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その日はお天道様が満面の笑顔。夏の日差しはコンクリートを大部分に使った柳兎学園の校舎を容赦なくジリジリと熱していた。
中で学生の本分を全うする者達は風が通る事を願って窓を開け放っていたが、無風、もしくは熱せられて歪んだ大気がのろのろと移動するだけであった。それゆえに、学業に身を入れることのできるものは限られ、大多数は集中力を欠いていた。
「あー……あっちぃー……体育の後ってのがまた、汗が引かなくてどうしようもないな……デオドラント・スプレーの類でも無いよりはましだけど……」
「たしかにたしかに……まだ七月も半ばだというのに、この暑さ。異常ですなぁ」
ここワキミズの教室では、授業を受け持つ教師が学内でも気の弱い事で有名な生物の担当教員だったということで、学級崩壊とまではいかずとも、学生たちが好き勝手に口を開いていた。モチロン、ワキミズもその例にもれず、友人マツダと取り留めもない会話に花を咲かせ、自分の熱せられた体温を一時忘れようとしてた。
「ところで、ワキミズ氏。最近噂の美女の話をご存じですかな?」
「ん? 聞いたことはないけど、美女って言うのは聞き捨てならないな。
どんな噂だい?」
――それが、とマツダが口を開き書けたところにエミィも口を突っ込む。
「なになに? なんですか? 面白いお話ですか?」
「お、おじょうさま~、授業をちゃんと受けましょうよ~。
ほら、ワキミズさんも~……」
「まぁまぁ、メィリオ。大丈夫だって
。それで、マツダ君、その噂って言うのは?」
マツダは改めて仕切り直し、もっともらしく語り出す。
「えぇ、ウワサというか、二年の先輩が実際に見たっていうことなんですがね?
なんでも、部活の帰りの夕方、町はずれの、ほら、商店街の近くにお寺があるじゃないですか。そこに一人、外国人の女性がたたずんでいた……っていう話です」
ノートに挟んで用いるべきプラスチック製の下敷きでパタパタと顔へ向けて風を送る。
「ナニソレ。大体、お寺であろうがなんであろうが、たたずんで立ってイイじゃない。
故人を偲ぶ、湿っぽいけど悪いことじゃないでしょうに」
「いや、まぁ、それはそうですが、外国人の美女が一人でそんなところにいるっていうのも、非日常的じゃないですか」
「もしかしてそれが、ゴースト、幽霊だったっていうことですか?」
「それがユーレイかどうかは現実問題、アヤシイのですが、ほら、写メもあるんですよ」
そういって、マツダはスマホの画像を見せる。
「これは……あんまりよく見えないけど、お墓参りに来てるんじゃないの?」
サァー?
改めて、まじまじとその画像を眺めるワキミズは、その不鮮明な画に疑問を抱いた。
(泣いている……のか?)
「えー、このように、細胞分裂の順序としては~……」
弱々しく、尚も蚊の泣くような声で続けられる生物教師の声は蝉しぐれによる妨害、生徒たちの若さゆえの傍若無人な振る舞いに勝る事は無く、何人がその授業を耳から脳に伝えられたであろうか。
夏である。時刻は夕方になっても、日輪は未だ疲れを見せずに働いている。蝉の声も屋敷のある竹林に染み入っている。
部活。剣術の練習をしようと、いつものようにヒキハダシナイの準備をしていると、ユキシロがワキミズに声を掛けた。
「オーイ、ワキミズ。ちっとお使いを頼まれてくれや」
エミィに至ってはメィリオの補助を伴って四肢の筋を伸ばす柔軟運動をしていたが、これを聞いて駆け寄ってきた。
「どうしましたか?」
「ん? あぁ、ちょっと買い物をしてきたんだが、足りないものがあるのに気がついてナ。お使いに行ってもらおうかとな。――と、――を買ってきてくれ」
一拍の間を置いて、エミィが問う。
「――と、――ですか?
