欲情プール

よつば猫

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探り合う心と想い合う心1

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 そんなある日。

「茉歩、今日の夜は空いてるか?
久しぶりに、茉歩がお気に入りのイタリアンに行こう」

「あ……
すみません、今日は……」

「……だよな。
じゃあ明日の夜は空けといてくれ」

 その反応は……
今日が私の誕生日だって、わかってる?
だとしたら、すごく嬉しい。
でもだとしたら!
せっかく誘ってくれたのに、ごめんなさい。

 聡を繋ぎ止めて、表面上は夫婦の溝も埋まってる今。
今日の夜は当然、お祝いに意気込んでる聡と過ごす事になってるし。
今の状態を維持する為には外せない。





「茉歩っ、誕生日おめでとう!」

「ありがとう、聡。
それに、ここって滅多に予約が取れないお店なのに。
前に私が行きたいって話したの、覚えててくれたんだね?
尚更ありがとう……」

「うん、少しでも茉歩を喜ばせたくてさっ。
じゃあ早速、食べよっか!」

 聡の気持ちに胸を痛めながらも、それを汲んで楽しく食事をすると……
最後にデザートプレートが運ばれて、その一点に視線を奪われる。

 綺麗にデコレーションされたスイーツの中央には、指輪が飾られていた。

「改めて、誕生日おめでとう。
こんな最低な俺だけどさ……
俺はどうしても!
この先もずっと、茉歩と生きて行きたいんだ。
茉歩はいろいろと、許してくれたけどさ……
本当はまだ、傷が癒えてない事くらい解ってる。
だけど俺、今度こそ頑張るから!
だから……
もう一度、俺と人生を歩んで下さい」

 胸が、切り裂かれて……
罪悪感とか自責のナイフで、めちゃくちゃに切り裂かれて!
ただただ涙が、止めどなく溢れた。

 ごめんね聡……
ごめんなさいっ……

 そのごめんは、裏切ってしまった事だけじゃなく。
もう、戻れないから。
心も身体も、もう慧剛から離れられないから……

 聡は、人前でこんなに泣く私を初めて見て。
驚いた様子で、最初は戸惑ってたけど。
私が感動して泣いてると思ったんだろう。
ずっとずっと、優しく慰めてくれてた。


 最低なのは、私もだよ……
こんな心、消えてしまえばいい。
こんな身体、滅びてしまえばいい!

 慧剛を縛り付けて、聡を裏切って。
なのに、それでもまだ慧剛を求めてるなんてっ……






「おはようございます」

「おはよう、っ……
何か、あったのか?」

 化粧で隠したつもりだったけど。
少し目を腫らした私を、心配する慧剛。

「いえ、ちょっと……
昨日、感動する事があって。
そんなに目立ちますか?」
そう目元に手を添えると。

「……茉歩。
華美な装飾は、秘書としてあまり好ましくないな」
気付いた慧剛に指摘を受ける。

「すみません。
解ってますが、今日だけお願いします」

 左手にはいつもしてる結婚指輪と、昨日もらったダイヤの指輪。
心は受け取る事が出来ないから、せめてそれは身に付けてあげたかった。

「今日だけ?
明日からはいいのか?」

「はい。
今日チェーンを買うので、明日からはネックレスにします」

「っっ!
わかった、もういい」
と不機嫌な様子。

 そんなに怒らなくても……
薬指に付けてるそれは、聡からもらったのが歴然で。

 もしかして、妬いてる?
まさか、ね……




 でもその夜は、約束通り。
お気に入りのイタリアンに連れて行ってもらった。

「美味しい!
相変わらずここの料理は絶品ですねっ」

「今日は特別メニューにしてもらったんだけど、気に入ってくれて良かった」

 それって……
やっぱり誕生日のお祝いだから?
だとしたら、なんでそう言わないんだろう。
誕生日を調べたのがバレるから?
そんな、今さらだよね。

 少し気になった私は……
朝の言い訳も兼ねて、自ら誕生日話題を振ってみた。

「ところで専務。
今朝は我儘を言ってすみませんでした。
実は昨日、私の誕生日で。
この指輪は夫からの、」

「旦那の話はやめてくれ」

 そう遮ってきた慧剛に、唖然とする。
だけどすぐさま。

「それ、ヤキモチですかっ?」
騒めく胸を隠すように茶化して、その少し気まずい空気を取り繕った。

 なのに、フイっと躱される。

「妬ける立場じゃないだろ、俺は」

 そんな明らさまに線引きしないでよ……
ねぇ、慧剛に妬く気持ちはないの?

「……ちょっとくらい、妬いてくれてもいいじゃないですか」

「ちょっとくらい、か……
ムリだな」

 本当に、身体だけなんだね?
ちょっとですら無理なんだ……
愛が無いと解っていても、悲しくて泣きたくなる。


 さらに気まずくなった空気を……
今度は慧剛が取り繕って、私が振った話題を今さら拾う。

「……茉歩、1日遅れだけど。
誕生日、おめでとう」

 そう差し出されたのは、高級腕時計ブランドの豪華な箱。

「えっ、これ……」

「茉歩が褒めてくれた俺のお気に入りと、お揃いのレディース」

「そんな高価な物っ……
頂けませんっ」

「俺とお揃いは嫌?」

「まさかっ……
嬉しいです、すごく」

「だったら貰ってくれ」

 とはいえ、あまりの高価さに困惑して……
ふと、利用したお詫びも兼ねてるのかと過ぎったけど。
それでも嬉しくて……
今度は嬉しくて泣きそうになる。

 だけど。
「周りにバレますよ?」
この、不倫関係が。

「それが嫌なら、付けなきゃいい」

 腕時計を贈っといて、付けなきゃいいなんて。
意味ないじゃない。
だいたい、慧剛はバレてもいいの?
そこでハッと気付く。

 ああそうか、バレた方がいいんだ。
この時計は、あのコを挑発する為なんだね……
だったら、ちゃんとサポートする。

「……いえ。
ありがとうございます」
複雑な気持ちでそれを受け取った。

 私の誕生日まで、上手く利用しちゃうんだ……
だからお祝いを公言出来なかったの?

「この特別メニューも、お祝いなんですよね?
なんでそう言ってくれないんですか?」

 聞かなきゃいいのに、つい推測を打ち消してほしくなる。

「それはっ……
今の俺は忙しくて、こんな事しか出来ないし。
この関係じゃなおさら……
だから、あいつと比べられたくなくて」
最後の言葉を、拗ねた風にボソッと呟く慧剛。

 あいつって、聡?
うそ、可愛い!
うそでしょ、もうっ……
胸が悶えて、愛しくて堪らなくなる。

 もしかしたら、昨日も予約してくれてたのかもしれなくて……
もうっ、大好き。
いいよもう、利用でも何でも。




 そうして、次の日。
私の手首に、お揃いの時計を見つけた慧剛は。

「っっ、ありがとう……」
噛み締めるように、そう微笑んでた。



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