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第7章 建国
第262話 -地中に棲まう者 1-
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「…………………確かに神殿だなぁ」
魔法陣に乗り、転移した先は大理石のような立派な石で出来た神殿であった。何本もの石柱が並んでおり、地中にも関わらず青白く発光しており神々しさが滲み出ていた。映像とかでしか見た事無いけど、パルテノン神殿みたいな雰囲気であった。
「わわわっ!」
ドサリと後ろで音が聞こえ振り返ってみると、思いっきり転けたような格好をしているインクリジットが居た。
「痛たたた……」
「何してんだよ…」
「う、うるさい!ちょっと躓いただけなんだからね!」
顔を真っ赤にしてインクリジットは吠えるが、俺の後ろにそびえ立つ神殿を見て息を呑んだ。
「ど、どこよここ……」
「お前の仲魔が言っていた神殿だろ」
「こ、ここが……」
「何が起こるか分からねーから警戒だけはしとけよ」
「へっ?!……も、もしかして先に進むの!?」
「進まなきゃダメだろ」
「…………」
目の前の神殿からは禍々しさは感じないが、神々し過ぎて戸惑う気持ちは分かる。ここまで神々し過ぎると逆に怪しく思えるもんな。
「………なにしてんだよ?」
「さささ先に進むんでしょ??早く行ってよ!」
「…………」
インクリジットは俺のローブを掴み、背中へと隠れた。傍目から見ればそれはお化け屋敷を進む親子連れのようであった。
注意しながら神殿へと向かうと、入り口は階段になっており、見事な石像が並んでいた。だが、不思議なことに神々しい場所にも関わらず、並んでいる石像はどれも禍々しい姿をしていた。
(……ゲームだったらコイツらが襲い掛かってくるんだろうな)
インクリジットは場にそぐわない石像を見て恐怖を抱いたのか俺のローブをギュッと握り締めるのが分かった。慎重に警戒しながら歩を進めるとパラパラと何かが落ちるような音が聞こえた。石像が動いたのかと思い、素早く目配せをすると、音の正体は天井から落ちてくる土や小石であった。
「ビビった……」
石柱がズラリと並んでいる場所を目指して進んでいるのだが、一向に辿り着かない。その事にインクリジットも気付いたのか、ローブをクイクイッと引っ張り話しかけてきた。
「ね、ねぇ……まだ着かないの?」
「…遠過ぎるよな?」
確かに階段の数は多いが、目指している場所までは視認出来る距離だ。それなのに、一向に距離が縮まずに延々と歩いている様な気がしてきた。
「ッ?!」
その事に気付き、歩みを止めてからゆっくりと周囲を見回すと何やら視線を感じた。その視線は舐め尽くすような視線であり、四方八方からそれを感じた。
「ど、どうしたのよ??」
「静かに!………オイ!どこから見てやがる!!?」
ビビるインクリジットを背で隠し、俺は大声をあげる。それが合図だったのかは分からないが、パラパラとした音に混じってズズズッ…とした引きずる様な音が聞こえ始めた。音の発生源を探すために目を動かしていると、その音は両隣から聞こえているのがわかった。
「うわ………マジかよぉ!?」
不吉な予感とは当たるものだ。パラパラと石像から表面が剥がれ落ちていき、色が付いた皮膚が剥き出しとなり、他の石像も同じであった。
「ひーふーみーよーいーむーなーやー……8体もかよ!!?」
剥がれ落ち始めた石像は8体。残る2体は動いていなかった。すぐさま『鑑定』を発動し石像を調べる。
「おい!インクリジット!!お前、『悪魔の石像』って種族を知ってるか!?」
『鑑定』結果をすぐさまインクリジットへと尋ねる。表示しているヤツを読むよりか、知ってそうなヤツに聞いた方が早いからだ。
「悪魔の石像ですって!?そんなの知らないわよ!!」
……カァーーッ!使えねぇなぁ!!と思ったのは一瞬で、すぐに『鑑定』を使う。
(ウゲェ…クッソ凶悪なヤツじゃんか…)
『悪魔の石像』とはその名の通り、悪魔が石化した魔物である。しかし、この悪魔の石像は自然発生では産まれない魔物だ。何かしらの要因で悪魔を石化したという状態で、主に挙げる例とすれば『封印されていた』などが該当する。
ただ、石化しているという状態なので死亡状態では無い。相手は悪魔という種族なので寿命という概念は持ち合わせておらず、永い年月を石化したまま過ごしていたのだ。そして、アルスがこの神殿を訪れた際、無意識に溢れる魔力が彼等の石化解除を後押ししてしまい、今に至ったという訳だ。
もちろん、種族としてはインクリジットと同じで『悪魔』であり、『悪魔の石像』という種族では無い。インクリジットが知らないのも無理は無かったのだ。
また、永年石化している事により、彼等は強固な防御力を擁する。動き自体は解除したてなので非常に遅いが、時間が経過するにつれ元の状態へと戻る。そして、魔力に至っては練り上げられているので初級魔法でも通常の冒険者であれば致命傷になるほどの威力である。そして、硬質化している爪などは凶器となっており、経過年数が永ければ永いほど岩石をバターを切るかの如く斬る事が出来る。
「インクリジット!手を離すなよ!!」
「え、あ、はいッ!!!」
アルスは四面楚歌の状況ですぐさま後退の一歩を打つ。それは正解でアルス達が居た場所には火球や水球が飛んで来ていた。大きく跳躍する事でそれを回避し、悪魔の石像と対する場所へと移動したアルスは障壁を展開する。この行動には意味があり、無力であるインクリジットを守る為、そして戦闘方法を考える為の時間作りの為であった。
「キャーーーーーーーーーーッ!!!」
障壁に次々と魔法が着弾し大きな音を立てる。アルスの障壁を貫通する事は無いが、それを知らないインクリジットは五体投地の姿勢となり頭を覆っていた。
「絶対ここから動くなよ!!動いたら死ぬかんな!!」
アルスはインクリジットへと再度強化魔法を重ね掛けし頭を回転させる。『鑑定』を使用し、悪魔の石像の魔法の威力の分析をする。
(この威力であったらマナスキンだけで充分。けれども、相手が他の魔法を使用する可能性も考えておかないとな。テミスさん級では無いだろうけど、それくらいの相手だと仮定して、三重に纏っておけば大丈夫だろ)
障壁、強化魔法の付与、マナスキンと通常ならば1人で出来るはずのない戦法をアルスは取る。しかし、悲しい事にアルスの行動をこの場で理解している者は誰一人として居なかった。
(防御はそれでオッケーだとして……攻撃手段は素手か魔法しかない。見た目からして硬そうだし……どーせ魔法耐性とか持ってんだろ?)
