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番外編
【夫とは死別する予定ですので、悪しからず。】(仮)プロローグ2
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王城内の庭園で行なわれる茶会は、社交界に出たばかりの若者達のために開かれる。
年若い者たちが集まる茶会は、多分に出会いの場としての意味合いがあった。
今回ミスティが茶会に出る事になったのは、近衛騎士のレトも、護衛のジェームズも若者ばかりの場に相応しくなかったからだ。
身分をさほど問わず交流できる場として、若者に開かれた茶会で、姫の近くに護衛が多く張り付いては、城の警備が万全ではないと宣伝するようなことにもなりかねない。
実のところ、他の兄弟姉妹にとってクララベルは目の上の瘤に相違なかった。
財力的に権威を保てなくなったカヤロナ国は血縁関係で諸侯のつなぎ留めをしてきた。
しかし、カヤロナでは側室が王妃に準ずる立場になることは認められない。
側室は子を産むと、子と一緒に実家に帰され、そこで子を育てる。
だから、王太子とクララベル以外の王子や姫は母の実家から参城する。
同じ王の子でありながら、クララベルに注がれる愛情に何も思わない王子王女はいないだろう。
王太子は須らく王妃の子である必要があると決まっているので、王太子を害しても旨味はないが、クララベルは違う。
利権のために王家と血を結んだ側室の実家は、孫を通してカヤロナ内にいては得られないような利権を手に入れることを望んでいた⋯⋯別の国の王家との繋がりのような。
その為にクララベルが邪魔なのだ。
より良い縁談はまずクララベルに降りてくる。
そこでクララベルが蹴ったものを他の姉妹に振り分ける。
年の近い歳上の二人の姫などは、行き遅れないかハラハラとしていることだろう。
王女らの後ろ盾となる側室の実家は、クララベルに欲しい縁談が奪われないか心配しているのだ。
心配しているだけならいいが、どうにかしようと行動する者がいないとも限らない。
今回の茶会はクララベルを害しようとする者たちにとっては都合の良い場となった。
社交界で顔が知られていない者ばかりなので、その分、何が紛れ込むかわからないのだ。
本当は、バロッキーとの婚約が発表されれば落ち着く抗争であるが、ミスティとの婚約はまだ公にはされていない。
クララベルを悩ませるのは、側室の実家の動きだけではなかった。
外国へ嫁ぐ事が白紙になったのをいい事に、クララベルには良家の子息が寄ってくるようになっていた。
王がクララベルを溺愛しているというのは公然の事実。
多少我儘であろうが傲慢であろうが、クララベルを手に入れれば、大きな権力が転がり込むと考えるのが普通だ。
王族に取り入る機会を逃す手はない。
ミスティは、俺は絵描きだとぶつぶつ言いながらも、クララベルについて茶会に出る事を断りはしなかった。
茶会は華やかな雰囲気で始まった。
クララベルが挨拶をしている間は離れていなくてはならなかったので、ミスティはその間に菓子を貪る。
流暢に挨拶をこなすクララベルに、そういえば王女だったなと、不敬な感想を持つ。
挨拶後、クララベルの周りには純粋な下心だけではない輩が集まってきていた。
一部の子息達は、社交界に不慣れなのだろう、会話の順番を待っているのか、後ろの方で、まごまごと人の切れ目を探している。
「クララベル様、今日はまた一段とお美しい。」
「ありがとう、オリバー。お父上はお元気?」
先に話していた青年を押しのけて、貴族の子息と思われる青年がクララベルに話しかけてくる。
「はい、クララベル様がまた遊びに来てくれるのを、楽しみにしていると言っておりました。」
「あら、遊びに行ったのではなくて、サンドライン卿の所有する彫刻家の作品を鑑賞に行ったのですわ。
私、あの彫刻家の作品が気に入ったので、今度城に置こうと思っているの。」
「⋯⋯そうだったのですね!それでは我がサンドライン家がその彫刻家の⋯⋯。」
「もう、それは手配したから大丈夫よ。
良い彫刻を見せていただいて有意義な訪問だったと、サンドライン卿にお伝えいただける?」
周りを牽制しようとする貴族の子息をあしらうのも手慣れている。
ミスティは、クララベルのと話している青年のおろしたてに見えるジュストコールに、金気を感じて神経を尖らした。
手にした焼き菓子を口に押し込み、扇で隠して咀嚼しながらクララベルのところまで移動する。
(いったい何を持っているんだ⋯⋯?)
