柳兎学園・江戸文化作法研究会 ~サムライ部での青春のワンシーン~

花山オリヴィエ

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「フゥ……今日も……疲れたー」
 自室、屋敷の中の割り当てられた部屋で本日の疲労を主張するはワキミズただ一人。

「さて、ヒマでヒマでしょうがないんだけど、問題はこの屋敷。ネットはおろかテレビすら無いし、スマホも繋がらないんだよなぁ。どこの隔離された世界だよ……」

 ハァ、と深くため息を吐き出す。次の瞬間、それまで半ば閉じかけていた眼をカッと見開き、寝具の上に投げ出していた身体をバネ仕掛けのように跳ねあがらせる。

「そうだ、エミィちゃんもヒマしてるに違いない! 部屋に遊びに行って、話し相手になって、距離を縮めて……」

 怪しげな笑みを口元に浮かべ、エミィの部屋へと向かってゆく。彼女の部屋は屋敷全体を見た場合ちょうどワキミズの部屋と反対側にある。まぁ、これは彼女の世話をし、安全を守る付き人、メィリオの最大の譲歩であった。
 ソロソロリと彼女の部屋への道を歩く。極力足音を立てずに。

「こんなのがセンパイ達にばれたら、またなんか言われるだろうしなぁ」

 そして部屋の前、障子越しに中に人がいることを確認したワキミズはノックの代わりに声を掛ける。

「あ、あのー、ボクだけど……」

 ――風呂上がりに、ポッと紅くなった頬。初めはぎこちない二人だが、やがてその距離は縮まり、手に手をとって……ナンテナ!

 ワキミズはホンの数秒でこれだけの妄想を働かせることが出来る。流石は若人。

「どうぞー」

 至って軽い返答にある意味安心し、戸に手を掛ける。
 そこには風呂上がりであろうか。濡れた髪を乾かし、ほんのり紅く染まった頬に健康的な色香を漂わせるエミィがいた。

 ヨシ!
 ここまでは想定(妄想)の通りだ!

 彼女はいわゆるパジャマ姿でワキミズを迎えた。しかし、ここでワキミズの甘い幻想を打ち砕かんとする、彼にとっての障壁がいた。

「あ、どうされましたか?」

 それは、彼女の身の回りの世話をするために学園生活に、部活について回る世話人、メィリオであった。

「いや、どうって言うか……その……あ、お礼をネ」
「と、いいますと?」
「いや、ほら、先輩たちに自主練のことをあんな風にオレだけの考えでやったみたいに言ってくれてさ。もともとはエミィちゃんの発案だし」
「なぁんだ、そんなことですか。気にしないでイイデスヨー」

 そういって、彼女はコロコロと笑いながらもいくつか、薄汚れた紙質のなにがしかを交互に見比べている。

「そんな風に言われても……さっきから何見てるんですか?」

 ――これですか?

 そう言って彼女はワキミズに一枚の紙を差し出す。そこには色鮮やかな、しかし彼の頭の中の情報では古いと判断されるソレ。

「コレはー……ウキヨエ?」
「そうです。浮世絵ですよー。押し入れにイッパイあったので色々見ているのですが、これがなかなかにキレイなのですよ」
「確かに、見たことのある図柄も多いです。あ、これなんて有名ですよね」
「えぇ、他にもこんなものがありますよ」

 彼女から手渡された古いふるーい本。といっても製本技術の拙さから紙を紐で綴じただけのものだったが、ワキミズは表紙の文字を読む。

「ゴ……カ……くさこ?」
「これは御伽草子(おとぎぞうし)といって、いわゆる昔話の絵本みたいなものです。有名なものは桃太郎とか、浦島太郎とか色々ありますが、今の内容とは色々違うものも多いようです」
「というと?」
「私もまだ全部を呼んだわけじゃないのですが、ワキミズさんの知る桃太郎っていうのはどんなお話ですか?」
「えーっと、昔々で始まって、おじいさんとおばあさんが川から流れてきた桃の中から生まれた男の子をー……」
「ハイ、ストップ。先ず、色んな種類の桃太郎があるんです。桃は不老長寿の果実とされ、一つのパターンとしては桃を食べた老夫婦、おじいさんとおばあさんですね。かれらが若返り、夫婦の営みを行い、子を授かる。とあります」
「オ、お嬢様、営みって……」

 ケロリとしたエミィに対して、ワキミズとメィリオの若人二人は前傾姿勢でうつむいてしまった。

「え?
 どうしました?
 何か怖い話でもありましたか?」
「いや、ホント、なんでもないです……」

 これに対して、男子の体の仕組みにまで知識と気が回らないエミィは普段とは反応の違う二人に詰め寄り、彼らはその追従からドタバタと逃げようとする。
 そんな騒ぎを聞き付けたのか、カラリと戸が開け放たれる。

「オーイ、なにやってんだー」
「いえ、いや、ハハ、なんでもないですよ、センパイ」

 ユキシロと部長、ツクモも屋根裏から顔を出して見せる。
 ツクモに至っては、普段着なのか派手なアロハシャツに身を包んでいる。
 己の当初の目的、エミィと二人っきりでキャッキャウフフの予定を大きく外れ、騒いでいたワキミズ。

「おらおら、さっさと寝ろー。明日も早いんだぞ」

 ユキシロの声にその場は解散とさせられた。浮世絵や本を片付けていると、ハラリと一葉の紙が間から姿を現す。

「おぉ、懐かしいもんが出てきたな」

 皆が覗きこむそれに、一歩遅れてワキミズも顔を突っ込む。
 白黒の写真には、一本の若木を背にユキシロとツクモ、それにいつものように表情の乏しい部長が写っていた。季節は春だろうか、申し訳なさそうに若木が咲かせている花は桜のそれであった。

「アレ?
 これって先輩達ですよね?
 なんで白黒なんですか?
 それにこの木って、あの丘の上の……?」
「まぁ、色々あんのよ。さ、さっさと寝た寝た」
 ユキシロの仕切りでその場は解散。
 自室に戻ったワキミズは、尚も疑問を頭の片隅に残す。

「なんなんだ?
 あの写真と言い、古いを通り越して化石の様な本に浮世絵。どうなっているんだ?」

 その疑問をもってしても、彼の疲労による睡魔には打ち勝てなかった。
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