3 / 5
第3話:【転機】外界からの嫉妬
しおりを挟む
アレクシス様の元で私の才能は何の枷もなく自由に花開いていった。
私が作るものはもはやただの服ではなかった。刺繍には守護の力が宿り生地の色は着る者の心を映して輝きを変える。私の針仕事は魔法と芸術の完璧な融合だった。
そしてその噂はどれだけこの屋敷が世間から隔絶されていようといずれ外界に漏れ聞こえるものだった。
最初に屋敷の門を叩いたのはかつて私を「縁起が悪い」と追い出した伯爵夫人だった。
彼女は以前とは打って変わって卑屈なほどの笑顔を浮かべていた。
「エリーゼ!あんな些細なことであなたを解雇してしまったことずっと後悔しておりましたのよ!さあ私の屋敷へ帰りましょう。今度はもっと良い待遇を約束しますわ!」
次に現れたのは仕立て屋ギルドの親方だった。彼は私の才能を「異端」と断じたはずなのに今はまるで長年の師匠であるかのような顔で私に語りかけた。
「エリーゼ君。君ほどの才能をこんな場所に埋もれさせておくのはギルド全体の損失だ。君にはギルドの名誉職人の地位を用意した。我々と共にこの国の服飾の歴史を新たに作っていこうではないか」
彼らのあまりにも身勝手な手のひら返し。
私はただ静かに首を横に振った。
「申し訳ありません。私の針はただ一人、主であるアレクシス様のためにのみ振るわれるものです」
私の明確な拒絶は彼らのプライドをひどく傷つけたようだった。
そして手に入らないと分かった才能はやがて嫉妬と悪意の対象へと変わっていった。
数日後、王都の社交界に悪質な噂が流れ始めた。
『クロムウェル公爵は不運の針子に騙されその呪われた服で心を操られている』
『あの女の呪いはいずれクロムウェル公爵家そのものを破滅へと導くだろう』
噂は尾ひれがついて広まりやがて公爵家に対するあからさまな非難へと変わっていった。
私は自分のせいでアレクシス様がそしてこの静かな屋敷が再び世間の好奇と悪意に晒されていることに胸を痛めた。
「……私のせいです」
その夜、私は書斎でアレクシス様に頭を下げた。
「私がここを去れば公爵様にご迷惑は……」
「馬鹿を言うな」
彼は私の言葉を静かにしかしきっぱりと遮った。
彼は窓の外の闇に沈む森を見つめている。その仮面の下の素顔は怒りでも悲しみでもない、まるで何か遠い昔を懐かしむかのような穏やかな表情をしていた。
「……エリーゼ。私がなぜ長年この屋敷に引きこもっていたか知っているか?」
「……お顔の傷のせいでは……」
「それもある。だが一番の理由は違う」
彼は私に向き直った。
「私はくだらない噂や偏見にうんざりしたのだ。彼らは私の傷の奥にあるものを見ようともせずただ怪物と決めつけた。そんな愚かな連中と言葉を交わすこと自体が時間の無駄だとそう思っていた」
彼は私のそばに歩み寄るとその大きな手で私の頬にそっと触れた。
「だが君が来て変わった。君は私の傷も世間の評判も何も気にせずただ私という人間を見てくれた。君の作る服は私の体の痛みだけでなく心の痛みさえも癒してくれたのだ」
彼の瞳は真剣な光を宿していた。
「今度は私が君を守る番だ。君の才能を君という人間をくだらない噂で傷つけようとする連中から私が君を守る」
彼は執事を通して王宮に一通の書状を送った。
それはクロムウェル公爵家主催の夜会の招待状だった。
何年も社交界から姿を消していた呪われた公爵が自ら夜会を開く。その報は王都中の貴族たちを驚かせた。
「エリーゼ」
彼は私に言った。
「夜会で君の最高傑作を披露する。そして君こそがこの国でいやこの大陸で最高の針子であることを私が証明してみせる」
それは宣戦布告だった。
噂や偏見という目に見えない怪物に対するたった二人だけの静かでしかし決然とした戦いの始まりだった。
私が作るものはもはやただの服ではなかった。刺繍には守護の力が宿り生地の色は着る者の心を映して輝きを変える。私の針仕事は魔法と芸術の完璧な融合だった。
そしてその噂はどれだけこの屋敷が世間から隔絶されていようといずれ外界に漏れ聞こえるものだった。
最初に屋敷の門を叩いたのはかつて私を「縁起が悪い」と追い出した伯爵夫人だった。
