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24話 潜入の夜
しおりを挟むルースの協力のおかげで、ソウタは、オリオンの婚約者であるレイエス家がスパイであるという決定的な証拠がある別荘を突き止めた。
資料に目を通したソウタの顔には、確信と、そしてわずかな緊張が浮かんだ。
(まさか、こんなに重要な証拠が、こんな場所に……)
ソウタは、別荘の警備状況を分析し、眉をひそめた。
見つかれば、間違いなく捕まるだろう。
そうなれば、自身の「生存戦略」は水の泡になってしまう。
ソウタは、一瞬、迷いを覚えた。
自身の安全を最優先すべきではないのか?
しかし、彼の脳裏に、最近元気をなくしているオリオンの姿が鮮明に浮かんだ。
親友の苦しむ顔を思い出すと、ソウタの心は決まった。
(いや、僕ならできる! オリオンのためにも、あの婚約を無効にしてやる!)
ソウタの瞳に、強い決意の光が宿った。
翌日の深夜。
軍事学校の校舎は、深い眠りについていた。
ソウタとルースは、全身を黒い衣服で覆い、顔にはフードを深く被り、別荘への潜入準備を整えていた。完璧な変装だ。
「よし、行こう、ルース」
ソウタは、ルースに声をかけ、学校の裏門へと向かった。
学校の門をくぐろうとした、その時だった。
暗闇の中から、二つの人影が、突然現れた。
「こんな夜中に、どこへ行くつもりだ、君たち?」
声の主は、テーマパークで出会った近衛兵、レオ・ロウだった。彼の隣には、相棒の近衛兵もいる。
二人は、夜間の巡回任務中だったのだろう。
ソウタは、一瞬、焦りを覚えた。見つかってしまった。
しかし、ソウタは迷うことなく、フードを少し下げ、正直に事情を話すことにした。この二人の近衛兵は、信頼できると判断したからだ。
「レオ・ロウさん。実は……オリオンの婚約者が、貴族派のスパイだと怪しんでいるんです。その証拠がある場所を突き止めたので、今からそこへ向かうところです」
ソウタは、まっすぐな瞳でレオ・ロウを見つめた。怒られるか、呆れられるか。ソウタは、どちらかの反応を予想していた。
しかし、レオ・ロウは、ソウタの言葉を静かに聞いた後、ふっと、口元に笑みを浮かべた。
「なるほど……君らしいな、ソウタ殿」
レオ・ロウの声は、ソウタの予想とは異なり、どこか温かい響きを帯びていた。
「俺は、君を信じる」
レオ・ロウは、そう言って、静かに頷いた。
「ここで見たことは、見なかったことにする。だが、くれぐれも捕まらないように気をつけなさい。もし捕まれば、俺ではどうすることもできない」
レオ・ロウの言葉は、ソウタの心に、温かい光を灯した。
ソウタは、レオ・ロウの信頼と、その計らいに、胸が熱くなるのを感じた。
「レオ兄さん……!」
ソウタは、思わずレオ・ロウを「レオ兄さん」と呼んでしまった。
彼の心からの感動が、その言葉に現れていた。
レオ・ロウの相棒である近衛兵が、その様子を見て、ニヤリと笑った。
「レオ・ロウ。いつの間に、そんなに可愛い弟ができたんですか?」
相棒の言葉に、レオ・ロウは、少し照れたように顔を赤くした。
「ば、馬鹿なことを言うな!早く行きなさい、君たち!」
レオ・ロウは、ソウタとルースを急かすように言った。その声には、確かに照れが混じっていた。
近衛兵たちの、温かい激励と計らいに、ソウタの心は勇気で満たされた。
彼の瞳には、必ず成功させるという強い決意が宿っている。
「ありがとう、レオ兄さん!行ってくるよ!」
ソウタは、レオ・ロウに力強く頷き、ルースと共に、証拠を掴むべく、夜の闇へと急いだ。
二人の後ろ姿は、星明りの下で、強い光を放っていた。
――
夜の闇の中、ソウタとルースは、貴族派の別荘へと忍び込んだ。
学校を出る際にレオ・ロウの計らいで見逃された二人は、より一層慎重に、そして素早く目的地へと進んでいく。
静まり返った廊下を進むソウタとルース。
しかし、目的の部屋までもう少しというところで、彼らの前に人影が現れた。
「……誰だ?」
その声は、ソウタにとって聞き覚えのあるものだった。
元婚約者、ライエルだ。
ソウタは、とっさに身構えたが、ライエルの様子はいつもと少し違っていた。
「ライエル……?」
ソウタが名を呼ぶと、ライエルは二人の変装姿に気づいたようで、眉をひそめた。しかし、騒ぎ立てる様子はない。
むしろ、普段の傲慢な態度とは異なり、どこか大人しい印象を受ける。
ソウタは、そんなライエルの顔を見て、ある異変に気づいた。
彼の頬が、少し赤く腫れているのだ。
「どうしたんだ、その顔……殴られたのか?」
ソウタは、思わず尋ねた。
ライエルは、ソウタの問いに、目を逸らした。
「……転んだだけだ」
明らかに言いたくなさそうなライエルの様子に、ソウタは深く追求することをやめた。
それよりも、今は証拠の確保が優先だ。
「それより、ソウタ、どうしてこんなところにいるんだ?」
ライエルは、疑わしそうにソウタに追求した。
ソウタは、ここで隠しても仕方がないと判断した。
