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本編
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しおりを挟む「リンド様……? 」
力なく項垂れたままのリンドに、返事を促すようにカリーナは声をかけた。
「それがカリーナの答え……なんだな? 」
ようやく掠れた声で途切れ途切れに答えるリンド。
まさかここまではっきりと断られるとは思っていなかったのだろう。
僅かな望みを手に王城までやってきたリンドの願望は打ち砕かれてしまった。
「はい……私はアレックス様と生涯を共にします」
「今、俺がもしお前を無理矢理自分の物にしたらどうする? 」
王家に嫁ぐためには純潔が求められるというのは周知の通りだ。
今ここでリンドに無理矢理想いを遂げられてしまったら、カリーナはアレックスの妻となる事はできない。
リンドは貫くような鋭い視線をカリーナに向けた。
しかしカリーナは怯まなかった。
逆にリンドの目を真っ直ぐ見据えてこう言った。
「リンド様はそのようなことはなさらないお方だと思っています」
シークベルト公爵家でリンドの人柄を目にしてきたので、カリーナにはわかる。
リンドがカリーナを汚すような真似はしないと。
見た目では分かりづらいが、彼はそのような事をする人ではないと、カリーナ自身が一番よくわかっていた。
「……っ……」
その瞬間、リンドが顔をくしゃりと歪めて涙を流した。
必死に泣くのを堪えているのか、口元に手をやり嗚咽を抑えている。
「俺は君無しで、どうやって生きていけば……」
リンドは叫ぶように告げた。
カリーナが生き甲斐であった。
ようやくそのことに気付いたというのに、全ては遅すぎたと言うことなのか。
自らの過ちが悔やまれる。
「……時が必ず解決してくれます。私がそうであったように」
「お前がいない人生など、生きる価値もない……」
「逃げないでくださいませ、リンド様。私もあなた様に拒絶された時、お手紙を頂いた時、いっそのこと死んでしまいたいとまで思いました。でも乗り越えました」
アレックス様が支えてくださったからではありますが……とカリーナはぽつりと付け加えた。
「私も苦しみました。今度はあなたが苦しむ番です」
「……っ……」
リンドはより一層表情を歪め、言葉も出ない様子だ。
「ですが。必ずいつか救われます。苦しみは終わります。その時まで耐えてくださいませ」
リンドは俯きしばらく放心状態で立ち尽くしていたが、やがて顔を上げた。
その顔は憔悴しきった様子で、かつてのシークベルト公爵の威厳はない。
「最後にもう一度だけ聞かせてくれ。カリーナ、お前は本当にもう二度と俺の元へは戻ってこないんだな……? 」
最後の悪あがきとでも言うのだろうか。
一筋の光を見出すようなリンドの姿に、カリーナの胸がチクリと痛む。
一度は本気で愛した愛しい人だ。
彼のためなら死ねるとさえ思っていた。
彼と共に歩む未来を想像していたというのに。
時はある意味残酷だ。
だがカリーナは、ここでしっかりとリンドを突き放さなければならないとわかっていた。
リンドもカリーナへの想いに決別する必要があるのだ。
カリーナがしっかりと突き放してあげなければ、リンドも先へ進むことができない。
「……はい。私がリンド様の元へ戻る日は二度と来ないと思ってください」
カリーナがそう告げると、リンドはぎこちなく笑った。
「そうか……。そこまではっきりと断られるとは思っていなかった。もう俺にチャンスはないのだな」
そう言ってゆっくり後ろを振り返り、ドアの方へと歩いていく。
「リンド様っ……」
カリーナがリンドを呼び止めると、リンドは振り返らず前を向いたまま、足を止めた。
「なんだ」
「今までありがとうございました。お元気で」
「……ふっ……アレックスと幸せにな」
自嘲気味に笑ってそう言うと、リンドはそのまま部屋を出て行った。
部屋に一人残されたルーシーは、ようやく初恋を手放すことができたと感じていた。
これまで心のどこかに常にリンドへの想い残しがあったような気がしていたが、今はそれもない。
それもこれも、アレックスへの想いに気付いたからなのだろうか。
カリーナは無性にアレックスに会いたくなった。
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