欲情プール

よつば猫

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侵食の体温5

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「親父が病気なんだ」
突然されたカミングアウト。

 戸惑う私に、それは続いた。

「今は持ち直して療養中だけど、一時は危険な状態だった。
だから今後は一線を退いて、代わりに俺が後を継ぐ事になった。
だけど、常務はそれを納得しない!
株主達を抱き込んで、乗っ取ろうと企ててる。
おまけに、ワンマン気質な親父より。
みんなのケアをして来た常務の方が、従業員達に慕われてる。
そんな状況下で、俺が専務になって……
もうじき社長になるには、それなりに周りを納得させなきゃいけないんだ!
だから今までガムシャラにやって来たし。
あいつを、大切な存在(元カノ)を犠牲にしてまで、この道を選んだからには、必ず成し遂げなきゃいけないんだ!」

 切なそうに顔を歪めた専務は、今でもその彼女を愛してるんだと思って……
何故だか胸が、チクリと痛んだ。

 違う!きっと……
専務の辛い状況を思って、同情心で痛んだだけだ。

「茉歩……
俺は1度の、ほんの少しのミスも許されない。
親父の病気を表向き長期出張にしてるのも、付け入る隙を与えない為だ。
このプレゼンだって、俺がしなきゃ常務に手柄ごと横取りされてしまう。
だから頼む、相棒のお前にしか頼めないんだ。
プレゼンを、サポートしてくれ」

 私にしか頼めない、だなんて……
部下として、これほど嬉しい事はない。

 それに……
過労の熱は、疲れや睡眠不足以上に、ストレスで起因するって聞いた事がある。
この人は、これだけのプレッシャーとストレス環境の中。
誰にも弱音を吐かずに、こんなに無理ばかりして。
なんてほっとけない人なんだろうっ……

「……わかりました。
私が専務を守ります」

 いつしか。
この人を守りたい、なんて思ってしまってた。

 意味不明な返答を受けて、戸惑ってる専務に……
「だって、どうせ止めても聞かないですよね?」と微笑んだ。
私も同じタイプから、よく解る。

「なので、こうなったら最大限のサポートをさせてもらいます。
その代わり、ヤバそうだったら容赦なく中断しますからね?」
厳しく念を押しながらも、ゴーサインを出すと。

 専務は、緊迫感を綻ばして……
「……ありがとう」
噛み締めるように微笑んだ。


 それから、大急ぎで打ち合わせを済ますと……

 いよいよプレゼンに臨む時。
次々と会議室に入ってくる株主や役員達を前に、緊張感が押し寄せる。

 いくら前職で、プレゼンに慣れてるとはいえ。
専務のミスが許されないという事は、私のミスも許されない訳で……
プレッシャーが募ってく。

「ちゃんとやり遂げたら、茉歩に撫で撫ででもしてもらおうかな」
不意に専務が、隣でボソッと呟いた。

 まったくこの人は、こんな時でも……

「そんな事言える元気があるなら、大丈夫ですね。
一緒に乗り切りますよ?」
逆手に取ってけしかけたけど。

 きっとそれは……
緊張を解く為の、専務の我儘。



 そうして、プレゼンを始めた専務は……
「おお!」とみんなの感嘆を受けながら。
スマートに不敵に、悠々とスピーチしていた。

 その熱が過労によるものなら、解熱剤は効かない筈で。
恐らく、高熱に侵されたままの身体なのに……

 無事に全うした専務と、何とか役目を果たせた自分に。
もはや感動すら覚えて、泣きそうな気持ちになった。


「流石だ、茉歩。
あの短い打ち合わせで、完璧なサポートだった。
最高の相棒だよ。感謝してる」

「いいえ、お役に立てて光栄です。
それに……
カッコよかったです、専務」
素直な感想を告げると。

 ハハッと、照れくさそうな笑顔が零れて……
何だか堪らない気持ちになる。

「じゃあ約束通り、今から病院に向かうけど。
スケジュールの調整は、大丈夫そうか?」

「もちろんです。
裏口にタクシーを待機させてるので、向かいましょう」

 ずっと心配を忍ばせて、いざという時に備えてた私に。
専務は「抜かりがないな」って苦笑いした。


 タクシーに乗り込むと。
そこで専務の精神力スイッチが切れたようで、苦し気な姿が露わになる。

「茉歩、肩借りていいか?」

「はい、楽な姿勢をとって下さい」

 私の返事を聞くと同時。
っ……」と顔を歪めながら、その身体が寄り掛かる。
多分、痛み止めもほとんど効いてなかったんだろう。

 その時、トンと専務の左手がぶつかって。

「……握ってて、いいか?」
私の右手を、ぎゅっとした。

「……いいですよ」
私もその手を握り返す。

 こんな時なのに、この胸は専務の熱い体温に反応してて……
気を緩めたら、心がその熱に溶かされてしまうんじゃないかと思った。

ー「ちゃんとやり遂げたら、茉歩に撫で撫ででもしてもらおうかな」ー
ふと、その言葉を思い出して。

 思わず伸びた左手が、専務の髪に絡んだ。
そのまま、そっと撫でると……
何故だか愛しさが込み上げてきた。

 頑張った専務に、その弱った一面に、そして肌を侵食する体温に……

「俺はこの道を、必ず成し遂げなきゃいけないんだ」
うなされるように、でもどこか自分に言い聞かせるように、呟く専務。

「……わかってますよ。
私もそれを、全力でサポートします。
なので今は、少し眠って下さい」
優しく促すと。

「なのに、俺はっ……」
握る手にグッと力がこもって、途切れた言葉。

 その先に、何を言おうとしてたんだろう……



 病院に着く頃には……
どちらからともなく、その指は絡んでて。
私は込み上げてくる愛しさを、ただただ持て余してた。


 だけどその、バチが当たる。




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