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魔獣の森
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ルークに剣を向けられた時、凪の中で、幼い頃の遠い記憶が脳裏をよぎった。
奔り出る鮮血が視界を真っ赤に染め上げ、生臭い鉄の臭いが立ちこめる。それとともに『彼』の身体が崩れ落ち、血だまりの中に倒れ伏した。
『彼』は自分の人生に自ら幕を引いたのだと、一瞬で理解した。
『ご主人様』の最期は凄惨だった。
あの日の出来事以来、刃物は嫌いだ。
◆
剣を納めたルークは、セバスからひと通りのあらましを聞くと、大きく息を吐いて脱力したように肩を竦めた。鎌首をもたげて威嚇していたリンダも、ルークが剣を納めたのを見届けると、とぐろを巻いて大人しくなる。
「――なるほどな。けどな、アステルにこの前、ペットを飼ってみたらどうかと勧めたのは認めるが、まさか人間を飼い始めるとは思わなかったぞ……」
「ええ、まったくです。ですが旦那様は大変満足しておられましたので、これはこれで良い結果と言えましょう」
「まぁそこは屋敷に着いたら本人に問いただすとするか。――リンダも、お前の友達を傷つけて悪かったな」
ルークが微笑みを浮かべてリンダの頭を撫でてやると、リンダは尻尾を軽く振り、つんとした態度でそっぽを向くような仕草を見せて威嚇をやめた。
事態の収束とともに二人と一匹は緊張を解く。しかし、ただ一人、凪だけは未だに顔を強張らせたままだった。
「ナギ様、大丈夫ですか?」
「――ぇ……?」
白い顔で地面にへたり込んだままの凪を気遣うように、セバスが顔を覗き込んでくる。彼の藍色の双眸と目が合って、ようやく凪は我に返った。
「セバス……さん……」
そこで現状を思い出す。
突然魔法陣の光に飲み込まれたと思ったら、見知らぬ男にいきなり刃を突きつけられたのだ。
ルークが突きつけてきた剣は凪の首を掠めただけだったため、出来た傷は紙で指を切ったような軽いものだった。とはいえ、平和な日本で育った凪の肝を冷やすには充分すぎる鋭さだ。
何より、刃物は恐ろしい。
再び記憶の中の惨状がフラッシュバックしそうになり、凪は頭を振ってそれを掻き消す。
心臓はまだ激しく脈打っていたが、事情を知らない第三者に心配をかけるのは嫌だった。
「大丈夫……平気」
凪は気丈に答えてゆっくりと立ち上がるが、足元がおぼつかずにふらついてしまう。バランスを崩し、セバスの肩に手がかかった。
ルークはそんな顔色の悪い凪の姿に眉を寄せた。
「顔色悪いぞ。大丈夫か――って血が出ているな。見せてみろよ」
優れない凪の表情をどのように誤解したのか、ルークは凪の首筋にできた切り傷に手を伸ばす。その際に彼の腰に帯びた剣がカチャリと音を奏でた。
「――っ」
その瞬間、首を掠めた刃の鋭利で冷たい感覚が蘇り、声にならない悲鳴が上がった。肩をぴくりと上下させ、怯えに染まった目で睨みつける。ルークの手を避けるように、凪はじりじりと後ろに下がった。
――刃物は嫌いだ。
凪の抵抗にルークは驚いたように目を瞬かせた。何故恐れているのかわからないといった様相だ。
「どうした?」
「……」
気遣うルークの言葉に返す返事が思い浮かばなかった。言葉を探して口を開くが、良い言葉が見つからずにすぐに口を閉ざしてしまう。
気まずい沈黙が落ち、傍にいたセバスが助け舟を出そうと口を開きかけるが、それを制したのはルークだった。彼は伸ばした手を引っ込めると、膝を折り、凪を真っ直ぐに見つめてきた。
「俺が怖いか」
怯えた表情を浮かべる凪を見て、ルークは困ったように眉尻を下げた。
「ナギ……だったな。無理はしなくていい。抜剣した騎士の研ぎ澄まされた殺意を真っ向から浴びたんだ、恐怖心を抱かないほうが無理がある。俺はルーク、お前の足元にいる白蛇はリンダだ。お前に危害を加えるつもりはない。さっきは敵襲だと思って、手荒な真似をして悪かった」