『鑑定』を駆使し悪魔の石像を調べ上げる。アルスが思った通り、魔法に対しては全て耐性を持っていたが、意外にも素手に関しては弱い事が分かった。武器などを使用した場合は武器その物の耐久値が悪魔の石像よりも低い為、一太刀入れれば最悪ポッキリと折れてしまう。ただし、それは一般的な冒険者の場合であり、アルスの『鑑定』はアルス基準で結果を表示する為、他者の参考にはならない。
(武闘家に弱いとか……どんなカードゲームだよ!)
ともあれ、戦法は確立した。脳筋では無いが殴って殴って殴り続けるというパワープレイであった。………ちなみに、アルス基準で結果を表示しているので、悪魔の石像は魔法に関しては最硬級であるという事だ。つまりは、一般の冒険者が悪魔の石像と出会った場合は逃げるしか手は無いと言うことである。
「いざ尋常に勝負!!」
戦法が殴るだけという事なので、口調が武士の様なものになったがそれはアルスの気分だから仕方ない。障壁から出たアルスを待ち受けていたのは魔法の雨であったが、マナスキンを纏っているのでダメージは皆無だ。
「ドォリヤァァァァァア!!」
アルスは近くにいた悪魔の石像に正拳突きを喰らわせる。悪魔の石像も喰らわないと思っていたのか、アルスの正拳突きを避ける事なく素直に受け入れた。そして、アルスの正拳突きは見事に悪魔の石像の腹へと入ると、背中から内臓が飛び散った。
「ハイイイイイイッ!!!」
アルスは武闘家になりきって奇声を上げているが悪魔の石像からすれば驚愕の出来事であった。事の原理は簡単だ。アルスの正拳突きの衝撃が全身に広がり、耐えきれなくなって爆ぜただけだ。これが生半可な防御力であれば貫通しただろうが、強固な防御力のせいで一瞬地獄を味わう事になった。
「ウオオオオオオオッ!!」
某格闘漫画に出てくるキャラクターの様なポージングーーアルスは筋肉隆々という訳では無いので背中に鬼は出ないーーをすると、悪魔の石像を威嚇する。その威嚇に当てられたのか、恐怖に捉われた悪魔の石像が一斉に魔法を放ってくる。
「無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」
アルスに中級、上級の魔法の雨が降り注ぐがマナスキンの前では無意味である。それに『鑑定』をしっかりと使える様になって来たアルスは魔法を素手で打ち消す事も可能となっていた。マナスキンと素手によって悪魔の石像の魔法は無力化されていく。
「ホオォーーーーーーーーーアッチャアッ!!!」
武闘家という役にトリップしているアルスは次の獲物へと攻撃を繰り出す。喧嘩経験などは皆無であるが、格闘漫画知識であれば充分持ち合わせている。
アルスの拳が悪魔の石像の頭部へと当たると脳漿が飛び散る。頭を潰された悪魔の石像は崩れ落ちるが、オマケの掌底が胸元へと当たり、先の悪魔の石像同様、背中が爆ぜることとなった。
「アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!!!!」
アルスの連打が次の悪魔の石像へと突き刺さる。ノーガードで打たれる悪魔の石像は小刻みに上下左右に揺れながらダメージを蓄積していく。そして蓄積ダメージが許容範囲を超えると血反吐を吐き、身体中の穴という穴から鮮血を撒き散らしながら息絶えた。
「効かぬ!!!」
魔法が通用しないと考えた悪魔の石像は爪撃を飛ばす。しかし、視覚外の攻撃ならまだしも、視界に捉えている攻撃はアルスには通用しない。避ける事も打ち消す事もせず、アルスは斬撃を受け止めるとすぐさま反撃する。
「白虎號破斬!!」
存在しない技名を口にする必要は無いが、武闘家という役柄に酔いしれているアルスはついつい妄想技を口にする。虎が引っ掻くような仕草をすると悪魔の石像へと爪撃が襲い掛かる。回避が間に合わないと考えた悪魔の石像は身を縮め防御態勢を取るが、爪撃は悪魔の石像を貫通し、縦に三等分される。
動いている悪魔の石像は残り2体。こちらはアルスの攻撃に恐怖を覚え、瞬時に退却を選択していた。だが、逃げるという選択では無く、未だ動いていない石像へと駆け寄ると何かしらの魔法を展開した。
「させっかよ!!」
アルスは爪撃を放つが見えない壁に跳ね返される。今までとは違う反応にアルスは注意を向ける。
(ッ?! なんだ、合体魔法って!?)
