更科と森之助 ~信州一と謳われた女傑と勇者の伝説~

相木鹿之介

文字の大きさ
23 / 28
第三部 更科橋  ~涙の森~

第二十二章 落日の高天神城

しおりを挟む
高天神城内

「まだ、御屋形様(勝頼)から返事は来ぬか?」岡部元信 高天神城の城主である。

先の長篠の戦で大敗を期した武田軍は織田・徳川勢に押し込まれていた。
この高天神城は元々、徳川の城を武田軍が落とした城であった。今は四方八方を徳川に囲まれている。そして、勝頼は、再三の援軍要請が岡部元信より来るも動かなかった。

孤立、無縁の城となっていた。


「もう、三ケ月になります。兵糧も付きました」森之助
「待つ間に、周りは徳川の城ばかりじゃ」更科
「ぬう。もう待てぬな。皆を集めてくれ」岡部

その夜、最後の軍法会議が開かれた。

「殿、横田尹松ただまつ殿がおりませぬ」
「何? 軍官がおらぬと?」岡部 
「・・・それとこれが見つかりました。」
「これは、わしが御屋形様に援軍の依頼を出した文ではないか?」岡部
「・・・謀られたか」

「皆のもの今まで良く戦ってくれた。礼を申す」岡部
「殿、何を申されますか」城内にすすり泣きの声が響いた.
「援軍は来ぬ。もうしまいじゃ」岡部
「森之助殿、策を伝えてくれ」
 森之助が皆の前に出た。

「隊を二つに分ける。4百と3百。4百は討って出る。その間に3百はこの城から出て甲府へ向かえ」
 森之助が一人ずつ、どちらの隊に入るか名を挙げた。
若者と百姓の出の者と主に3百の脱出部隊に選ばれた。

「3百の隊の大将は更科。お主じゃ」森之助
「何と? では森之助殿は?」
「岡部殿と4百で殿しんがりを務める。」
「なりませぬ。大将が殿を務めるなど、立場が逆でございます」更科
「大将は更科お主だと申したであろう」

「・・更科。知っておろう、わしの心の蔵が夜な夜な痛む事を。わしもそう永くない」
「それは・・・」
「わしはよわい、六十を過ぎた。よう生きた。楽しかったのう」
「森之助。死ぬときは一緒じゃ。わしも一緒に殿を務める」孝之進
「そうじゃ。一緒じゃ」圭二郎
「ならぬ。お主らは百姓じゃ。お主らはまだやる事がある」
「やる事?」直次郎
「そうじゃ。甲府の土地は、まだまだ荒れておる。直次郎は韮崎の土地の特徴をよく知っておる。そして佐久での孝之進、圭二郎の作物を作る知恵を出し、肥えた土地にすることじゃ。皆が腹いっぱい食べられる土地にすることじゃ」
「戦うは、武士のわしらの役目じゃ」晴介が答えた。
「お結殿、お琴殿、更科をお頼み申す。」
「森之助殿」お結、お琴が泣いた。

「更科。わしの最後の下知じゃ。この若者たち3百と女子、子供の命、無事に甲府へ届けよ」

「森之助殿」更科が泣いた。

「そして、刀を捨てよ。もう武田はおしまいじゃ」

 多くの武田家臣が徳川の調略により武田から寝返りを始めていた。


今生の別れが近づいていた。

「さらばじゃ」森之助

「いくぞ」晴介の合図で殿部隊が動いた。

「おおー」

4百の部隊が一斉に城外へ飛び出した。城の周りは徳川の兵で埋め尽くされていた。

その殿部隊が戦っている脇を脱出部隊が、一気に駆け抜けた。

「走れ、真っすぐに駆け抜けろ」更科
その脱出部隊に切りかかってくる徳川兵たちを、更科、結、琴が走りながら斬る。孝之進、圭二郎、直次郎がなぎ倒す。

城内は森之助と晴介だけになった。
「さて、我らも行くか。森之助」晴介
晴介が討って出ようとした時、森之助が晴介の背中をつかみ、城内へ押し戻した。そして城門を閉じた。
「森之助、何をする。開けろ」
「晴介。時を置いて後から更科達を追いかけてくれ。後攻め部隊を退けてくれ。」
森之助が城門の外から言った.
「たわけ。わし一人で何が出来るというのじゃ」

「昔から、お主の得意な戦法があるであろう。お主しか出来ぬ事が」

「更科を頼んだぞ」

「森之助? 森之助―」 晴介の声が城内にこだました。


こうして、高天神城は時に 天文9年 徳川によって落ちた。
死者数700とも1000とも伝わる、戦国の戦の中でも壮絶な戦いであったと記録されている。

しかし、そこから多くの兵士達を守り抜き、甲府まで無事逃げ帰った更科の功績は記録されてはいない。

横田甚五郎尹松が、一人、城から抜け出し、逃げ帰り、勝頼に報告したと記録されている。

                             第二十二章 完  



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

処理中です...