推しに恋した。推しが俺に恋をした。

吉川丸子

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第二章 共鳴の輪郭

2.黒波燦の境界

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 ブースを出て、帰り支度を整える。スタジオの玄関口まで来たところで、そうだ、と思いついた。

「ちょっと待って」

 律ちゃんに俺のスマホを持たせる。

「撮ってくれるかな。SNSに『歌の練習中』ってアップしようかなって」
「ふうん」

 パシャリ。

「えっ!? ちょっ、と待て早い律ちゃん」
「自然体の黒波燦だ」

 シャシャシャシャシャ。

「うわ、なに、連写!?」
「そら早く顔を作れ」
「律ちゃんそれ俺のスマホなんだけど!?」
「俺に預けたあんたが悪い」

 シャシャシャシャシャシャシャ。
 果たしてまともな写真がほんとうに撮れたのかどうか。カメラロール一面が俺の連写で埋まっていて、さすがに脱力した。

「……いい写真一枚くらいあればいいなあ……」
「あんたくらい男前ならどの写真使ってもいいんじゃないか? おい、待て消すな。俺のスマホに送る」
「全部!?」
「全部だ。当然だろう」
「本人が目の前にいるのに!?」
「常に新規絵なのは素晴らしいが既存絵も大事だ」
「日本語で頼めるか!?」

 そんなことをしていたら、建物の前で車を止めて待っていたマネージャーの佐藤くんがしびれを切らして姿を現した。

「黒波さん!!」

 遠目からでも神経質そうな空気をまとっているのがわかった。細身のスーツ姿の佐藤くんが近づいてきたのだ。俺は律ちゃんの腕をとり、笑顔を作って小走りで佐藤くんに駆け寄る。

「ごめんごめん、SNS用の写真撮ってたら遅くなっちゃった。佐藤くん、こっちが律ちゃん。前に話した、俺の歌の先生。律ちゃん、こっちが佐藤くんだよ」

 佐藤くんは細い銀縁メガネを指で上げてこちらをじっと見ている。佐藤くんに怒られる前に、いけにえのように律ちゃんを勢いよく目の前に差し出した。ぎょっと戸惑う律ちゃんと、一瞬鼻白む佐藤くんの様子はちょっと面白かった。

「ああ、噂の天音透子氏の秘蔵っ子ですか」

 佐藤くんは呟くと、スッ、とお手本のような仕草で名刺を差し出す。

「黒波燦のマネージャーをしております佐藤薫と申します。いつも黒波がお世話になっております」
「え、ああ、あ、灯坂律……です。い、いつもおせわになって、ます」

 今までの人生で名刺を差し出されることなんてなかっただろう律ちゃんが、戸惑いながらも両手で名刺を受け取っている。あ、たどたどしく挨拶返してる。初々しくて可愛い。佐藤君は俺には容赦なく塩だけど、ほかの人には丁寧だから大丈夫だよ。
 ここからラジオ局まで車で十分くらい。打ち合わせ時間には間に合うけどいつもより押してしまった。

「時間あるんだよね、律ちゃん。ユメワスさんに会ってみる?」

 この一言で律ちゃんも同乗した。佐藤くんも律ちゃんに興味があるらしく、むしろ二つ返事で車に乗せたのには驚いた。

「黒波の歌はどうですか? 率直にお願いします」
「初めて律ちゃんに会った時よりずいぶん上達したよ」
「黒波さんには聞いていません」
「もともと、声質自体はすごくいい。無駄に力が入るのが癖だったが、大分抜けた。のびのび歌った時の良さをもっと引き出せるか試行錯誤している最中だ」

 律ちゃんの返答に、ちょっと驚いて後部座席を振り返った。さっきまでのレッスン中には聞いたことがない、プロフェッショナルな口調だった。

「ふうん、頼もしいですね。レコーディングには間に合いそうですか?」
「間に合わせるし次回は透子も来る。それにいつも燦は努力してくれている」

 名前呼びされてヒヤッとする。佐藤くんにはまだ恋人だと伝えていない。だけど、むしろその態度が気に入ったらしい。

「遠慮せずにガンガン指導してくれているようで助かります。この男は打たれ強いから多少乱暴なやり方でも大丈夫ですよ」
「好きで打たれ強くなったわけじゃないからね?」

 そうこうしているうちに車がラジオ局に着いた。律ちゃんの当日IDカードを発行してもらってから、スタジオに向かう。
 BGMのように放送中のラジオ番組が流れる中、律ちゃんはラジオ局内を物珍しそうにキョロキョロと見回している。つい忘れてしまうが、彼は業界外の人間なのだ。

 そういえば、俺の仕事を生で彼に見てもらうのは初めてだ。
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