69 / 79
番外編
1 幼少期 フィリクス視点
しおりを挟む
「―フィリクス」
優しい穏やかな声。
その声に顔を上げると美しい紫色の瞳と目が合った。
私に向けられるその瞳はいつだって優しかった。
私はランダルト王国の第一王子として生を受けた。
父はこの国の王で母は王妃。
正妃から生まれた、唯一の後継者。
さぞかし大事に育てられているのだろう、誰もがそう思うはずだ。
しかし私の幼少期の生活は、とてもじゃないがそう言えるものではなかった。
幼い頃の私は国王が住む本宮ではなく何故か母と共に南の離宮にいた。
使用人も数人しかおらず、内観も王妃と王子が住む宮殿とは思えないほど質素なものだった。
しかしそれでも、小さい頃はそんなこと別に気にしなかった。
贅沢な暮らしがしたいと思っていたわけでもなかったから。
だが、一つだけどうしても気にかかることがあった。
「――お母さま、お父さまはどこにいるんですか?」
それは、父親の存在だった。
私はこのとき、既に五歳にして父とは一度も会ったことがなかった。
離宮に飾ってあった肖像画のおかげで何とか顔だけは知っていたが、血の繋がった家族なのだから一度は会ってみたいと思っていた。
「……!」
私のその問いに、母の瞳が揺れた。
人前であまり感情を露にしない母が珍しく動揺しているようだ。
しかしすぐにいつもの慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべると私の頭を撫でて言った。
「お父さまはお仕事が忙しいみたいでなかなか来られないの」
「……」
嘘だったのだろう。
今ならそのことがよく分かる。
その言葉を聞いて寂しそうに俯いた私に母はこう言った。
「お父さまはいないけれどお母さまがずっと傍にいてあげるから、ね?それなら寂しくないでしょう?」
「はい!お母さま、ずっと僕の傍にいてください!」
母を心配させるまいと当時はそう言ったが、本音を言うと父親がいなくてどこか寂しいと思っていた。
そしてこの日から私は父親という存在に強い憧れを抱いて生きるようになった。
それからも相変わらず父は私の元へ来てくれなかったが、母は生まれてからずっと私にたくさんの愛情を注いでくれた。
「フィリクス!今日は一緒にお茶でもしましょう!」
「今日は天気が良いから散歩に行かない?」
「フィリクスの好きなお菓子を用意したわよ!たくさん食べていいからね!」
母はいつだって自分のことは後回しで私のことを一番に考えていた。
私もそんな母のことが大好きだった。
誰よりも優しくて頼れる母。
離宮での生活は悪いものではなかった。
たとえ王子としての扱いを受けられなくても母を始めとしたごくわずかな大切な人たちがいたから苦に思わなかった。
むしろこの時間がずっと続けばいいのにと思っていたほどだ。
しかし、その幸せは突然崩壊することとなってしまう。
六歳の頃、離宮に突然父親がやってきたのだ。今まで一度もここへは来なかったのに一体何なのだろうと思った。
そして父は淡々と使用人たちに命令を下し、私と母の拠点を本宮へと移させた。
その間父は私を一瞥しただけで優しい言葉をかけてくれることも無く、母に至っては一度も見ていなかった。
それから私は母と共に王宮へ移り、王子から王太子になった。
このときの私は幼すぎて全く理解が追い付いていなかった。
しかし、ようやく父と一緒に暮らせるのだと嬉しい気持ちもあった。
そんな私の期待は虚しい妄想に終わってしまうこととなるのだが。
今思えば、これこそが不幸の始まりだったのかもしれない。
もちろんそれにこのときの私が気付くことは無かった――
優しい穏やかな声。
その声に顔を上げると美しい紫色の瞳と目が合った。
私に向けられるその瞳はいつだって優しかった。
私はランダルト王国の第一王子として生を受けた。
父はこの国の王で母は王妃。
正妃から生まれた、唯一の後継者。
さぞかし大事に育てられているのだろう、誰もがそう思うはずだ。
しかし私の幼少期の生活は、とてもじゃないがそう言えるものではなかった。
幼い頃の私は国王が住む本宮ではなく何故か母と共に南の離宮にいた。
使用人も数人しかおらず、内観も王妃と王子が住む宮殿とは思えないほど質素なものだった。
しかしそれでも、小さい頃はそんなこと別に気にしなかった。
贅沢な暮らしがしたいと思っていたわけでもなかったから。
だが、一つだけどうしても気にかかることがあった。
「――お母さま、お父さまはどこにいるんですか?」
それは、父親の存在だった。
私はこのとき、既に五歳にして父とは一度も会ったことがなかった。
離宮に飾ってあった肖像画のおかげで何とか顔だけは知っていたが、血の繋がった家族なのだから一度は会ってみたいと思っていた。