ジュストコールに注意を向けたまま、クララベルの赤いドレスから伸びる細い腕に手を絡ませる。
「ミス⋯ミッシーどうしたの?」
ミスティが目を眇めてそれとなくジュストコールを検分すると、袖口から鉄の匂いがする。
(⋯⋯なんだ?⋯⋯鋲?!)
黒いベルベットの生地に、なぜか鋲が縫い付けてある。
よく見ると、ただの鋲ではなく、不必要にトゲトゲとした鋲が肩にも棘のように生えている。
鉄の臭いのくだらない出所にほっとして、ミスティはニコニコしながら扇を口元に当て、クララベルの耳元に寄りに寄る。
「なに?」
ミスティはクララベルの耳に唇が触れそうなほど近づく。
「なに、あれ、ダッサくない?」
極小さな声で目の前の青年のジュストコールの感想を流し込む。
クララベルは表情はくずさないが、ミスティはクララベルの貼り付けた柔和な笑顔の裏で、笑いを噛みしめる音を聞いた。
「⋯⋯そうね、そんな時間ね!そろそろ行きましょうか。
そうだ、ミッシー、こちらはサンドライン伯爵家の御子息のオリバーよ。」
「オリバー、私の絵画教室のお友達のミッシーよ。」
「ミッシーと申します。」
ミスティは蚊の鳴くような声で告げて、美しい所作で膝を折り、礼の姿勢をとる。
更に、オリバーに多分に含みを持たせた笑顔を見せる。
ミスティの女装は完璧だった。
儚げに見えるだけでなく色香まで漂う始末だ。
「ミッシー嬢、とおっしゃるのかい?どちらのミッシー嬢だい?」
瞬く間にミスティに魅了されたようで、オリバーはミスティを不躾に観察している。
「あら、オリバー、ミッシーは私の秘密の友達なのよ。ミッシーを困らせないで。」
「クララベル様が、そのような可憐なお嬢さんとお知り合いだとは知りませんでした。」
「まぁ、私に友達がいないとおっしゃりたいの?」
「いえ、そのようなことは⋯⋯。」
オリバーが言い淀んだところで、クララベルはこの場を離れる良い口実が出来たとほくそ笑み、ミスティの手を取る。
「ミッシー行きましょう!私、食べたいものがあるの。ミッシーと女同士の話がしたいわ。」
まだミスティについて聞きたそうにしているオリバーを振り切ると、我儘王女と揶揄されるにふさわしい強引さで、ミスティを連れだす。
「それでは、オリバー、失礼するわ。」
「失礼いたします、オリバー様。」
菓子の置いてあるテーブルへ向かう艶やかな二人の様子は、会場の目を引いた。
「ミスティにしてはいいところに来たわね。あいつ、いつもしつこいのよ!」
もう秋も中ごろなのに、クララベルは美しい肘が見える胸元の開いた赤いドレス姿だ。
自分を美しく見せるためには妥協しない、が信条だが、じっとしていたからか少し風が涼しく感じられる。
二人は連れ立って天幕の中の風の当たらないところでお茶を飲むことにした。
「それにしても、何だあの服、流行ってんの?
ベルベットに鋲ねぇ⋯⋯革とかじゃなくて?
雨が降ったら錆びそうだし、うちじゃあんなの扱わないな。
ヒースが着たら金気で気分悪くして寝込みそうだ。」
「ヒースって、金属に過敏なの?」
皮肉にもクララベルは、ミスティと婚約が決まってからの方が、それまでの何年かよりもヒースの事を知る機会がある。
「へぇ?初恋の君が気になるんだ?」
ミスティは意地悪く揚げ足を取る。
「もうやめてよ。あんたにヒースの話を聞くたびに情けない話ばかり出てきてうんざりなのよ。
サリにべったりってだけでげんなりなのに。
お願いだから、これ以上ヒースのイメージを壊さないで。
初恋は綺麗な思い出でとっておきたいのに。」
本当に冷えたのか、体温の高いミスティにすり寄る。
「ちょっと、近いよ。」
「寒いのよ!今はお友達なんだから、少し体温を貸してくれるぐらいいいじゃない。長袖のドレスにするべきだったわ。」
「そこの女官さんに言って、レトさんに何か羽織る物を持ってきてもらいなよ。」
「⋯⋯そうしようかしら。」
クララベルは女官を呼ぶと、レトに言伝を頼み、送り出した。
「⋯⋯あいつ、俺がクララベルと結婚するって分かったら落ち込むのかな?」
「え?ああ、オリバー?