『鑑定』の結果、見えない壁は『合体魔法による障壁』というのが分かった。この障壁は悪魔の石像が魔力を繋ぎ合わせて発動したもので、対遠中距離技に対しては無敵を誇る。ただし、近距離の技ーー正確に言えば突きや刺突ーーに対しては弱い。アルスとの距離が充分にあり、爪撃を放ったことから悪魔の石像達は遠距離攻撃が来ると睨んだ。
その考えは正解でアルスの攻撃は障壁に遮られる。だが、アルスが距離を詰めて攻め込んでくれば簡単に破壊される代物である。しかし、悪魔の石像からすればたったの数秒あれば良かったのだ。
(な、なんだ!??)
『鑑定』により障壁の弱点を理解したアルスであったが、次の攻撃を繰り出す前に動きが止まる。なぜならば逃げた悪魔の石像が居た場所に突如黒雲が渦巻いたからだ。
(『鑑定』しなきゃ!!)
未知の現象にアルスは素早く反応する。しかし、『鑑定』が示した内容にアルスは言葉を失う事となる。
悪魔の石像が発動した魔法は少々特殊な魔法であった。それは自らを生贄として自分より上位の悪魔を召喚するという魔法であった。…生贄と言ったが、実際には悪魔の石像が死ぬという訳では無い。生贄にするのは自らの魔力であり、命自体はそのままである。上位の悪魔を召喚した後、その悪魔の機嫌に左右されるが、再び身体を構築させて貰える。もし、それが出来なかったとしても命自体は消えてない為、何かに取り付く事も可能である。
強大な力を持った悪魔の石像が、4体も生贄に捧げて召喚した悪魔が邪悪な産声を上げて召喚される。しかもその声は1つでは無い。黒雲が消えその姿が現れた時、アルスは『鑑定結果』を口にする。
「三頭魔獣……」
名前を呼ばれたからか、ケルベロスが雄叫びをあげる。その咆哮に神殿が大きく揺れ、天井からパラパラと土塊や石などが落ちてくる。アルスはインクリジットの様子をチラリと確認すると思考を働かせる。
(………漫画とかゲームとかではよく見かけるけど、実際に目の当たりにしたら小便どころか大きい方をチビる迫力だわ…)
三頭魔獣の姿はゲームなどで出てくるまんまの姿だ。三つの頭が生えており、巨躯であり爪や牙なども妖しく煌めいている。そして、強烈な獣臭を撒き散らしており、口から垂れるヨダレには大岩をも溶かす酸が含まれていた。
(あー……ヘイトを稼ぎたいけど、場所が悪いな…)
ケルベロスの6つの眼がアルスを捕らえる。その後ろには蹲っているインクリジットが居た。こちらを睨む者と怯えている者。戦力を削るという意味でも後者を狙った方が良いとケルベロスは考えた。
「ッ?! はっっっや!!」
ケルベロスは巨体にそぐわない驚くべき速さでインクリジットへと迫るがアルスの反応も早かった。アルスを飛び越えようとしていたケルベロスの1つの頭に蹴りを喰らわす。まさか反応されると思っていなかったケルベロスだったが、素早く頭をいなし、ダメージを軽減させた。
「グルルルルァッ!!!」
「こっちだ犬っころ!!」
ダメージを与えた事により、ケルベロスの視線がアルスへと向く。互いの距離は充分に有るがケルベロスの視線がインクリジットに向くのは不味い。そう考えたアルスは遠距離攻撃では無く、距離を詰めることを選択する。---しかし。
「ぬおっ?!」
アルスが詰め寄ると同時にケルベロスの口から炎が吐き出される。その炎はアルスの視界を覆う量であり、アルスは両腕で顔を守る。それと同時にマナスキンが一枚剥がれたのが分かった。
「ヤベッ!!!」
マナスキンが剥がれた事に驚いたアルスは踵を返す。しかしその判断は遅く、炎の壁から痛烈な一撃がアルスへと当たる。
「グハッ!!」
横から衝撃が走り、アルスは壁へと叩きつけられる。マナスキン自体は剥がれていないので致命傷には至らなかった。だがそれでも衝撃は貫通しており、アルスは転生してから初めて吐血する。
「ゴホッゴホッ!!……や、やべぇなコレは……」
口を拭いマナスキンを更に纏う。そして、状況を素早く把握して、自分が何をされたのかを理解する。
(……同じ事を考えてたって訳か)
アルスとケルベロスの距離は縮まっており、炎が吐かれた場所にはケルベロスが仁王立ちしていた。ケルベロスもまた、アルスとの距離を縮めようと考えており、先に突っ込んできたアルスに対し、炎で視界を遮った後に距離を詰め、前足で炎ごと薙ぎ払ったのだ。
(どーすっぺかぁ…)
治癒を掛けながらアルスは戦略を練る。致命傷とはならなくとも、ダメージが入る事は脅威となる。ここで武器が使えれば楽なのだが、アルスにある手札は魔法のみである。
「まぁ考える事は1つしかねーんだけどさ!---『焔大爆発』」
アルスの右腕から桁違いの魔法が放たれる。鉱葉蟲と戦った時とは違い、崩壊するなどと考える事はしなかった。……と言うよりは考える余裕は無かった。
(圧倒的火力で終わらせる!)
