?

「あなたがあの親兄弟でも売ると言われるライトニングなんですね。ただし冒険者だったなら実力はS級クラスと噂される程の傭兵。
 ……最初から全力でいかさせて頂きます」

 クロさんから、研ぎ澄まされた刃物のような気配が漏れ始める。

「随分な言われようだな、……まーしゃあないけどな」

 そう言うライトニングは、ほんの一瞬だけ物憂げそうな表情を浮かべたのち、次の瞬間には軽薄な表情へ戻った。

 しかしどう言うことだ!?

 今もなお棒立ちで、しかも先程攻撃をしようとした時に見えた、手に流れていた電流もいつの間にか見えなくなっている。
 この人、戦う気があるのか?

 クロさんもそこが気になったようで、憤然とした態度で堪らず口を開く。

「私相手なら、武器も必要ないって事ですか? 」

「いや、お前から殺気を感じないもんだからな。
 それに俺様も好き好んで命のやり取りまでするつもりはないんだが——」

 そこで一度言葉を千切ったライトニングが、少し間をおいてから口を開く。

「……そうだな、ちょっと提案なんだが俺様が勝ったら、お前は俺様の女にならないか? 」

「えっ!? ……あなたは、何を言ってるのですか? 」

「と言うかぶっちゃけると、俺様はお前に一目惚れした」

「なっ!? 」

 突然の告白に、両耳を立て驚愕の表情で固まるクロさん。
 小男もこの展開は驚いたらしく、顎が外れたのかと思うぐらい口が開かれている。

 うん、この黒コートの人、ライトニングは絶対にバカだ!

「あっ、あなたは突然何を!? 」

「お前を初めて見た時に、ビリビリくるものを感じたんだ。逆にお前は、俺様になにか感じなかったか? 」

「かっ、感じてません! 」

「かっ、可愛い反応だな。
 ……よし、お前は絶対に俺様の女にしてみせる」

 いや、なんなんだろうこの展開?
 場がライトニングのペースで進んでいる。

「もちろんタダでとは言わないぜ。
 俺様が負ければ、素直に引き下がって今後一切、お前らの邪魔だてはしない。
 それにそうだな、これらを全部お前にくれてやるぜ? 」

 ライトニングはコートの正面から両腕を突っ込む中、小男の顔色が一気に変わる。

「なっ、だんなそれじゃあっしは!? 」

「焼くなり煮るなりされるんじゃねーの? 」

「ちょっ、お待ち下せい! 」

「ただし、俺様はそう簡単に負けないけどな」

 小男が抗議の声を上げる中、ライトニングが指と指の間に挟み込むかたちで八本のナイフを抜き取った。

 なんだろう、あのアゲハ蝶が刻まれた黒光りをしている小ぶりなナイフは?
 違和感というかなんというか、とにかく普通のナイフじゃない気がする。

「もしかしてそれは、人の動きを縫い付ける事が出来ると言われる、『影縫い胡蝶』ですか? 」

 クロさんの問いかけに、ライトニングが感嘆の息を吐く。

「知ってたか。まー縫い付けるって言っても一瞬だけどな。
 それに今は手持ちがないが、花束も用意するぜ? 」

「花束はいりません」

「という事は、俺様の提案に乗ったって事だな? 」

「いえ、そういうわけではないのですが——」

 そこでアズからいつもの笑い声が発せられた。

「面白そうね! いいわクロ、受けて立ちなさい! 」

「ええ!? 」

「なによ! なにか文句でも? 」

「いえ、……ありません」

 クッ、クロさん、それで本当にいいの!?

「よしクロ、俺様の事はライズと呼んでくれていいぜ」

「呼びません、それに勝手に呼び捨てにしないで下さい! 」

「そうだなー。勝敗についてだが、一瞬でも背中を地面に付けたら負け、なんてどうだ!?
 そうそう、あと負けたら本題のスライムの木のありかもヨロシクな」

 手にした八本のナイフを地面に綺麗に並べながら、提案をしてくるライトニング。

「それでいいわ! 」

 クロさんの代わりにアズが答えた。

 それを受けて切り替えたのか、クロさんはフゥーと大きなため息をつく。
 続いて表情からスッと甘さが消えた。

「わかりました。それと絶対に、私はあなたを倒します! 」

 そこで左手を前に半身になり構えるクロさん。
 因みに左手に持つナイフは順手、後方の右手に持つナイフは逆手に各々握り込まれている。

「本当に本気でいきますので、死んでも文句は言わないで下さいね」

「あぁ、好きにしてくれていーぜ」

 ライトニングは依然素手のままで、軽く拳を握り込んで構えを取った。
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