虹色アゲハ【完結】

よつば猫

文字の大きさ
10 / 41

ベニモンアゲハ2

しおりを挟む
 数日後。
倫太郎の病室に向かっていた揚羽が、そのフロアのデイルーム前を通りかかると。
自動販売機の前で戸惑っている、車椅子の婦人が目に入る。

「手伝いますよ?」
「あらあら、ありがとねぇ」

 母さんが生きてたら、同じ(年齢)くらいだろうか……
そう感傷的になりながら、飲み物を買う補助をしていると。
他の患者さんの会話が耳に届く。

「でしょ!?
もうイケメンだし背も高いし男らしいし、あとクールだし!
個室にこもってるからなかなか会えないんだけどね~」

「それ!だから看護婦さんとか用もないのに入り浸ってるよねっ?
担当じゃない人まで部屋に入ってくの見たし」


 そのクールな男って、この男の事だろうか……
補助を終えて、その病室を訪れた揚羽は大きく溜息をついた。

「だからもう平気だっつってんだろ!
いいから退院させろよっ」
担当医に食ってかかる倫太郎。

 これのどこがクールって?

「でも君の場合は、」
「自分の体は自分が一番っ」

「いい加減にしなさい?倫太郎。
あんたは開腹してるからまだ無理なの!」

 途端、静まり返る病室。
揚羽は担当医と看護婦に頭を下げて、見送ると……
バツが悪そうにしてる倫太郎の側に腰を下ろした。

「つか毎日来るとか、アンタ暇人?」

 再び溜息をついて、無言を返す揚羽。

「……悪かった、よ。
けどこれ以上、足手まといになれねぇし……」

「あのさ、誰がいつ足手まといなんて言った?」

「だってそーだろ!
このままじゃ、また作戦が延期になる」

「その事なら大丈夫。
同じ理由でしばらく会えないって、さっき連絡したから」

「はっ?
それで大丈夫なのかよ」

「誰に言ってんの?
大丈夫にするし。
ていうか、2人で大丈夫にするわよ?」

 すると倫太郎は目を大きくして。
短く愛想笑いを吐き出すと。

「ったり前だろ?
なんだってやってやるよ」
嬉しそうにそう言いのけた。

「じゃあまずは、体を万全にしなきゃね。
あのターゲットの事も、ちょっと様子見したかったからちょうどよかったわ」

「様子見したいって?」

「んん、やっぱりなんか腑に落ちなくて気持ち悪いのよね」


 詐欺師は基本、スピード勝負だ。
怪しまれる前に、ボロが出る前に、相手が冷静になる前に、決着を付けなければならない。

 にもかかわらず、さっきした電話でも……
「僕は気長に待ってるんで、しばらくは親御さんの側にいてあげてください。
あ、でも僕の事忘れないでくださいねっ」
といった調子で。