「違う……剣、怖かった……刃物は嫌いなんだ」
凪は蚊の鳴くような声でそう言うと、ルークの腰に提げられた剣に目を向けた。
「ああ……そういうことか。なるほどな」
剣には金色の装飾が施されており、その中央には剣の紋章が刻まれている。素人目にもそれが特別なものであることが見て取れた。そう簡単に手放して良いものとは思えない。
しかしルークは納得したように頷くと、何の躊躇いもなく剣を鞘ごと外してセバスに渡した。セバスに離れるよう命じると、彼は大人しくそれに従う。
セバスが御者台に消えたのを確認して、ルークは再び凪と向かい合うと、にかりと笑って見せた。
「この通り、剣はもう無い。これで怖くないな?」
ルークはそう言うと、敵意が無いことを証明しているのか、凪に向かって手を広げて見せた。凪はルークの一連の動作に、ぽかんと口を開けて呆ける。その反応がお気に召さなったのか、ルークは少し不満そうに唇を尖らせた。
「なんだよ、その顔」
「いや……普通、だからって剣を手放すか……?」
「お前が怖いって言ったんだろ」
「そうだけど……」
「それよりもほら、その怪我治してやるから、じっとしてろ?」
ルークは凪の躊躇う様子も意に返さず、傷のある首筋にそっと手を添える。
凪は一瞬身を固くして身体を震わせるが、ルークの手つきがまるで手負いの獣に触れるかのように優しくて、思わずその手を受け入れていた。
「『治癒』」
ルークの手が傷口に触れたところで、彼は呪文を唱えた。すると手のひらから光が溢れて傷口を優しく包み込んでいく。優しい温もりが身体の中に流れ込んでくると、次第に痛みが引いていくのがわかった。
「痛みが……引いていく……?」
「だろ?」
ルークの手のひらから放出される光は凪の首の傷を癒して、やがて消える。ルークの手が離れるのを待って傷口があった箇所を指先で撫でる。指先に血液は付着せず、痛みもなくなっていた。驚きのあまり呆然とした表情でルークを見上げると、ルークは得意げに笑った。
「回復魔法を見るのは初めてか。俺はアステルと違って攻撃魔法はからっきしでな、これでも治癒師なんだ」
「治癒師……?魔法ってこんなこともできるんだ。すごいな」
凪が素直に感嘆の声を上げると、ルークは人懐っこい笑みを浮かべた。その笑みは、先ほどの鋭利な雰囲気がまるで嘘のような晴れやかな笑みだった。
「警戒も解けみたいだし、一緒に帰るか。遅くなるとアステルが心配するだろうしな」
「帰るって……アステルの屋敷?」
「他にどこがあるんだよ?お前の家だろ」
「…………」
凪は口を噤むと、少し考えるように押し黙った。
魔法陣で転移したのは事故だが、そもそもの発端はアステルの目を盗んで部屋を抜け出したことにある。このまま戻れば、またあの監禁生活に逆戻りだ。それだけはなんとしてでも避けたい。それに、脱走を図ったことをアステルに咎めらると思うと、気が重かった。
(まいったな、どう誤魔化そうか……)
このままアステルから一歩でも遠くに行きたかった。けれど、それを正直に伝えてもルークとセバスが聞き入れてくれるとは到底思えない。
視線を彷徨わせて、言葉を探す。だが上手い言い訳は一向に浮かばず、気ばかりが急いて鼓動が早まっていく。頭が真っ白になり、焦燥感ばかりが募っていく。
「――あ」
きょろきょろと忙しなく視線を行き来させていると、地面を這う白い影に目が止まった。今まで凪の足元でとぐろを巻いていたはずのリンダが、森へと入って行こうとしていたのだ。
「ねぇ、リンダを止めないと森に入っていっちゃうんじゃないか?」
リンダの行動に凪は得も言われぬ違和感を感じた。まるで何かに誘い込まれるような白蛇の動きに、思わず凪はルークを見上げた。
「リンダ、戻れ」
