S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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廻り合い、交差

第百四十 話 王立騎士団(前編)

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偶然出会った男、ラウルに鍛錬を行ってもらい数週間が過ぎた頃、騎士団に関する授業を迎える。

「騎士団の授業って一体何をするんだろうね?」

遠征時にヤンセンから話には聞いていたが詳細までは知らない。

「あん時言ってたろ?騎士団に関する情報や勧誘だって。 まぁどうせ冒険者になる俺たちにはあんま関係ないって」

レインとそんな会話をしながら集合場所まで向かった。

そうして騎士団の授業を受けるために訪れたのは王都の外。
外には既に学生達が多く集まっており、その中にモニカとエレナの姿を見かけたので合流するのはいつもの通り。

「おはよう」
「おはようございます」

エレナともいつも通り話が出来たことで内心ではホッとする。
物見塔に行った後どこか気恥ずかしさを覚えていたのはお互い様ではあるのだが、お互い改めて掘り返してまでその時の事を話すことはできずに普段通りを装っていた。

「ん?」

そこで視線を感じて周囲を軽く見渡すのだが、周囲にはヨハン達と同じようにして集まっている学生達が多くいるので視線の主がわからない。

「んー?」
「どうかしましたか?」
「ううん。なんでもないよ」

ざわざわと学生たちが話している中なので気のせいかと思い前を向いたところでシェバンニと共に二十人程度の騎士が姿を現す。

「あれが騎士団かー」
「へぇ、普通の兵士と違ってなんかかっこいいねぇ」

などと学生達の声とともにいつもと違う雰囲気になり、途端に学生達は静まり返った。
騎士の動きを目で追い、どこか緊張感が伴った空気。
そこから学生達の前に向かって歩いて来たのは一際豪華な鎧を身に付けた男。
後ろには十数人の騎士を従えている。

その身なりだけで立場は他の騎士達と大きく違うのだということはわかる。

前に立った男は騎士団大隊長であるアマルガス・ウルスライン。

「あれ?」
「ん?」
「あの人って……」

アマルガス大隊長の後ろの騎士の中に見知った顔を見付け、レインも反応を示して覗き込んだ。

「あっ、スフィアさんじゃんかよ」

スフィアの姿も騎士の中にある。
スフィアもヨハン達がいることに気付いて目が合うと小さく微笑まれた。

スフィア含め他の騎士達はこの場に学校の先輩として呼ばれており、アスタロッテ含め他の小隊員は他の業務に当たっている為に不在である。

「さて――」

アマルガスが前方に置かれた台の上に登り、学生達をひとしきり見渡し口を開いた。

「えー、今日私たちは君たちにここシグラム王国の騎士団における役割などを伝えるために来た。私は騎士団の大隊長を務めるアマルガス・ウルスラインだ。よろしく」

アマルガスが挨拶をすると学生達がざわざわとにわかに騒ぎ始める。

「お、おい、アマルガス大隊長っていやぁ」
「ああ。英雄オズガーの跡を継いで大隊長になったっていう……」

大隊長を務めるアマルガス・ウルスラインといえばこのシグラム王国では有名人。
統率力と強さにカリスマ性はオズガー・マクシミリオンの方が上回るのだが、そのオズガーの右腕として共にその名を馳せていた。

過去幾度もの戦場をオズガーたちと共に潜り抜け、多くの魔物の討伐を行ってきている。

「(……この威厳を本部でも見せればいいのに)」

学生達の前で堂々とした佇まいを見せるアマルガスの様子を後ろから見て小さく溜め息を吐くのはスフィア。

「(まぁさすがに学生達相手ですものね)」

騎士団本部でオズガーや騎士団長達の前に居る時のアマルガスは控えめにしており、今よりも遥かに威厳が見られない。むしろ気心が知れたアーサー達他の中隊長といる時の方がよっぽど落ち着く様子であった。

「……さて、騎士団についてはある程度は授業でも習っていていくらか重複することは復習のつもりで聞いておいてくれ。それと、話をする前に先に紹介しておく」

アマルガスは学生達に見えるように身体を横にして後ろにいる騎士達に腕を伸ばした。

「後ろにいる彼ら彼女らは君たちの先輩達だ」

アマルガスがスフィアを含めた騎士達に手を向けるが騎士達は身じろぎ一つしない。

「このような形で彼等に今日来てもらったのは、こういった先輩たちもいるのだと思って将来の選択肢として考えて欲しいからだ」

笑みを浮かべて再び学生達を正面に捉えたアマルガスはそれから騎士団についての概要を話す。
騎士団の構成や主要任務といった授業とそれ程変わらない程度に似通った内容であり、時折レインは欠伸を小さくかいている程。

何故冒険者学校に通う子どもに向かって授業を行うか。
騎士団は王国を守るために存在し、蔓延る魔物の脅威を取り除く。それに関しては基本的に冒険者も同様なのだが、大きく違いがあるのは王国ひいては王国民に対する愛国心も含まれる。

