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城へ 第三話

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あの再会から一月が経とうとしていた。
クレイは1日おきに孤児院に通い、少しずつ院の子供達とも仲良くなった。

毎回、新鮮な野菜を差し入れしてくれた。癖にならないよう、それが当たり前になって無くなった時に困らないよう嗜好品ではなくありふれたものを選んでくれるクレイに、リリーも両親も好感を抱いた。

メイドも何人か一緒に来るようになり、そのうちの1人とアイクが親しくなったことだけが、リリーの気がかりだった。

茶色い髪に、茶色い瞳、名前はエリンと言うらしい。エリンは初めて会った時からリリーに良くしてくれた。そのうち、年が近いこともあり、一緒にお茶を用意したり、掃除をしたり。エリンだけで孤児院を訪ねてきてくれることもあった。

茶色い土が剥き出しの庭、という名の運動場の片隅にあるベンチで2人は座ってよく話していた。
子どもたちもそこへ集まって楽しそうにしているのをみて、リリーは淋しく感じてしまった。
少し離れた場所で洗濯物を干しているリリーはその景色を見て、自分の居場所なのに、と感じてしまった。

「僕の聖女、どうしたんだい?」

「あ、レイ様。なんだか私って…薄いなと思ってしまって。私の代わりなんていくらでもいるんだなって」

持っていたシーツを竿にかけて、恥ずかしさを払うようにシワのよったエプロンをパッと払う。
いつもはすぐに返事が来るのに、沈黙が返ってきたことに不思議に思い、リリーはクレイの顔を見る。
いつもの笑顔ではなく、真剣な顔で見つめられている事に心臓がドキンと跳ねる。



「君の代わりなんていないよ。僕の聖女は君だけだ」

「あ…」




「きゃあああああああ!!」

シンと静まり返っていた2人の世界に悲鳴が響く。
慌てて目をやると、小型の魔物が運動場に現れていた。

「そ…そんな!!今までここまで来たことなんてなかったのに!!みんな逃げて!!」

何も考えず、魔物とアイク、子供達、の間まで走り出す。かけだしたリリーに気が付き、

「だめだ!リリー!来るな!」

アイクが叫び、風魔法を発動させる。だが、その声はリリーには届かず、アイクが竜巻で自分達を包んだと同時にリリーだけが飛び出し、魔物と向かい合うことになった。


魔物は無言でこちらを睨みつけているように感じる。口からは涎が滴り、その床はどす黒く変色している。

『グアァァ!!』

たまらず叫んだ魔物はリリー目掛けて飛んできた。
咄嗟に両手を突き出し魔物を防ごうとするが、足が震えてその場に尻餅をついてしまう。

『喰われる!!』

ぎゅっと目を瞑り衝撃に備える…


がいつまで経っても痛みも衝撃も感じない。感じたのは暖かさだった。
恐る恐る目を開けてみると、クレイがリリーを庇って覆い被さっていた。

その前には魔導士のシルが立っていて魔物は氷漬けになってその場に、落ちていた。

「れ…レイ様!!王太子様!!!」

リリーの叫び声に、シルが振り返る。竜巻も消え中からアイク、エリン、子供達がでてくる。

「きゃああ!!クレイ様!!!」

メイドのエリンが駆け寄りクレイを揺する。しかし目を開かず、力無く揺れているだけだった。

「リリー!力もないのに何故出てきたんだ!」

「みんなをまもり…たくて…」

「お前が来なければ、俺がみんなを守れてた!魔導士様がいたんだから任せればよかったんだ!」

顔を真っ赤にしてアイクがリリーに詰め寄る。

「自分は何でもできると思ってんのか?!いつもそうだよな、自分が主役だと思ってるんだろ!」

「そんな事より早くクレイ様をお城へ!」

怒りが収まらないアイクをエリンが抑え、シルに指示を出す。

「リリー様、どうかクレイ様について行ってくださいますか?その間、私がここに残ってリリー様の代わりをします。」

涙目のエリンはリリーを見つめる。その瞳にリリーを攻めるような色は浮かんでおらず、ただ、心配する色が浮かんでいた。

「レイ様、レイ様。目を開けてください」

リリーはクレイの頬に手を当てて呼びかけるが反応はない。シルが近くに来た気配を感じた途端、リリーの目の前景色が揺れ、運動場の土から、真っ白な輝く床へと変わった。

「レイ様、お城につきました。もう大丈夫です!」

リリーはぎゅっとクレイの手を握る。暖かさを感じられることに安堵したのか、リリーの紫の瞳から涙が溢れた。その涙からあたたかな光が発せられる。

「僕の聖女、何故泣いているの?」



「あぁ!!!レイ様良かった」

「僕はまた、君に助けられたんだね」

弱々しく微笑んだクレイはリリーの頬を伝う涙を指で拭う。

「殿下!!どうしましたか!!」

クレイが目を覚ました瞬間に奥からたくさんの騎士たちと立派な髭を携えた初老の男性が慌てて出てきた。

「魔物に襲われてね、シルとこの聖女が助けてくれたんだ。もてなしてくれ。」

そう言い残して、クレイは再び目を閉じてしまった。騎士の1人はリリーの膝下からクレイを抱き上げ、「シルに従ってください」と言い残し去って行った。

『リリー、こちらへ』

音はしないはずなのに、声が聞こえた。ばっと顔を上げると、暗闇のような真っ黒な髪から除く、黄昏色の瞳と目が合った。

ズキンと心臓が音を立てる。

『ここは、冷えるから、こちらへ』

リリーは直接、頭に話しかけられているようなそんな感覚を覚えた。

「あの…魔導士様…先程は助けてくださってありがとうございました」

『シルビアと。喚んでください。』

「シルビア…様?」

すっと出された手を借りてリリーは立ち上がる。その手の冷たさに驚いて、孤児院の子どもの手を温めるようについ、両手でシルビアの手を包んでしまう。

『男ですからね。お気をつけを』

「?はい。あ!ごめんなさい。手を握ってしまって…」


自分よりも20センチは背が高いシルビアを見上げるとさきほど見えた黄昏色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめていた。そのまま手を引かれ客間へと連れていかれる。
今まで触ったことのないほどの弾力のソファに腰をかけると、その前にシルビアが腰をかけ話しかける。

『魔物の前に飛び出すなんて、どうかしたますよ』

ちくりと言葉の棘を刺され、リリーは肩をこわばらせる。
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