【完結】捨てられた侯爵令息は、王子に深い愛を注がれる

藍沢真啓/庚あき

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一章

発情

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 あの騒動から一ヶ月が経った。

 あの日、クヴァンツ大公率いる騎士団一行は、王城でいつものように働くスーヴェリア侯爵を捕縛。尋問にかけたところ最初は否定していたものの、『常世』を貴族に売買しているのを認めた。タウンハウスの書斎から大量の『常世』が発見、押収された。
 同時に母であるスーヴェリア侯爵夫人は長期に渡って『常世』を摂取していた為に心が壊れ、エミリオ救出後に騎士団が乗り込んだ時、同じく『常世』で狂った執事とまぐわっていた。医師の話では、ここまで脳が薬物に侵された状態では元に戻るのは難しいと診断され、他の依存者と同じく王国外れの辺境伯領にある保養所で命終わる時まで居ることになった。

 またファストス公爵を始めスーヴェリア侯爵と取引のあった貴族は一部の者は爵位を次代に譲り渡し、領地へと引っ込んでいった者もあれば、地位を取り上げられ保養所に入った者もいた。
 世間を騒がす薬物に兄であるファストス公爵が関与していたのが分かり、一部の高位貴族から王妃にも繋がりがあると疑われたが、彼女は公務以外は信頼おける人以外との接触がなかったのもあって疑いはすぐに晴れた。
 というのも、影の副長であるブランが、王妃についてる影の報告をしたのもある。
 影は王家主体で動く存在ではあるものの、彼らは王族として間違いを起こせば、秘密裏に処理する権限が与えられていた。
 これは高位貴族であれば皆既知している事実で、ブランの淡々とした報告について誰もが疑う声をあげる事はなかった。

 そして『常世』や『人狼』の原材料を作り、通常の献上品に紛れ込ませて送っていたスーヴェリアの祖父母は、息子である侯爵だけでなく自分達の命も孫のルドルフに脅かされ従うしかなかった。
 そもそも彼らは身内に脅され続けていた為、情状酌量の余地があるとして、邸の人事を一新した上で爵位をエミリオに譲り渡した後は、長年培った手腕を生涯王家に捧げると書面を交わし、今日もスーヴェリア領で薬草の手入れに余念がない。

 それから――

「『常世』と『人狼』は違う薬だったんですか?」

 麗らかな午後の空気を払拭するようにエミリオが疑問を口にすれば、「そのようだね」と、長い脚を組み優雅にお茶を飲み込んだフレデリクが静かに答えた。
 王城の一角、フレデリクの部屋は手入れの行き届いた庭が開けた窓越しに見え、洗練された調度品が邪魔にならないように配置されている。時折入ってくる緩やかな風がレースのカーテンをふわりと揺らし、甘やかで清々しい梔子の香りが舞い込んでいた。

 ルドルフに犯される一歩手前でフレデリクに救助されたエミリオは、数日間『常世』の後遺症でフレデリクの寝室から出ることは叶わなかった。というのも。

「ブランの解析によれば、基本的な材料は一緒のようなんだ。思考を麻痺させ本能を剥き出しにする効果っていうのはね。ただ『常世』は他国で流通している動物の性誘引物質が含まれる事によって、催淫剤としての役割が強かったようだ。ただし、この物質は酷く高価な代物でね、『人狼』にはそれが含まれていない為に、凶暴性が強くでてしまう作用があったみたいだね。……まあ、彼が本当に費用をケチって『人狼』の作成をさせていたかは知らないが……」
「そう……なんですね」

