コミュ障なのにコミュ力MAXで困ってます

第29話 二日酔いと空白の夜

　重い……。頭がガンガンする……。吐きそうだ……。

　社員旅行二日目の朝、サイトウは激しい吐き気と頭痛で目を覚ました。体がダルく、起き上がるのも辛い。これは……完全に二日酔いだ。昨夜、お酒を飲みすぎたのは覚えている。宴会の賑やかさ、カラオケ……そこから先の記憶がない。
　横を向くと、別のベッドでイズミが静かに寝息を立てていた。寝ているイズミの顔を見て、サイトウは、どうやってこの部屋に戻ってきたのか、全く記憶にないことに気がついた。昨夜、カラオケで歌った後、どうなったんだ？

　二日酔いの気持ち悪さに耐えながら、サイトウはベッドの上でうんうん唸っていた。
　その時、イズミが、サイトウの様子に気づいたようだ。イズミが目を覚まし、サイトウの方を見た。

「ん……サイトウ……調子はどうだ？」

　イズミは、寝ぼけ眼でサイトウに声をかけた。

「うう……イズミ……頭痛いし、気持ち悪い……完全に二日酔いだよ……」

　サイトウは、呻きながら答えた。
　イズミはサイトウの顔色を見て、「ああ、こりゃひどいな」と苦笑した。そして、サイトウに問いかける。

「そう言えばさ……イズミ……俺、昨夜、歌った後くらいから記憶がないんだけど……」

　サイトウは、恐る恐る尋ねた。昨夜、何かやらかしてしまったのではないか、という不安があった。

「……もしかして、なんか、迷惑かけたり……やらかしたりしなかったか……？」

　イズミは、サイトウの質問を聞いて、ニヤリと笑った。そして、ゆっくりと体を起こした。

「まあ、あんだけ飲めば記憶が飛んでもしょうがないかもな」

　イズミは、サイトウの記憶喪失をあっさりと認めた。

「え！？　やっぱなんかしちゃったのか！？」

　サイトウは焦る。一体、何を？

「泥酔して、皆に絡みまくって、最後は自分で歩けなくなってたぞ」

　イズミは淡々と言う。サイトウは、想像するだけで顔が青ざめる。泥酔して絡むなんて、コミュ障の自分にとって、最も恐ろしい行為だ。

「お前をここまで運んでくるの、マジで大変だったんだからな」

　イズミはため息をつく。

「意外と重いんだよ、お前」
「ご、ごめん……！」

　サイトウは、イズミに迷惑をかけてしまったことへの申し訳なさでいっぱいになった。
　イズミは、サイトウの謝罪を聞いて、少し真剣な顔になった。

「ユナも、お前のこと心配してたぞ。あんなに泥酔してフラフラになってるの見て、びっくりしてたみたいだ」

　結菜ちゃんが心配してくれた？　昨夜の自分の醜態を、結菜ちゃんにも見られてしまったのか。サイトウはさらに恥ずかしくなった。

「サイトウ。お前さ、体調崩すと能力が暴走するみたいだし、お酒飲むとさらにコントロールできなくなるみたいだから、もっと自分の体調把握するようにしろよ」

　イズミは、サイトウの「能力」を指摘しながら、サイトウに説教くさいことを言った。（能力……？）サイトウは、イズミの言葉にピンとこない。また、イズミが自分のことを変な言い方で茶化している、と思った。しかし、「体調把握しろ」という部分は真剣に聞こえる。イズミは、自分の体調が悪くなると、サイトウの「困った性質（能力）」が周囲に迷惑をかけることを知っているからこそ、サイトウに注意してくれているのだ。サイトウは、イズミが自分のことを心配してくれている、ということは理解できた。
　イズミは、サイトウに説教しながらも、サイトウの顔色がどんどん青ざめているのを見て、少し言い過ぎたかと思ったようだ。雰囲気を和らげようと、フッと笑った。

「まあ、でもお前、昨夜はすげーモテモテだったぞ」
「へ？」
「男性陣には酒を飲まされまくって、女性陣にはボディタッチされまくって。まるで酒池肉林だったな」

　イズミは、サイトウを茶化すように言った。サイトウは、イズミの言葉に、二日酔いながらも、昨夜の宴会での異常な状況を少しだけ思い出し、顔を赤くする。

「あのまま正気を保ててたら、誰かといい感じになれたかも知れないのにもったいないことしたな」

　イズミは笑った。

「な！　なんでそういうこと言うんだよ！」

　サイトウは、恥ずかしさと困惑で、顔を真っ赤にして抗議した。モテモテ？　酒池肉林？　そんな状況で、いい感じになれるわけがないだろう。
　二日酔いの苦しみと、昨夜の出来事への羞恥心、そしてイズミのからかいで、サイトウはさらにグッタリした。

　その後、遅めの朝食を二人で食べた。サイトウはまだ食欲がなく、おかゆを少しだけ口にした。イズミはサイトウの体調を気遣いながら、横で黙って朝食を食べていた。
　チェックアウトを済ませ、帰りのバスに乗り込む。サイトウは、昨夜の記憶に怯えながら、他の社員たちの顔色を窺った。昨夜の自分の醜態を知っているだろうか。しかし、皆は昨夜の宴会のことを楽しそうに話しており、特にサイトウの件について触れる様子はない。サイトウの能力（魅了効果）が、社員たちのネガティブな記憶を都合よく消去したり、ポジティブな記憶に上書きしたりしたのかもしれない。サイトウは、その可能性に気づかず、ただ、皆が自分のことを責めていないことに少し安堵した。

　帰りのバスの中。サイトウは窓の外を眺めていた。隣にはイズミがいる。通路を挟んだ席には結菜がいる。結菜は、バスの中でもサイトウのことをかなり気遣ってくれた。

「サイトウさん、二日酔い、大丈夫ですか？　水、飲みますか？」
「サイトウさん、無理しないでくださいね。寝てても大丈夫ですよ」

　結菜は、優しくサイトウに話しかけ、サイトウの体調を心配してくれた。昨夜、サイトウの能力暴走と泥酔を間近で見たことによる、結菜なりのサイトウへの気遣いだろう。サイトウは、結菜の優しさに触れ、戸惑いつつも、感謝の気持ちを感じた。
　イズミも、時折サイトウに「大丈夫か？」と声をかけたり、サイトウの頭を軽く撫でたりして、サイトウの体調を気遣ってくれた。

　社員旅行という名の試練は、二日酔いと記憶喪失という形で幕を閉じた。サイトウは、帰りのバスに揺られながら、疲労困憊だったが、イズミと結菜がそばにいてくれることに安心感を感じていた。

　コミュ障なのにコミュ力MAXで困っているサイトウ。サイトウの、望まぬ能力が巻き起こすドタバタ劇と、それを支える親友イズミ、そして能力観察者である妹結菜との関係性は、これからも続いていく。旅行から帰った後、会社で昨夜の件について何か言われることはあるのだろうか。サイトウの新たな困惑は、またすぐに始まる予感を孕んでいた。