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「なんだ……これは……?」
其の時、この柳兎学園の新入生である「ゲンノウ ワキミズ」は目の前の張り出した山を視認しただけでは理解できなかった。
その弾力に跳ね返され、尻もちをついたところで、やっとそれが人の、染色体XXにしか有することのできない肉の果実であった事を理解した。
ワキミズはトイレから、そう、男子トイレから用を足して洗面所で手を洗い、前傾姿勢だった上体を起こしながら出ようとしたその時にその肉の山に顔を埋める形で衝突したのだった。
彼の視線がその双子の果実の持ち主を見る。日本人ではありえない青、というよりは紺色に近い髪を有したその頭部。その表情はよく出来たフランス人形のように整っていたが、自分を心配してくれているのか申し訳なさそうな相貌が親近感を沸かせている。
「あの、だいじょうぶ……デスカ?」
「あ、あぁ、だいじょうぶ。
えーっと、こんな時なんていうんだ?
おーらい?」
日本語で話しかけられたにもかかわらず、中学三年間で学んだ英語の使用可能範疇を超えている事態に困惑するワキミズ。そうこうしている間にトイレの外から声がかかる。
「お、おじょうさま~。どこですか~?」
「メィリオ、今行くわ」
おじょうさま?
ワキミズの疑問が声という形をなす前に、少女はその場を後にしてしまった。
後に残されたのは、少女の残り香と尻もちをついたままの少年ワキミズだけだった。
◇ ◇ ◇
◇
「で、あるからして、新入生諸君には、我らが柳兎学園において~」
その場の新入生のどれほどが、この長ったらしいつまらない話を聞いていただろうか。
ワキミズも例に漏れず、そんな話など聞いているそぶりすら見せない。先ほどトイレでぶつかった青髪の美少女はどこにいるか。彼の今の興味はそればかりであった。
「いない。いない!
あの子は、あのキレイな女の子はどこだ!?」
誰も話を聞いていない。
そんな空気が新入生を歓迎する入学式をおこなっている講堂を占め始めた時、壇上で先程からつまらない話を続けていた学園長が、一際大きく咳払いを挟める。
「え~、それでは、ここで本年度から、我らが柳兎学園にて交換留学生として皆さんと勉学を共にする方を紹介したいと思います」
壇上に招かれた留学生は数歩の歩みとそれに伴う仕草で、その場に居合わせた全ての人の目を釘付けにした。
それまで、意識を遠い旅に出していた者も、昨日のバラエティ番組に出ていたニ枚目の芸能人と自分に関する話題に華を咲かせていた者も、果ては教員や、講堂の後ろに並べて座らされていた新入学生の父兄たちでさえもであった。
学園長の横に立ち、ガッとマイクを掴んだ。
「ニーハオ!」
留学生に向けられた、講堂の中の合わせて1,000対以上の眼の動きが止まる。
次いで、これが分かりやすいギャグマンガか何かであれば、人々の頭上に疑問符が立ち並ぶところだが、留学生は鼻腔からフーッと排気を行い、ミディアムロングの髪をふっとなびかせ、八重歯をのぞかせた笑顔を崩さず、たわわな胸を張ったままだ。
ワキミズの座っているパイプ椅子の位置から、壇の端に一つの影が見えた。
黒いスーツに「着られている」と言った方がしっくりくるような少年がパタパタと駆け寄り、声を掛けると、その音までもがマイクに拾われてしまった。
「お、おじょうさま~、それは隣の国のあいさつですよ~」
黒服の少年の指摘に、大げさなリアクションで驚いて見せると、
「おおっと、シツレイしました。ワタシ、緊張して間違いました。アハハ」
――バクショウ。
割れんばかりの笑い声に、講堂の外にある咲きかけの桜の木、その枝に止まっていた鳥類さんも驚きとまどった。
一しきり人々が笑い転げ、留学生はエヘヘと頭を掻くばかり。
そこで教頭と思しき司会者がこれを制し、場内をたしなめた。
「エー、それでは、改めまして、私はエミィ・ディープブルーと申します。皆さん、エミィと呼んでくださいませ」
エミィと名乗った少女は笑われたことも、間違ったことも、そのにこやかな自己紹介で全てを過去のものとしてしまった。
彼女のこの、はつらつとした笑顔に一体何人の人間がその心を動かされず、それぞれが心臓に愛の天使(キューピッド)の矢を射られること無く、平然として振る舞えるだろうか。
もちろん、ワキミズも多分にもれず、その心を射止められていた。
其の時、この柳兎学園の新入生である「ゲンノウ ワキミズ」は目の前の張り出した山を視認しただけでは理解できなかった。
その弾力に跳ね返され、尻もちをついたところで、やっとそれが人の、染色体XXにしか有することのできない肉の果実であった事を理解した。
ワキミズはトイレから、そう、男子トイレから用を足して洗面所で手を洗い、前傾姿勢だった上体を起こしながら出ようとしたその時にその肉の山に顔を埋める形で衝突したのだった。
彼の視線がその双子の果実の持ち主を見る。日本人ではありえない青、というよりは紺色に近い髪を有したその頭部。その表情はよく出来たフランス人形のように整っていたが、自分を心配してくれているのか申し訳なさそうな相貌が親近感を沸かせている。
「あの、だいじょうぶ……デスカ?」
「あ、あぁ、だいじょうぶ。
えーっと、こんな時なんていうんだ?
