白髪、老け顔、草食系のロマンスグレーですが、何でしょうか、お嬢さん?~五十路男、執事喫茶で無双始めました~

だぶんぐる

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36話 五十路、むかえる。

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「正午……何よ、その顔、言いたいことがあるんなら言いなさいよ」
「真昼……お嬢様、まずは、お飲み物をどうぞ」

髪を上げ、額の傷跡を露にした執事姿の正午さんを見て、真昼お嬢様は眉間に皺を寄せます。
けれど、それ以上は何も言わず押し黙り、席につき、正午さんの持ってきた紅茶に口を付けられます。

「わたしが選んだお茶です。いかがでしょうか?」
「……おいしいわよ」
「ありがとうございます。いつもおうちで飲んでいるので、きっと好きなんだろうと思っていました」
「……! なん、なのよ……!」
「え?」
「なによ! 一体何が言いたいのよ! 言いたいことがあるなら言えばいいじゃない! お前のせいでついた傷だぞ! って、お前なんか大嫌いだって! あたしだってだいっきらいよ!」

そう。正午さんの額には傷跡がありました。
それは数年前、真昼さんと正午さんがダンス大会の帰りに真昼さんがふざけて転びそうになったのを庇った時についたものだったそうです。
ダンス競技では基本的に前髪を上げるものらしく、当時、傷が恥ずかしかった正午さんはダンスから離れてしまったそうで、それから、真昼お嬢様は正午さんにキツく当たり始めたそうです。

『僕がその程度の事でダンスを離れたから……そんな僕を許せなくて、真昼は僕に厳しいんだと思います。でも、僕は、仲良くしたい。元の二人に戻りたい。だから、真昼を此処に連れてきたりして少しでも許してもらおうと思ったんです……』

正午さんはそうおっしゃいました。

そして、今、正午さんは震えながらも真っ直ぐに真昼お嬢様を見つめています。
とても立派です。

「お嬢様。お嬢様は今、わたしにどうして欲しいですか? お嬢様をしあわせにする為にわたしには何が出来ますか」

正午さんの言葉に、真昼お嬢様は小さく口を開けかけては、閉じ、そして、意を決したように開き小さく叫びます。

「もう、私に構わないでよ……! 嫌なの、あたし、嫌いなの……!」
「そう、ですか……」

正午さんが泣きそうな笑顔を見せます。真昼お嬢様は怒っていらっしゃいます。
そして、私は、もっと怒っています。

バアン!

私は背中を叩きます。正午さんの背中を、丸く下を向き始めた背中を。

「しっかりなさい! 此処の、【GARDEN】の執事は、此処に来た、何かを求めてお帰り頂いたお嬢様の幸せを諦めたりしません!」

誰もが目を見開いて私を見ていました。
いえ、ジジイは怒りますよ。ジジイですから。

出来ると信じた人がやり切る前に止めようとすれば、怒ります。

「な、に、が……何が、そんなに嫌なんですか? 教えてください」
「……」

良く踏ん張りました。ですが、今度は真昼お嬢様が俯いてしまいました。
私は、背中を叩いた手をそのまま背中に残し、ぽんと叩きます。
正午さんがこちらを見ます。そして、私は頷き一緒に前を向きます。

ここからです。
あなたはちゃんと戦いました。であれば、頼って下さい。一緒にお嬢様の幸せのために頑張りましょう。

「真昼お嬢様、そして、正午さん。『嫌』という字は、二本の稲穂を比べ思い悩む女性という説があります。どちらを取るべきか心が二つにまたがって安らかでないということだそうです。真昼お嬢様の二つはなんでしょうか? ……お嬢様と正午さんの気持ちではないですか? そして、お嬢様が本当に嫌いなのは自分自身では?」
「え?」

正午さんが私を見ます。私は真昼お嬢様を見ます。
震えながら拳を強く握る真昼お嬢様を。

「嫌い……嫌いよ! 私なんて嫌い! だから、早く離れればいいのよ! なのに、いつまでも私に構って……!」
「正午さん、以前ここにお越しいただいた時に、私が言ったことを覚えてらっしゃいますでしょうか? 『お嬢様とは自分の好きなものや人に胸を張れる自分で居続ける人たちだと』」
「あ、は、はい」
「時に、逆の方もいらっしゃいます。誇れない自分だから好きになってはいけないと離れて行って欲しいとそう思う方がいるのです」
「え……」

正午さんは、今度は真昼お嬢様の方を問いかけるように見つめます。

「自分を好きになれないと、好きな自分で、誇れる自分でいないから、人を好きと言えないのでしょう? でも、あなたはそう思えるくらい、人に嫌われる自分に好かれるなんて不幸だから嫌いになった方が良いと思えるくらいやさしい人です」
「え……?」

今度は真昼お嬢様がこちらを向きます。大きな瞳が揺れています。不安と恐怖で。

「真昼お嬢様は正午さんが『白銀に憧れている』と言った時、目標を見つけた弟を喜ぶように小さく口角を上げてらっしゃいました。それに、真昼お嬢様は、正午さんに厳しいことは言っても、『なれない』『絶対無理だ』とは仰らなかった。お嬢様、白銀はお嬢様の事を見ておりましたし、しっかり聞いておりましたよ。お嬢様は、本当は優しい方のはずです」
「でも……でも……!」