さぁ、どうでしょうね。
単に王家に近づきたいだけじゃない?
あそこに群れていた奴は皆そうよ。」
「まぁ、我儘で尊大な姫なんて、普通もてるわけないよね。」
「腹の立つ言い方ばかりするわね。」
クララベルはお茶の入ったカップを優雅な表情で口に運ぶが、その実、暖をとれたことに満足して、ミスティにしか気づかれないようにほうっと息をついた。
ミスティは肩眉を上げ半眼でクララベルを見る。
「何よ?」
「別に。狙われてるかもしれないのに無防備だな、って思っただけ。
⋯⋯そういえば、彫刻って?」
「そう!聞いて!あいつは嫌いだけど、あのうちにはそれは見事な彫刻があるのよ!
無名の彫刻家が彫ったらしいんだけどね⋯⋯。」
するとそこに、綺麗に茶色の髪を撫でつけ海老色のジャケットを着た青年がやって来た。
「姫様、お茶をご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「まぁ、ダグラス、来ていたのね!
ここは二人掛けだけれど⋯⋯いいわ、椅子を持ってこさせましょう。」
ダグラスは、気安い雰囲気でクララベルに話しかける。
ミスティはまた邪魔なやつが来たなと内心むっとして、クララベルが調子よく青年を受け入れたのを見て、更にむっとした。
クララベルはオリバーに対する態度とは雲泥の差で、愛想よくダグラスに席を勧めた。
「ダグラスは私の幼馴染なの。
カヤロナ家の親戚筋でね、地方で国の大切な仕事をしているの。
フォレー伯爵が城でお仕事がある時は、一緒に城で遊んだりしたのよ。
久しぶりだわ、いつぶりかしら。」
クララベルは近しい関係でありたい者に、気安く接してしまう癖があった。
その気安さこそが自分の周りの数少ない味方を遠ざけないギリギリの方法だったという事は、本人も気付いてはいない。
「⋯⋯なんでも、縁談が流れたとか?」
ダグラスは片眉を上げて、核心を突く。
「いやだわ、ダグラスまでそんなこと言うの?
ここでは話題に出さないで。
私、逆に白紙に戻って安心しているくらいなんだから。」
「気落ちしているのかと心配しておりましたが、その様子なら大丈夫なのでしょうね。」
クララベルの剣幕にダグラスは楽しそうにクスクスと笑う。
ミスティは全然面白くない。
「あからさまに喜んではあちら側に失礼だわ。今の話はここだけにしておいてね。」
「もちろんです。
姫様、ところで、そちらの方は?
私には紹介していただけないのでしょうかね。」
大人しくお茶を飲みながら二人の話を聞いていたが、おどけてダグラスが話題を振ってきたので、ミスティはカップを置いた。
「紹介するわ。こちらは、絵画教室のお友達のミッシーよ。
ミッシーはね、とても絵が上手なの。」
この男どうしてくれようかと勇んでいたミスティは、社交辞令とはいえ、クララベルに絵を褒められ、面食らって耳の端を赤くした。
「いえ、姫様の方がお上手ですわ⋯⋯。」
頬を赤らめ小さな声で謙遜すれば、世にも美しい令嬢の出来上がりだ。
「ミッシー嬢、姫様は絵に関してはお世辞を言いません。
昔から絵画には熱心に取り組んでいらっしゃったのですから。」
ダグラスは眩しいものを見るような目でクララベルを見る。
ミスティは、よく知っている仲だとばかりにクララベルについて話すダグラスが憎くて仕方ない。
「そうだ、あの時の絵師は見つかったのですか?
誕生日の贈り物の肖像画、誰の作かわからずじまいだったのでしょう?
