ご令嬢は没落前にとんずらする

穂積イ子

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とんずら4

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 化粧室に到着すると、入口に待機する衛兵を尻目に、扉をきっちり閉める。
 さらに、アリサが室内に誰もいないことを確認して、クラリスに一つ頷きかけた。

「お嬢様、珍しく気が立ってますね」
「衛兵に悪いことをしたな」

 持ち上げて気持ち良く案内させればいいものを、クラリスはああいう物言いしかできないのだ。それがブロイらしさというものだから。
 クラリスは大理石でできた贅沢な手洗所を突っ切って、奥の個室へ直行した。アリサを手招きすると、彼女は首を傾げながら個室まで付いてくる。四、五人は入れる広さなので、幼い子女はこうした場所で悪口や良い人の話を囁き合うことがあった。

「クラリス様、内緒話をするためにここを選んだわけではありませんよね?」
「もちろん。金のドアノブのことで、もしかしたらと思ったんだ」
「……あの話、まだ引きずっておいででしたか」
「そういう顔をするな。ほら」

 クラリスは用を足すための椅子の奥を指し示した。
 広々とした個室の壁はタイル製で、精緻な花の彫刻があしらわれている。問題は、腰ほどの高さに埋め込まれた金色の丸い取っ手である。立ち上がるための手すりにしては、椅子の後ろ側に取り付けられていて、まったく用をなさないものだ。以前に一度見て首を傾げたが、これが取っ手ではなく、ドアノブだとしたらと思ったのだ。

「はぁ……。何というか、ありますね」
「ドアには見えないがな」

 ノブを握り、回す。それから押してみるが、壁はびくとも動かなかった。
 では引いたらどうかと力を籠めると、予想外にドアノブが壁から引っこ抜けた。

「抜けた」
「抜けましたね」

 金色のドアノブを、二人して見下ろす。何の変哲もない金属にしか見えないが、これに何かがあるのだろうか。

「あ。お嬢様、あれを」

 クラリスがドアノブを観察していると、アリサが壁を指さした。金具が抜けた部分にぽっかり開いた穴だ。どうやら壁を貫通しているらしく、穴の奥が明るかった。
 アリサが素早く穴を覗き込むと、ぴくりと肩を震わせてから、クラリスを振り返った。

「殿下がおられます。……マルクス様もご一緒に」
「宰相が?」
「はい。……これは覗き穴のようですね。向こうの部屋には家具を配置して穴を目立ちにくくしています」
「老婆の占いが当たったか」
「たまたまに決まってますよ」

「──ご協力感謝致します」

 男の声がして、クラリスとアリサは覗き穴を振り返った。生真面目な声色はマルクス宰相のものだ。どうやらこの覗き穴は、本格的に盗聴用として設計されているらしい。穴から離れているのに明瞭な音が耳まで届いた。

「殿下もお辛いでしょう。まだ仮とはいえ、婚約者様の捕縛をお手伝いいただくのですから」

 捕縛と聞いて、クラリスは息を詰めた。膝を突いて隣の部屋を覗いているアリサも、無意識にクラリスのドレスの裾を掴む。

「同情は不要だ。王太子としてすべきことをしたまでだからな」
「心中お察し致します。……しかし、いまだ信じられません。公爵令嬢ともあろう方が、他国と通じ国家機密を流していたなど」

(機密の流出だと? 馬鹿な)

 機密漏洩は死刑に値する重罪だ。公爵家とはいえ、一介の令嬢がどうして機密を国外に持ち出せると思うのだろう。
 あまりにナンセンスな話だと、クラリスは思った。それなのに──。

「そうだな。婚約者にすらニコリともしてくれない冷たい女だったが、貴族としてのプライドは人一倍あるものと思っていた。
 ……は。結局、私も氷の女の踏み台に過ぎなかったということだな。王太子の婚約者であれば、他国の要人と繋がる機会も増える。自分をより高く売れる相手を探していたに違いない」

 どうしてか、アレクサンドルその人が、傷ついたとばかりに滔々と語っている。
 クラリスはすっと頭が冷えていった。
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