ご令嬢は没落前にとんずらする

穂積イ子

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とんずら3

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 今のクラリスとクレシェン王国の王太子アレクサンドル=バロー=ド=クレシェンの関係を表すなら、『毒にも薬にもならない』というのが妥当だろう。二人の出会いは十年前、アレクサンドルの姉が主催した茶会で挨拶を交わしたものだった。婚約の話が出る少し前のことで、クラリスの記憶に残らないほどあっさりした出会いだった。その時は降嫁した王妹の息子の方が強烈だったせいもある。茶会の最中に中座して戻ってこず、庭園を総出で探し回ったからだ。結局、ベンチで本を読んでいるところを見つかって、王妹にきつく叱られていた。
 アレクサンドルとは、婚約者として改めて顔合わせした時の方が覚えていた。彼は、十歳にしては達者な言葉でクラリスの容姿を誉め、お前に懸想している奴に申し訳ないな、というようなことを愉快そうに話していた。後にも先にも、あれ程『してやったり』という表現が似合う顔を見たことがなく、折に触れてクラリスが思い出すのは、あの時の少し意地の悪い笑顔だった。
 その後もお茶の習慣は続いたが、二人の関係が恋に発展することはなかった。アレクサンドルは野心家で自信に溢れている。地道な交渉より華やかな社交が似合う男だ。静謐を好むクラリスとは端から馬が合わなかった。
 それでも、長い年月を重ねて、お互いの違いを揶揄えるくらいにはなっていた。今回の正式婚約を機に、王太子もクラリスに歩み寄ろうとしているのかと思ったのだが。

「仮に占いが本当なら、殿下から何かあるんだろうな」

 一抹の不安を覚えたのは、王太子の呼び出しに全く心当たりがないせいだ。
 意見を求めるようにアリサを見たが、彼女は僅かに目を細めるだけだった。
 
「あの老いぼれはやはり始末するべきでした」
「アリサ……」
「失礼しました。でも、大事おおごとなら、殿下自ら話されるのではなく、公爵を通じてお達しがあるはずでは? この呼び出しは個人的な用件と思いますが」
「確かにな……」

 それでも、クラリスは嫌な予感を拭えなかった。
 渡り廊下の奥の内城に入り、衛兵に案内されて王太子の執務室へ向かう道すがらも、何かなかっただろうかと思索に耽り、クラリスはふと、本当にたまたま思い出したことがあった。

「……気分が悪い」
「クラリス様?」

 アリサがさっとクラリスの隣に進み出た。
 前を歩いていた衛兵も何事かと立ち止まった。氷の華の噂は王城でも有名で、衛兵はいかにも若者らしく畏怖や不信を表にしていた。
 クラリスが無言で目配せすると、優秀な侍女は心得たとばかりに前を歩く衛兵に声をかけた。

「殿下の御許おもとへ行く前に寄りたいところがあるのですが」
「ここは内城です。ブロイ公爵令嬢といえど無許可で出歩ける場所では……」
「誰が城を散策すると言いました? ご婦人が殿方にお会いになる前に立ち寄るとしたら一か所しかないでしょう」
「ですが、殿下より早々に案内するようにと言われておりますので……」

 衛兵がやけに食い下がる。
 クラリスはため息をついた。

「私は気分が悪いのだ。それとも、殿下の前で粗相をしてもいいと? 何故用を先に済まさなかったと訊かれた時は、お前の名を出して良いのだな?」

 威圧すると、衛兵は見るからに怯んでいた。

「……道すがら化粧室がございますのでご案内いたします。ですが」
「くどい。殿下を長くお待たせするものか」

 案内される前に歩き出すと、横目にも、彼が悔しげに唇を噛みしめるのが見えた。
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