今まで能力を制御していたが、マナスキンを剥がされる程の相手にそんな余裕は無いと考えた。ならば一方的に攻撃するのみ。
「グガアアアアアアッ!!」
「『氷の牢獄』!!」
ケルベロスの咆哮を『ダメージあり』と判断したアルスは次の魔法を放つ。ケルベロスを覆い尽くすほどの大きな氷塊が頭上に現れるとそのままケルベロスへと落下する。
氷塊が落下した事により地面が大きく揺れるが地中が崩れる事は無かった。そのまま氷塊は砕けるとケルベロスの足元に散らばり、大気の水分を凍らせていきその中にケルベロスを閉じ込める。
「『戦鎚-----
閉じ込めれた事を確認したアルスはテミスの技を発動しようとした。しかし、その一撃を喰らわせる前にケルベロスは氷の牢獄から抜け出し、アルスを殴打した。
「ぬわああぁっ?!」
攻撃のモーションに入っていた為回避する事が出来なかったアルスに、ケルベロスの前足の一撃が入る。間一髪、マナスキンを更に巻く事が出来たアルスはダメージこそ無かったものの、衝撃で再度壁に叩き付けられる。
「ってぇなコノヤロー!!!」
壁から素早く態勢を整えたアルスは『なぜ効かなかったのか』を考える。そして『鑑定』をより正確に表示させ、自分の考えが浅はかだった事を知る。
(………そうだわなぁ!ケルベロスって言ったら地獄の番犬だわなぁ!!んなら焔も氷も効きませんねぇ!!)
『鑑定』によると、ケルベロスは炎・氷無効という有り難い答えが出た。その他の弱体化の魔法なども無効であり、ケルベロスという名に恥じない能力であった。
(となると…………属性は1つしか無いな!)
ゲーム脳であれば答えを出すのは簡単だった。ケルベロスは地獄の番犬。属性で言えば『闇』。対抗手段は『光』属性の魔法だとアルスは判断した。
「『聖なる雨』」
クロノスの技をアルスは使用する。これはクロノスと契約を交わしているアルスだからこそ出来た芸当であった。
「グルルルァッ!!!!」
聖なる雨を受けたケルベロスは断末魔の雄叫びをあげる。アルスが睨んだ通り、この魔法はケルベロスにとって大ダメージであった。
「弱点が分かったらお前なんてタダの犬っころなんだ---ブヘェッ!!!!」
ケルベロスが怯んだ事で調子に乗ったアルスは更に距離を詰め一撃を喰らわそうとした。しかし、暴れ苦しむケルベロスの尻尾がアルスの視覚外から迫りクリーンヒットする。そして、再度壁に叩き付けられたアルスは素早く態勢を戻すと怒りで顔を朱に染め上げる。
「尻尾ぶった斬んぞこの駄犬がァァァアア!!」
調子こいていたアルスが悪いのだが、そんな事は当人が考える訳が無い。激昂したアルスは再度ケルベロスとの距離を詰め攻撃する。
「戦鎚!!!」
アルスの一撃がケルベロスの頭へと刺さる。しかし、相手には頭は3つあり、1つが気絶したとしても、身体は自由に動かせる。
「ガァァアアアア!!」
「見えてりゃ効くワケねぇだろーが!!」
ケルベロスは尻尾でアルスを攻撃するが視認出来ているアルスはそれを軽々と跳躍して避ける。そのまま尻尾を空中で掴むと能力を最大まで向上させる。
「散々壁に当てやがって!!お返しだ!!」
「ギャオッ!!」
アルスは尻尾を掴み、ケルベロスを壁へと叩き付ける。ケルベロスは苦痛な声を上げるが、声を上げていない頭からアルスへと炎が襲い掛かる。
「効かねぇっつーの!!」
その炎をアルスは回し蹴りで掻き消すと正拳突きをケルベロスの胴体へと入れる。悪魔の石像の様に爆ぜる事は無かったが、ケルベロスの口から吐血するのを確認した。
「オラッ!!もう一丁---ヘブッ!!?」
更に追撃しようとしたアルスであったが、またもや視覚外の攻撃に邪魔をされる。今度は壁に叩き付けられる事は無かったが、その攻撃の何かを目にして愚痴を吐く。
「んだよっ!!お前キメラか何かかよぉ!?」
アルスが喰らったのはケルベロスの背中から生えた翼によるものだった。先程までは生えていなかったので、予想外の一撃であった。
「犬なら犬らしくしとけってーの!!」
アルスは知る由も無いが、翼を生やした状態こそがケルベロスの本当の姿だった。翼の硬度は伝説として伝わっている『非緋色金』級であり、斬れ味も山を真っ二つに出来るほど鋭利である。
翼で風を巻き起こし、アルスを牽制したケルベロスは本気となる。ダメージを負っていた1つの頭も意識を取り戻し、敵意をアルスへと浴びせる。
「ハッ!!んな眼が出来ない様に調教してやんぜコノヤロー!!!」
……本来のアルスであればこの様な戦いや口調は出来ないはずだ。しかし、『あい君』という参謀が居らず、1人だけで戦うという状況にアルスはやっと目覚めたのだ。自分がこの世界でどの様な能力の持ち主であり、如何に自分が無能であったのかを理解したのだ。
「まずは『お手』ってーのを教えてやんぜぇー!!」
…若干高揚になっているのも一因であるが、最強だという事を理解しきったアルスは好戦的な感情のままケルベロスへと突貫するのであった。
「…………………確かに神殿だなぁ」
魔法陣に乗り、転移した先は大理石のような立派な石で出来た神殿であった。何本もの石柱が並んでおり、地中にも関わらず青白く発光しており神々しさが滲み出ていた。映像とかでしか見た事無いけど、パルテノン神殿みたいな雰囲気であった。
「わわわっ!」
ドサリと後ろで音が聞こえ振り返ってみると、思いっきり転けたような格好をしているインクリジットが居た。
「痛たたた……」
「何してんだよ…」
「う、うるさい!ちょっと躓いただけなんだからね!」
顔を真っ赤にしてインクリジットは吠えるが、俺の後ろにそびえ立つ神殿を見て息を呑んだ。
「ど、どこよここ……」