彼女は以前とは打って変わって卑屈なほどの笑顔を浮かべていた。
「エリーゼ!あんな些細なことであなたを解雇してしまったことずっと後悔しておりましたのよ!さあ私の屋敷へ帰りましょう。今度はもっと良い待遇を約束しますわ!」
次に現れたのは仕立て屋ギルドの親方だった。彼は私の才能を「異端」と断じたはずなのに今はまるで長年の師匠であるかのような顔で私に語りかけた。
「エリーゼ君。君ほどの才能をこんな場所に埋もれさせておくのはギルド全体の損失だ。君にはギルドの名誉職人の地位を用意した。我々と共にこの国の服飾の歴史を新たに作っていこうではないか」
彼らのあまりにも身勝手な手のひら返し。
私はただ静かに首を横に振った。
「申し訳ありません。私の針はただ一人、主であるアレクシス様のためにのみ振るわれるものです」
私の明確な拒絶は彼らのプライドをひどく傷つけたようだった。
そして手に入らないと分かった才能はやがて嫉妬と悪意の対象へと変わっていった。
数日後、王都の社交界に悪質な噂が流れ始めた。
『クロムウェル公爵は不運の針子に騙されその呪われた服で心を操られている』
『あの女の呪いはいずれクロムウェル公爵家そのものを破滅へと導くだろう』
噂は尾ひれがついて広まりやがて公爵家に対するあからさまな非難へと変わっていった。
私は自分のせいでアレクシス様がそしてこの静かな屋敷が再び世間の好奇と悪意に晒されていることに胸を痛めた。
「……私のせいです」
その夜、私は書斎でアレクシス様に頭を下げた。
「私がここを去れば公爵様にご迷惑は……」
「馬鹿を言うな」
彼は私の言葉を静かにしかしきっぱりと遮った。
彼は窓の外の闇に沈む森を見つめている。その仮面の下の素顔は怒りでも悲しみでもない、まるで何か遠い昔を懐かしむかのような穏やかな表情をしていた。
「……エリーゼ。私がなぜ長年この屋敷に引きこもっていたか知っているか?」
「……お顔の傷のせいでは……」
「それもある。だが一番の理由は違う」
彼は私に向き直った。
「私はくだらない噂や偏見にうんざりしたのだ。彼らは私の傷の奥にあるものを見ようともせずただ怪物と決めつけた。そんな愚かな連中と言葉を交わすこと自体が時間の無駄だとそう思っていた」
彼は私のそばに歩み寄るとその大きな手で私の頬にそっと触れた。
「だが君が来て変わった。君は私の傷も世間の評判も何も気にせずただ私という人間を見てくれた。君の作る服は私の体の痛みだけでなく心の痛みさえも癒してくれたのだ」
彼の瞳は真剣な光を宿していた。
「今度は私が君を守る番だ。君の才能を君という人間をくだらない噂で傷つけようとする連中から私が君を守る」
彼は執事を通して王宮に一通の書状を送った。
それはクロムウェル公爵家主催の夜会の招待状だった。
何年も社交界から姿を消していた呪われた公爵が自ら夜会を開く。その報は王都中の貴族たちを驚かせた。
「エリーゼ」
彼は私に言った。
「夜会で君の最高傑作を披露する。そして君こそがこの国でいやこの大陸で最高の針子であることを私が証明してみせる」
それは宣戦布告だった。
噂や偏見という目に見えない怪物に対するたった二人だけの静かでしかし決然とした戦いの始まりだった。
2
あなたにおすすめの小説
「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました
黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。
古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。
一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。
追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。
愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!
