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腐女子とバノフィーパイ①

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「ツンデレ魔法使いと溺愛料理人ですか。これ、魔法使いが受けですよね?」
「ええ、まあ……」

 長時間の会食や会合は控えるように、と国から大々的に忠告され、俺は涼さんの寝室にある書斎から編集さんとチャットで打ち合わせをしていた。
 今回の内容は、先日仕事を辞めると決意した時に浮かんだひとつの物語のプロット。
 自分を大事にしない魔法使いと、そんな彼を美味しい料理で癒し、優しい愛で包み込む小さな食堂を営むシェフの話。
 ほんのりとBLの匂いを漂わせつつ、異世界ラノベで主流のひとつになりつつある、飯テロを取り入れる予定。あとは、彼らの周囲の人々との交流も入れていければと考えている。
 大まかなキャラクター設定と、アウトラインを送ったら、すぐさま編集さんから連絡が来た次第。彼の行動の速さには脱帽ものだ。

「トータカ先生が、まさかBLもOKだとは思いませんでした。これ、このまま初稿まで進んでいただいてもいいですか?」
「え? 煮詰めなくてもいいんですか?」

 この編集さんとは、俺がWEBサイトで投稿している作品を書籍化した時からの付き合いだ。当時から色々キャラクターを掘り下げたりとか、曖昧な表現について頻繁に突っ込んでたりしていたから、正直驚きだ。

「表には出せませんけど、WEBと同じ形式でまずは最後まで書いて、それから煮詰めた方がトータカ先生の場合は良い作品になると分かってますので」

 貶されてるのか、褒められてるのか 微妙な担当さんの言葉に苦笑いしか出てこない。
 まあ、今のは彼なりに褒めてると思うことにしよう。厳しい彼にしては割と言い方は柔らかいのだし。

「ところで、トータカ先生はBL作品ってお読みになられたことは?」
「いや、ないですね。未知の世界すぎて、近寄りがたいってのもありますし」

 普通は男がBLを進んでは読まないだろうと、含みを持たせた言い方になってしまった。
 自分がゲイだから、かといってBLを読みたいって気持ちにはならない。あれはファンタジーだと思っている。
 普通は初回で前立腺刺激されてもあんなに感じることないし、すぐに快感拾ってなんてまずない。そもそも排泄器官を性器として使用するから、前準備が必要だし。異性でするのとは似たようで全く違う。
 よくマンガでは「生でして」とか受けが言ってるけど、そんなことしたら相手が尿道炎起こす。避妊具は必須なのだ。
 ちなみに、この家のクローゼットには、涼さんサイズの避妊具とアナル用のローションがいつの間にか箱で置いてあった。あれを見つけた時の驚愕は記憶に新しい。

「それなら、参考で当社から出ている作品をいくつか送らせていただきますね。マンガとかも読まれるなら、そちらも一緒に」

 編集さんは自分セレクトで送ると言ってくれたものの、やっぱり一度自分も本屋さんで手に取ってみるか、と打ち合わせをしながらそんなことを考えていた。
 行くならヲタクの聖地か腐女子の聖地のどっちかかな……


 電車を乗り継いでやってきたのは、ヲタクの聖地ではなく腐女子の聖地と言われている某所。初めてここに来たときは、そういった知識が全くなくて、ただ普通の賑やかな場所という位の認知度しかなかった。
 あ、アレは見た。某ふくろう。可愛くて何枚か写真撮った記憶がある。迷わない場所にあったし。
 まあ、駅構内はダンジョンだったけども。

「健一さん、それでこれからどこに?」

 案の定、隣には涼さんがいる。平日なのに。フシギダネー。

「最初に本屋に行くつもりだけど……涼さん、本当に店閉めて良かったのかな」

 平日イコール『KIDO』の営業時間。俺たちは迷宮のような駅構内を出て、ふくろうを横目に歩いてる。このご時世だからか、人通りはあるものの、歩きづらいってこともなく目的地に向かっていた。
 まあ、涼さんマスクしててもイケメンだから、さっきから女性とすれ違う度に振り返られてるけども。本人は全く気に留める様子がないっていうのも……俺的にはモヤる。

「元々常連しか来ませんし、その常連にも昨日の時点で今日は休みにするって言ってあるので、健一さんが気に病むことはありませんよ」
「でも……」

 別に電車に乗り間違えることもないし、本もそこまで買う予定もないし、なんなら宅配便という方法だって取れる。だから涼さんが同行しなくてもいいと、何度も言ったんだけども……

「せっかくの健一さんとのお出かけ機会を逃すわけないでしょ? 今日は買い物して、途中カフェで休憩しつつ、デートしましょうね」
「で、でぇと!?」

 涼さんが突拍子もないことを言うものだから、思わず声がひっくり返ってしまった。

「だって、オレと健一さんて恋人になったんですよ。デートと言わずして何て言うんです?」

 そうでしょ? と目で問いかける涼さんに、俺は顔を真っ赤にして小さく頷いていた。

 確かに告白してOKして、体も重ねた訳だから、お友達ではない。うん。でも、恋人という言葉が妙にくすぐったくて、はっきり涼さんの口から言われると照れてしまうのだ。

「それに、健一さんの書く作品に合うかなって思って、カフェに予約いれたんです」
「カフェ? 予約?」

 カフェに予約って、人気がありすぎて予約を入れないと、店自体に入れないとか? それか予約しないと食べれないメニューがあるとか?
 涼さんカフェを経営してるし、自分の勉強も兼ねてるのかもしれないな。

「……なんだかよく分からないけど、涼さんが選んだ店なら楽しみにしておく」
「ふふ。健一さんがオレを信頼してくれて、凄く嬉しいですよ」

 甘い笑みで甘い囁きなんて涼さんがしてくるから、まだこういうのに慣れない俺は、どう対応したらいいのか戸惑ってしまう。

「っ、も、もう、また俺をからかって、」
「からかってませんよ。オレの本心の言葉です」
「ぅ」

 ぐっと腕を引かれ、正面に立たされた俺は、涼さんからの視線に耐え切れない。思わず顎を引いて俯けば、涼さんの指が俺の顎を捉えクッと上を向けさせられる。

「オレ、ここで健一さんと恋人のキス、できますよ? さっきも言ったでしょ。大切で可愛い恋人の健一さんとデートしてるんです。オレだって浮かれているんですからね」

 まっすぐ俺に目を合わせ告げてくる涼さんの言葉は酷く真面目なもので、周囲から悲鳴のような声があちこちから聞こえるような気がしたけど、それはどこか遠くの……テレビの画面越しみたいで、俺はひたりと涼さんの視線に搦め取られたような気分になった。

「うん……実は俺も、ちょっとテンション上がってる」

 ボソボソと本音を告白すれば、笑み崩れる涼さんを見た周囲の人は、どよめきで存在をアピールしていた。

「あー、もう、可愛い。本屋は今度にして、家に帰ってベッドに縛り付けておきたい」
「いやいや、帰るなら、涼さん仕事しようよ。何のために臨時休業してるの」
「仕事したくないです。健一さんとベッドでイチャイチャを希望します」
「……それは大変困るので、夜にお願いしたい所存」
「じゃあ、夜にたっぷり愛し合いましょうね」

 周囲の目線を集めてるにも拘らず、俺しか見ていない涼さん。どうしてこうも居た堪れない気持ちになるのはなぜだろう……
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