ルークがリンダに命令するが、リンダはそれに従わない。リンダには届いていないようだった。そのまま身体をうねらせて、森へと姿を消してしまう。
「俺の命令をリンダが無視した?どういうことだ」
「ルークさん、どういうこと?」
「リンダとは『使役』で契約を結んでいる。俺の命令なら基本的に従うはずなんだが……」
ルークが顎に手を当てて考え込む。一方、凪はリンダが消えた森の奥をじっと見つめた。鬱蒼と茂る背の高い草に遮られ、森の中の様子は全く窺い知れない。よく見ると草が僅かに揺れているため、今ならまだリンダを追える気がした。
「ルークさん、俺、リンダを連れ戻してくるよ」
「おい、ナギ、よせ!そっちは――」
唐突な凪の申し出に驚いたルークが静止をかける。引き留めようと腕が伸びるが、その手は虚しく空を切ってしまった。予想だにしない突然のことで、反応が遅れたのだ。
ルークは凪を追って森に入ろうとするが、自らの剣をセバスに預けたことを思い出して歯噛みする。この森は丸腰で踏み入れるには危険が過ぎる。すぐさま剣を回収するためセバスの元に駆け寄ると、その尋常ならざる様子にセバスの表情も険しくなった。
「ルーク様、いかがされましたか?」
「ナギが森の中に入っちまったんだ。あの先は魔獣の森に繋がってたはずだ。今すぐ連れ戻す」
「なんですって?」
焦りを浮かべるルークの表情を見て、セバスは凪の消えていったという森を見据える。草木の生い茂る森の中は、どれだけ目を凝らしても凪の姿は見通すことは出来なかった。闇雲に動くのはあまりに危険すぎる。セバスは逸るルークの肩を掴んだ。
「お待ちください。お一人では危険です。せめて私も同行させてください」
「いや、お前は今すぐアステルを呼んでこい。ナギは俺が追う」
セバスの提案にルークは首を横に振る。ルークがそうすると決めた以上、従うより他は無い。セバスは渋々肩を掴んでいた自らの手を離した。
「……かしこまりました。ですが、どうかお気をつけください」
セバスが頷くのを横目に、ルークは凪を追って森に飛び込んだ。
ルークの額に一筋の冷や汗が流れるのがセバスの目に映った。
奔り出る鮮血が視界を真っ赤に染め上げ、生臭い鉄の臭いが立ちこめる。それとともに『彼』の身体が崩れ落ち、血だまりの中に倒れ伏した。
『彼』は自分の人生に自ら幕を引いたのだと、一瞬で理解した。
『ご主人様』の最期は凄惨だった。
あの日の出来事以来、刃物は嫌いだ。
◆
剣を納めたルークは、セバスからひと通りのあらましを聞くと、大きく息を吐いて脱力したように肩を竦めた。鎌首をもたげて威嚇していたリンダも、ルークが剣を納めたのを見届けると、とぐろを巻いて大人しくなる。
「――なるほどな。けどな、アステルにこの前、ペットを飼ってみたらどうかと勧めたのは認めるが、まさか人間を飼い始めるとは思わなかったぞ……」
「ええ、まったくです。ですが旦那様は大変満足しておられましたので、これはこれで良い結果と言えましょう」
「まぁそこは屋敷に着いたら本人に問いただすとするか。――リンダも、お前の友達を傷つけて悪かったな」
ルークが微笑みを浮かべてリンダの頭を撫でてやると、リンダは尻尾を軽く振り、つんとした態度でそっぽを向くような仕草を見せて威嚇をやめた。
事態の収束とともに二人と一匹は緊張を解く。しかし、ただ一人、凪だけは未だに顔を強張らせたままだった。
「ナギ様、大丈夫ですか?」
「――ぇ……?」
白い顔で地面にへたり込んだままの凪を気遣うように、セバスが顔を覗き込んでくる。彼の藍色の双眸と目が合って、ようやく凪は我に返った。
「セバス……さん……」
そこで現状を思い出す。
突然魔法陣の光に飲み込まれたと思ったら、見知らぬ男にいきなり刃を突きつけられたのだ。
ルークが突きつけてきた剣は凪の首を掠めただけだったため、出来た傷は紙で指を切ったような軽いものだった。とはいえ、平和な日本で育った凪の肝を冷やすには充分すぎる鋭さだ。
何より、刃物は恐ろしい。
