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第二章
戻ってきた日常
しおりを挟む「……本当に、殿下も行くんですの?」
乗馬服に身を包んだエルシアは、馬上でいじわるな笑みを浮かべるクロードを睨みつける。
「勿論だ、約束だからな」
だが、そんなことは意に介さず。
彼はエルシアを抱き上げると自分の前に座らせた。
ギュッ
(……殿下の匂い)
トクントクン、トクン
久しぶりに間近で感じるクロード。
彼は、エルシアを後ろから力強く抱き締めると馬を走らせた。
ーー行き先は、王城の外れにある離宮。
話は、つい先程までに巻き戻る。
「アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ!」
パンパンパン
サリー夫人の手拍子に合わせて踊るエルシアは、足先指先までも意識した、見事な動きだ。
「エルシア様、だいぶ上達なさいましたね。もう、ダンスは合格と言って良いでしょう」
その言葉に、エルシアの顔が綻んだ。
「まぁ。ありがとうございます、サリー夫人」
ーー最近までは、また授業を受ける事なんて考えられなかったわ
エルシアは思い出す。
クロードが黒死麦に倒れ。
国外追放となったマリーは、サンマリア国に入った途端に行方知れずになったと言う。
そして、エルシア達が協力して逃がした、カナはナタリーと名前を変えることとなった。
今は老夫妻の養女として、先進国の学園に通っていると弟のカイン経由で連絡があった時はエルシアも安堵したものだ。
(……でも、全てが順調とはいかないわよね)
そうなのだ。
端的に言って、療養中のクロードからの求婚がすごい。
『大好きだ、結婚してくれ。エルシア』と『愛してる、結婚しよう。エルシア』を毎日、五十回近く聞いている気がする。
黒死麦の件から、更に過保護になったケインが常にクロードの側にいるから、余計に恥ずかしい。
無論、エルシアも彼を好いているし、いずれ結婚したいとは思っている。
だが、王太子妃教育も極めたい。
それに何より、まだサンマリア国と小麦の交渉が終わっていないと聞く。
今は、国内産の備蓄を取り崩している状態だ。
エルシアとしては、期間限定とは言え安定的な輸入が確約されてからの方がいいと思うのだ。
(……殿下は、あの噂話を気にして下さってるんだろうけど)
誰もエルシアに面と向かっては言わないが、クロードと一夜を共にしたという話は城中の者が知っているみたいである。
エルシアの為にも結婚を急いだ方がいいと言うのが、皆の総意のようであった。
(誤解なのに、誰も信じて下さらないものね)
ふぅ。
エルシアは大きな溜め息をつく。
ケインから聞いた話だと、両陛下までも結婚式の話で盛り上がっていると言う。
ーー結婚したくないわけではない
だが、まだ覚悟が足りないと言うのが本音だ。
はぁぁ~~~。
今度は更に大きな溜め息が出た。
帰り支度をしていたサリー夫人が、こちらを振り向く。
「どうかされましたか? エルシア様」
「ああ、ごめんなさい。最近、少し悩むことがあって」
慌てて誤魔化すエルシアに、サリー夫人はシタリ顔で頷いた。
「まぁ。それはきっと、マリッジブルーですよ。皆が通る道ですから心配いりません」
(サリー夫人も、もうじき結婚だと思ってるのね)
諦めに似た表情でいるエルシア。
それを見たサリー夫人は、深刻な物なのかと心配になった。
「エルシア様、少し気分転換をするのも良いかもしれません」
王太子妃教育にも一区切りついたことだし、城の外れにある離宮で1日くらいゆっくり過ごしたらどうか。
その提案にエルシアの目は輝いた。
「まぁ! とっても楽しそう」
こうして、サリー夫人の勧めを受けたエルシアは、離宮行きの許可を取りにクロードの元を訪れることにしたのであった。
★
クロードの自室にて。
ピッタリと貼り付くように、側を離れないケインをクロードは鬱陶しそうに見る。
「……ケイン、近い」
「我慢して下さい、としか言えません。自業自得です」
黒死麦の件以来、大目玉を食らったクロードはケインに大きく出られない。
ーーだが正直、男同士でこの距離は辛い
エルシアに求婚しても上手くいかないのは、絶対コイツの存在もあると思う。
「……殿下のお気持ちは分かります。ですが昨日、奇妙な贈り物が届いたばかりではありませんか。我慢して下さい」
その言葉にクロードは、あの宝石箱の中身を思い出して吐き気がする。
「そうだな。恐らくゾフィア王女の付け爪だ。見たことがある」
ケースの中身は人の小指と、マニキュアの塗られた付け爪だったのだ。
無論、クロードへの贈り物は全て検閲を通って来ているハズ。
それなのに、あんなものが紛れ込んでいたのだから不気味である。
「けれど、指は王女の物ではありませんね。それなら、もっと手入れがされている筈です」
「……一体、何がしたいんだろうな」
クロードは訳が分からない。
両陛下に報告し、今は箝口令を引き調査中。
王妃陛下が実物を見て卒倒したため、エルシアには知らせていない。
だが、サンマリア国とは揉めている最中だ。
何か意図があるんだろう。
「一説によければ、東洋の花街では娼婦が客に本気を見せるために小指を贈るそうですよ」
ケインも難しい顔で言う。
彼は文献を調べて初めて知った事だが、恐ろしい風習だ。
ーーゾフィア王女が殿下に好意があることは有名だから、尚更。
コンコン
深刻に話し込む二人に、来客が現れる。
それは、嬉しそうに離宮へ行く許可を取りに来た、何も知らないエルシアだった。
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