「お前の仲魔が言っていた神殿だろ」
「こ、ここが……」
「何が起こるか分からねーから警戒だけはしとけよ」
「へっ?!……も、もしかして先に進むの!?」
「進まなきゃダメだろ」
「…………」
目の前の神殿からは禍々しさは感じないが、神々し過ぎて戸惑う気持ちは分かる。ここまで神々し過ぎると逆に怪しく思えるもんな。
「………なにしてんだよ?」
「さささ先に進むんでしょ??早く行ってよ!」
「…………」
インクリジットは俺のローブを掴み、背中へと隠れた。傍目から見ればそれはお化け屋敷を進む親子連れのようであった。
注意しながら神殿へと向かうと、入り口は階段になっており、見事な石像が並んでいた。だが、不思議なことに神々しい場所にも関わらず、並んでいる石像はどれも禍々しい姿をしていた。
(……ゲームだったらコイツらが襲い掛かってくるんだろうな)
インクリジットは場にそぐわない石像を見て恐怖を抱いたのか俺のローブをギュッと握り締めるのが分かった。慎重に警戒しながら歩を進めるとパラパラと何かが落ちるような音が聞こえた。石像が動いたのかと思い、素早く目配せをすると、音の正体は天井から落ちてくる土や小石であった。
「ビビった……」
石柱がズラリと並んでいる場所を目指して進んでいるのだが、一向に辿り着かない。その事にインクリジットも気付いたのか、ローブをクイクイッと引っ張り話しかけてきた。
「ね、ねぇ……まだ着かないの?」
「…遠過ぎるよな?」
確かに階段の数は多いが、目指している場所までは視認出来る距離だ。それなのに、一向に距離が縮まずに延々と歩いている様な気がしてきた。
「ッ?!」
その事に気付き、歩みを止めてからゆっくりと周囲を見回すと何やら視線を感じた。その視線は舐め尽くすような視線であり、四方八方からそれを感じた。
「ど、どうしたのよ??」
「静かに!………オイ!どこから見てやがる!!?」
ビビるインクリジットを背で隠し、俺は大声をあげる。それが合図だったのかは分からないが、パラパラとした音に混じってズズズッ…とした引きずる様な音が聞こえ始めた。音の発生源を探すために目を動かしていると、その音は両隣から聞こえているのがわかった。
「うわ………マジかよぉ!?」
不吉な予感とは当たるものだ。パラパラと石像から表面が剥がれ落ちていき、色が付いた皮膚が剥き出しとなり、他の石像も同じであった。
「ひーふーみーよーいーむーなーやー……8体もかよ!!?」
剥がれ落ち始めた石像は8体。残る2体は動いていなかった。すぐさま『鑑定』を発動し石像を調べる。
「おい!インクリジット!!お前、『悪魔の石像』って種族を知ってるか!?」
『鑑定』結果をすぐさまインクリジットへと尋ねる。表示しているヤツを読むよりか、知ってそうなヤツに聞いた方が早いからだ。
「悪魔の石像ですって!?そんなの知らないわよ!!」
……カァーーッ!使えねぇなぁ!!と思ったのは一瞬で、すぐに『鑑定』を使う。
(ウゲェ…クッソ凶悪なヤツじゃんか…)
『悪魔の石像』とはその名の通り、悪魔が石化した魔物である。しかし、この悪魔の石像は自然発生では産まれない魔物だ。何かしらの要因で悪魔を石化したという状態で、主に挙げる例とすれば『封印されていた』などが該当する。
ただ、石化しているという状態なので死亡状態では無い。相手は悪魔という種族なので寿命という概念は持ち合わせておらず、永い年月を石化したまま過ごしていたのだ。そして、アルスがこの神殿を訪れた際、無意識に溢れる魔力が彼等の石化解除を後押ししてしまい、今に至ったという訳だ。
もちろん、種族としてはインクリジットと同じで『悪魔』であり、『悪魔の石像』という種族では無い。インクリジットが知らないのも無理は無かったのだ。
また、永年石化している事により、彼等は強固な防御力を擁する。動き自体は解除したてなので非常に遅いが、時間が経過するにつれ元の状態へと戻る。そして、魔力に至っては練り上げられているので初級魔法でも通常の冒険者であれば致命傷になるほどの威力である。そして、硬質化している爪などは凶器となっており、経過年数が永ければ永いほど岩石をバターを切るかの如く斬る事が出来る。
「インクリジット!手を離すなよ!!」
「え、あ、はいッ!!!」
アルスは四面楚歌の状況ですぐさま後退の一歩を打つ。それは正解でアルス達が居た場所には火球や水球が飛んで来ていた。大きく跳躍する事でそれを回避し、悪魔の石像と対する場所へと移動したアルスは障壁を展開する。この行動には意味があり、無力であるインクリジットを守る為、そして戦闘方法を考える為の時間作りの為であった。
「キャーーーーーーーーーーッ!!!」
障壁に次々と魔法が着弾し大きな音を立てる。アルスの障壁を貫通する事は無いが、それを知らないインクリジットは五体投地の姿勢となり頭を覆っていた。
「絶対ここから動くなよ!!動いたら死ぬかんな!!」
アルスはインクリジットへと再度強化魔法を重ね掛けし頭を回転させる。『鑑定』を使用し、悪魔の石像の魔法の威力の分析をする。
(この威力であったらマナスキンだけで充分。けれども、相手が他の魔法を使用する可能性も考えておかないとな。テミスさん級では無いだろうけど、それくらいの相手だと仮定して、三重に纏っておけば大丈夫だろ)
障壁、強化魔法の付与、マナスキンと通常ならば1人で出来るはずのない戦法をアルスは取る。しかし、悲しい事にアルスの行動をこの場で理解している者は誰一人として居なかった。
(防御はそれでオッケーだとして……攻撃手段は素手か魔法しかない。見た目からして硬そうだし……どーせ魔法耐性とか持ってんだろ?)