だいぶ探していらっしゃったではありませんか。」
ミスティとクララベルは示し合わせたかのように笑顔を貼りつかせて、動きを止める。
「あ、ああ、ええと、そうね。
そんなこともあったかしらね。
子どもの頃だったし忘れてしまったわ。」
クララベルがちらりとミスティを見る。
ミスティは気が付かない振りをして令嬢を演じる。
「そうですか?毎年、誕生日のパーティに呼ばれる度にその話をされていましたよ?」
クララベルとミスティは互いに気まずさを感じていたが、訊いたダグラスはその話をやめようとしない。
そうしているうちに、再びオリバーとその取り巻きたちがやってきた。
「ダグラス殿、美姫二人を一人で独占するとは羨ましい。
我々も仲間に入れてほしいものですな。」
「これはこれは、オリバー様、独り占めだなんてめっそうもない。
しかし、ここは少し狭いですね。
あちらのテーブルに移動してはどうですか?」
肖像画の事がうやむやになったのはいいが、自分にばかり有力者の若者が群れているのは困る。
クララベルは、通り過ぎるたびに着飾った令嬢たちに声をかけ、大きなテーブルにつかせた。
目的がクララベルだろうが、若者たちは隣り合ったものと自己紹介をしながら少しずつ打ち解けていく。
中には席を越えてまでクララベルに取り入ろうとしたり、ミスティと知り合おうとしたりする者もいたが、少しずつ気の合ったものが連れ立って席を離れ始めるくらいには主催者側としての役目を果たした。
こんなに周りに人がいれば、今日はクララベルに危害を加える者もいないだろうと、ミスティがまたテーブルに置かれた菓子に手を伸ばそうとしたそのときだ。
ミスティの耳はかすかな金属と金属の擦れる音を拾い上げた。
金属の鞘に入った、刃渡りの長くない金属⋯⋯ナイフのようなものかもしれない。
「クララベル、動くなよ、金属の擦れる音がした。
お前の右斜め後方だ。どうする?」
ミスティはにこにこしながら扇で口元を隠し、小声で言う。
このざわめきの中では、どうせ二人の話は聞こえない。
「わかったわ。ミスティ、騒ぎ立てないで。
私を東屋まで連れ出して。
ここではレトも動けないわ。
手洗いにでも行く振りをして。」
ふふふ、と皆には楽し気に笑って見せながら、ミスティの耳に手を添えて、小声で指示を出す。
「姫様、私⋯⋯。」
ミスティがクララベルの指示に従って、再びもじもじとクララベルに耳打ちしようとする。
「まあ、そうね。
気がつかなくてごめんなさい。
ミッシーついていらっしゃい。私もご一緒するわ。」
「はい、姫様。」
「私たち、少し失礼するわ。」
察した子息たちは二人を邪魔をせずに周りと話を続ける。
ミスティはクララベルにエスコートされながら席を立ち、東屋の方へ向かう。
丁度クララベルのショールを持ってきたレトが遠くの渡り廊下を歩いて来るのが見えた。
「⋯⋯よかった、レトが来るわ。」
「クララベル、誰か付いてきている。
東屋の影で襲うつもりだ。
合図をしたら走ってレトさんのところまで逃げろ。」
「え?わたしだけ?
ミスティはどうするのよ。
そんな細腕で反撃できるわけないじゃない。
ミスティも逃げるのよ。」
「⋯⋯お前、俺を侮っているだろう。」
「侮ってるに決まってるでしょ!」
「戦争の時に、バロッキーがどうして前線に送られたか知っているか?」
「そんなの、しらないわよ!!」
東屋で止まり、敵を誘う。
まだ遠いが、レトが見える。
レトも二人の姿を見つけたようだ。
「知らなきゃ別にいいよ。とにかく合図したら走れ。
今こちらが気が付いたと知られたら、レトさんが取り逃がす。」
「本当に大丈夫なの?」
「しつこいな!俺たちは、こういう時は大丈夫なんだよ!