「……!」
私のその問いに、母の瞳が揺れた。
人前であまり感情を露にしない母が珍しく動揺しているようだ。
しかしすぐにいつもの慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべると私の頭を撫でて言った。
「お父さまはお仕事が忙しいみたいでなかなか来られないの」
「……」
嘘だったのだろう。
今ならそのことがよく分かる。
その言葉を聞いて寂しそうに俯いた私に母はこう言った。
「お父さまはいないけれどお母さまがずっと傍にいてあげるから、ね?それなら寂しくないでしょう?」
「はい!お母さま、ずっと僕の傍にいてください!」
母を心配させるまいと当時はそう言ったが、本音を言うと父親がいなくてどこか寂しいと思っていた。
そしてこの日から私は父親という存在に強い憧れを抱いて生きるようになった。
それからも相変わらず父は私の元へ来てくれなかったが、母は生まれてからずっと私にたくさんの愛情を注いでくれた。
「フィリクス!今日は一緒にお茶でもしましょう!」
「今日は天気が良いから散歩に行かない?」
「フィリクスの好きなお菓子を用意したわよ!たくさん食べていいからね!」
母はいつだって自分のことは後回しで私のことを一番に考えていた。
私もそんな母のことが大好きだった。
誰よりも優しくて頼れる母。
離宮での生活は悪いものではなかった。
たとえ王子としての扱いを受けられなくても母を始めとしたごくわずかな大切な人たちがいたから苦に思わなかった。
むしろこの時間がずっと続けばいいのにと思っていたほどだ。
しかし、その幸せは突然崩壊することとなってしまう。
六歳の頃、離宮に突然父親がやってきたのだ。今まで一度もここへは来なかったのに一体何なのだろうと思った。
そして父は淡々と使用人たちに命令を下し、私と母の拠点を本宮へと移させた。
その間父は私を一瞥しただけで優しい言葉をかけてくれることも無く、母に至っては一度も見ていなかった。
それから私は母と共に王宮へ移り、王子から王太子になった。
このときの私は幼すぎて全く理解が追い付いていなかった。
しかし、ようやく父と一緒に暮らせるのだと嬉しい気持ちもあった。
そんな私の期待は虚しい妄想に終わってしまうこととなるのだが。
今思えば、これこそが不幸の始まりだったのかもしれない。
もちろんそれにこのときの私が気付くことは無かった――
87
あなたにおすすめの小説
幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。
いつもありがとうございます。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない
あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。
王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。
だがある日、
誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。
奇跡は、止まった。
城は動揺し、事実を隠し、
責任を聖女ひとりに押しつけようとする。
民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。
一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、
奇跡が失われる“その日”に備え、
治癒に頼らない世界を着々と整えていた。
聖女は象徴となり、城は主導権を失う。
奇跡に縋った者たちは、
何も奪われず、ただ立場を失った。
選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。
――これは、
聖女でも、英雄でもない
「悪役令嬢」が勝ち残る物語。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。
藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。
学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。
入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。
その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。
ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる