黒羽の約束

猫目オテテ

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第19章 黒い羽の選択

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深夜・町外れの廃工場

 月の光が鈍く照らすその場所に、ノアはひとり、立っていた。
 何かを感じ取ったのか、彼の背筋はわずかに震えている。

 ──ザッ。

 闇の中から、足音がひとつ。

 現れたのはアルマ。
 漆黒のコートをまとい、目の奥に何かを押し殺すような色を灯していた。

「……来たのか、兄さん」

 ノアがそう口にしたとき、アルマの瞳がわずかに揺れる。

「もう人間の名で呼ばれているらしいな、ノア」

「“人間のフリ”は得意だからな。でも、律の前では……それすら忘れそうになるんだ」

 皮肉めいた言葉の奥に、微かな痛みと愛情が混ざっていた。

 アルマは、手にした黒い短剣を強く握る。
 魔界の令──兄弟を始末するという、冷酷な命。

「今夜、お前を殺せと命じられた」

「──知ってたさ」

 ノアは微笑みすら浮かべている。
 諦めのような、それでもどこか清いものを抱えた微笑み。

「俺は、もう逃げないよ。
 律に出会ってから、命の価値が少しだけ分かった気がする。
 でも、兄さんがそれを終わらせるなら……それでもいい」

「……っ」

 アルマの心臓が、痛みを訴える。
 短剣を構えた手が、震えていた。

「ノア……律を、好きになったのか?」

「本気で、惚れたよ」

 その瞬間、アルマの頭に浮かんだのは──あの夜、律が照れくさそうに語った“気になる人”の話。

 (まさか……あの男が、ノアだった……?)

 衝撃と、理解と、絶望が入り混じる。

 兄弟を殺せば、律の心が壊れる。
 殺さなければ、自分が消される。

 ──どちらも、守れないのか。

「……それでも、お前を……俺が殺さなきゃならないなんて──」

 震える声で、アルマが呟く。

 その瞬間、ノアが一歩、アルマに近づく。
 そして、囁くように言った。

「兄さんが“アルマ”である限り、俺は殺されないと信じてるよ」

「……なぜだ」

「だって、お前は――誰よりも家族を愛してるから」



同時刻・宗一の家

 律は眠れずにいた。
 ノアと別れたあと、胸の奥が妙にざわついていた。

(ノア……あの人、やっぱりちょっと普通じゃないよな……でも……)

 考えれば考えるほど、想いが募る。
 彼の目、声、笑い方、全部が律の心に焼きついて離れない。

「……オレ、ホントに……好きになっちゃったのかな」

 そう呟いた瞬間、律の背筋に寒気が走った。

 ──何かが、壊れそうな予感。



廃工場・夜明け前

 アルマは短剣を落とした。

 静かに、膝をつき、顔を伏せる。

「……俺には、できない……」

 ノアがそっと近づき、手を差し出す。

「ありがとう、兄さん」

 それは、命を拾った者の感謝でもあり──
 決して兄弟でなければ言えない、確かな愛情だった。
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