俺が大丈夫って言ったら大丈夫だ!」
竜の血はこういう場面では必要以上に防衛反応が強く出る。
クララベルが自分の物だと認識はじめてからは、どうしようもないくらいに。
今のミスティは護衛としてはジェームズより役に立つ。
ミスティはクララベルを害しようと近づいてくる何者かの気配が、手に取るように分かった。
「今だ、走れ。」
ドンと背中を押す。
前に躓くようにクララベルが走り出すと同時に、後ろからついてきた者が走り出す気配がする。
ミスティの本能はクララベルの安全に向けて研ぎ澄まされていた。
自分の横を走り去ろうとする何者かに足をかける。
細い足だった。
女官の格好をした娘がバランスを失い倒れ込む。
取り落としたナイフを取り上げるため金気の方を向くと、後ろから迫ってきた女官にドンと突き飛ばされる。
目の前には整えられたばかりの低木の生垣が迫る。
顔を怪我するのは嫌だと、思わず手で頭をかばって茂みに突っ込む。
「ミスティさん!!ご無事ですか?女は取り押さえましたよ!」
近くでレトの声が聞こえているが、ミスティはクララベルの気配ばかりを探っていた。
「⋯⋯よし。無事だな⋯⋯。」
ミスティは安心して意識を手放した。
年若い者たちが集まる茶会は、多分に出会いの場としての意味合いがあった。
今回ミスティが茶会に出る事になったのは、近衛騎士のレトも、護衛のジェームズも若者ばかりの場に相応しくなかったからだ。
身分をさほど問わず交流できる場として、若者に開かれた茶会で、姫の近くに護衛が多く張り付いては、城の警備が万全ではないと宣伝するようなことにもなりかねない。
実のところ、他の兄弟姉妹にとってクララベルは目の上の瘤に相違なかった。
財力的に権威を保てなくなったカヤロナ国は血縁関係で諸侯のつなぎ留めをしてきた。
しかし、カヤロナでは側室が王妃に準ずる立場になることは認められない。
側室は子を産むと、子と一緒に実家に帰され、そこで子を育てる。
だから、王太子とクララベル以外の王子や姫は母の実家から参城する。
同じ王の子でありながら、クララベルに注がれる愛情に何も思わない王子王女はいないだろう。
王太子は須らく王妃の子である必要があると決まっているので、王太子を害しても旨味はないが、クララベルは違う。
利権のために王家と血を結んだ側室の実家は、孫を通してカヤロナ内にいては得られないような利権を手に入れることを望んでいた⋯⋯別の国の王家との繋がりのような。
その為にクララベルが邪魔なのだ。
より良い縁談はまずクララベルに降りてくる。
そこでクララベルが蹴ったものを他の姉妹に振り分ける。
年の近い歳上の二人の姫などは、行き遅れないかハラハラとしていることだろう。
王女らの後ろ盾となる側室の実家は、クララベルに欲しい縁談が奪われないか心配しているのだ。
心配しているだけならいいが、どうにかしようと行動する者がいないとも限らない。
今回の茶会はクララベルを害しようとする者たちにとっては都合の良い場となった。
社交界で顔が知られていない者ばかりなので、その分、何が紛れ込むかわからないのだ。
本当は、バロッキーとの婚約が発表されれば落ち着く抗争であるが、ミスティとの婚約はまだ公にはされていない。
クララベルを悩ませるのは、側室の実家の動きだけではなかった。
外国へ嫁ぐ事が白紙になったのをいい事に、クララベルには良家の子息が寄ってくるようになっていた。
王がクララベルを溺愛しているというのは公然の事実。
多少我儘であろうが傲慢であろうが、クララベルを手に入れれば、大きな権力が転がり込むと考えるのが普通だ。
王族に取り入る機会を逃す手はない。
ミスティは、俺は絵描きだとぶつぶつ言いながらも、クララベルについて茶会に出る事を断りはしなかった。
茶会は華やかな雰囲気で始まった。
クララベルが挨拶をしている間は離れていなくてはならなかったので、ミスティはその間に菓子を貪る。
流暢に挨拶をこなすクララベルに、そういえば王女だったなと、不敬な感想を持つ。
挨拶後、クララベルの周りには純粋な下心だけではない輩が集まってきていた。
一部の子息達は、社交界に不慣れなのだろう、会話の順番を待っているのか、後ろの方で、まごまごと人の切れ目を探している。
「クララベル様、今日はまた一段とお美しい。」
「ありがとう、オリバー。お父上はお元気?」
先に話していた青年を押しのけて、貴族の子息と思われる青年がクララベルに話しかけてくる。
「はい、クララベル様がまた遊びに来てくれるのを、楽しみにしていると言っておりました。」
「あら、遊びに行ったのではなくて、サンドライン卿の所有する彫刻家の作品を鑑賞に行ったのですわ。
私、あの彫刻家の作品が気に入ったので、今度城に置こうと思っているの。」
「⋯⋯そうだったのですね!それでは我がサンドライン家がその彫刻家の⋯⋯。」
「もう、それは手配したから大丈夫よ。
良い彫刻を見せていただいて有意義な訪問だったと、サンドライン卿にお伝えいただける?」
周りを牽制しようとする貴族の子息をあしらうのも手慣れている。
ミスティは、クララベルのと話している青年のおろしたてに見えるジュストコールに、金気を感じて神経を尖らした。
手にした焼き菓子を口に押し込み、扇で隠して咀嚼しながらクララベルのところまで移動する。
(いったい何を持っているんだ⋯⋯?)
