元男子高校生が貴族の令嬢に転生しましたが…どうやら生まれた性別を間違えたようです

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11話

ミランダ

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「そういや、ダグラスは婚約破棄を言い渡したりしなかったんだな」

 昼間の仕事部屋にて、書類仕事に精を出す私の傍らで、のんびりソファに寝そべるファントムは、最近の天気の話でもするような気軽さで話を振ってきた。
 今は自分の起こした事業についての案を読んでいただけで、それ程緊張感のある状況でもなかったため、私も書類に目を通しながら答える。

 ケインの不貞に対するお仕置きと称したあの夜から数日経っていた。
 私とケインの間柄は特に変化はなかったけれども、そういえば、あの日からヤケに甘えるようなってきたわね…と、ふと思ったが、その程度である。
 しかし、私達の関係を目の当たりにしたダグラス兄さまからは何の音沙汰もない。

 私達の濃厚な交わりを目にしていながら怒りも見せず、「俺を捨てないでくれ」…なんて言いながら取り縋ってきた時には、気でも狂ったのかと彼の精神状況を疑った。しかも、一瞬のスキを突いて私の下半身を取り押さえるものの、必死になって奉仕する姿には恐怖すら感じていた。

 …あの時のダグラス兄さまが正気だったのかは…イマイチ自信が持てないまま、向こうから何かしらの要望があるだろうと思っていたので、こちらからは何のアクションも起こさずに静観を続けていた。

「ええ…家に帰って気持ちが落ち着けば、当然何らかの申し出があるものだと思っていたけどね…。何も言ってこないわね。
 仕事が忙しいというのもあるでしょうけども……」

 非のあるこちらから言うことではないと思うので、私はダグラス兄さまの出方次第で、どうとでもしようと思った。
 しかし、これだけ音沙汰もないのは不気味でしかない。

「……まあ、今はこうして過ごしながら、婚約破棄されるのを待っている他ないわね」

 書類をめくっていた手を止めて、傍らに入れられていたお茶を飲み干した。
 知らない内に随分喉が乾いていたらしい。

「お前、一生結婚しないであの弟と暮らしていく気なのか? 
 割と最近まで、思い切れずにグダグダ悩んでた癖に」

「そうね、あの頃は…ダグラス兄さまとの縁談を進められていた時は、ちょっと…柄にもなく思いつめていたかもしれないわね。
 でも…あの引きこもっていたケインが、捨て身になってまで他人を陥れて私を嵌めるなんて……そう思ったらあの時、吹っ切れちゃったのよ。
 “何を捨てても、この子と離れることなんてできないじゃないか”ってね…」

 喉を潤したためか、思わず言わなくても良いことまで口が滑ってしまう。あの時の…ケインに貫かれた時の衝動を思い出して、知らずの内に気分が高揚してしまっていたのだろうか。

 ファントムは、音もなく私の傍らに忍び寄り、何の感情も読み取れない無表情に無造作な動きで私の顎をクイと持ち上げると、

「おまえは本当に強欲で…強かだな。
 ダグラスがこのまま婚約を継続しても、ケインとの関係も続けるつもりなんだろ?
 寧ろ、あいつも巻き込んでもいいと思ってる。
 地位も家柄も申し分なく、…お前を裏切る恐れののないあいつは、良い壁になるからな」

 一瞬ニヤリと口角を上げた笑いを浮かべ、上を向かされて薄く開いた唇に、口づけを落とした。
 そして、ヌルリと舌を差し込むと……私の口の中に、今では慣れてしまった苦味が広がった。

「うぇ…。それ、不味すぎ…。もう少し何とかならないわけ?」

 何度口に含んでも慣れることのない薬の味は、かつて前世で飲んだ漢方薬の風味に似て、その何倍もの苦味と仄かな甘味、鼻につく刺激臭がマリアージュした最悪のモノだった。
 しかし、そんな薬を口移ししてきた男は、自分一人で何食わぬ顔をして、ケロッとしているから恐ろしい。

「いつまでも文句を言うな。いい加減慣れろ。まだ腹ボテになる訳にはいかないだろうが」

「ていうか、毎回毎回、何で貴方の口移しで避妊薬飲まされないといけないのよ。普通に渡しなさいよ」

 私は傍らに置いてある水置きからグラスに水を取り、波なみ一杯飲み干した。

「これは、俺たち一族が秘蔵している薬の一つなんでな。雇い主とはいえ、おいそれと渡せないんだよ」

 水を飲んでもなお残る苦味に顔を顰めていると、そんな私を見下ろしながら、なにげにドヤな顔をして言い放つ部下にイラッとする。

「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。
 先祖代々この薬を伝えてきた貴方の一族全員が、毎回毎回相手に口移しで飲ませるなんて馬鹿なマネしてるわけないでしょうが」

 盛大に顔をしかめて睨みつけながら言うと、ファントムは「ふふん」と鼻を鳴らして微笑みを浮かべ、流し目をするように横目で私を見つめてきた。

 嫌な予感しかしない。

「そりゃそうだろ。 そんな事するわけないだろ、普通。
 ただ……色々身を粉にして尽くしてるんだから、こんなご褒美があったっていいと思わないか?」

 そう言ってもう一度顔を近づけ様としてきたので、私は書類でその顔を遮ると、スッと席を立つ。

「相変わらずご主人さまは手厳しい」

 大して残念でも何でも無さそうな、平坦な声を聞きながら、私は黙って戸棚に置いてある甘いキャンディを口に入れた。

 侯爵家が後ろ盾となっているお抱え商店から送られてきた、最近流行りの甘みを抑えたキャンディは、どこか懐かしい果物の味がして、コロコロと滑らかな動きで口の中を転がった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「ケインは、お父様の何なのですか?」