追放された聖女は鬼将軍の愛に溺れて真実を掴む〜偽りの呪いを溶かす甘く激しい愛〜
有賀冬馬
恋愛
神託により「偽りの聖女」として国を追われ、誰も信じられなかった私――リュシア。でも、死を覚悟した荒野で、黒髪の美しい孤高の鬼将軍・辺境伯ディランに救われてから、すべてが変わった。
なぜか私にはだけは甘い彼。厳しいはずの彼の甘く優しい愛に包まれ、私は本当の自分を取り戻す。
そして明かされる真実。実は、神託こそが偽りだった。
神託を偽った者たちへの復讐も、愛も、全てが加速する。
地味子と蔑まれた私ですが、公爵様と結ばれることになりましたので、もうあなたに用はありません
有賀冬馬
恋愛
「君は何の役にも立たない」――そう言って、婚約者だった貴族青年アレクは、私を冷酷に切り捨てた。より美しく、華やかな令嬢と結婚するためだ。
絶望の淵に立たされた私を救ってくれたのは、帝国一の名家・レーヴェ家の公爵様。
地味子と蔑まれた私が、公爵様のエスコートで大舞踏会に現れた時、社交界は騒然。
そして、慌てて復縁を申し出るアレクに、私は……
聖女は聞いてしまった
夕景あき
ファンタジー
「道具に心は不要だ」
父である国王に、そう言われて育った聖女。
彼女の周囲には、彼女を心を持つ人間として扱う人は、ほとんどいなくなっていた。
聖女自身も、自分の心の動きを無視して、聖女という治癒道具になりきり何も考えず、言われた事をただやり、ただ生きているだけの日々を過ごしていた。
そんな日々が10年過ぎた後、勇者と賢者と魔法使いと共に聖女は魔王討伐の旅に出ることになる。
旅の中で心をとり戻し、勇者に恋をする聖女。
しかし、勇者の本音を聞いてしまった聖女は絶望するのだった·····。
ネガティブ思考系聖女の恋愛ストーリー!
※ハッピーエンドなので、安心してお読みください!
白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました
ふわふわ
恋愛
了解です。
では、アルファポリス女子読者向け・検索&読了率重視で、
物語の魅力が一目で伝わる【内容紹介】を書きます。
(本命タイトル想定ですが、他タイトルでも流用できます)
---
内容紹介
王太子の婚約者として完璧を求められ、
その「完璧すぎる」という理由で一方的に婚約破棄された令嬢ディアナ。
居場所を失った彼女が選んだのは、
冷徹と噂される公爵クロヴィスとの――
白い結婚だった。
それは愛のない、ただの契約。
互いに干渉せず、守るためだけの結婚のはずだった。
しかし、元婚約者である王太子の不正が明るみに出たとき、
ディアナは「守られる存在」でいることをやめ、
自ら断罪の場に立つことを選ぶ。
婚約破棄ざまぁの先に待っていたのは、
新しい恋でも、単なる復讐でもない。
「選ばれる人生」から、
「自分で選び続ける人生」へ――。
白い結婚を終え、
本当の意味で隣に立つことを選んだ二人が歩むのは、
静かで、確かな再生の物語。
ざまぁだけで終わらない、
大人の女性のための
婚約破棄×白い結婚×選び直し恋愛譚。
---
この次は
🏷 タグ(10〜15個・アルファポリス最適化)
✨ 冒頭キャッチコピー(1〜2行)
🔁 後日談・番外編用あらすじ
も用意できます。
次、どこを仕上げますか?
能ある妃は身分を隠す
赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。
言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。
全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
予言姫は最後に微笑む
あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。
二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる