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二章
似た者同士
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しっかりとお互いの温もりを確かめ合った後、私は殿下に手を引かれて王宮の廊下を歩いていた。
彼が向かっているのは以前二人で過ごした殿下の部屋だ。
(私を自室に入れることに何の躊躇もないようね……)
本来ならば、いくら婚約者とはいえまだ結婚もしていない男女が密室で二人でいるというのはあまり良いことではない。
噂になったりでもしたら社交界で何を言われるか分からないからだ。
しかし、殿下はそんなこと気にも留めていないようだった。
少し前にそのことについて尋ねたところ、何か言ってくるやつがいたら俺が黙らせてやると強気な態度でそう言っていた。
私を守ってくれるということだ。
(まぁ、嬉しくなくはないけれど……)
私の手を引いて堂々と前を歩いている殿下の後ろ姿が頼もしくて仕方がない。
しばらくして、私たちは殿下の部屋へと到着した。
「セシリア、入れ」
「はい、ありがとうございます」
部屋に入った私はふぅと一息ついた。
(陛下に鉢合わせなくて良かった……)
もし国王陛下に偶然お会いしてしまったらどうしようという気持ちが無いことは無かった。
しかし、殿下がいるからか不思議とそれほど怖いとは感じなかった。
私は彼と部屋にあった椅子に向かい合って座った。
「セシリア、茶を用意させよう」
「ありがとうございます、殿下」
殿下は部屋の外にいた侍女にお茶の準備を命じた。
私の前に紅茶の注がれたティーカップが置かれた。
(とっても良い香りね……)
注がれたお茶を一口飲んだ私は、あることに気が付いた。
(あら?このお茶……私が一番好きなものじゃない)
「――気に入ったか?」
「殿下……」
ふと前にいた彼を見ると、口元に笑みを携えてこちらを見ていた。
「私が好きな……」
「ああ、以前淹れたとき一番よく飲んでいたからな」
「まさか、そのことを覚えていらしたんですか?」
王宮でこのお茶を飲んだのはたった一度きりだ。
それなのに、そんな些細なことを覚えていたというのか。
「言っただろう?俺はお前のことが好きだって。……好きな女のことをよく観察するのは、変か?」
「あっ、い、いえ!」
私だって前世ではよく殿下のことを観察していたものだ。
彼はあまり感情を顔に出さない人なのでまるで分からなかったが。
(殿下……私のこと……ちゃんと見てくれてたんだ……)
前世の自分の努力が報われたようで、何だか嬉しくなった。
「……殿下」
「どうした?」
「聞きたいことがあるんですけど、答えてくださいますか?」
「ああ、当然だろう?」
殿下はフッと微笑んで私の言葉を待った。
その美しすぎる笑みはずるい。
女ならば誰もが惚れてしまうものだから。
「……殿下の好きなものについて教えてください。前は答えてくださらなかったじゃないですか」
「……」
思いがけない質問だったのか、殿下は固まった。
私は前に一度彼にこの質問をしてはぐらかされたことがある。
結局、私は殿下のことを何も知れないままだったのだ。
(せっかく想い合う者同士になったのだから……私だって彼が何を好むのかを知りたい……)
今ならきっと彼は正直に答えてくれるような気がする。
しかし、殿下からの返答は私の予想を覆すものだった。
「……分からないんだ」
「……え?」
殿下は目を伏せてただそれだけ口にした。
「……俺は、自分が何が好きなのか知らないんだ……そんなの考えたことも無かったから……」
「……」
「父上も母上も、俺に興味を抱くような人ではなかった」
「殿下……」
そう言った殿下は酷く悲しそうだった。
殿下のこんなにも暗い顔は初めて見るかもしれない。
(社交界ではいつも品行方正な王子様……そして王宮も彼にとって決して居心地の良い場所ではなかった……)
この優しい人は今までどれほど辛い思いをして生きてきたのだろうか。
やはり彼は前世の私とよく似ている。
(彼も辛かったんだわ……)
何も私だけではなかったのだ。
前世であの暮らしをしていた頃、何故私を嫌うのかと殿下をたくさん恨んだ。
しかし、彼もおそらくは私と同じ気持ちで生きていたのだろう。
「……殿下」
立ち上がった私は、両手を広げて殿下を優しく抱き締めた。
彼は何も言わずにただ私の胸に抱き締められていた。
愚かにも、このときの私はこれ以外に彼を慰める方法が見つからなかった。
彼が向かっているのは以前二人で過ごした殿下の部屋だ。
(私を自室に入れることに何の躊躇もないようね……)
本来ならば、いくら婚約者とはいえまだ結婚もしていない男女が密室で二人でいるというのはあまり良いことではない。
噂になったりでもしたら社交界で何を言われるか分からないからだ。
しかし、殿下はそんなこと気にも留めていないようだった。
少し前にそのことについて尋ねたところ、何か言ってくるやつがいたら俺が黙らせてやると強気な態度でそう言っていた。
私を守ってくれるということだ。
(まぁ、嬉しくなくはないけれど……)
私の手を引いて堂々と前を歩いている殿下の後ろ姿が頼もしくて仕方がない。
しばらくして、私たちは殿下の部屋へと到着した。
「セシリア、入れ」
「はい、ありがとうございます」
部屋に入った私はふぅと一息ついた。
(陛下に鉢合わせなくて良かった……)
もし国王陛下に偶然お会いしてしまったらどうしようという気持ちが無いことは無かった。
しかし、殿下がいるからか不思議とそれほど怖いとは感じなかった。
私は彼と部屋にあった椅子に向かい合って座った。
「セシリア、茶を用意させよう」
「ありがとうございます、殿下」
殿下は部屋の外にいた侍女にお茶の準備を命じた。
私の前に紅茶の注がれたティーカップが置かれた。
(とっても良い香りね……)
注がれたお茶を一口飲んだ私は、あることに気が付いた。
(あら?このお茶……私が一番好きなものじゃない)
「――気に入ったか?」
「殿下……」
ふと前にいた彼を見ると、口元に笑みを携えてこちらを見ていた。
「私が好きな……」
「ああ、以前淹れたとき一番よく飲んでいたからな」
「まさか、そのことを覚えていらしたんですか?」
王宮でこのお茶を飲んだのはたった一度きりだ。
それなのに、そんな些細なことを覚えていたというのか。
「言っただろう?俺はお前のことが好きだって。……好きな女のことをよく観察するのは、変か?」
「あっ、い、いえ!」
私だって前世ではよく殿下のことを観察していたものだ。
彼はあまり感情を顔に出さない人なのでまるで分からなかったが。
(殿下……私のこと……ちゃんと見てくれてたんだ……)
前世の自分の努力が報われたようで、何だか嬉しくなった。
「……殿下」
「どうした?」
「聞きたいことがあるんですけど、答えてくださいますか?」
「ああ、当然だろう?」
殿下はフッと微笑んで私の言葉を待った。
その美しすぎる笑みはずるい。
女ならば誰もが惚れてしまうものだから。
「……殿下の好きなものについて教えてください。前は答えてくださらなかったじゃないですか」
「……」
思いがけない質問だったのか、殿下は固まった。
私は前に一度彼にこの質問をしてはぐらかされたことがある。
結局、私は殿下のことを何も知れないままだったのだ。
(せっかく想い合う者同士になったのだから……私だって彼が何を好むのかを知りたい……)
今ならきっと彼は正直に答えてくれるような気がする。
しかし、殿下からの返答は私の予想を覆すものだった。
「……分からないんだ」
「……え?」
殿下は目を伏せてただそれだけ口にした。
「……俺は、自分が何が好きなのか知らないんだ……そんなの考えたことも無かったから……」
「……」
「父上も母上も、俺に興味を抱くような人ではなかった」
「殿下……」
そう言った殿下は酷く悲しそうだった。
殿下のこんなにも暗い顔は初めて見るかもしれない。
(社交界ではいつも品行方正な王子様……そして王宮も彼にとって決して居心地の良い場所ではなかった……)
この優しい人は今までどれほど辛い思いをして生きてきたのだろうか。
やはり彼は前世の私とよく似ている。
(彼も辛かったんだわ……)
何も私だけではなかったのだ。
前世であの暮らしをしていた頃、何故私を嫌うのかと殿下をたくさん恨んだ。
しかし、彼もおそらくは私と同じ気持ちで生きていたのだろう。
「……殿下」
立ち上がった私は、両手を広げて殿下を優しく抱き締めた。
彼は何も言わずにただ私の胸に抱き締められていた。
愚かにも、このときの私はこれ以外に彼を慰める方法が見つからなかった。
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