『鑑定』を駆使し悪魔の石像を調べ上げる。アルスが思った通り、魔法に対しては全て耐性を持っていたが、意外にも素手に関しては弱い事が分かった。武器などを使用した場合は武器その物の耐久値が悪魔の石像よりも低い為、一太刀入れれば最悪ポッキリと折れてしまう。ただし、それは一般的な冒険者の場合であり、アルスの『鑑定』はアルス基準で結果を表示する為、他者の参考にはならない。
(武闘家に弱いとか……どんなカードゲームだよ!)
ともあれ、戦法は確立した。脳筋では無いが殴って殴って殴り続けるというパワープレイであった。………ちなみに、アルス基準で結果を表示しているので、悪魔の石像は魔法に関しては最硬級であるという事だ。つまりは、一般の冒険者が悪魔の石像と出会った場合は逃げるしか手は無いと言うことである。
「いざ尋常に勝負!!」
戦法が殴るだけという事なので、口調が武士の様なものになったがそれはアルスの気分だから仕方ない。障壁から出たアルスを待ち受けていたのは魔法の雨であったが、マナスキンを纏っているのでダメージは皆無だ。
「ドォリヤァァァァァア!!」
アルスは近くにいた悪魔の石像に正拳突きを喰らわせる。悪魔の石像も喰らわないと思っていたのか、アルスの正拳突きを避ける事なく素直に受け入れた。そして、アルスの正拳突きは見事に悪魔の石像の腹へと入ると、背中から内臓が飛び散った。
「ハイイイイイイッ!!!」
アルスは武闘家になりきって奇声を上げているが悪魔の石像からすれば驚愕の出来事であった。事の原理は簡単だ。アルスの正拳突きの衝撃が全身に広がり、耐えきれなくなって爆ぜただけだ。これが生半可な防御力であれば貫通しただろうが、強固な防御力のせいで一瞬地獄を味わう事になった。
「ウオオオオオオオッ!!」
某格闘漫画に出てくるキャラクターの様なポージングーーアルスは筋肉隆々という訳では無いので背中に鬼は出ないーーをすると、悪魔の石像を威嚇する。その威嚇に当てられたのか、恐怖に捉われた悪魔の石像が一斉に魔法を放ってくる。
「無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」
アルスに中級、上級の魔法の雨が降り注ぐがマナスキンの前では無意味である。それに『鑑定』をしっかりと使える様になって来たアルスは魔法を素手で打ち消す事も可能となっていた。マナスキンと素手によって悪魔の石像の魔法は無力化されていく。
「ホオォーーーーーーーーーアッチャアッ!!!」
武闘家という役にトリップしているアルスは次の獲物へと攻撃を繰り出す。喧嘩経験などは皆無であるが、格闘漫画知識であれば充分持ち合わせている。
アルスの拳が悪魔の石像の頭部へと当たると脳漿が飛び散る。頭を潰された悪魔の石像は崩れ落ちるが、オマケの掌底が胸元へと当たり、先の悪魔の石像同様、背中が爆ぜることとなった。
「アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!!!!」
アルスの連打が次の悪魔の石像へと突き刺さる。ノーガードで打たれる悪魔の石像は小刻みに上下左右に揺れながらダメージを蓄積していく。そして蓄積ダメージが許容範囲を超えると血反吐を吐き、身体中の穴という穴から鮮血を撒き散らしながら息絶えた。
「効かぬ!!!」
魔法が通用しないと考えた悪魔の石像は爪撃を飛ばす。しかし、視覚外の攻撃ならまだしも、視界に捉えている攻撃はアルスには通用しない。避ける事も打ち消す事もせず、アルスは斬撃を受け止めるとすぐさま反撃する。
「白虎號破斬!!」
存在しない技名を口にする必要は無いが、武闘家という役柄に酔いしれているアルスはついつい妄想技を口にする。虎が引っ掻くような仕草をすると悪魔の石像へと爪撃が襲い掛かる。回避が間に合わないと考えた悪魔の石像は身を縮め防御態勢を取るが、爪撃は悪魔の石像を貫通し、縦に三等分される。
動いている悪魔の石像は残り2体。こちらはアルスの攻撃に恐怖を覚え、瞬時に退却を選択していた。だが、逃げるという選択では無く、未だ動いていない石像へと駆け寄ると何かしらの魔法を展開した。
「させっかよ!!」
アルスは爪撃を放つが見えない壁に跳ね返される。今までとは違う反応にアルスは注意を向ける。
(ッ?! なんだ、合体魔法って!?)
