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番外編

番外編9

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 目の前で繰り広げられる姉弟喧嘩を観覧しつつ、美味しいコーヒーとケーキをいただいた私は、この状況はいつになったら終わるのか、とか、オフィス戻って仕事したいな、とか益体もない事ばかり考えていると。

「分かりました。今度の日曜日に真唯と一緒に実家に行くから、その時に姉さんと過ごす時間を作りますよ。ただし、二時間までですからね」
「いいわよぉ、二時間あればアレやコレやできるもの。ついでに、うちの旦那も連れて行ってもいいわよね」
「……好きにしてください」

 なんか、私の事なのに私が置き去りにされたまま、勝手に貸し出しの約束してるんですけど。

 だいたい当初の目的は、秘書のおねえさまがたによる対一の口撃の事情聴取だった筈だ。ケーキもコーヒーもあらかた空っぽになったし、喧嘩まだ続いてるし、副社長我関せずだし、私の居る意味ないんじゃない?
 しかも私の許可なく勝手に交流会(なのか?)を許可しちゃてるし。確かに日曜日に蓮也さんの実家に行くって話になっているけども、それすらも蓮也さんが勝手に決めた話で、私は納得していない。

「蓮也さん」
「なに? 真唯」

 うっわぁ、めっちゃいい笑顔してるわぁ。この笑顔が凍りつく未来が脳裏をよぎり、一瞬言葉にしようか躊躇うものの、これだけは言っておかなければ。

「私と結婚するおつもりがあるんですよね?」
「勿論」
「だから、一年前に指輪を発注して、それを私にくれたんですよね?」
「うん、真唯に似合うだろうな、って色々考えてアレにしたんだよ」

 だろうね。今も私の左薬指を彩る指輪は、ぱっと見はシンプルだけど、存在感が半端ない。
 背後から「一年前からとか……奪う気満々だったんじゃあ」とか「これだから粘着執着男は……きもっ」とか、明らかに蓮也さんを罵倒する小声が聞こえるが、それはさておき。

「でしたら、私の事については、まず最初に私の意見を聞いてから返答してください。私はあなたの言う事を何でもハイハイと聞く人形じゃないんです。ちゃんと意思もあって、その上であなたを選んだんです。まだこれ以上私の意見を無視するのでしたら、この指輪もお返しいたし」
「それは駄目」

 正直私は静かに憤慨していたようだ。これまでの鬱憤が噴出したように次から次へと言葉があふれ、左の薬指に右の指をあてがった所で、蓮也さんの硬い声音と共に強く抱きしめられた。

「真唯がそんなに怒ってるなんて気付かなかった。確かに俺にとっては長期的な行動だけど、真唯にとっては青天の霹靂の速さだったのを忘れてた。まだ色々混乱の中にあるだろうに、前向きに俺との事を考えてくれた真唯を蔑ろにして……本当にごめん」

 ぎゅうぎゅうに抱きしめられながら、耳から直接消沈した謝罪が入ってくる。まあ、蓮也さんが浮かれてるのを分かってて、ほだされた私が居るのだが。
 でなきゃ、ホテルの時点で中出しなんてさせなかったし、睡姦とかもってのほかだから。これが蓮也さんでなかったら、確実に股間に蹴り入れて警察に駆け込んでいた筈だ。

(あぁ……、私、隙あらば逃げようとか思ってたけど、結局は最初から蓮也さんに惹かれてたんだなぁ)

 広くて包み込む胸の熱が心地よくて、うっとりと額を擦り付ける。甘えた仕草に気づいた蓮也さんは、もう一回「ごめんね、真唯」と囁きを落とし、私を更に強く抱きしめたのだった。

「えーと、割れ鍋に綴じ蓋な夫婦のお二人」
「まだ籍を入れてないので、夫婦ではありません」
「まあそれは置いといて、そろそろ本格的にさっきの話をしようか」

 副社長室でラブシーンを展開した私たちを、部屋の主が元の道へと誘導してくる。まだ夫婦ではない。さっき添付書類とか貰ってきたけど、婚姻届はまっさらだし、まだ私は『月宮真唯』である。
 確かに主目的を果たさな仕事に戻れない私は、蓮也さんの腕を軽く叩いて、ソファへと促す。小さく舌打ちする音が聞こえたけど、ええ、私は聞かなかった。事情聴取大事。
 そして、詩楽さんといえば、流石蓮也さんのお姉さんというべきか、にこにこと私たちを見ていたけども、一切嗜める言葉も態度もしなかったのである。

 さて、と副社長の前置きから始まり、私は事ここに至った経緯を話す。

「……つまりは、そもそもの発端は蓮也が悪いって事じゃない」

 憤然で腕を組み蓮也さんを見下ろす詩楽さんは、さながら女王様と思わず呼んでしまいそうな程の佇まいで。弟とはいえども三十代後半に差し掛かろうとしている男性に向かって「ないわー。ほんっきでないわー」と淡々と話している。美女が無表情でこき下ろすとか、こちらも怖いんですけど。

「……別に彼女たちと肉体関係があった訳じゃ」
「当たり前! あんた、こっちに出向したのって、真唯ちゃん目当てだったでしょ!」

 なーにを抜け抜けと、と三十代後半に……(以下略)の後頭部を思い切り、フルスイングで叩いてる詩楽さんだったけど、私はそっちよりも、彼女の放った言葉の方が気になり、彼が悶絶しているのすら見ていなかった。

「え……、私目当て……?」

 いや、まあ、蓮也さんが私と出会ったのって、専務就任前──彼が前の会社主催のセミナーで起こった出来事だったのだが。この会社に来た理由が私だなんて初耳なんですけど?
 蓮也さんは思い切り顔に「しまった」とデカデカ書いてあって、詩楽さんの発言が嘘ではないと悟る。これは二人きりになったら、問い詰め案件ですね。蓮也さん?