  書斎のソファでお茶を飲みながら、私はゆっくり尋ねた。
  お父様は、「いつか聞かれるだろうと思っていた」と前置きすると、変わらない表情のまま手を組み替える。

「正直、ハッキリと証明はできなかったが…クロイツェンの血族であることだけが明確になっている。
 それで、…お前はファントムを使ってどこまで知り得た?」

  予想した通りの答えが返ってきたけれども、その父の落ち着いた静かな様子に、私は不意に息を詰めた。

「お父様…もしくは亡くなった伯父様の子である可能性があるけれども、どちらの血筋であるかは、判別不能。
 そして……母君はおじい様の娘である。それだけですわ」

「そうだ。メイドだったアレの母親は、私の父…お前の祖父が当時のメイドに手を付けて生まれた。
 何処の家でもありふれている、身分の高い男の戯れのようなもので、妾ですらない関係だったという。
 そしてその女が産んだ娘は当家で引き取られ、母親が去った後にそのまま後を継ぐかのようにメイドとなった。
 親族だという男もいるにはいたが、あの頃は他国にいたため引き取る事ができなかったらしいので、結局当家にい続けたのだ」

 わかっていた話だとはいえ、何度聞いてもこの手の話は胸が悪くなる程腹立たしい。
 侯爵の身分を持つ祖父に逆らえるメイドなどいないだろうし、それでなくても祖父の代での身分差というものは、現代よりも更に厳しい階級差別がまかり通っていた時代である。
 妾扱いして邸宅でももらえれば、メイドにとっては玉の輿に乗ったと世間では言われる位である。
 私にとっては孫バカなきらいのある、好々爺然とした祖父であったが、その所業だけは受け入れられなかった。

 しかし、今は過去の出来事として冷静に受け入れて、父の話を遮らずに耳を傾け続け…

「その後、父の跡を継ぐ前だった兄が、父のお手つきの娘とは知らずに手を出し……、その女…メアリーは私とも関係を持った。
 言い訳をさせてもらえば、私は当時それなりに真剣に思っていたよ、兄とも関係を持っていたと知らずにな」

「立場の弱い女性を、兄弟揃って弄ぶとは、ひどいなさりようですわね」

 男たちの身勝手さに嫌悪感で眉を顰めるが、父はそんな私を一瞬意外そうに見ただけで、何も言わなかった。

 結局、ケインの母君であるメアリー様は、面倒を見てくれている家の長男である伯父に強引に言い寄られ、その救いを父に求めたと、報告からは聞いていたのだが…。
 当事者である父が、メアリー様に弄ばれたという印象を持っているのが不思議だったけれども。
 父は何も言わずに、ただほんの少し居心地が悪そうに身動ぎをすると、すぐにいつも通りの冷静な態度を取り戻した。

 ひょっとしたら、メアリー様ご自身が、お祖父様の子であるとご自覚されていなかった可能性もある。

 祖母君も早々に亡くなられ、メイドの一人として扱われたと言うのなら、周囲から侯爵の子であると、敢えて教えられてなかったのではないだろうか。

 本当なら、妾腹とは言え侯爵家の一族として何不自由無い暮らしを約束されたはずだったのに。
 ただ、それらはすでに過去のことであり、父以外の関係者は既に他界しているので、それらは既に想像の域を出ない。
 当時の使用人たちに根掘り葉掘り聞いた所で、誰も浮かばれない話である。

「結局、あの子が私の従弟であるか弟であるか…当事者であるお父様にお尋ねしても、判明いたしませんのね」

 この世界にDNA診断はないし……ふと前世の記憶が頭をよぎったが、ここでそれを言っても何にもならないことはわかっていた。

「そうだな。だが、どちらにしても兄妹の間で生まれた禁忌の子でもある。
 それ故に、アレを外には出せない」

「伯父様の子…というのも外で攫われて親戚連中にいいようにされかねませんしね…。
 だから、ご自分の子としてお引き取りになったのでしょう?
 我が家の醜聞を隠し、お母様のメアリー様と同様に、その子であるケインを囲い込むために。
 兄と弟が妹を奪い合って、わが子でも甥でもある子供を一生飼い殺しですか。
 …本当に、皆様自分勝手でいらっしゃること」

 思わず出たセリフであったが、思いの外強い口調になってしまったらしい。

 そんな資格、私にはないのに。

「…私を責めているのか?」

 私の強い口調に責められていると感じたのか、常に沈着冷静な父らしくない弱い口調で問われてクスッと笑みを返す。
 眉を顰めていた私が急に微笑みを見せたので、父はその真意を見極めるように目を眇めた。

「いいえ。私、これで安心しましたの。
 私にもこの一族の血が流れている…と」

  一族の…しかも親しい親族の醜聞を明かされているはずなのに、笑顔で言葉を返す娘を訝しみ、無言で「どういうことだ?」と言葉の続きを促される。

 なので、私は深い笑みを浮かべて答えてやった。

「私が、伯父様やお父様と同じことをしでかしても、お父様だけは私を責める権利などないのですね」と。
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