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19.好戦的なメイドさん
しおりを挟む思いのほか良いインクをもらってしまっただろうか、とクレアはノートを見ながら考えていた。乾くのがこれだけ早いならより効率的に研究ができるかもしれない。クレアは紙に書いて思考を整理するタイプだった。クレアはドラゴレインの工芸品であるインクを吸い込めて、それがなくなるまでは描き続けられる、毎回わざわざ補充しなくて良いペンを愛用していた。この国っていいなとのんびりと思いながら一息つく。
研究以外のことに思考が飛ぶようであればそれは集中力が切れてきたということだ。
「ご主人様、お茶をどうぞ」
グラスに浮かぶ氷が涼やかだ。それを受け取ってお礼を言うと、ソフィーは嬉しそうに頬を染めた。ほんのりと花の匂いがする紅茶を一口飲んで、クレアも表情を緩めた。
「氷の保存はうまくいっているみたいだな」
「はい。ご主人様にミスはありませんとも!」
「過剰な信用はダメだよ。試用期間は疑ってかからないと」
クレアはいかなる季節でも氷を作製・保存できるようなものと、通常の保存庫を氷と風の魔法の応用で作った。氷室をのようなものを参考にしている。鍛錬して暑さで倒れそうになっている二人を心配して氷が常に手元にあるようにした。暑くなってくると、毎年倒れてそのまま帰らぬ人になる者も多くいる。そんな時には日陰に移動させて首や脇などを冷やしたり、扇いだりする。この辺りを警備していたり、庭の手入れをしている人間も倒れていたら助けられるようにと少し多めに作ってある。
そして、そういうことに有効活用できるのであれば、と氷を作製・保存できるように少し大型のものを作製した。そうしたらクロエが「肉を冷凍保存できるんじゃねぇか?」と言い出した。それが出来上がると次は「温度を上げたら生物の保存が楽になるんじゃねぇ?」とキラキラした眼差しでクレアを見るのであくまでも試作品だと念押しして作った。
「無理を聞いてくれた鍛冶屋の人には感謝しかないな」
魔法を通しやすい金属を使用した保存庫。その内装には随分と我が儘を言ってしまった。だが、クロエの注文を叶えようとするとそれくらい必要だった。
クレアはソフィーとクロエのおねだりに弱かった。あと、実はリルローズにも弱い。
「そういえば、アレーディア殿下のお陰で妙に彷徨く殿方が減りましたね」
「レディアが王城で何か言ったのかな」
王家も御用達らしいと本人から聞いている二人は同じように首を傾げたが、敵でないことが分かっているので「まぁ、いいか」とばかりに悩むのをやめた。
何故か、アレーディアからは報告書が提出された。王家に対して口利きをしてもらおうとする貴族や、そもそもが彼女たちを狙う者たちもいたらしく、不思議に思う。
確かにリルローズを保護していた功績から優遇してもらっているが、王家の人間にはリルローズにしか会っていないし、現段階のリルローズに政治的な発言力はそんなにない。第二王子はちょくちょく来ている様子だが没交渉である。
クレアたちは、自分達が「女」であることで狙われていることには少し不快に感じた。けれど、旅をしてきた中でそういう目で見られることもあったのでクレアは対策だけ取って生還の構えだ。
「アレーディア殿下が警備を増やすと言ってくれたけれど、こちらでも何か対処するべきですね」
いつの間にかワクワクしたような顔で頬に手を当てて、いつの間にかもう片方の手には大きな身の丈ほどの剣を握っていた。そういえばソフィーはどちらかというとばちばちにやり合うのが好きだったなとクレアは少し遠い目をした。
対策は取っているのだが、と思いながらもクレアは溜息を吐いた。
「安全に配慮してほどほどにね」
「お任せくださいませ、ご主人様!」
語尾にハートでもつきそうな愛らしい声で、弾むように言った。ソフィーは言っても聞かないのである。知らない間に何かされるよりは監督下である程度動いてもらったほうがマシだな、とクレアとクロエは思っている。今回も「ああ、クロエと作戦練らなきゃな」と思いながらはしゃぐソフィーを見つめた。
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