「それは後ほど蓮也さんから直に話を聞くので。ただ、不思議なんですよね。どうして私と蓮也さんがお付き合いしているのを彼女たちが知ったのか。だって、出社してから二時間も経ってないんですよ?」
「「「……」」」

 私はさっきの経緯を考えてた時に思いついた内容を零す。だって、確かに蓮也さんと一緒に出社はしたし、壁ドンもされたけども、廊下に居た人も犇めく程ではなかったし、オフィスから覗くといっても、彼女たちの居た秘書室はそもそも階数自体が違う。だから、どうして別階の彼女たちがすぐに行動できたのか。本当に謎だ。

「おい、蓮也。彼女のアレは素なのか?」
「真唯のアレは素だな。ていうか、真唯は自分が地味な人間だと思ってて、他者の視線に鈍感らしい。あれはあれで可愛いけども」
「惚気は結構よ、愚弟。あんた、彼女から目を離しちゃ駄目だからね。私に入ってきた報告だと、あの子目当ての男がわんさかいるみたいだから。ただ、恋人が居るって本人が宣言してたから、二の足踏んでる連中ばかりだけど」
「……姉さん。あとでその真唯にアプローチしてる人物のリストをお願いします」
「了解。お礼は高級和牛詰め合わせでいいわよ」
「あのう、お二人さん? うちの社員をいじめるのは止めてくれるかな。それ以前に取引禁止だから」
「皆さん。内緒話は本人の聞こえない所でしていただけませんか? というか、蓮也さん。私本当にモテませんよ? 詩楽さんが手にした情報も、ほぼフェイクばかりかと」
「「「……」」」

 いや、だってね。恋人がいるってのは公言してた。だって、元カレの執着酷かったし。あと、奢ってくれる、って何度も言われたんだけど、同僚にホイホイご相伴に預かる乗ってどうよ、って。行くなら割り勘。基本貯金に回してるから、行けても月一位よってのは話してあったけども。
 そうやってさりげなく拒否していく内にお誘いは減った。
 おかげでそこそこの貯金もできたから、あんな出来事があってもすぐに行動できるのだが。
 そんな私がモテるとかありえない。きっと蓮也さんは色眼鏡で私を見ているから、痘痕も靨なんだと思うのね。

「ま、まぁ、その月宮君の話はさておき。結局、秘書の娘さんたちがどうして二人の事を知ったかについてだけど……」

 場を仕切り直すように副社長の声が耳に届く。彼の声を聞きながらコーヒーを啜ったんだけど。む、すっかり冷めちゃってる。

「副社長、その前に飲み物の淹れ直した方がよろしいかと。きっと皆さんのも冷めちゃってると思うんですよね」
「あらやだ。私としたことが」

 慌てて立ち上がった詩楽さんが、再度香り高いコーヒーを淹れてくれて、その後話合ったのだが、結局全員の周知としては、要調査との事だった。
 そりゃそうだ。何故彼女たちが私たちの事や、私が食堂にいた事なんて知りえない情報だったんだから。
 あ、ちなみにうちの会社の昼休みは、基本十二時。しかし、チーフから上の職に就いてる人は、サポートをしなくちゃいけないので、普段は時間がまちまちだったりするのだ。

「なにはともあれ、そっちは任せた。真唯、今日は色々あったし、かなり早めだけど、僕のマンションに帰ろうか」

 蓮也さんが副社長と詩楽さんに告げ、同じ人物かと疑う蕩けそうな笑みを私に向けてそう言った。まだ出社してから二時間しか経ってないんですけど。

「大変申し訳ありませんが、専務」
「専務じゃなくて、蓮也でしょ。真唯?」
「では、蓮也さん。終業まで仕事するので、蓮也さんもお仕事に戻りましょう」
「え?」

 私が言う事を聞くとでも思っていたのか、目を見開く蓮也さんにはっきり言う。

「ただでさえこの件で私の仕事滞っているんですよね。それに、これだけの人がいれば、何かあっても対処できるので。だから仕事に戻ります」

 さっきは勝手にゲイ疑惑をなすりつけた同僚が、今必死に仕事してる筈だけど、やはり彼にばかり負担を掛けるのは申し訳ない。
 蓮也さんは「うーん」とか「でもなぁ」とか唸っていたけど。

「じゃあ、こうしましょう? 終業のチャイムが鳴ったら、残業せずに下のフロントで蓮也さんを待ってます。マンションに帰る云々は後ほど二人で話しませんか?」

 と、彼に向けて妥協案を提示してみた。
 一方的にこちらの要求ばかり押し付けるのもねぇ。社会人としてどうかなと思うし。

「流石にフロントは誰が侵入するか分からないから、僕が真唯の部署に迎えに行くから」

 にっこり笑うイケメン様に、私は苦いものとか酸っぱいものとか、渋いものとかを口に含んだ微妙な顔をするしかなかったのである。
 昼前の二の舞は勘弁して欲しい──
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