他にも他国からの侵攻に関する備えもあるのだが、現在近隣諸国との戦争は勿論諍いもない。
しかしいつ戦争が起きるとも限らない中での備えも必要。

そして日常的な治安維持といったことや昇進に関すること。
特に特筆すべきは、国に利する功績を上げれば平民でも貴族としての爵位である騎士爵を賜れる。

そうしてアマルガスがある程度の説明を終えた頃、全体を見渡すと一人の学生がおずおずと手を挙げた。

「あの?」
「どうした?」

手を挙げた学生に視線が集まる。

「すいません。一つ質問をよろしいでしょうか?」
「ああ。構わないよ。言ってみなさい」
「あの、王国を守るために騎士団が存在するのはわかるのですが、それがどうして僕たちに関係するのでしょうか?」

率直な質問を向ける。学生が疑問に思うのは尤も。
他の学生達も同じ疑問を抱いて同調するようにして視線をアマルガスに向けた。

「……ふむ。至極真っ当な質問だな。だが、この類の質問は毎年出ていてだな。その度にこう返している。『我が王立騎士団は有望な人材を欲している』とな」

アマルガスは全体を見渡しながらこの質問を想定していたのでそのまま言葉を続ける。

「さて、ここからが本題だ。単刀直入に言おう」

何を言われるのかと、学生達は疑問符を浮かべた。

「君たちはまだ若い。将来の選択肢が冒険者一択というのもおかしな話だろう?」

一体どういうことなのだろうかと学生達はアマルガスの言葉を待つ。

「我々騎士団のメリットを説明して共感すれば騎士団を選択してくれればいい。ただそれだけの話だ」

アマルガスがチラリと視線をシェバンニ向け小さく笑った。
いつものこととはいえ、ここまで育てた学生達を横からかっさらうようなことをするのは毎年のやり取り。

「それに――」

そのまま後ろにいる騎士達に手を向けた。
シェバンニが苦笑いをしているのは、スフィアの話を既に伝え聞いている。

「騎士団に入れば給与の安定はもちろんだが、功績如何によっては昇進もすぐに行う。我らは実績評価が基本にある。事実、今年入団したスフィアのことはお前たちの中でも知っている者もいるだろう」

スフィアの名前が呼ばれた事でスフィアは一歩前に出て小さく首肯する。
ヨハン達同学年の中でも一学年時学生代表をしていたスフィアに憧れを抱いていた者は少なくはない。

「(はぁ。いいように使われてるわね)」

仕方ないかと思えば仕方ない。
スフィアは内心で大きく溜め息を吐いた。

スフィアに向けられた視線がアマルガスに戻ると同時にアマルガスが口を開く。

「彼女は最近小隊長に昇進した。卒業してから入団してすぐに、だ。異例中の異例のことではあるのだが、そういったことも可能だ」

その言葉を聞いた学生達はざわつき始める。

「おい、いきなり小隊長だなんて凄くないか!?」
「ばっか、スフィアさんだからできたんだっての! 噂じゃスフィアさん近衛隊長の娘だって話じゃないかよ」
「……マジか」

あちこちから声が聞こえてきた。
スフィアの小隊長の件に関しては確かに疑問に思っていた部分もある。

「で? 実際のところはどうなのエレナさん?」

レインが隣にいるエレナに問い掛けた。

「詳しくは内部情報なので知りませんが、スフィアがジャンさんの娘だから小隊長に取り立てて貰ったということはありませんわ」
「まぁそりゃそうだよな」

それが表立ってわかればスフィアはそれを断っていることはエレナを始め皆知っている。

「つまり、それだけの功績をスフィアさんは早速立てたってことだね」
「みたいね」

ヨハン達はヨハン達で独自の見解を示した。

「静かになさい。屋外とはいえ授業中ですよ!」

そこでパンパンと手を叩く音が響くのはシェバンニ。
シェバンニが口を開いた途端に学生達はすぐさま口を閉じる。

「ではアマルガスさん。続きをどうぞ」
「ハハハ、申し訳ありません」

「まったく、白々しい」

シェバンニが小さく呟く中、アマルガスは再び学生達に向き直り口を開いた。

「どうやらいくらか疑問が出ているようだが、これは別に不当な行為の結果ではなく正当な評価の結果だ。もちろんそれに見合うだけの成果を上げたということではあるのだがね。それとだ。ただまぁ確かに収入は安定しているとはいえ、高ランクの冒険者ともなれば騎士団に居るよりも遥かに上回る収入があるのも事実。ただ、私見で申し訳ないがこれは私にとって大事なことで、何より愛国心。これに尽きる。私はこの国とこの国の民が好きなのだ。それを守れる立場にあるということを誇りに思っている」

アマルガスが独特の緩急を付けながら口上を述べると、何人かの学生は惹かれるものがあり、食い入るようにその言葉を聞いている。

「(フム。大体こんなものか……。これでまた騎士を目指す者もいるだろうな)」

その様子を見てアマルガスは手応えを得ており、事実授業が持つ意味はここにあった。

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