再び記憶の中の惨状がフラッシュバックしそうになり、凪は頭を振ってそれを掻き消す。
心臓はまだ激しく脈打っていたが、事情を知らない第三者に心配をかけるのは嫌だった。
「大丈夫……平気」
凪は気丈に答えてゆっくりと立ち上がるが、足元がおぼつかずにふらついてしまう。バランスを崩し、セバスの肩に手がかかった。
ルークはそんな顔色の悪い凪の姿に眉を寄せた。
「顔色悪いぞ。大丈夫か――って血が出ているな。見せてみろよ」
優れない凪の表情をどのように誤解したのか、ルークは凪の首筋にできた切り傷に手を伸ばす。その際に彼の腰に帯びた剣がカチャリと音を奏でた。
「――っ」
その瞬間、首を掠めた刃の鋭利で冷たい感覚が蘇り、声にならない悲鳴が上がった。肩をぴくりと上下させ、怯えに染まった目で睨みつける。ルークの手を避けるように、凪はじりじりと後ろに下がった。
――刃物は嫌いだ。
凪の抵抗にルークは驚いたように目を瞬かせた。何故恐れているのかわからないといった様相だ。
「どうした?」
「……」
気遣うルークの言葉に返す返事が思い浮かばなかった。言葉を探して口を開くが、良い言葉が見つからずにすぐに口を閉ざしてしまう。
気まずい沈黙が落ち、傍にいたセバスが助け舟を出そうと口を開きかけるが、それを制したのはルークだった。彼は伸ばした手を引っ込めると、膝を折り、凪を真っ直ぐに見つめてきた。
「俺が怖いか」
怯えた表情を浮かべる凪を見て、ルークは困ったように眉尻を下げた。
「ナギ……だったな。無理はしなくていい。抜剣した騎士の研ぎ澄まされた殺意を真っ向から浴びたんだ、恐怖心を抱かないほうが無理がある。俺はルーク、お前の足元にいる白蛇はリンダだ。お前に危害を加えるつもりはない。さっきは敵襲だと思って、手荒な真似をして悪かった」
「違う……剣、怖かった……刃物は嫌いなんだ」
凪は蚊の鳴くような声でそう言うと、ルークの腰に提げられた剣に目を向けた。
「ああ……そういうことか。なるほどな」
剣には金色の装飾が施されており、その中央には剣の紋章が刻まれている。素人目にもそれが特別なものであることが見て取れた。そう簡単に手放して良いものとは思えない。
しかしルークは納得したように頷くと、何の躊躇いもなく剣を鞘ごと外してセバスに渡した。セバスに離れるよう命じると、彼は大人しくそれに従う。
セバスが御者台に消えたのを確認して、ルークは再び凪と向かい合うと、にかりと笑って見せた。
「この通り、剣はもう無い。これで怖くないな?」
ルークはそう言うと、敵意が無いことを証明しているのか、凪に向かって手を広げて見せた。凪はルークの一連の動作に、ぽかんと口を開けて呆ける。その反応がお気に召さなったのか、ルークは少し不満そうに唇を尖らせた。
「なんだよ、その顔」
「いや……普通、だからって剣を手放すか……?」
「お前が怖いって言ったんだろ」
「そうだけど……」
「それよりもほら、その怪我治してやるから、じっとしてろ?」
ルークは凪の躊躇う様子も意に返さず、傷のある首筋にそっと手を添える。
凪は一瞬身を固くして身体を震わせるが、ルークの手つきがまるで手負いの獣に触れるかのように優しくて、思わずその手を受け入れていた。
「『治癒』」
ルークの手が傷口に触れたところで、彼は呪文を唱えた。すると手のひらから光が溢れて傷口を優しく包み込んでいく。優しい温もりが身体の中に流れ込んでくると、次第に痛みが引いていくのがわかった。
「痛みが……引いていく……?」
「だろ?」
ルークの手のひらから放出される光は凪の首の傷を癒して、やがて消える。ルークの手が離れるのを待って傷口があった箇所を指先で撫でる。指先に血液は付着せず、痛みもなくなっていた。驚きのあまり呆然とした表情でルークを見上げると、ルークは得意げに笑った。
「回復魔法を見るのは初めてか。俺はアステルと違って攻撃魔法はからっきしでな、これでも治癒師なんだ」