 どこまで間抜けなの?
それとも何かの手口なの?
と、揚羽は相手の出方を待つ事にしたのだ。

「ふぅん……
じゃあ俺も別の手段で探り入れとく」

「別の手段って?」

「……色々?」

「なにそれ……
まぁ無理はしないでよ?」


 それから少しして、病院を出た揚羽は……
ふと思い付いて、盗聴器をオンにした。

 入院中はそれを聴かないと思ったし、ゆっくり休んで欲しかったため。
鷹巨との電話では、敢えてオンにしなかったが……

「これ、独り言だから」
思わずそう呟いた。

「いつもありがと……
頼りにしてる」

 足手まといなんかじゃないと示す、フォローを零した揚羽は……
途端照れくさくなって。
聴いてませんようにと、片手で顔を覆って項垂れた。


 盗聴器の音声キャッチ通知を受けた倫太郎は、それを怪訝に再生して……
驚いたあと、泣きそうに顔を歪めた。





「あの女何考えてるのっ?
美人局には絶好のチャンスだったのに、2度も棒に振るなんて……
鷹巨、なんかボロ出したんじゃないの?」

「いや、大丈夫だと思うけど……」

「だったらなんでっ……
手口変えたのかしら?」

「本当に親御さんの体調が悪いんじゃ?」

「そんな事で延期するっ?
医者じゃあるまいし、側にいたってどうなるもんでもないでしょ」

「そうだけど、そんな事って……」

 鷹巨は、駅で待ち合わせした日の事を思い返した。

 詐欺師が自分の立場を悪くしてまで、注目を浴びてまで。
誰かに任せればいい相手を、ほっとけずに助けようとするなんて……
まさしく、医者でもなければ自分の力でどうなるわけでもないのにと。

 しかも遅刻の理由でそれを話せば、ターゲットの心を掴むのに有利なはずなのに……
夜の街で目にした美貌だって、そっちのほうが美人局には効果的なはずなのにと。

 あの夜、偶然通りかかった鷹巨は……
慰めたのも遊園地に誘ったのも、元気付けて関係を発展させるためではあったものの。
聡子の涙は嘘には見えなかったし、遊園地デートも実際楽しかったのだ。

「彼女、ほんとに酷い詐欺師なのかな……」
そう思っていた鷹巨は、犯行が延期になった事をどこかほっとしていた。‬

「騙されちゃダメよ。
そう思わせるのが手口なんだから。
その証拠に、手料理なんて口実で美人局を仕掛けようとしてるじゃない。
言ったでしょっ?
その美人局で兄は、母の治療費を奪い取られて。
共犯の男から車椅子の身体にされたんだからっ……
絶対に許せない!」

「ん……
俺が必ず、敵を取るよ」
泣き出す彼女を、ぎゅっと抱きしめる鷹巨。

「ありがとうっ……
鷹巨がいなかったら、私……」

 その時、急ブレーキの音とともにドンとぶつかる音がした。

 すぐさま2人は、窓から外の様子を見ると。
目の前の道路で、車が電信柱にぶつかっていた。

「うわ、けっこう酷いな……
運転手出て来ないけど、救急車呼んだ方がいいのかな?」

「誰かが呼ぶでしょ。
それより鷹巨、延期したのは何かの手口かもしれないから気をつけてね?
何度もゆうけど、手っ取り早く"好き"とか言っちゃダメよ?
訴えにくくなっちゃうから」

 それは、揚羽も同じくだった。
美人局など色恋ネタで脅す場合、そういった発言は不利になる可能性があるからだ。‬

 例えばターゲットから……
「そっちが好きって言い寄って来て、手を出された方だ」と、証拠を突き付けられたら厄介なのだ。

「……わかってる」
そう返事をしながらも、鷹巨は……

ー「誰かが呼ぶでしょ」ー
その言葉が引っかかっていた。

 愛する人でもそうなのに、聡子の駅での行動はやっぱり不自然で……

「でももし彼女が、美人局を仕掛けてこなかったら?
例えば、お兄さんを陥れた詐欺師の替え玉だったりとか」

「なにそれ……
そんなわけないし、間違いなくあの女は卑劣な詐欺師よ。
もしかして鷹巨、私の話信じてないの?」

「いやごめん、信じてるよ……」





 週末、ようやく柑愛が出勤してきて……
久保井も店に現れた。

「柑愛ちゃん、名刺か連絡先もらえた?」
仕事が終わると、揚羽はすぐに問いかけた。

「それが、今日は好きなものを教える日らしいです」

「はあ?
なにそれ……」

 ずいぶん回りくどいわね。
それ教える気ないでしょ。

「じゃあとりあえず、それっぽい情報が入ったら教えてくれる?」

「……はい、わかりました」


 柑愛にはそう言ったものの、埒があかないと。
揚羽は、田中の携帯をハッキングするしようと考えた。
だけど、もう少し様子を見ようと……
最大のターゲットを前に、焦らないよう自重したのだった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

処理中です...