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41話 小鳥、掴む☆
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【小野賀小鳥視点】
『福家拓司と申します。今日の面接、よろしくお願いいたします。』
『……あ、店長の小野賀小鳥です。今日はありがとうございます……』
最初は、ウチの雰囲気に合いそうなおじさんが来たと思っていた。
聞いたら年下だったときは本当に驚いた。
私は、自分でも童顔って自覚はあったけど、こんな教授みたいな貫禄の大学生がいるのかとマジマジと見てしまった。
『あの、どうかされましたか?』
ニコリと微笑み私を見るおじいちゃ……大学生の子。
その落ち着きに本当に大学生か疑って履歴書を五度見した。
働くと本当に優秀で助かった。
まだカルムを始めたばかりで手探りだった私は、助けられっぱなしだった。
福家さんと呼ばれるのが本人は抵抗あったみたいだけどそう呼ばずにはいられなかった。
仕事柄、調べる事は得意だし、知識はそれなりにあったけど、実際にやると私は不器用だった。
それを福家さんはなんなくやってみせた。
『コツを掴むと簡単ですよ』
と福家さんは言う。『だからそのコツが分かんないんだって!』と言いたかった。
福家さんはコツを掴む達人だった。
あと、心も。
正直自分が童顔だったということもあり、福家さんと並ぶと本当に親子に見られる事も多いから、それが嫌で買い出しはどちらかが行くことにしたくらいだった。
だから、福家さんと並んで歩きたいなんて思っていなかった。
なのに、
『あの、お付き合いを前提に友達になった女性がいまして』
福家さんにデートの相談をされた時に何かもやっとした。
『私に彼氏がいないのに福家さんに彼女とは、流石人生の大先輩!』
なんて茶化した。でも、その時はそういう事だと思っていた。
私はモテた。童顔ではあるが、いや、童顔だからか? 学生時代からかなりモテていた。
今だって、よくカルムで口説かれる。その度に福家さんがうまく助けてくれる。
それくらい私はモテていた。
でも、福家さんは、その子との話を私が聞くといつも、どういうところが素敵な人で、と彼女の良い所をいつも見つけて話してくれた。
いいなあ、って思った。
そのいいなあの正体が分からないままの日々はすぐに終わった。
ある日のカルム。福家さんはお休みだった。デートだと聞いていた。
閉店ギリギリの時間に福家さんはやってきた。
福家さんはボロボロだった。
彼女の告白は嘘だったこと。騙されていた事。
実は彼が居たこと。彼はその様を笑ってみていた事。
そして、福家さんが何回目のデートで彼女をモノにしようとするかを賭けていたこと。
そして、賭けに負けた彼が八つ当たりに福家さんをボコボコにしたこと。
全てが許せなかった。
あんなに福家さんは楽しそうだったのに。幸せそうだったのに。
「はい、珈琲! 飲みなさい! 苦いよ! 苦みのあとに美味しさが、苦みの中にもおいしさはあるんだよ! きっと福家君の人生もそう! 今は苦いしか分からないかもしれないけど大人になったらさ、分かるんだよ! 苦みの中にも探せば美味しさが、しあわせがあるんだって」
気付けば、わーっと私は喋っていた。
苦みなんて苦手で珈琲に砂糖二本入れるし、知らない癖に。そんなことを言っていた。
年上って言ってもそんなに変わらないし、なんなら福家さんの方が倍くらい年いってそうな落ち着きだし。
でも。
福家さんは、恋を知らなかった。いや、知りかけていた。
福家さんは本当に幸せそうだったし、その子だって見た目が年寄りっぽくても福家さんの中身を知れば好きになっちゃうんじゃないかって思っていた。
そして、二人はちゃんと素敵な恋愛を育んでいっちゃうんだって私は思ってた。
でも、そうならなかった。
嘘の告白なんてして何が楽しいのか分からない。
人を傷つけて何が楽しいのか分からない。
失恋している福家さんを見てほっとしている自分なんて、意味が分からない。
その日は二人して苦い顔して苦い珈琲を飲んで泣いた。
私が福家さんのことを笑えないって。
