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第三部 更科橋 ~涙の森~
最終話 更科橋
しおりを挟む「・・・」尹松
尹松の顔が歪み始めた。涙を流した。
更科達は、様子がおかしいと気付き始めた。
尹松と付添の家臣が勢いよく土下座をした。
「・・・・」更科
「あれを」尹松が家臣に言った。
家臣が短刀を懐から出した。
すぐ様、孝之進、圭二郎が反応したが、
更科が片手を出しそれを制した。
尹松がその短刀を受取り、両手で手の平の上に乗せ、その短刀を更科に差し出した。
「こ、これは」
更科が直ぐに気が付いた。
「も、森之助殿の短刀ではないか?」更科
「何? 森之助の?」孝之進
尹松が泣きながら話を始めた。
「申し訳ござらぬ。勝頼殿が降伏を拒んだ故、我が保身の為、徳川に内通し、援軍を絶ち、皆の目を盗んで城をこの者と城を抜け出しました。徳川方に城の新しく作った抜け道を教えました。夜、その抜け道教える際に城に近づいたところ森之助殿が打って出てまいられました。戦いが始まってあっという間に我らの部隊は切り捨てられましたが、我ら二人に気付から、我らを見逃して下さりました。
(回想)
高天神城にて
「尹松殿。この乱世、ご自分の思う様に生きられれば良い。但し、祖父の高松殿、父の清松殿のように、誇り高き武士として生きられよ。横田の名を受け継がれてまいられよ。」
「そう言って頂けました。そして徳川の兵に向かっていかれました。 我ら二人、戦いすむまで、隠れておりました。 戦いが終わって、森之助殿を探しました。そしてこの短刀をお取りしました」
「して、森之助殿は・・・」
無事であったか?と言いだしそうになって更科は言葉をかんだ。・・倒れているところから抜いたのだ、そんな事はわかっている。
ただ、わずかな望み、いつか帰ってくるのではないか? そんな望みが消えた瞬間でもあった。
その短刀を更科も両手で受け取った。
森之助の形見として。
森之助はもういないのだと、ようやく自分自身に言い聞かせる事が出来た。
毎日、夕方になると一人で塩川に架かる橋を見に行った。この橋を渡っていつか帰ってくるのではないかと。
「そして、もう一つこれを」
家臣が、櫛を差し出した。
「これは、母上様の櫛ではないか」お結
「おまつ殿の? 」圭二郎
「そうじゃ。母上様のじゃ。父上様からもらった櫛じゃ」お琴
「そうじゃ。間違いない。」更科
「髙天神城の片づけをして、見つけました。お結殿が大切にされておった物と思い、皆様方が、城から逃げ延びたと知り、残党狩りに名乗りをあげた次第です。
他の残党狩りより、先に皆様方をお見付けしたく、必死に探しておりました。
「手柄欲しさでは、無かったのか」直次郎
「森之助殿に助けて頂いたこの命、何としても、その恩に報いたく、お渡したく。・・決してこれで許されるとは思っておりませんが」
「ただ、残党狩りは一度探したところへは、二度とまいりませぬ故、この先は安心してくらされよ」尹松
「な、なんと」晴介
「おお」孝之進
「この首を持っていかんで良いのか?」
「お主たちの、首が危なくならぬか?」更科
「・・・森之助殿と同様、ご自分の命よりも、まだ、我らのご心配を下さいますか?」
尹松は涙が溢れ出た。
「我は、卑怯者でござる。嘘も得意で御座る故、見つかりませなんだと、上手に言うて置きます故、ご心配ご無用でござる」 涙を腕で葺いた。
「では、これにてご免」尹松がそう言って立ち上がって、振り向き障子をあけようとした時
「待たれよ、尹松殿」更科
尹松が振り向いた。まだ涙が流れていた。
「尹松殿は、決して卑怯者ではございません。ご自分を責めるのは御止め下さい」
「拙者が、卑怯者では無いと?」
「左様で御座います。今、こうして我らと村人三百人の命をお救い頂きました。もしこの事が知れたら、ご自分の命が危ない事を承知で。・・・あの戦いは既に勝敗が決まっておりました。尹松殿が、あの時、寝返って下さらなければ、我らの命も今日を持って無かったことでしょう。こうして、恩を忘れず、こうして形見を届けて下さり、弱き者達をお助け下さいました。誇り高き横田の名を引く立派な武士で御座いまする」
「おお・・・有りがたきお言葉。拙者が、皆様方を助けたと言って下さるのか?」尹松が嗚咽した。
家臣も涙をながした。
「いや、違いまする。皆を助けたのは、更科殿や皆様の覚悟と森之助殿でござる」
「これにて・・」 障子を開けた。
目の前には、くわや百姓道具を抱えた村人達が、屋敷を囲んでいた。その目を殺気だっていた。他の場所を探しに行った家臣達もつかまっていた。
「横田殿、こやつら怪しいですよ・・」捕まっている家臣が怯えながら言った。
孝之進が手を挙げ、横に振った。
良い。下がれとの合図だ。
更科が片膝をついた。お結達も片膝をついた。
村人達も道具をおき、皆、片膝をつき、道を開けた。
「命をお救い頂いたのは、我らの方で御座るな。」尹松が言った。
「この村には、残党はおらぬ。次の村に行くぞ。」
「はっ」
残党狩りの一行が村を離れていった。
更科が両膝を付きながら森之助の短刀を両手でつかんだ。
そして、短刀に頭を付け、泣いた。
「森之助殿。死して尚、我らをお守り下さるのか? 何というお方様でおられますか?・・・あの、立岩での誓いは戯言では無かったのですね」
「立岩の?」お結
「そうじゃ。わしも覚えておる。死しても、皆を守ってみせると言うておった」孝之進
「そうだったの」圭二郎
「森之助らしいの」孝之進
「いや、森之助殿にしか出来ん事じゃ」お琴
「愛する者を守り抜く。森之助の「気」がなせる術よのう」晴介
「・・あいきもりのすけ・・」更科
「あいき ・・愛の気か?良い名じゃな」直次郎
「相木の名は残せなんだな・・」更科
「頼房殿、善量殿はうまく逃げ延びたと聞く」孝之進
※森之助の兄と弟である。
「それではいつかまた、相木村に戻れるやも知れぬな」お結
「いつになるかの」お琴
「だが、村が残っておる。」孝之進
「そうじゃ。村人達が残っておる。相木の名は永遠じゃ」圭二郎
それから、数年、更科は村に寺子屋を作り、子供達に教育をし、晩年を過ごしたと伝わる。
そして愛する仲間と村人達に見守られながら、老衰の為60数年のその波乱の生涯を閉じた。
完
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