運命なんていらない

文字の大きさ
35 / 46

海里編3

しおりを挟む
両親の死後、お金にも困らなかった僕は、道楽で書いていた小説で賞を貰う。
とても大きな賞で、僕の容姿も災いして、ワイドショーなどにも「美しすぎる小説家」として取り上げられ、もてはやされた。
すると、いろいろな出版社から次回作の声がかかる。
でも、僕は自分の書きたいものしか書きたくなかった。

そんな中、若者向けの恋愛小説を書かないか、と声をかけてきた出版社があった。
受賞作が犯罪心理を用いた重い作風だったのに、まさかの恋愛小説!
ちょっと興味を惹かれ、話を聞いてみることにした。

担当者はメールでしかやり取りしていないが「山中太郎やまなかたろう」という名前らしい。
想像力を掻き立てられない名前だ。
きっと、平凡なのだろう。

会う場所は僕の家ということになった。
最近、ヒートが不安定だから、念のために抑制剤を飲んでおかないといけないな、と思っていたが、この担当はβだとメールに書いてあったので、問題ないだろう。
見た目からΩであろう僕を安心させるために、わざわざ自分の個人情報を伝えてくるなんて……誠実な人なんだろうな。

当日の朝、やはり少し熱っぽい……ヒートの前兆のような感じだ。
今日の打ち合わせ、断ろうかな……βだし、短時間なら……。
とか考えている内に約束の時間になってしまった。
時間ピッタリに玄関のチャイムが鳴る。
インターホンを覗くと、ザ·真面目といった風貌の男が立っていた。

『はい』

『お世話になります!本日お約束を頂いていた山中太郎と申します!』

『どうぞ』

玄関に向かい、施錠を解く。
ドアを開けると、まさに緊張のピークです、といった様子が伺えた。
顔は紅潮し、手は小刻みに震えている。

「こ、今回はこのような機会を頂き、ありがとうございます!」

膝に額がつくんじゃないのか?くらい曲げてお辞儀をしている。
あまりに大袈裟で、ちょっと笑えてきた。

「どうぞ」

とりあえず、リビングに招き入れた。
固い表情と固い動きのまま、ソファーに座る。

「山中くん……って呼んだのでいいかな?年下だよね?」
「はい!27歳になります!」

若い……一回りも違う……。

「あの、今回は才谷先生に執筆のご依頼をしたく、参りました!こちら、手土産なのですが、あまりお好みが分からなくて……。なので、自分が好きな物を買いました!」

ぶはっ。
ちょっと、吹いてしまった。
正直な子だな……。
今も、何に笑ったのが分からずに顔面がハテナマークだ。

「いや、ありがとう。僕は特に好き嫌いはないので、頂くよ。山中くんが好きな物なら、一緒に食べよう。コーヒーでいいかな?」

「い、いえ、お構いなく!」

キッチンでコーヒーメーカーを使い準備する。

「砂糖とミルクは?」

「両方、多めでお願いします!」

カップなどを準備しながら、渡された手土産の箱を見る。
真っ白い箱に、お店のロゴスタンプが押されてあるが、知らない名前だった。
箱を開けてみると、中身は色とりどりのカップケーキだった。
女子高生が映えて喜びそうな。
僕の年齢は知っているだろうに、その手土産がコレ。
一人、キッチンで笑いを噛み殺す。

仕事ができないタイプなんだろうな。
まぁ、僕に恋愛小説を依頼しようとする時点で、僕の作品を読んでないのか作風を理解してないのか……。

でも、その大胆さに惹かれたのも事実。

キッチンにコーヒーの良い香りが漂う。
カップケーキはたくさんあったので、皿とフォークだけ用意して、好きな物を選ばせてあげよう。

「お待たせ。好きな物を選んで」

まだ緊張している面持ちの山中くんの前に、大きめのマグカップに砂糖とミルクをたっぷり入れたカフェオレと2人分の皿とフォークを置く。

「先生がお好きな物をどうぞ」

「そう?じゃあ、僕のお皿に山中くんのオススメを乗せておいて」

またキッチンに戻り、自分用のブラックコーヒーをマグカップに注ぐ。

ちらっとリビングを覗くと、山中くんは箱からカップケーキを取り出して皿に置くと、満足そうに頷いている。

かっわいいな……。
何だろう……ちょっとおバカな柴犬に見えてきた。

リビングに戻ると、
「綺麗にお皿に乗せることが出来ました!せっかく綺麗なので、そのままの形にしたくて!」

上手に出来たことを褒めてほしいと言わんばかりの笑顔だった。
山中くんのお皿のカップケーキは上のピンク色のクリームが下に落ちてしまっていて、マフィン生地がむき出しになっている。

「ふっ……僕の方は綺麗だけど、山中くんの方は……」

「あっ、俺は味が好きなのでっ、あの、見た目はこれで、大丈夫です……」

垂れた耳が見える。
イタズラが見つかった時の柴犬だ。
間違いない、柴犬の太郎……タロだ!

自分で勝手に命名して、吹き出す。

「そうだね!味は変わらないよ。僕の方は見た目も綺麗に頑張ってくれてありがとう」

ちゃんとタロを褒める。

「色も綺麗ですけど、着色料とか入ってなくて自然の物で色付けされてるんです!甘さも控え目で、この生地もしっとりしててクリームに合うんですよ!」

タロは褒められて、尻尾をブンブン振っている。
可愛いな。飼いたい。

「じゃあ、早速頂こう?」
「はい!」

僕の方のカップケーキは紫色だった。
葡萄かと思って口にすると、紫芋だった。
芋のほんのりとした甘さがちょうど良い。

「どうですか?」
「うん。色が濃いから味も濃いのかと思ったら、優しい味だね」
「そうなんです!良かった~」

タロ……山中くんは一安心といった感じで、カップケーキを食べ始める。

そろそろ、本題に入ろう。

「で、なぜ僕に恋愛小説を?」

ニコニコ笑顔で食べている顔から、キリッと真剣な表情になる。
口の端にはクリームが付いているが。

「あの、先生の作品はすべて拝見してます。今回の受賞作も、読ませて頂きました。俺のような若輩者が言うことではないと思うのですが、先生の作品からは恋愛感情というものが、排除されているような気がして……」

……驚いた。
そう。僕の話には恋愛感情が一切出てこない。
友情、嫉妬、羨望、肉欲、崇拝、憎悪、悲哀、いろんな感情は書いてきたが、恋愛だけは書かなかった。

「……今回の新作には夫婦が出てきたでしょ?あれは?」
「んー……始まりは打算でしたし、最後は家族愛だと書評されてる方もいましたが、俺には自己愛に感じました」

……あぁ、前言撤回だ。
山中くんは仕事が出来る男だ。
今までの誰よりも僕の作品を理解している。
その上で、恋愛小説を書け、と追い込みに来たんだ。

「俺にはなぜ、先生が恋愛感情を書いて来られなかったかは分かりません。でも、読んでみたいです!編集者としても、読者としても」

真摯な瞳。
心からの言葉。

自分の中の何かが動いた。
もう、向き合う時が来たのかもしれない。

「……君が担当してくれるなら、いいよ」

そっと、山中くんの顔に手を添え、親指で口元のクリームを拭うと、そのまま自分の口に運ぶ。

甘い味と香り。

体温が一気に上がる。
しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~

上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。 ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。 「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」 そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。 完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか? 初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

処理中です...