「治癒師……?魔法ってこんなこともできるんだ。すごいな」
凪が素直に感嘆の声を上げると、ルークは人懐っこい笑みを浮かべた。その笑みは、先ほどの鋭利な雰囲気がまるで嘘のような晴れやかな笑みだった。
「警戒も解けみたいだし、一緒に帰るか。遅くなるとアステルが心配するだろうしな」
「帰るって……アステルの屋敷?」
「他にどこがあるんだよ?お前の家だろ」
「…………」
凪は口を噤むと、少し考えるように押し黙った。
魔法陣で転移したのは事故だが、そもそもの発端はアステルの目を盗んで部屋を抜け出したことにある。このまま戻れば、またあの監禁生活に逆戻りだ。それだけはなんとしてでも避けたい。それに、脱走を図ったことをアステルに咎めらると思うと、気が重かった。
(まいったな、どう誤魔化そうか……)
このままアステルから一歩でも遠くに行きたかった。けれど、それを正直に伝えてもルークとセバスが聞き入れてくれるとは到底思えない。
視線を彷徨わせて、言葉を探す。だが上手い言い訳は一向に浮かばず、気ばかりが急いて鼓動が早まっていく。頭が真っ白になり、焦燥感ばかりが募っていく。
「――あ」
きょろきょろと忙しなく視線を行き来させていると、地面を這う白い影に目が止まった。今まで凪の足元でとぐろを巻いていたはずのリンダが、森へと入って行こうとしていたのだ。
「ねぇ、リンダを止めないと森に入っていっちゃうんじゃないか?」
リンダの行動に凪は得も言われぬ違和感を感じた。まるで何かに誘い込まれるような白蛇の動きに、思わず凪はルークを見上げた。
「リンダ、戻れ」
ルークがリンダに命令するが、リンダはそれに従わない。リンダには届いていないようだった。そのまま身体をうねらせて、森へと姿を消してしまう。
「俺の命令をリンダが無視した?どういうことだ」
「ルークさん、どういうこと?」
「リンダとは『使役』で契約を結んでいる。俺の命令なら基本的に従うはずなんだが……」
ルークが顎に手を当てて考え込む。一方、凪はリンダが消えた森の奥をじっと見つめた。鬱蒼と茂る背の高い草に遮られ、森の中の様子は全く窺い知れない。よく見ると草が僅かに揺れているため、今ならまだリンダを追える気がした。
「ルークさん、俺、リンダを連れ戻してくるよ」
「おい、ナギ、よせ!そっちは――」
唐突な凪の申し出に驚いたルークが静止をかける。引き留めようと腕が伸びるが、その手は虚しく空を切ってしまった。予想だにしない突然のことで、反応が遅れたのだ。
ルークは凪を追って森に入ろうとするが、自らの剣をセバスに預けたことを思い出して歯噛みする。この森は丸腰で踏み入れるには危険が過ぎる。すぐさま剣を回収するためセバスの元に駆け寄ると、その尋常ならざる様子にセバスの表情も険しくなった。
「ルーク様、いかがされましたか?」
「ナギが森の中に入っちまったんだ。あの先は魔獣の森に繋がってたはずだ。今すぐ連れ戻す」
「なんですって?」
焦りを浮かべるルークの表情を見て、セバスは凪の消えていったという森を見据える。草木の生い茂る森の中は、どれだけ目を凝らしても凪の姿は見通すことは出来なかった。闇雲に動くのはあまりに危険すぎる。セバスは逸るルークの肩を掴んだ。
「お待ちください。お一人では危険です。せめて私も同行させてください」
「いや、お前は今すぐアステルを呼んでこい。ナギは俺が追う」
セバスの提案にルークは首を横に振る。ルークがそうすると決めた以上、従うより他は無い。セバスは渋々肩を掴んでいた自らの手を離した。
「……かしこまりました。ですが、どうかお気をつけください」
セバスが頷くのを横目に、ルークは凪を追って森に飛び込んだ。
ルークの額に一筋の冷や汗が流れるのがセバスの目に映った。
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