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最終手段2

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 そうしてヴィオラは、専用庭園に散歩に行くと言って、ランド・スピアーズだけを連れ出した。

 部屋で説得するとなると……
護衛騎士と話すために、度々人払いをするのは不自然なうえに。
話が長くなれば、不審がられるからだ。

 とはいえ、移動の最中……
サイフォスとの事が、ラピズにバレてしまった気まずさや。
その後ろめたさや、申し訳なさから。
そして、最終手段に対する気重さから。
居た堪れず、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 しかし容赦なく、その時は訪れ……
庭園の奥に着くと同時。

「悪いけど、もうどう取り繕っても無駄だから」
そうラピズから切り出してきた。

「っ、待って!
無駄って、どう言う事っ?」

「俺の決意は変わらないって事だよ」
それは、サイフォスの暗殺を意味していた。

「俺に隠れて、あんな真似しといてっ……
それでもまだっ、殿下を好きじゃないって言えるのかっ!?」

「言えるわっ!
確かに、隠れて関係を持った事は、申し訳ないと思ってる……
だけど私は王太子妃なのよっ?
立場的にやむを得なかった事くらい、わかるでしょう!?
決して殿下を好きになったわけじゃない!」

 サイフォスを守るために、そう取り繕うヴィオラ。

「そうは思えないよっ!
それに、例えやむを得なかったとしても……
一生俺だけのものだと思ってた存在を寝取られて、許せるはずがないだろうっ!?」

「けど王太子妃になった時点で、いつかはこうなるって!
こうなる事は避けられないって、分かってたはずでしょうっ!?
それでもずっと拒んで来たし、こうなる前に離婚に漕ぎ着けようとしたけど……
でもどうやったって無理なの!」

 そこでヴィオラは、無理な理由として考えた最終手段を告げるべく、ぐっと腹を括った。

「っっ、これ以上悪妃を続けたら、シュトラント家の立場が危うくなるわ……
それでもラピズは、まだ悪妃を望むっていうの?
それで離婚出来たとして、お父様が許してくださると思ってるのっ?」

 そう、おいえの立場が危うくなれば……
ヴィオラは責任を取らされて、少しでも挽回出来るところへ嫁がされるだろう。
つまりラピズとの再婚など、許されるはずがないのだ。

「それどころか!
今まで悪名を高めたせいで、もうすでに家名に泥を塗ってるわっ……
だから私は、汚名を返上するためにも。
世継ぎを産んで、シュトラント家の立場を挽回しなきゃいけないのっ。
そのために、好きでもない人に抱かれるしかなかったの!
それが不服だっていうのなら……
ラピズがシュトラント家を立て直せるっていうのっ!?」

 問うまでもなく。
平民出身の騎士でしかないラピズに、立て直せるほどの権力や財力等があるはずもなく……

 己の力ではどうにもならない身分の事を引き合いに出して、ラピズを傷付けてしまう事に。
例えサイフォスに聞かれなくても、愛する人が傷付く発言をせざるを得ない事に。
そして自分の気持ちを偽らなければならない事に。
ヴィオラは胸を幾重にも切り裂かれていた。

 しかしそれでも、ラピズに罪を犯させるよりマシだと。
なによりサイフォスを守るためなら、どんな悪女にでもなると。
その最終手段に踏み切ったのだった。

 一方、ラピズは……
サイフォスさえ殺せば、ヴィオラがこれ以上悪妃を続ける必要もないと。
離婚問題やその悪影響も発生せず、ヴィオラとやり直せると思ったものの。

 今までの汚名を返上して、シュトラント家を立て直す必要があるとなると。
そのためにヴィオラが、世継ぎを産む必要があるとなると……
サイフォスを暗殺するわけにはいかず。

 自分があまりに無力で……
それを愛する人から突き付けられて。
途轍もないショックと、どうする事も出来ない絶望感に、打ちひしがれていた。

「っっ、出来ないよ……
どうせ俺には出来っこないよっ……
だからって、俺の気持ちはどうでもいいのかよっ!」

「そんなわけないでしょうっ!?
だからこそ、今まで言えなかったのに……
だけどラピズこそっ。
私が多くの貴族を敵に回して、大勢の人から批判を買ってきたのに、何とも思わなかったのっ?
自身の立場と周りの気持ちの板挟みで、ずっと苦しんで来たのにっ……
自分の気持ちばかり押し付けて、私の気持ちはどうでもよかったのっ!?」

 説得するための最終手段とはいえ。
傷付いているラピズに追い討ちをかけるように、責めるような発言をせざるを得ない事に。
同じく苦しんで来たその人に、自身の苦しみまでぶつけざるを得ない事に。
言いながらポロポロと、涙がこぼれ出すヴィオラ。

ーーごめんね、ラピズ……
ごめんなさいっ……

 対してラピズは、吐露された指摘内容を今さら気付かされて。

「っっ、ごめん……
そうだよな、ごめんっ……」
そう片手で顔を覆って、激しい自己嫌悪に襲われていた。

 ヴィオラはそんなランド・スピアーズの姿に、いっそう胸を切り刻まれるも……

「……私こそ、何もしてあげられなくてごめんなさいっ。
でも私たちが一緒に生きられる未来は、もうないの。
わかって?ラピズ……」
そう終わりの言葉を口にした。

 ランド・スピアーズは、うっと嗚咽を洩らしたあと……
「これからどうすればいいのか、しばらく考えさせて欲しい」とだけ零したのだった。



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