『鑑定』の結果、見えない壁は『合体魔法による障壁』というのが分かった。この障壁は悪魔の石像が魔力を繋ぎ合わせて発動したもので、対遠中距離技に対しては無敵を誇る。ただし、近距離の技ーー正確に言えば突きや刺突ーーに対しては弱い。アルスとの距離が充分にあり、爪撃を放ったことから悪魔の石像達は遠距離攻撃が来ると睨んだ。
その考えは正解でアルスの攻撃は障壁に遮られる。だが、アルスが距離を詰めて攻め込んでくれば簡単に破壊される代物である。しかし、悪魔の石像からすればたったの数秒あれば良かったのだ。
(な、なんだ!??)
『鑑定』により障壁の弱点を理解したアルスであったが、次の攻撃を繰り出す前に動きが止まる。なぜならば逃げた悪魔の石像が居た場所に突如黒雲が渦巻いたからだ。
(『鑑定』しなきゃ!!)
未知の現象にアルスは素早く反応する。しかし、『鑑定』が示した内容にアルスは言葉を失う事となる。
悪魔の石像が発動した魔法は少々特殊な魔法であった。それは自らを生贄として自分より上位の悪魔を召喚するという魔法であった。…生贄と言ったが、実際には悪魔の石像が死ぬという訳では無い。生贄にするのは自らの魔力であり、命自体はそのままである。上位の悪魔を召喚した後、その悪魔の機嫌に左右されるが、再び身体を構築させて貰える。もし、それが出来なかったとしても命自体は消えてない為、何かに取り付く事も可能である。
強大な力を持った悪魔の石像が、4体も生贄に捧げて召喚した悪魔が邪悪な産声を上げて召喚される。しかもその声は1つでは無い。黒雲が消えその姿が現れた時、アルスは『鑑定結果』を口にする。
「三頭魔獣……」
名前を呼ばれたからか、ケルベロスが雄叫びをあげる。その咆哮に神殿が大きく揺れ、天井からパラパラと土塊や石などが落ちてくる。アルスはインクリジットの様子をチラリと確認すると思考を働かせる。
(………漫画とかゲームとかではよく見かけるけど、実際に目の当たりにしたら小便どころか大きい方をチビる迫力だわ…)
三頭魔獣の姿はゲームなどで出てくるまんまの姿だ。三つの頭が生えており、巨躯であり爪や牙なども妖しく煌めいている。そして、強烈な獣臭を撒き散らしており、口から垂れるヨダレには大岩をも溶かす酸が含まれていた。
(あー……ヘイトを稼ぎたいけど、場所が悪いな…)
ケルベロスの6つの眼がアルスを捕らえる。その後ろには蹲っているインクリジットが居た。こちらを睨む者と怯えている者。戦力を削るという意味でも後者を狙った方が良いとケルベロスは考えた。
「ッ?! はっっっや!!」
ケルベロスは巨体にそぐわない驚くべき速さでインクリジットへと迫るがアルスの反応も早かった。アルスを飛び越えようとしていたケルベロスの1つの頭に蹴りを喰らわす。まさか反応されると思っていなかったケルベロスだったが、素早く頭をいなし、ダメージを軽減させた。
「グルルルルァッ!!!」
「こっちだ犬っころ!!」
ダメージを与えた事により、ケルベロスの視線がアルスへと向く。互いの距離は充分に有るがケルベロスの視線がインクリジットに向くのは不味い。そう考えたアルスは遠距離攻撃では無く、距離を詰めることを選択する。---しかし。
「ぬおっ?!」
アルスが詰め寄ると同時にケルベロスの口から炎が吐き出される。その炎はアルスの視界を覆う量であり、アルスは両腕で顔を守る。それと同時にマナスキンが一枚剥がれたのが分かった。
「ヤベッ!!!」
マナスキンが剥がれた事に驚いたアルスは踵を返す。しかしその判断は遅く、炎の壁から痛烈な一撃がアルスへと当たる。
「グハッ!!」
横から衝撃が走り、アルスは壁へと叩きつけられる。マナスキン自体は剥がれていないので致命傷には至らなかった。だがそれでも衝撃は貫通しており、アルスは転生してから初めて吐血する。
「ゴホッゴホッ!!……や、やべぇなコレは……」
口を拭いマナスキンを更に纏う。そして、状況を素早く把握して、自分が何をされたのかを理解する。
(……同じ事を考えてたって訳か)
アルスとケルベロスの距離は縮まっており、炎が吐かれた場所にはケルベロスが仁王立ちしていた。ケルベロスもまた、アルスとの距離を縮めようと考えており、先に突っ込んできたアルスに対し、炎で視界を遮った後に距離を詰め、前足で炎ごと薙ぎ払ったのだ。
(どーすっぺかぁ…)
治癒を掛けながらアルスは戦略を練る。致命傷とはならなくとも、ダメージが入る事は脅威となる。ここで武器が使えれば楽なのだが、アルスにある手札は魔法のみである。
「まぁ考える事は1つしかねーんだけどさ!---『焔大爆発』」
アルスの右腕から桁違いの魔法が放たれる。鉱葉蟲と戦った時とは違い、崩壊するなどと考える事はしなかった。……と言うよりは考える余裕は無かった。
(圧倒的火力で終わらせる!)