ジュストコールに注意を向けたまま、クララベルの赤いドレスから伸びる細い腕に手を絡ませる。
「ミス⋯ミッシーどうしたの?」
ミスティが目を眇めてそれとなくジュストコールを検分すると、袖口から鉄の匂いがする。
(⋯⋯なんだ?⋯⋯鋲?!)
黒いベルベットの生地に、なぜか鋲が縫い付けてある。
よく見ると、ただの鋲ではなく、不必要にトゲトゲとした鋲が肩にも棘のように生えている。
鉄の臭いのくだらない出所にほっとして、ミスティはニコニコしながら扇を口元に当て、クララベルの耳元に寄りに寄る。
「なに?」
ミスティはクララベルの耳に唇が触れそうなほど近づく。
「なに、あれ、ダッサくない?」
極小さな声で目の前の青年のジュストコールの感想を流し込む。
クララベルは表情はくずさないが、ミスティはクララベルの貼り付けた柔和な笑顔の裏で、笑いを噛みしめる音を聞いた。
「⋯⋯そうね、そんな時間ね!そろそろ行きましょうか。
そうだ、ミッシー、こちらはサンドライン伯爵家の御子息のオリバーよ。」
「オリバー、私の絵画教室のお友達のミッシーよ。」
「ミッシーと申します。」
ミスティは蚊の鳴くような声で告げて、美しい所作で膝を折り、礼の姿勢をとる。
更に、オリバーに多分に含みを持たせた笑顔を見せる。
ミスティの女装は完璧だった。
儚げに見えるだけでなく色香まで漂う始末だ。
「ミッシー嬢、とおっしゃるのかい?どちらのミッシー嬢だい?」
瞬く間にミスティに魅了されたようで、オリバーはミスティを不躾に観察している。
「あら、オリバー、ミッシーは私の秘密の友達なのよ。ミッシーを困らせないで。」
「クララベル様が、そのような可憐なお嬢さんとお知り合いだとは知りませんでした。」
「まぁ、私に友達がいないとおっしゃりたいの?」
「いえ、そのようなことは⋯⋯。」
オリバーが言い淀んだところで、クララベルはこの場を離れる良い口実が出来たとほくそ笑み、ミスティの手を取る。
「ミッシー行きましょう!私、食べたいものがあるの。ミッシーと女同士の話がしたいわ。」
まだミスティについて聞きたそうにしているオリバーを振り切ると、我儘王女と揶揄されるにふさわしい強引さで、ミスティを連れだす。
「それでは、オリバー、失礼するわ。」
「失礼いたします、オリバー様。」
菓子の置いてあるテーブルへ向かう艶やかな二人の様子は、会場の目を引いた。
「ミスティにしてはいいところに来たわね。あいつ、いつもしつこいのよ!」
もう秋も中ごろなのに、クララベルは美しい肘が見える胸元の開いた赤いドレス姿だ。
自分を美しく見せるためには妥協しない、が信条だが、じっとしていたからか少し風が涼しく感じられる。
二人は連れ立って天幕の中の風の当たらないところでお茶を飲むことにした。
「それにしても、何だあの服、流行ってんの?
ベルベットに鋲ねぇ⋯⋯革とかじゃなくて?
雨が降ったら錆びそうだし、うちじゃあんなの扱わないな。
ヒースが着たら金気で気分悪くして寝込みそうだ。」
「ヒースって、金属に過敏なの?」
皮肉にもクララベルは、ミスティと婚約が決まってからの方が、それまでの何年かよりもヒースの事を知る機会がある。
「へぇ?初恋の君が気になるんだ?」
ミスティは意地悪く揚げ足を取る。
「もうやめてよ。あんたにヒースの話を聞くたびに情けない話ばかり出てきてうんざりなのよ。
サリにべったりってだけでげんなりなのに。
お願いだから、これ以上ヒースのイメージを壊さないで。
初恋は綺麗な思い出でとっておきたいのに。」
本当に冷えたのか、体温の高いミスティにすり寄る。
「ちょっと、近いよ。」
「寒いのよ!今はお友達なんだから、少し体温を貸してくれるぐらいいいじゃない。長袖のドレスにするべきだったわ。」
「そこの女官さんに言って、レトさんに何か羽織る物を持ってきてもらいなよ。」
「⋯⋯そうしようかしら。」
クララベルは女官を呼ぶと、レトに言伝を頼み、送り出した。
「⋯⋯あいつ、俺がクララベルと結婚するって分かったら落ち込むのかな?」
「え?ああ、オリバー?