本当の恋を知らなかったって知るのはもう少し後の話だ。
けれど、それから私は福家さんの隣を並んで歩くようになった。
並んで歩きたくなったから。
*********
今は違う。
私に並んで歩く資格なんてない。
ただただ福家さんの望むことを聞いて、償う事。
それだけしかない。
公園のベンチを促され私は福家さんから少し離れて座る。
そして、私が今どうしているか聞かせてほしいと言われた。
勿論、話す。言われたことに従う。ただそれだけだ。
それだけのつもりなのに私は嬉しくて頬が緩んだ。
でも、話せば話すほど、気持ちは落ち込んだ。
ただ、少しだけ身体が軽くなった気もした。
それも、私には許せない。
福家さんに許されてないはずの私が何を勝手に許された気になっているのか。
私はぎゅっとこぶしを握り締め、自分を呪う。
「私のせいだ」
そこからは私のいけない癖だ。感情のままに言葉が溢れる。
嵐のように吹き荒れる言葉をとにかく吐き出していく。
「私が、一也のことを分かってないままに任せちゃったから、成長してくれると勝手に思い込んでたから、拓さんを引き留めなかったから……。拓さんが、一也のいう事簡単に聞いて引き下がっちゃうのもなんか悔しくて……ごめんね、これは拓さんのせいじゃないのにね……!」
そう、福家さんのせいじゃない。
なのに、私は拓さんなんて呼んで何を求めているんだ、私は。
拳に痛みが走る。強く握り過ぎたみたいだ。でも、こんな痛みがなんだ。
みんなに迷惑を掛けた私は、罪を受けるべきなんだ。私が。私が。
「小鳥さん、少しお時間を私に頂けませんか?」
「……え?」
何故だろうか、福家さんのその一言に、優しくて苦しそうで強い一言に、嵐が止んだ気がした。
凪。
そう、例えるなら凪。
静かな水面に隙間から太陽が零れ、映し出されるような静かな……
柔らかな陽だまりのような微笑みがそこにあった。
私が大好きな拓さんの……
「お願いです」
「あ、うん。今日は、特に予定もないから」
「では、参りましょう。さあ、お嬢様」
う?
う?
うへぇえああああああああああああああああああああ!?
お、お、お嬢様ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
手が、あります。
私の目の前に、手が、あります。
綺麗でずっと見てられる、啄みたい手が、小鳥だけに。
もうなんか一気に色々吹っ飛んじゃって、私は手を取っていた。
「よ、よろしくお願いします……!」
圧倒的幸福感。
いや、勿論私は罪深き存在でこんなご褒美を頂いてしまっては申し訳ない気持ちなんだけどでも手を出してきたのは拓さんで手を出したと言ってもそういう意味ではないしいやむしろそういう意味でもいいんだけどっておばさんがなにいってんだでしょうかすみません。あーもう! 拓さん、好き! 好き! 好きぃいいいいいい!!!!!
そんな猛烈な幸せの波が襲い来る心の中をなんとか耐えながら辿り着いたのは一つの集会所。そこには、
「ちょっと! たくちゃん! 手を繋いで誰を連れて来たの!? 私というものがありながら! ……あら、小鳥ちゃん!? じゃあ、しょうがないわ。ばばあは引き下がるしかないわね」
「へ?」
千代子さん。カルムの常連だった。千代子さんだった。元気そうだった。
そこはカルムの常連のおじいちゃんおばあちゃんが中心になって行われているお茶会だった。通称、銀の茶会。
そこでは、みんながお茶を楽しんで笑顔に溢れていた。
以前の、カルムの様だった。
拓さんの手を放した私は、隅っこでみんなを見ていた。
誰か私に何か文句の一つでも言えばいいのにそんなことは一つも言わず、体調を心配してくれたりした。
三雲のおばあちゃんも耕さんも誠二郎さんもみんなやさしかった。
でも、やさしさが辛かった。
「小鳥さん、珈琲いかがです?」
「あ、ありがとう。拓さん……」
拓さんの持ってきてくれた珈琲を思わず見てしまう。
拓さんの珈琲、こんな機会ない、味わって飲まないと。
そう思っていると苦笑いを浮かべた拓さんに言われた。
「砂糖、二本入ってますよ」
「あ、ありがとう!」
いつもの私の珈琲を拓さんは覚えてくれていた。温度も少し温め。