お夕飯にでも使うんですか?」
「ん~、そうじゃないんだが、まぁ、帰ってきたら教えるさ。ワキミズ、行ってこいや」
中で学生の本分を全うする者達は風が通る事を願って窓を開け放っていたが、無風、もしくは熱せられて歪んだ大気がのろのろと移動するだけであった。それゆえに、学業に身を入れることのできるものは限られ、大多数は集中力を欠いていた。
「あー……あっちぃー……体育の後ってのがまた、汗が引かなくてどうしようもないな……デオドラント・スプレーの類でも無いよりはましだけど……」
「たしかにたしかに……まだ七月も半ばだというのに、この暑さ。異常ですなぁ」
ここワキミズの教室では、授業を受け持つ教師が学内でも気の弱い事で有名な生物の担当教員だったということで、学級崩壊とまではいかずとも、学生たちが好き勝手に口を開いていた。モチロン、ワキミズもその例にもれず、友人マツダと取り留めもない会話に花を咲かせ、自分の熱せられた体温を一時忘れようとしてた。
「ところで、ワキミズ氏。最近噂の美女の話をご存じですかな?」
「ん? 聞いたことはないけど、美女って言うのは聞き捨てならないな。
どんな噂だい?」
――それが、とマツダが口を開き書けたところにエミィも口を突っ込む。
「なになに? なんですか? 面白いお話ですか?」
「お、おじょうさま~、授業をちゃんと受けましょうよ~。
ほら、ワキミズさんも~……」
「まぁまぁ、メィリオ。大丈夫だって
。それで、マツダ君、その噂って言うのは?」
マツダは改めて仕切り直し、もっともらしく語り出す。
「えぇ、ウワサというか、二年の先輩が実際に見たっていうことなんですがね?
なんでも、部活の帰りの夕方、町はずれの、ほら、商店街の近くにお寺があるじゃないですか。そこに一人、外国人の女性がたたずんでいた……っていう話です」
ノートに挟んで用いるべきプラスチック製の下敷きでパタパタと顔へ向けて風を送る。
「ナニソレ。大体、お寺であろうがなんであろうが、たたずんで立ってイイじゃない。
故人を偲ぶ、湿っぽいけど悪いことじゃないでしょうに」
「いや、まぁ、それはそうですが、外国人の美女が一人でそんなところにいるっていうのも、非日常的じゃないですか」
「もしかしてそれが、ゴースト、幽霊だったっていうことですか?」
「それがユーレイかどうかは現実問題、アヤシイのですが、ほら、写メもあるんですよ」
そういって、マツダはスマホの画像を見せる。
「これは……あんまりよく見えないけど、お墓参りに来てるんじゃないの?」
サァー?
改めて、まじまじとその画像を眺めるワキミズは、その不鮮明な画に疑問を抱いた。
(泣いている……のか?)
「えー、このように、細胞分裂の順序としては~……」
弱々しく、尚も蚊の泣くような声で続けられる生物教師の声は蝉しぐれによる妨害、生徒たちの若さゆえの傍若無人な振る舞いに勝る事は無く、何人がその授業を耳から脳に伝えられたであろうか。
夏である。時刻は夕方になっても、日輪は未だ疲れを見せずに働いている。蝉の声も屋敷のある竹林に染み入っている。
部活。剣術の練習をしようと、いつものようにヒキハダシナイの準備をしていると、ユキシロがワキミズに声を掛けた。
「オーイ、ワキミズ。ちっとお使いを頼まれてくれや」
エミィに至ってはメィリオの補助を伴って四肢の筋を伸ばす柔軟運動をしていたが、これを聞いて駆け寄ってきた。
「どうしましたか?」
「ん? あぁ、ちょっと買い物をしてきたんだが、足りないものがあるのに気がついてナ。お使いに行ってもらおうかとな。――と、――を買ってきてくれ」
一拍の間を置いて、エミィが問う。
「――と、――ですか?
お夕飯にでも使うんですか?」
「ん~、そうじゃないんだが、まぁ、帰ってきたら教えるさ。ワキミズ、行ってこいや」
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