どうすればいいのか分からないのでしょう。
自身の姉弟に傷をつけてしまった。そして、一つの道を失わせてしまった。
そして、自分を見失い、誤った道へと進んでしまった。

でも、

「まだ、きっと、大丈夫。私には、そうとしか申し上げられません。ですので、是非本人に聞いてみるのがよろしいかと。真昼お嬢様の得意な踊りと同じです。向かい合わなければ始まりませんよ」

私は、そっと真昼お嬢様の隣に行き、手を取り、リードします。
次の相手へと導くために。

「……正午」
「真昼、お嬢様」
「「ふふ……」」

困ったように、でも、心から笑うお二人。

二人は、対等であり、二人ともが負い目を持っていらっしゃいました。
けれど、これも【GARDEN】の魔法でしょうか。

今は、お嬢様と執事。

二人は、違う世界の違う立場で、そして、変わらない気持ちのまま向かい合っているのです。

「久しぶりにお嬢様の笑った顔を見ました」
「そう、そうね……あなたの前じゃ笑っちゃいけないって思ってた」
「真昼お嬢様の笑った顔が見たいんです。ずっとずっと……だって、僕達は家族だから」
「……うん! そうね、そうよね。私達は、家族だもの……!」
「それに、知ってますよ。あの時、ダンス大会でうまくいかなかった僕を励ます為に、お姉ちゃんが、真昼姉ちゃんが、おどけて見せようとしてくれてたんだって……! 僕は、知ってたから。だから、泣かないで……ねえぢゃん!」
「あんたも泣いてるじゃない……!」

向かい合えば額の傷を見なければならないし、見せなければなりません。
でも、きっとお二人であれば、分かち合うことが出来るはず。
今一度相手を思いやったばかりに曇ってしまった目を涙で洗い流していただければ、きっと今よりもっと良く見えることでしょう。
痛みも喜びももっと分かりあえるはずです。

いけませんね、年寄りは涙もろくて。
いえ、皆さん泣いていました。
みんなで沢山泣いて、みんなで沢山笑って。それは、そう、沢山の水を与えられ大きな花が咲くような得難い瞬間が【GARDEN】にあったのでした。

お見送りの時間。お坊ちゃんに戻った正午様に、真昼お嬢様に相応しい花を選んで欲しいと依頼されました。
ホールにはなかったので、倉庫まで行き、私は、華やかな黄色い造花を持ってまいりました。

「真昼お嬢様、こちらをどうぞ。オンシジウムです。英語では『Dancing lady orchid』、踊る淑女の蘭。花言葉は『一緒に踊って』」
「……ふふ、ありがとう。白銀」

少し頬を染めた真昼お嬢様は、ダンスの時のような魅力的な色香を放っていらっしゃいました。その奥で、南オーナーが私を睨んでいましたが何故でしょうか?

「あの、さっきの白銀さんの英語……」
「言うな、アイツが何か国語喋れるか絶対に聞くなよ。海外のお嬢様は今後白銀に振れ」

何か聞こえる気がしますがジジイなので、よく聞き取れませんでした。

「そして、正午お坊ちゃんには、シンビジウム。真昼お嬢様と同じ洋ランの一種です。花言葉は『飾らない心』」
「はい……! ありがとうございます……! そして、お願いがあります! あの! 僕を、ここではたらかせていただけませんか?!」

周りのお嬢様達から歓声のような声。
それもそうでしょう正午お坊ちゃんのような可愛らしい男の子であればきっと人気になるに違いありません。

私達は南オーナーの方を向きます。

「まあ、私としては断る理由はないわ」

そして、千金楽さんが私を見ます。代表して、ということでしょう。
私は正午お坊ちゃんの元へ向かいます。

「白銀」
「正午お坊ちゃん……まずはご両親に許可をとってくださいね」
「……え?」

「「「「「「「「「「おいぃいいいい!」」」」」」」」」」

「もうそこは、ようこそ【GARDEN】へ! でいいでしょう! ったく、お前は……!」
「白銀! 固いです! でも、そこが流石師匠です!」
「あとさ、白銀、勘違いしているようだけど、私達もう二十歳よ」
「え?」

随分若い子達が来るのだなと思っていましたが、二十歳? 高校生どころか、中学生に見えても……!

「くくく、あなたの若かりし頃とは全然違うでしょう?」
「千金楽、一言多いです。全く……」

私は、千金楽のおなかを軽く肘で小突いて今一度正午お坊ちゃんの、いえ、これから共に働く仲間の元に向かいます。

「では、ようこそ【GARDEN】へ。共に、お嬢様を幸せに導く素晴らしい執事を目指し、精進していきましょう」

私の差し出した手の先で、双子のお嬢様とお坊ちゃんが目を合わせ、そして、二つの蘭が喧嘩することなく比べることなく嫌がらず、楽しそうに揺れていらっしゃいました。

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