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129 妻からの贈り物
しおりを挟むユンファ様は――寝る間も惜しんで、一生懸命にその青い毛糸を編んだ。
夜伽の時間以外は、ほとんどその孔雀青の毛糸に向き合い、迫る本格的な冬に向けて間に合わせようと、彼は一生懸命であった。
始めこそ指南書をたびたび確認しながら、覚束ない動きでちく、ちく、ちく、ちくと左右に動いていた棒針――失敗したのか…俺に確かなことはわからないが、ときおりにしゅるしゅると解かれる毛糸。
しかし、それも初冬のころにはすっかり慣れた動きとなり、ちくちく、ちくちく…――手指の脂を吸われたか、その白い指先は少しだけ赤く擦れ、ときに血が滲んでいた。
それでもユンファ様は、その首巻きを編むことを一日もやめなかった。
ただ――その首巻きがいよいよ完成したころ。
俺のもとに、徴兵の報せが来てしまった。
その徴兵というのは、そうはいえども大したものではない。――町外れで起きた一揆の暴動を、軍の武力で鎮めよというものだった。…つまり相手は軍人ですらない、ただの農民相手である。
そして、何の因果やら、奇しくもその報せと共に届いたのは――離れて暮らす、俺の妻からの首巻きであった。
『 ソンジュ様、今年の冬は大変に冷え込むそう。
離れて暮らすソンジュ様の御身が冷え込まぬよう、心を込めて首巻きを編みました。
いつでも御身のお側にわたくしを置いていただけますように、わたくしの瞳の色の毛糸を用いました。
どうぞ永久の愛の誓いとしてお受け取りくださいませ。
わたくしはいつまででも貴方様を想い、小さなお家で貴方様のお帰りをお待ち申し上げております。 』
そんな手紙と共に贈られた――淡い桜色の首巻き。
…まあ、これまでも四季が一つ巡るたび、一応俺の妻は何かしら手紙や、贈り物をしてくる人ではあった。――ただ、そのほとんどは食えば無くなる菓子やら果物、そういったものであったのだが。
よりにもよって今回は、首巻きである。
妻の目の色と同じ桜色の、首巻きだ。
中身がなんなのやらわからず、というよりもその時点では妻からの贈り物だとも知らなかった俺は――紙袋に、手紙と共に入っていたためだ――、なまじユンファ様の部屋でその包みを開けてしまい、…その丁寧に編まれた桜色の首巻きを取り出して、あっと後悔した。
はらり…俺の足下へ落ちていったのは、便せんに入っていなかった、剥き出しの手紙――それを拾い上げたのは、…ユンファ様であった。
「…………」
「…………」
ユンファ様は食い入るよう、その瞳をチラチラ動かしてその手紙の文面を読んだあと、その桜色の首巻きをチラリと見ては、落胆したように眉尻を下げた。
「…とてもよくできている…綺麗だね。まるで売り物のよう…、それに…ソンジュの奥方の、瞳の色か…」
そしてユンファ様は、俺にうっすらと微笑みかけながらも「とても粋だね、君の奥方は…勝手に読んですまない」と静かに言いながら、手に持つ手紙を俺へと返した。
「…そ、そうでしょうか…ユンファ様の首巻きも、とてもよくできているかと…」
「いいや。…あんなのはボロだ、とても誰かには贈れないものだよ」
ユンファ様はふっと体をなかば返し、寝台の隣の机に置いた、苦労して編み上げた首巻きを一瞥した。そしてそのまま彼は、部屋の中へ戻ってゆく。
俺は慌てて、妻の作った首巻きや手紙を茶色い紙袋へとガサリ戻し、――その人の背中を追いかける。
ユンファ様はまた寝台に腰掛けると、自分が苦労して編んだその青い首巻きを手に取り、それを見下ろした。
「…………」
「………、…」
その眼差しは冷ややかな諦観、それを見捨てる目だ。
ユンファ様はきっと、これを捨てる気だ。
あれほど苦労して編んでいた首巻きだが、きっと上手くできていた俺の妻の首巻きに意気消沈して、これを捨ててしまうつもりなのだ。
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