さぁ、どうでしょうね。
単に王家に近づきたいだけじゃない?
あそこに群れていた奴は皆そうよ。」
「まぁ、我儘で尊大な姫なんて、普通もてるわけないよね。」
「腹の立つ言い方ばかりするわね。」
クララベルはお茶の入ったカップを優雅な表情で口に運ぶが、その実、暖をとれたことに満足して、ミスティにしか気づかれないようにほうっと息をついた。
ミスティは肩眉を上げ半眼でクララベルを見る。
「何よ?」
「別に。狙われてるかもしれないのに無防備だな、って思っただけ。
⋯⋯そういえば、彫刻って?」
「そう!聞いて!あいつは嫌いだけど、あのうちにはそれは見事な彫刻があるのよ!
無名の彫刻家が彫ったらしいんだけどね⋯⋯。」
するとそこに、綺麗に茶色の髪を撫でつけ海老色のジャケットを着た青年がやって来た。
「姫様、お茶をご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「まぁ、ダグラス、来ていたのね!
ここは二人掛けだけれど⋯⋯いいわ、椅子を持ってこさせましょう。」
ダグラスは、気安い雰囲気でクララベルに話しかける。
ミスティはまた邪魔なやつが来たなと内心むっとして、クララベルが調子よく青年を受け入れたのを見て、更にむっとした。
クララベルはオリバーに対する態度とは雲泥の差で、愛想よくダグラスに席を勧めた。
「ダグラスは私の幼馴染なの。
カヤロナ家の親戚筋でね、地方で国の大切な仕事をしているの。
フォレー伯爵が城でお仕事がある時は、一緒に城で遊んだりしたのよ。
久しぶりだわ、いつぶりかしら。」
クララベルは近しい関係でありたい者に、気安く接してしまう癖があった。
その気安さこそが自分の周りの数少ない味方を遠ざけないギリギリの方法だったという事は、本人も気付いてはいない。
「⋯⋯なんでも、縁談が流れたとか?」
ダグラスは片眉を上げて、核心を突く。
「いやだわ、ダグラスまでそんなこと言うの?
ここでは話題に出さないで。
私、逆に白紙に戻って安心しているくらいなんだから。」
「気落ちしているのかと心配しておりましたが、その様子なら大丈夫なのでしょうね。」
クララベルの剣幕にダグラスは楽しそうにクスクスと笑う。
ミスティは全然面白くない。
「あからさまに喜んではあちら側に失礼だわ。今の話はここだけにしておいてね。」
「もちろんです。
姫様、ところで、そちらの方は?
私には紹介していただけないのでしょうかね。」
大人しくお茶を飲みながら二人の話を聞いていたが、おどけてダグラスが話題を振ってきたので、ミスティはカップを置いた。
「紹介するわ。こちらは、絵画教室のお友達のミッシーよ。
ミッシーはね、とても絵が上手なの。」
この男どうしてくれようかと勇んでいたミスティは、社交辞令とはいえ、クララベルに絵を褒められ、面食らって耳の端を赤くした。
「いえ、姫様の方がお上手ですわ⋯⋯。」
頬を赤らめ小さな声で謙遜すれば、世にも美しい令嬢の出来上がりだ。
「ミッシー嬢、姫様は絵に関してはお世辞を言いません。
昔から絵画には熱心に取り組んでいらっしゃったのですから。」
ダグラスは眩しいものを見るような目でクララベルを見る。
ミスティは、よく知っている仲だとばかりにクララベルについて話すダグラスが憎くて仕方ない。
「そうだ、あの時の絵師は見つかったのですか?
誕生日の贈り物の肖像画、誰の作かわからずじまいだったのでしょう?