今まで能力を制御していたが、マナスキンを剥がされる程の相手にそんな余裕は無いと考えた。ならば一方的に攻撃するのみ。
「グガアアアアアアッ!!」
「『氷の牢獄』!!」
ケルベロスの咆哮を『ダメージあり』と判断したアルスは次の魔法を放つ。ケルベロスを覆い尽くすほどの大きな氷塊が頭上に現れるとそのままケルベロスへと落下する。
氷塊が落下した事により地面が大きく揺れるが地中が崩れる事は無かった。そのまま氷塊は砕けるとケルベロスの足元に散らばり、大気の水分を凍らせていきその中にケルベロスを閉じ込める。
「『戦鎚-----
閉じ込めれた事を確認したアルスはテミスの技を発動しようとした。しかし、その一撃を喰らわせる前にケルベロスは氷の牢獄から抜け出し、アルスを殴打した。
「ぬわああぁっ?!」
攻撃のモーションに入っていた為回避する事が出来なかったアルスに、ケルベロスの前足の一撃が入る。間一髪、マナスキンを更に巻く事が出来たアルスはダメージこそ無かったものの、衝撃で再度壁に叩き付けられる。
「ってぇなコノヤロー!!!」
壁から素早く態勢を整えたアルスは『なぜ効かなかったのか』を考える。そして『鑑定』をより正確に表示させ、自分の考えが浅はかだった事を知る。
(………そうだわなぁ!ケルベロスって言ったら地獄の番犬だわなぁ!!んなら焔も氷も効きませんねぇ!!)
『鑑定』によると、ケルベロスは炎・氷無効という有り難い答えが出た。その他の弱体化の魔法なども無効であり、ケルベロスという名に恥じない能力であった。
(となると…………属性は1つしか無いな!)
ゲーム脳であれば答えを出すのは簡単だった。ケルベロスは地獄の番犬。属性で言えば『闇』。対抗手段は『光』属性の魔法だとアルスは判断した。
「『聖なる雨』」
クロノスの技をアルスは使用する。これはクロノスと契約を交わしているアルスだからこそ出来た芸当であった。
「グルルルァッ!!!!」
聖なる雨を受けたケルベロスは断末魔の雄叫びをあげる。アルスが睨んだ通り、この魔法はケルベロスにとって大ダメージであった。
「弱点が分かったらお前なんてタダの犬っころなんだ---ブヘェッ!!!!」
ケルベロスが怯んだ事で調子に乗ったアルスは更に距離を詰め一撃を喰らわそうとした。しかし、暴れ苦しむケルベロスの尻尾がアルスの視覚外から迫りクリーンヒットする。そして、再度壁に叩き付けられたアルスは素早く態勢を戻すと怒りで顔を朱に染め上げる。
「尻尾ぶった斬んぞこの駄犬がァァァアア!!」
調子こいていたアルスが悪いのだが、そんな事は当人が考える訳が無い。激昂したアルスは再度ケルベロスとの距離を詰め攻撃する。
「戦鎚!!!」
アルスの一撃がケルベロスの頭へと刺さる。しかし、相手には頭は3つあり、1つが気絶したとしても、身体は自由に動かせる。
「ガァァアアアア!!」
「見えてりゃ効くワケねぇだろーが!!」
ケルベロスは尻尾でアルスを攻撃するが視認出来ているアルスはそれを軽々と跳躍して避ける。そのまま尻尾を空中で掴むと能力を最大まで向上させる。
「散々壁に当てやがって!!お返しだ!!」
「ギャオッ!!」
アルスは尻尾を掴み、ケルベロスを壁へと叩き付ける。ケルベロスは苦痛な声を上げるが、声を上げていない頭からアルスへと炎が襲い掛かる。
「効かねぇっつーの!!」
その炎をアルスは回し蹴りで掻き消すと正拳突きをケルベロスの胴体へと入れる。悪魔の石像の様に爆ぜる事は無かったが、ケルベロスの口から吐血するのを確認した。
「オラッ!!もう一丁---ヘブッ!!?」
更に追撃しようとしたアルスであったが、またもや視覚外の攻撃に邪魔をされる。今度は壁に叩き付けられる事は無かったが、その攻撃の何かを目にして愚痴を吐く。
「んだよっ!!お前キメラか何かかよぉ!?」
アルスが喰らったのはケルベロスの背中から生えた翼によるものだった。先程までは生えていなかったので、予想外の一撃であった。
「犬なら犬らしくしとけってーの!!」
アルスは知る由も無いが、翼を生やした状態こそがケルベロスの本当の姿だった。翼の硬度は伝説として伝わっている『非緋色金』級であり、斬れ味も山を真っ二つに出来るほど鋭利である。
翼で風を巻き起こし、アルスを牽制したケルベロスは本気となる。ダメージを負っていた1つの頭も意識を取り戻し、敵意をアルスへと浴びせる。
「ハッ!!んな眼が出来ない様に調教してやんぜコノヤロー!!!」
……本来のアルスであればこの様な戦いや口調は出来ないはずだ。しかし、『あい君』という参謀が居らず、1人だけで戦うという状況にアルスはやっと目覚めたのだ。自分がこの世界でどの様な能力の持ち主であり、如何に自分が無能であったのかを理解したのだ。
「まずは『お手』ってーのを教えてやんぜぇー!!」
…若干高揚になっているのも一因であるが、最強だという事を理解しきったアルスは好戦的な感情のままケルベロスへと突貫するのであった。
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