 エミリオは紅い湖面に映る自分の不安そうな顔を俯いて見ている。正直、フレデリクに助けてもらってから数日の出来事のせいで、未だに彼の顔を見るのを躊躇われた。

 あの日、少しの時間ではあったが『常世』の吸引をしてしまったエミリオは、フレデリクに抱き上げてもらった安心感から、本来の効果が発露してしまった。
 後孔の奥の子宮が雄を求めて疼き、蜜が隘路を濡らすだけでなく、溢れて下着までを汚した。初めての発情に動揺しきったエミリオは、自分の体がおかしくなったと泣きながら訴えた。
 それを知ったフレデリクはすぐさま王城の自室にある寝室へと飛び込み、侍医長を呼び寄せ診察をさせた。
 優しげな笑みを浮かべる侍医から告げられたのは、『常世』を飲み込んだ為に、本来持っている子宮の活動が呼び起こされたのではと。
 人には定期的に交接を行いたい欲が強くなるという。だがエミリオは長く自身の体質で悩み、その活動を押さえつけていたのが『常世』によって解放されたのでは、といった診断だった。
 エミリオの苦痛を解き放つには、体を重ねて滞った欲を満たすしかないと告げ、侍医は去ってしまった。

 侍医の言葉にフレデリクは頭を抱えた。だがベッドで悶え苦しむエミリオをこのままにしていい訳ではない。しばらく懊悩していたが、傍に控えていたブランが。

「普段はあれだけ『エミリオは~』『エミリオが~』と言っておきながら、ここで怖気づくとは、本当にヘタレですね。殿下」
「うるさい」
「折角侍医からの後押しがあるんです。上げ膳据え膳じゃあありませんか。ほら、ボク達は別室で待機しておきますし、人払いもこちらでやっておくので、心置きなくヤッちゃえばよろしいですよ」
「黙れ!」

 葛藤しているフレデリクを揶揄するようにブランが進言するのを、苛立ち紛れに傍にあった水差しを掴み投げつける。当然ながら影の副長まで上り詰めたブランに掠りもせず、壁に当たった水差しが甲高い音を立ててくだけ落ちた。

「貴様に何が分かる……!」
「分かりませんよ、殿下の悶々として狼狽えてる考えなぞ。なにせボクは感情を捨てた影ですから」
「……っ」
「というか、このままエミリオ様を放置する訳にはいかないでしょう。殿下が役立たずなようでしたら、別の人を連れてこなくてはいけません。エミリオ様を衰弱死させるおつもりですか?」
「だが……っ!」
「なんでしたら、ボクが殿下の代理をヤッてもいいですよ。ちゃんと付いてますし、曲がりなりにも王族の血を引いてますし」

 肩を竦めて明らかに挑発するブランの胸元を、激昂したフレデリクが締め上げる。

「誰がそんな事を許すか!」
「く……っ」
「殿下!」
「やかましい! 黙れ、ノアル!」

 持ち上げられて足先を空に泳がせるブランは、襟で喉が締まり息ができなくなる。
 それでもここで彼の尻を叩かなければ、ずっと苦しむのはエミリオなのだ。
 ブランは空中で脚を振り子のように揺らし、勢いのままにフレデリクの腹に蹴りを入れた。
 げほっ、ごほっ、と咳き込んだブランは、腹を抱えて蹲るフレデリクを一瞥して口を開く。

「そんなにボクがエミリオ様を抱くのが嫌なら、さっさと決断しろ! お前はこのままエミリオ様を殺すつもりか!」
「っ!」

 鞭のような鋭い叫びが、フレデリクの胸を抉る。

「早く決めろ。お前はエミリオ様を殺したいのか、愛したいのか」
「私は……」

 フレデリクは唇を噛み、そして身を翻して扉へと向かう。

「これからアレクシス王太子に話をしてくる。少なくて数日公務ができないと。それから、ブランにノアル。お前たちは私が呼ぶまで誰にもこの部屋に近づかせるな」
「……畏まりました。ただ、食事は必ず取ってください。内容については侍医と相談しておきます」

 先ほどまでの暴言が嘘のように、ブランは臣下の礼を取り告げる。慌ててノアルも同じように臣下の礼をして諾と言った。

 そこから約一週間程、時折休息を入れながらもフレデリクはエミリオをひたすら抱き続けた。
 長い間抱きたくて抱けなかった欲求が一気に爆発し、時折シーツ交換に来たブランが呆れかえるほどベッドでも浴室でも繋がった。
 最後のあたりは完全に薬が抜けたエミリオの記憶は鮮明に残り、自分の知らぬ所で結ばれた事実にどう目を合わせていいのか分からなくなっていたのだ。
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