だいぶ探していらっしゃったではありませんか。」
ミスティとクララベルは示し合わせたかのように笑顔を貼りつかせて、動きを止める。
「あ、ああ、ええと、そうね。
そんなこともあったかしらね。
子どもの頃だったし忘れてしまったわ。」
クララベルがちらりとミスティを見る。
ミスティは気が付かない振りをして令嬢を演じる。
「そうですか?毎年、誕生日のパーティに呼ばれる度にその話をされていましたよ?」
クララベルとミスティは互いに気まずさを感じていたが、訊いたダグラスはその話をやめようとしない。
そうしているうちに、再びオリバーとその取り巻きたちがやってきた。
「ダグラス殿、美姫二人を一人で独占するとは羨ましい。
我々も仲間に入れてほしいものですな。」
「これはこれは、オリバー様、独り占めだなんてめっそうもない。
しかし、ここは少し狭いですね。
あちらのテーブルに移動してはどうですか?」
肖像画の事がうやむやになったのはいいが、自分にばかり有力者の若者が群れているのは困る。
クララベルは、通り過ぎるたびに着飾った令嬢たちに声をかけ、大きなテーブルにつかせた。
目的がクララベルだろうが、若者たちは隣り合ったものと自己紹介をしながら少しずつ打ち解けていく。
中には席を越えてまでクララベルに取り入ろうとしたり、ミスティと知り合おうとしたりする者もいたが、少しずつ気の合ったものが連れ立って席を離れ始めるくらいには主催者側としての役目を果たした。
こんなに周りに人がいれば、今日はクララベルに危害を加える者もいないだろうと、ミスティがまたテーブルに置かれた菓子に手を伸ばそうとしたそのときだ。
ミスティの耳はかすかな金属と金属の擦れる音を拾い上げた。
金属の鞘に入った、刃渡りの長くない金属⋯⋯ナイフのようなものかもしれない。
「クララベル、動くなよ、金属の擦れる音がした。
お前の右斜め後方だ。どうする?」
ミスティはにこにこしながら扇で口元を隠し、小声で言う。
このざわめきの中では、どうせ二人の話は聞こえない。
「わかったわ。ミスティ、騒ぎ立てないで。
私を東屋まで連れ出して。
ここではレトも動けないわ。
手洗いにでも行く振りをして。」
ふふふ、と皆には楽し気に笑って見せながら、ミスティの耳に手を添えて、小声で指示を出す。
「姫様、私⋯⋯。」
ミスティがクララベルの指示に従って、再びもじもじとクララベルに耳打ちしようとする。
「まあ、そうね。
気がつかなくてごめんなさい。
ミッシーついていらっしゃい。私もご一緒するわ。」
「はい、姫様。」
「私たち、少し失礼するわ。」
察した子息たちは二人を邪魔をせずに周りと話を続ける。
ミスティはクララベルにエスコートされながら席を立ち、東屋の方へ向かう。
丁度クララベルのショールを持ってきたレトが遠くの渡り廊下を歩いて来るのが見えた。
「⋯⋯よかった、レトが来るわ。」
「クララベル、誰か付いてきている。
東屋の影で襲うつもりだ。
合図をしたら走ってレトさんのところまで逃げろ。」
「え?わたしだけ?
ミスティはどうするのよ。
そんな細腕で反撃できるわけないじゃない。
ミスティも逃げるのよ。」
「⋯⋯お前、俺を侮っているだろう。」
「侮ってるに決まってるでしょ!」
「戦争の時に、バロッキーがどうして前線に送られたか知っているか?」
「そんなの、しらないわよ!!」
東屋で止まり、敵を誘う。
まだ遠いが、レトが見える。
レトも二人の姿を見つけたようだ。
「知らなきゃ別にいいよ。とにかく合図したら走れ。
今こちらが気が付いたと知られたら、レトさんが取り逃がす。」
「本当に大丈夫なの?」
「しつこいな!俺たちは、こういう時は大丈夫なんだよ!
俺が大丈夫って言ったら大丈夫だ!」
竜の血はこういう場面では必要以上に防衛反応が強く出る。
クララベルが自分の物だと認識はじめてからは、どうしようもないくらいに。
今のミスティは護衛としてはジェームズより役に立つ。
ミスティはクララベルを害しようと近づいてくる何者かの気配が、手に取るように分かった。
「今だ、走れ。」
ドンと背中を押す。
前に躓くようにクララベルが走り出すと同時に、後ろからついてきた者が走り出す気配がする。
ミスティの本能はクララベルの安全に向けて研ぎ澄まされていた。
自分の横を走り去ろうとする何者かに足をかける。
細い足だった。
女官の格好をした娘がバランスを失い倒れ込む。
取り落としたナイフを取り上げるため金気の方を向くと、後ろから迫ってきた女官にドンと突き飛ばされる。
目の前には整えられたばかりの低木の生垣が迫る。
顔を怪我するのは嫌だと、思わず手で頭をかばって茂みに突っ込む。
「ミスティさん!!ご無事ですか?女は取り押さえましたよ!」
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「⋯⋯よし。無事だな⋯⋯。」
ミスティは安心して意識を手放した。
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