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第一章「最初の一冊」
とあるメイドの備忘録1
しおりを挟む屋敷の直ぐ外、暗い森の中でキラキラ光る星と大きな月を見ながら、今日の事を思い返す。
最初は、本当に驚いた。屋敷内の掃除を終えて、魚を調理していたら、敷地内に誰かが入ってきた気がした。
あの時は何の確証もなかったけど、まさかドアを開けた先に彼が立っているなんて……。
凄く混乱したが、貰った10分を使って、メイド服や髪が乱れてないか、格好におかしな所はないか確認して、慣れない化粧なんかもしてみたけど、変には見えなかっただろうか?
彼が絶対に屋敷に来ることは知っていた。
ただし、知っていたのは彼が明後日に屋敷にいるという事だけで、どういった経緯になるかは予想がつかなかった。
それに、家族に挨拶へいった際の、鷲一様の反応を見た限り、とても彼が屋敷に行くことを許してくれるようには見えなかった。
どうやって説得したのかは分からないが、大したものだと思う。
どういった形であれ、久しぶりに会えて、本当に嬉しかったな。
いやダメだ、ダメだ! こんな風に考えるのは良くない。頭を振りながら、こんな深夜に屋敷の外に出てきた本来の目的を思い起こす。
「……始めますか」
瞳を閉じて、森の中へ意識を集中する。目的の物は直ぐに見つかった。私から見て、2時、10時、11時の方向。反応は3つだ。これぐらいなら手こずる事もないだろう。
「……ふっ!」
軽く息を吐き、地面を蹴る。まずは2時の方向。木と木の間をするりと移動しながら、どんどんと奥に進んでいく。
風を切る音が心地いい。横に伸びる枝や、木の幹を右に、左に走って避けながら、目的の場所まで一気に詰め寄る。
「……見つけた!」
黒いもやもやとした人影。人によっては、見ただけで化け物と叫んで逃げるようなそれに、一瞬で近付く。そこまで来てようやく、もやは私に気付くが、もう遅い!
拳を強く、硬く、木や岩ですら穿てるように変える!
走りの勢いそのままに、黒いもやの顔目掛けて、拳を突き出した。
――――パンッ!!!!
と大きな音が森に響いた。もやはその場で辺りに弾け飛び、その場で少しの間蠢いた後、やがて霧散した。
「……次」
それを確認する前に、既に体は動いている。残りは2つ。
(……場所は…………こちらに近付いて来ている?)
枝に手を掛け、その勢いを利用して、次々と上の枝に登っていく。天辺に着く頃には、残りの2つが視界に入っていた。
「……さて……」
目を細め、じっと観察する。憑かれているようだ。あれは、野犬か?
先ほどは人型だったが、次の黒いもやは形を変え、犬の頭に兜のような形で纏わり付いていた。
それはウーッ!と唸り声を上げながら、2体で辺りを見回している。私を探しているのだろう。
(……見付かる前に、さっさと終わらせましょう)
3階ぐらいの高さの木の天辺から、犬に向けて飛び降りる。
今度は踵を強く、硬く。踵落としの要領で、犬の頭に一撃を……。
直撃の瞬間、足を後ろに引き、犬の頭にあった黒いもやだけを掠めるように引き剥がして、地面で叩き潰す。
「ガウッ!」
着地した私目掛け、左からもう一体が飛び掛かってくる――――予想通りだ。
身を屈め、まるで深くお辞儀をするような体勢で攻撃を躱す。私の背後を右から左に通り過ぎようとする犬の頭を、右足を軸に左へ回転しながら、右手で掴む。犬は尚もバタバタと暴れようとするが、そのまま黒いもやだけを握り潰して、地面に下ろす。
念のため、犬が2匹とも息をしているのを確認する。よし、大丈夫そうだ。
メイド服の汚れを叩いて、身なりを整える。
「……はぁ」
思わずため息が漏れる。
「……北斎が居なくなったのに、何で私はこんなことを続けてるんでしょう?」
自分の身を守るだけなら、あの屋敷にいるだけで問題ない。相当危険な何かでない限り、あそこが破られる事はないだろう。まず間違いなく、この辺りで一番安全な場所だ。
今、倒したのだって、何か悪さが出来るレベルの物でもない。頑張れば、普通の人間だってどうにか出来るぐらいだ。
なのに、どうしてこんなことをしているのか……。
「……私が一緒にいれば、死なせずに済んだのでしょうか?」
月に向かって呟くが、答えは返ってこない。悩んだ所で、もうどうしようもない事は分かっている。だが、何度も考えてしまうのだ。
北斎が居なければ、私は今この場にいる事はなかっただろう。
そう思うと、胸がとても……とても苦しくなる。
信じます――――彼はそう言ってくれた。
私がどれだけ…………その言葉が、心の底から嬉しかったか。北斎にも聞かせてあげたかった。
彼は明日また来ると笑顔で言って、家に帰っていった。本当は良くないと分かっているのに、来るなとは私にはとても言えなかった。
「……だからこそ……」
私にはやる事がある。あれはしっかりと隠した。
本当なら全部、何処か遠くにやるか、燃やしてしまいたいくらいだが、北斎が守ろうとした物を勝手に外に持ち出したり、処分するなんて、私には絶対に出来ない。
後は私が何とかすれば……。拳を強く握り締め、決心を固める。
「……私が、南ぼっちゃまを守ります!」
静かになった森の中で、その言葉だけが強く響いた……。
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