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混血系大公編:第二部
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しおりを挟む換金所では、子どもたちの歓声が聞こえる。バケツいっぱいに拾ったスライムは、どのくらいの値段になるんだろうか。
お金を受け取った人たちの顔は、みんな明るい。中には涙を流して喜んでいる人もいる。値段は魔道具屋の人たちに決めてもらったからわからないけど、少なくとも今日明日のご飯に困ることはないだろう。
そんな風に考えながら眺めていると、ヴァレさんがポツリと呟いた。
「…私は、5番街の人たちの顔を、初めてちゃんと見た気がする」
いつもの明るく、自信に満ちた声とは違う。低く、静かな、独り言のように吐き出されたそれに、私は黙ったまま耳を傾ける。
「書面では知っていた。5番街の状態も、そこに住む人々の貧困も。それでも私は戦後から今まで、ここへの支援は最低限に留めた。復興には金がかかる。ここに投資しても、リターンは少ない。施されることに慣れ、働いて己の身を立てようする意欲がない者が多すぎるからだ。経済の基盤たる中間層の生活をまず立て直さなければ、回復は望めないと…そう判断し、実行した」
「………」
政治は綺麗事ではない。
帝国は巨大だ。それでも無限の富があるわけではない。限られた資産をどこに回し、どこを諦めるか。人の上に立つほど、下にいる人間が多いほど、その決断に伴う責任は重くなっていく。
でも。
「……私は、この街の人々を切り捨てたんだ」
ヴァレさんの声は平坦だけど。温度のない声の下に、計り知れない悲しみが潜んでいることもわかっている。
彼は太陽帝と呼ばれ慕われるほどに、迅速に経済を回復させた名君だ。間違いなく、この国の人々にとっては英雄だ。5番街の人たちを犠牲にしたのだとしても、ボナ・ノクテムで半壊した帝国をここまで復興できたのは、彼でなくてはできなかったであろう。
でも。
私は知っている。貧困は、容易に人を犯罪に走らせる。
戦いが終わり、傭兵業で稼げなくなった人々が、山賊や強盗に身をやつしてしまったのも知っている。
「私が衛兵隊の再建に力を入れていたのを、知っていただろう?」
「はい」
「腐敗した衛兵隊を立て直したいというも、もちろんあったけどね。5番街の治安は悪くなるだろうから…その対策の意味もあったんだ」
「……どんな選択を選んでも、必ずメリットデメリットはあります。だから…」
「知っているよ」
私の言葉を遮って、ヴァレさんは続ける。
「そんなことは、知っている。あの選択を後悔しているわけではないんだ。あの時は、それが最善だと思って下したし、今でも間違っていたとは思っていない。それに対する不満を受け止める覚悟もあった。だが…」
ヴァレさんはフゥ、と大きなため息と共に言葉を吐き出す。
「実際に顔を見てしまうと、堪える」
…ヴァレさんのこんな姿を、かつて見たことがあっただろうか。
いつだって私の前に立って、力強く導いてくれた人だった。前団長が亡くなった時には、涙を流している姿を見たことはあったけど…その時だって、こんな風に弱っている姿ではなかった。一緒に泣きながらも私を慰め、悲しみごと抱きしめてくれた。
それだけ、この帝国の皇帝という立場が重いのだろう。この陽気な人を、落ち込ませてしまうほどに…。
どうしたらいいんだろう。彼を慰めたいけど、掛ける言葉が見つからない。
政治に詳しくない私の言葉なんて、陳腐にしかならないだろう。
ふと、以前ハリーさんに言われた言葉が思い浮かぶ。
『情けないけどね、多くの男は女性に癒しを求めてしまうんだよ』
こんなガサツな女だけど、大して可愛くも美人でもないけど、少しは彼の癒しになれるだろうか。
広場に目をやる。衛兵さん達も見張っているし、少しくらい目を離したっていいだろう。ヴァレさんがいるところは壁になっているから、そこに行けば広場からは見えない。
私は素早くヴァレさんの近くへ寄ると、ヴァレさんの左手を取って自分の左手の上に乗せた。その上から自分の右手を被せて、彼の手を包み込む。
「シャトラ…?」
戸惑ったように私を呼ぶ声には応えず、ヴァレさんの手の甲をすりすりと撫でる。
「えっと、いちおう夫のいる身なんで。昔みたいにハグはできないですけど…」
手って、すごい癒しの効果があるんだってね。前世でだったかな?聞いたことがある。
手をつないだり、撫でたり、ポンポンと優しくたたいたり…『手当て』なんて言葉があるみたいに、触れることで安心感をもたらしたり、心を癒すことができるんだって。
私には魔法の力はないけど、ヴァレさんに癒しの力よ届けー!と思いながら優しく握る。
「ここに来る前、スライムを仕留めたあとに素材をどうするかって話したじゃないですか」
「ああ……」
「ヴァレさん、躊躇いなく『5番街に提供してくれ』って言ってくれましたよね」
傭兵団で締結する契約の基本条項では、魔獣を退治して得た素材は傭兵団に所有権があることにしている。ただあくまで基本条項でなので、依頼主の希望に添うようにある程度調整はできるようになっている。
たとえば特定の素材がほしい場合とかね。ヴァレさんは素材分を契約料に上乗せするから、5番街に提供するって言ってくれたんだ。
「だからこんな、急ごしらえのイベント組んだんですけどねー」
「はは、すまない」
ちょっとおどけてみせると、ヴァレさんはクスっと小さく笑う。私はそれを見て、目を細める。
前情報として巨大スライムだってことは聞いていた。実際に見たら想像以上の大きさだったんだけど…スライムを倒して素材を「はいどうぞ!」なんて渡されても、処理に困るだろう。
無害化していないスライムを素手で処理するのは危険だ。でも5番街の人たちで、手袋を買うお金もない人は、素手でスライムを捕獲してくることもあるらしい。そういう人の手は、当然ながらひどく爛れていたりするそうだ。
だったら私たちの監視の元で、処理してもらった方がいい。そして『施し』ではなく『労働の対価』として、お金を受け取って欲しい。ヴァレさんが言っていたように、施しに慣れてしまえば、人は意欲を失ってしまうから。
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