ライエルがこの場にいるということは、彼もこの別荘の重要な人物である可能性が高い。
「オリオンの婚約者が、貴族派のスパイだと怪しんでいるんだ。その証拠がある場所を探している」
ソウタは、オリオンのためにここにいることを正直に話した。
ライエルは、ソウタの言葉を聞き、苦い顔をした。
彼は、ソウタの言葉に、何かを悟ったようだった。
そして、しばらくの沈黙の後、意外な言葉を口にした。
「……分かった。案内してやる」
ライエルの言葉に、ソウタは驚いて目を見開いた。
「なんだって? お前は貴族派の人間じゃないのか? まさか、貴族派から寝返ったのか?」
ソウタは、ライエルの意図が全く読めず、警戒した。
ライエルは、ソウタの言葉に、顔をしかめた。
「寝返っただと? ふざけるな。俺は、俺が信じる貴族の道を歩んでいるだけだ」
ライエルは、ソウタの目を見て、まっすぐに言った。
「俺が貴族派を尊重するのは、貴族派こそが、崇高で正義だと信じているからだ。卑劣な行いは、貴族の恥。そのような輩は、俺が信じる貴族ではない」
ライエルの言葉には、彼の揺るぎない信念が込められていた。
彼は、貴族派に属していても、彼なりの「正義」を持っていたのだ。
ソウタは、ライエルのその言葉を聞き、感心したように呟いた。
「なるほどな……なんで君が原作で人気キャラなのか、分かった気がする……」
ソウタは、ライエルの意外な一面に、彼の原作での人気の理由を再認識した。
ライエルは、傲慢でプライドが高いが、彼なりの筋の通った信念を持っていたのだ。
ライエルは、ソウタの言葉に、首を傾げた。
「何を言っているんだ? 意味が分からないぞ」
ソウタは、そんなライエルを見て、くすりと笑った。
「はは。つまり、君がカッコイイって褒めてるんだよ」
ソウタの言葉は、率直で、そして何の裏もない、純粋な称賛だった。
ライエルは、ソウタのその言葉に、一瞬で顔を真っ赤にして照れた。
彼のプライドの高い顔に、珍しく困惑と恥ずかしさが入り混じった表情が浮かんでいる。
「なっ……何を……! 貴様、ふざけるな!」
ライエルは、動揺を隠すように、どもりながらソウタに怒った。
ライエルに案内され、ソウタとルースは、目的の部屋の前に到着した。
厳重な警備を潜り抜けてたどり着いたそのドアには、パスワード認証とカードキーの挿入口がついている。
ライエルはためらうことなくパスワードを入力し、自身のカードキーを差し込んだ。
ドアが静かに開く。
それを見ていたソウタは、心の中で安堵の息をついた。
(ライエルがいて良かった……。いなかったら、このドアを開けるのに苦労しただろうな……)
改めて、ライエルの存在に感謝した。
部屋の中に入ると、沈黙の中、ライエルが突然、鋭い視線をドアに向けた。
「誰か来る……早く隠れろ!」
ライエルの緊迫した声に、二人は息をのんだ。
近くに身を隠せる場所はないか、と周囲を見渡すと、古い大きな机が目に留まった。
ソウタはルースの手を引き、躊躇なくその机の下へと身を滑り込ませた。
狭い空間に二人が入った瞬間、身体が密着する。ソウタが少しでも奥へ行こうと動いたため、ルースの上に座るような体勢になってしまった。
顔を上げれば、机の天板がすぐそこにある。呼吸すらも音を立ててはならないという緊張感に、ソウタは心臓が激しく鼓動するのを感じた。
見つかれば全てが終わる。そんな焦燥感からくるドキドキで、顔に熱が集まるのがわかった。
一方、ルースの心臓は、全く別の理由で高鳴っていた。ソウタの温かい体温、すぐそばにある柔らかな髪の毛の感触。
彼の肩にそっと手を置く形になったルースの指先は、小刻みに震えている。あまりの近さに、頬が熱を帯び、耳まで赤くなるのが自分でも分かった。
ルースは、これ以上この状況に耐えられない、という思いから、思わず小さな声でソウタに訴えかけた。
「……ソウタ」
ソウタは、ルースの震える声に気づき、どうしたのかと顔を向けた。その瞬間、二人の距離がぐっと縮まり、鼻と鼻がくっつきそうになる。
薄暗い机の下で、お互いの瞳がまっすぐ見つめ合った。
ルースの真っ黒な瞳には、ソウタの驚きに満ちた顔が映り込み、ソウタの瞳には、ルースの困惑した顔が映っていた。時間が止まったかのような錯覚に陥る。
その沈黙を破ったのは、ライエルの安堵した声だった。
「……大丈夫だ、出てきてもいいぞ」
ライエルの声に、ソウタはハッと我に返った。安堵の溜息を漏らし、慌てて机の下から這い出ていく。
体勢を崩し、バランスを崩したルースは、少しだけ、その安堵が素っ気なく感じられた。そして、ソウタの温もりが離れてしまったことに、心の中でわずかな落胆を覚える。
「見つかるかと思った……」
ソウタが額の汗を拭いながらそう呟くと、ルースは平然を装って、何事もなかったかのように再び証拠を探すために歩き出した。
しかし、彼の心はまだ、先ほどの密やかな温もりと、わずかな落胆の余韻に包まれていた。
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