愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの

文字の大きさ
61 / 127
二章

似た者同士

しおりを挟む
しっかりとお互いの温もりを確かめ合った後、私は殿下に手を引かれて王宮の廊下を歩いていた。
彼が向かっているのは以前二人で過ごした殿下の部屋だ。


(私を自室に入れることに何の躊躇もないようね……)


本来ならば、いくら婚約者とはいえまだ結婚もしていない男女が密室で二人でいるというのはあまり良いことではない。
噂になったりでもしたら社交界で何を言われるか分からないからだ。
しかし、殿下はそんなこと気にも留めていないようだった。


少し前にそのことについて尋ねたところ、何か言ってくるやつがいたら俺が黙らせてやると強気な態度でそう言っていた。
私を守ってくれるということだ。


(まぁ、嬉しくなくはないけれど……)


私の手を引いて堂々と前を歩いている殿下の後ろ姿が頼もしくて仕方がない。
しばらくして、私たちは殿下の部屋へと到着した。


「セシリア、入れ」
「はい、ありがとうございます」


部屋に入った私はふぅと一息ついた。


(陛下に鉢合わせなくて良かった……)


もし国王陛下に偶然お会いしてしまったらどうしようという気持ちが無いことは無かった。
しかし、殿下がいるからか不思議とそれほど怖いとは感じなかった。


私は彼と部屋にあった椅子に向かい合って座った。


「セシリア、茶を用意させよう」
「ありがとうございます、殿下」


殿下は部屋の外にいた侍女にお茶の準備を命じた。
私の前に紅茶の注がれたティーカップが置かれた。


(とっても良い香りね……)


注がれたお茶を一口飲んだ私は、あることに気が付いた。


(あら?このお茶……私が一番好きなものじゃない)


「――気に入ったか?」
「殿下……」


ふと前にいた彼を見ると、口元に笑みを携えてこちらを見ていた。


「私が好きな……」
「ああ、以前淹れたとき一番よく飲んでいたからな」
「まさか、そのことを覚えていらしたんですか?」


王宮でこのお茶を飲んだのはたった一度きりだ。
それなのに、そんな些細なことを覚えていたというのか。


「言っただろう?俺はお前のことが好きだって。……好きな女のことをよく観察するのは、変か?」
「あっ、い、いえ!」


私だって前世ではよく殿下のことを観察していたものだ。
彼はあまり感情を顔に出さない人なのでまるで分からなかったが。


(殿下……私のこと……ちゃんと見てくれてたんだ……)


前世の自分の努力が報われたようで、何だか嬉しくなった。


「……殿下」
「どうした?」
「聞きたいことがあるんですけど、答えてくださいますか?」
「ああ、当然だろう?」


殿下はフッと微笑んで私の言葉を待った。
その美しすぎる笑みはずるい。
女ならば誰もが惚れてしまうものだから。


「……殿下の好きなものについて教えてください。前は答えてくださらなかったじゃないですか」
「……」


思いがけない質問だったのか、殿下は固まった。
私は前に一度彼にこの質問をしてはぐらかされたことがある。
結局、私は殿下のことを何も知れないままだったのだ。


(せっかく想い合う者同士になったのだから……私だって彼が何を好むのかを知りたい……)


今ならきっと彼は正直に答えてくれるような気がする。
しかし、殿下からの返答は私の予想を覆すものだった。


「……分からないんだ」
「……え?」


殿下は目を伏せてただそれだけ口にした。


「……俺は、自分が何が好きなのか知らないんだ……そんなの考えたことも無かったから……」
「……」
「父上も母上も、俺に興味を抱くような人ではなかった」
「殿下……」


そう言った殿下は酷く悲しそうだった。
殿下のこんなにも暗い顔は初めて見るかもしれない。


(社交界ではいつも品行方正な王子様……そして王宮も彼にとって決して居心地の良い場所ではなかった……)


この優しい人は今までどれほど辛い思いをして生きてきたのだろうか。
やはり彼は前世の私とよく似ている。


(彼も辛かったんだわ……)


何も私だけではなかったのだ。
前世であの暮らしをしていた頃、何故私を嫌うのかと殿下をたくさん恨んだ。
しかし、彼もおそらくは私と同じ気持ちで生きていたのだろう。


「……殿下」


立ち上がった私は、両手を広げて殿下を優しく抱き締めた。
彼は何も言わずにただ私の胸に抱き締められていた。


愚かにも、このときの私はこれ以外に彼を慰める方法が見つからなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

あなたの愛はもう要りません。

たろ
恋愛
15歳の時にニ歳年上のダイガットと結婚したビアンカ。 この結婚には愛などなかった。 16歳になったビアンカはできるだけ目立たないように学校でも侯爵家でも大人しくしていた。 侯爵家で肩身の狭い思いをしながらも行くところがないビアンカはできるだけ問題を起こさないように過ごすしかなかった。 でも夫であるダイガットには恋人がいた。 その恋人にちょっかいをかけられ、ビアンカは我慢の限界を超える。 そして学園を卒業さえすればさっさと離縁して外国で暮らす。 その目標だけを頼りになんとか今の暮らしに耐えていた。 そして、卒業を控え「離縁して欲しい」その言葉を何度となく夫に告げた。 ✴︎今回は短めの話を投稿していく予定です。 (作者の時間の都合により)

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

私を見ないあなたに大嫌いを告げるまで

木蓮
恋愛
ミリアベルの婚約者カシアスは初恋の令嬢を想い続けている。 彼女を愛しながらも自分も言うことを聞く都合の良い相手として扱うカシアスに心折れたミリアベルは自分を見ない彼に別れを告げた。 「今さらあなたが私をどう思っているかなんて知りたくもない」 婚約者を信じられなかった令嬢と大切な人を失ってやっと現実が見えた令息のお話。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

処理中です...