うれしい、うれしい、うれしい。
「お隣よろしいですか?」
「へひっ!? は、はい、どうぞ!」
それだけでもうれしいのに、拓さんが隣に来てくれた。
隣に。
私は、隣の拓さんを盗み見しながら珈琲を飲む。
甘くて、ちょっと苦くて、おいしい。
もし、この珈琲は拓さんが私の事を思って淹れてくれた、そう自惚れていいのなら、私は、
「小鳥さん」
「へ? な、なに?」
拓さんに伸ばしかけた手を止める。
「力になりますから」
「……え?」
「必ず、必ず貴女の力になります。貴女が私の力になってくれたように」
この珈琲が私の為に、私を思って作ってくれた自惚れていいのなら、私は、助けてもらいたい。
だって、この人は私が失意のどん底に居る時に、いつも助けてくれるかっこいいスーパーマンだから。
『小鳥さん! 諦めてはいけません! 辛いなら分かち合いましょう。苦しいなら助け合いましょう。泣きたいなら一緒に泣きましょう。私は応援していますから、貴方を』
そう言った拓さんはあの時と変わらない大人のままで、何も言わずに隣にいてくれるままで。
「……あり、がとう。ごめんね。私の」
「貴方のお陰で、私は、苦みのおいしさを知れたんですよ」
「……うん! お願い。私の力になって」
「お嬢様の望むままに」
泣きそうだったのに、涙が少し零れてあとは全部引っ込んだ。
かっこいいんですけど。
執事喫茶効果が凄すぎるんですけど。
詩織に問い詰めたい、何をしたと。
あと、通い詰めたい。金ならある。
そんなことを考える余裕まで出てきてしまった自分に笑う。
「あ、あの、拓さん。じゃあね、LIN○、交換しない? 連絡便利だし」
「はい! …………えーと、どうやれば」
そして、やっぱりハイテクが苦手な拓さんのままで。
私の説明じゃ理解できない拓さんのままで。
『福家拓司です。宜しくお願い致します』
家に帰って開いたLIN○画面にはあの頃の、カルムに入りたての拓さんみたいなメッセージが来て、笑ってしまった。
気付けばぐちゃぐちゃの部屋。
時間できたら、片付けなきゃな。
まだ私は嵐の中だ。
けれど、彼がいてくれるなら私は頑張れる。
きっとこの嵐も乗り越えられる。
私は、目の前が晴れていくのを感じる。
可能性が広がる。
「あ」
私は、パソコンに向かう。
そこに広がるのは無限の世界。
今できることをやろう。
彼とのLIN○画面を開いたまま、私は再び動き始めた。
『福家拓司と申します。今日の面接、よろしくお願いいたします。』
『……あ、店長の小野賀小鳥です。今日はありがとうございます……』
最初は、ウチの雰囲気に合いそうなおじさんが来たと思っていた。
聞いたら年下だったときは本当に驚いた。
私は、自分でも童顔って自覚はあったけど、こんな教授みたいな貫禄の大学生がいるのかとマジマジと見てしまった。
『あの、どうかされましたか?』
ニコリと微笑み私を見るおじいちゃ……大学生の子。
その落ち着きに本当に大学生か疑って履歴書を五度見した。
働くと本当に優秀で助かった。
まだカルムを始めたばかりで手探りだった私は、助けられっぱなしだった。
福家さんと呼ばれるのが本人は抵抗あったみたいだけどそう呼ばずにはいられなかった。
仕事柄、調べる事は得意だし、知識はそれなりにあったけど、実際にやると私は不器用だった。
それを福家さんはなんなくやってみせた。
『コツを掴むと簡単ですよ』
と福家さんは言う。『だからそのコツが分かんないんだって!』と言いたかった。
福家さんはコツを掴む達人だった。
あと、心も。
正直自分が童顔だったということもあり、福家さんと並ぶと本当に親子に見られる事も多いから、それが嫌で買い出しはどちらかが行くことにしたくらいだった。
だから、福家さんと並んで歩きたいなんて思っていなかった。
なのに、
『あの、お付き合いを前提に友達になった女性がいまして』
福家さんにデートの相談をされた時に何かもやっとした。
『私に彼氏がいないのに福家さんに彼女とは、流石人生の大先輩!』
なんて茶化した。でも、その時はそういう事だと思っていた。
私はモテた。童顔ではあるが、いや、童顔だからか? 学生時代からかなりモテていた。
今だって、よくカルムで口説かれる。その度に福家さんがうまく助けてくれる。
それくらい私はモテていた。
でも、福家さんは、その子との話を私が聞くといつも、どういうところが素敵な人で、と彼女の良い所をいつも見つけて話してくれた。
いいなあ、って思った。
そのいいなあの正体が分からないままの日々はすぐに終わった。
ある日のカルム。福家さんはお休みだった。デートだと聞いていた。
閉店ギリギリの時間に福家さんはやってきた。
福家さんはボロボロだった。
彼女の告白は嘘だったこと。騙されていた事。
実は彼が居たこと。彼はその様を笑ってみていた事。
そして、福家さんが何回目のデートで彼女をモノにしようとするかを賭けていたこと。
そして、賭けに負けた彼が八つ当たりに福家さんをボコボコにしたこと。
全てが許せなかった。
あんなに福家さんは楽しそうだったのに。幸せそうだったのに。
「はい、珈琲! 飲みなさい! 苦いよ! 苦みのあとに美味しさが、苦みの中にもおいしさはあるんだよ! きっと福家君の人生もそう! 今は苦いしか分からないかもしれないけど大人になったらさ、分かるんだよ! 苦みの中にも探せば美味しさが、しあわせがあるんだって」
気付けば、わーっと私は喋っていた。
苦みなんて苦手で珈琲に砂糖二本入れるし、知らない癖に。そんなことを言っていた。
年上って言ってもそんなに変わらないし、なんなら福家さんの方が倍くらい年いってそうな落ち着きだし。
でも。
福家さんは、恋を知らなかった。いや、知りかけていた。
福家さんは本当に幸せそうだったし、その子だって見た目が年寄りっぽくても福家さんの中身を知れば好きになっちゃうんじゃないかって思っていた。
そして、二人はちゃんと素敵な恋愛を育んでいっちゃうんだって私は思ってた。
でも、そうならなかった。
嘘の告白なんてして何が楽しいのか分からない。
人を傷つけて何が楽しいのか分からない。
失恋している福家さんを見てほっとしている自分なんて、意味が分からない。
その日は二人して苦い顔して苦い珈琲を飲んで泣いた。
私が福家さんのことを笑えないって。
本当の恋を知らなかったって知るのはもう少し後の話だ。
けれど、それから私は福家さんの隣を並んで歩くようになった。
並んで歩きたくなったから。
*********
今は違う。
私に並んで歩く資格なんてない。
ただただ福家さんの望むことを聞いて、償う事。
それだけしかない。
公園のベンチを促され私は福家さんから少し離れて座る。
そして、私が今どうしているか聞かせてほしいと言われた。
勿論、話す。言われたことに従う。ただそれだけだ。
それだけのつもりなのに私は嬉しくて頬が緩んだ。
でも、話せば話すほど、気持ちは落ち込んだ。
ただ、少しだけ身体が軽くなった気もした。
それも、私には許せない。
福家さんに許されてないはずの私が何を勝手に許された気になっているのか。
私はぎゅっとこぶしを握り締め、自分を呪う。
「私のせいだ」
そこからは私のいけない癖だ。感情のままに言葉が溢れる。
嵐のように吹き荒れる言葉をとにかく吐き出していく。
「私が、一也のことを分かってないままに任せちゃったから、成長してくれると勝手に思い込んでたから、拓さんを引き留めなかったから……。拓さんが、一也のいう事簡単に聞いて引き下がっちゃうのもなんか悔しくて……ごめんね、これは拓さんのせいじゃないのにね……!」
そう、福家さんのせいじゃない。
なのに、私は拓さんなんて呼んで何を求めているんだ、私は。
拳に痛みが走る。強く握り過ぎたみたいだ。でも、こんな痛みがなんだ。
みんなに迷惑を掛けた私は、罪を受けるべきなんだ。私が。私が。
「小鳥さん、少しお時間を私に頂けませんか?」
「……え?」
何故だろうか、福家さんのその一言に、優しくて苦しそうで強い一言に、嵐が止んだ気がした。
凪。
そう、例えるなら凪。
静かな水面に隙間から太陽が零れ、映し出されるような静かな……
柔らかな陽だまりのような微笑みがそこにあった。
私が大好きな拓さんの……
「お願いです」
「あ、うん。今日は、特に予定もないから」
「では、参りましょう。さあ、お嬢様」
う?
う?
うへぇえああああああああああああああああああああ!?
お、お、お嬢様ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
手が、あります。
私の目の前に、手が、あります。
綺麗でずっと見てられる、啄みたい手が、小鳥だけに。
もうなんか一気に色々吹っ飛んじゃって、私は手を取っていた。
「よ、よろしくお願いします……!」
圧倒的幸福感。
いや、勿論私は罪深き存在でこんなご褒美を頂いてしまっては申し訳ない気持ちなんだけどでも手を出してきたのは拓さんで手を出したと言ってもそういう意味ではないしいやむしろそういう意味でもいいんだけどっておばさんがなにいってんだでしょうかすみません。あーもう! 拓さん、好き! 好き! 好きぃいいいいいい!!!!!
そんな猛烈な幸せの波が襲い来る心の中をなんとか耐えながら辿り着いたのは一つの集会所。そこには、
「ちょっと! たくちゃん! 手を繋いで誰を連れて来たの!? 私というものがありながら! ……あら、小鳥ちゃん!? じゃあ、しょうがないわ。ばばあは引き下がるしかないわね」
「へ?」
千代子さん。カルムの常連だった。千代子さんだった。元気そうだった。
そこはカルムの常連のおじいちゃんおばあちゃんが中心になって行われているお茶会だった。通称、銀の茶会。
そこでは、みんながお茶を楽しんで笑顔に溢れていた。
以前の、カルムの様だった。
拓さんの手を放した私は、隅っこでみんなを見ていた。
誰か私に何か文句の一つでも言えばいいのにそんなことは一つも言わず、体調を心配してくれたりした。
三雲のおばあちゃんも耕さんも誠二郎さんもみんなやさしかった。
でも、やさしさが辛かった。
「小鳥さん、珈琲いかがです?」
「あ、ありがとう。拓さん……」
拓さんの持ってきてくれた珈琲を思わず見てしまう。
拓さんの珈琲、こんな機会ない、味わって飲まないと。
そう思っていると苦笑いを浮かべた拓さんに言われた。
「砂糖、二本入ってますよ」
「あ、ありがとう!」
いつもの私の珈琲を拓さんは覚えてくれていた。温度も少し温め。
うれしい、うれしい、うれしい。
「お隣よろしいですか?」
「へひっ!? は、はい、どうぞ!」
それだけでもうれしいのに、拓さんが隣に来てくれた。
隣に。
私は、隣の拓さんを盗み見しながら珈琲を飲む。
甘くて、ちょっと苦くて、おいしい。
もし、この珈琲は拓さんが私の事を思って淹れてくれた、そう自惚れていいのなら、私は、
「小鳥さん」
「へ? な、なに?」
拓さんに伸ばしかけた手を止める。
「力になりますから」
「……え?」
「必ず、必ず貴女の力になります。貴女が私の力になってくれたように」
この珈琲が私の為に、私を思って作ってくれた自惚れていいのなら、私は、助けてもらいたい。
だって、この人は私が失意のどん底に居る時に、いつも助けてくれるかっこいいスーパーマンだから。
『小鳥さん! 諦めてはいけません! 辛いなら分かち合いましょう。苦しいなら助け合いましょう。泣きたいなら一緒に泣きましょう。私は応援していますから、貴方を』
そう言った拓さんはあの時と変わらない大人のままで、何も言わずに隣にいてくれるままで。
「……あり、がとう。ごめんね。私の」
「貴方のお陰で、私は、苦みのおいしさを知れたんですよ」
「……うん! お願い。私の力になって」
「お嬢様の望むままに」
泣きそうだったのに、涙が少し零れてあとは全部引っ込んだ。
かっこいいんですけど。
執事喫茶効果が凄すぎるんですけど。
詩織に問い詰めたい、何をしたと。
あと、通い詰めたい。金ならある。
そんなことを考える余裕まで出てきてしまった自分に笑う。
「あ、あの、拓さん。じゃあね、LIN○、交換しない? 連絡便利だし」
「はい! …………えーと、どうやれば」
そして、やっぱりハイテクが苦手な拓さんのままで。
私の説明じゃ理解できない拓さんのままで。
『福家拓司です。宜しくお願い致します』
家に帰って開いたLIN○画面にはあの頃の、カルムに入りたての拓さんみたいなメッセージが来て、笑ってしまった。
気付けばぐちゃぐちゃの部屋。
時間できたら、片付けなきゃな。
まだ私は嵐の中だ。
けれど、彼がいてくれるなら私は頑張れる。
きっとこの嵐も乗り越えられる。
私は、目の前が晴れていくのを感じる。
可能性が広がる。
「あ」
私は、パソコンに向かう。
そこに広がるのは無限の世界。
今できることをやろう。
彼とのLIN○画面を開いたまま、私は再び動き始めた。
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