おーらい?」
日本語で話しかけられたにもかかわらず、中学三年間で学んだ英語の使用可能範疇を超えている事態に困惑するワキミズ。そうこうしている間にトイレの外から声がかかる。
「お、おじょうさま~。どこですか~?」
「メィリオ、今行くわ」
おじょうさま?
ワキミズの疑問が声という形をなす前に、少女はその場を後にしてしまった。
後に残されたのは、少女の残り香と尻もちをついたままの少年ワキミズだけだった。
◇ ◇ ◇
◇
「で、あるからして、新入生諸君には、我らが柳兎学園において~」
その場の新入生のどれほどが、この長ったらしいつまらない話を聞いていただろうか。
ワキミズも例に漏れず、そんな話など聞いているそぶりすら見せない。先ほどトイレでぶつかった青髪の美少女はどこにいるか。彼の今の興味はそればかりであった。
「いない。いない!
あの子は、あのキレイな女の子はどこだ!?」
誰も話を聞いていない。
そんな空気が新入生を歓迎する入学式をおこなっている講堂を占め始めた時、壇上で先程からつまらない話を続けていた学園長が、一際大きく咳払いを挟める。
「え~、それでは、ここで本年度から、我らが柳兎学園にて交換留学生として皆さんと勉学を共にする方を紹介したいと思います」
壇上に招かれた留学生は数歩の歩みとそれに伴う仕草で、その場に居合わせた全ての人の目を釘付けにした。
それまで、意識を遠い旅に出していた者も、昨日のバラエティ番組に出ていたニ枚目の芸能人と自分に関する話題に華を咲かせていた者も、果ては教員や、講堂の後ろに並べて座らされていた新入学生の父兄たちでさえもであった。
学園長の横に立ち、ガッとマイクを掴んだ。
「ニーハオ!」
留学生に向けられた、講堂の中の合わせて1,000対以上の眼の動きが止まる。
次いで、これが分かりやすいギャグマンガか何かであれば、人々の頭上に疑問符が立ち並ぶところだが、留学生は鼻腔からフーッと排気を行い、ミディアムロングの髪をふっとなびかせ、八重歯をのぞかせた笑顔を崩さず、たわわな胸を張ったままだ。
ワキミズの座っているパイプ椅子の位置から、壇の端に一つの影が見えた。
黒いスーツに「着られている」と言った方がしっくりくるような少年がパタパタと駆け寄り、声を掛けると、その音までもがマイクに拾われてしまった。
「お、おじょうさま~、それは隣の国のあいさつですよ~」
黒服の少年の指摘に、大げさなリアクションで驚いて見せると、
「おおっと、シツレイしました。ワタシ、緊張して間違いました。アハハ」
――バクショウ。
割れんばかりの笑い声に、講堂の外にある咲きかけの桜の木、その枝に止まっていた鳥類さんも驚きとまどった。
一しきり人々が笑い転げ、留学生はエヘヘと頭を掻くばかり。
そこで教頭と思しき司会者がこれを制し、場内をたしなめた。
「エー、それでは、改めまして、私はエミィ・ディープブルーと申します。皆さん、エミィと呼んでくださいませ」
エミィと名乗った少女は笑われたことも、間違ったことも、そのにこやかな自己紹介で全てを過去のものとしてしまった。
彼女のこの、はつらつとした笑顔に一体何人の人間がその心を動かされず、それぞれが心臓に愛の天使(キューピッド)の矢を射られること無く、平然として振る舞えるだろうか。
もちろん、ワキミズも多分にもれず、その心を射止められていた。
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