アヤカシ町雨月神社

藤宮舞美

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第三話 愉快でハイカラな神様

愉快でハイカラな神様 参

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月詠くつよさん。暫くぶりだね。会いたかったよ」

 香果さんは活気の溢れる笑みを浮かべた。
「けれど、今の私は香果。コ、ウ、カだよ。月詠さん」
 香果さんは頬を軽く膨らませる。
 少し機嫌を悪くした時のサインだ。

「分かった、分かったから。コーカ。コーカだろう。これからはちゃんとコーカと呼ぶさ」
 月詠と呼ばれた男性は「忘れなければな」と小さな声で呟いたのを私は聞き逃さなかった。香果さんはそれに気付かない様だったが。

「にゃあ」と藤華さんは眠たそうに目を開けた。
 そして猫の姿のまま「何だ、来たんですかい」と面倒くさそうに言うと、月詠さんから顔を逸らし丸くなってしまった。
 月詠さんは「愛想が無いぞフジカ」と大袈裟に落ち込んだ声色で言った。
 しかし、その表情は声とは裏腹に、慣れているのかさほど気にしている様子だ。

「ヤクモ、お近づきのしるしに握手でもするか」
 月詠さんは私に手を伸ばした。
 すらりと長く美しい指であった。
 その細い指は少し力を入れるだけで、簡単に折れてしまいそうだった。
 私は訳も判らずに、促されたまま握手をする。
 体温を感じはするが、ひやりとしていて冷たい。

「霧立八雲です。よ、宜しくお願いします」
「俺は月詠だ。こちらこそ宜しくし給えよ。何せよ俺は、人間と直接係わることはそう多く無い、慣れてないからな」

 人間と係わる事が少ないというなら、藤華さんの同様に妖怪なのだろうか。
 妖怪に逢っても驚かない自分が、一瞬だけでも怖くなっていないと言えば嘘になるだろう。
 慣れとは恐ろしいと深く感じた。

「香果さん、えっと、月詠さんは妖怪なの」
「否、彼は神様だよ」
「え、かみさま?」
「浮世だと、そうだね、彼は月読命と呼ばれているのだよ」
「つ、月読命ツクヨミノミコト

 ツクヨミノミコトといえば言わずと知られたビックネームだ。
 イザナギの禊祓みそぎはらえの時に生まれた三貴神の一人である。
 夜の世の守り神。
 日本人ならきっと一度は誰もが名前を聞いた事くらいはあるだろう。
 そんな神様が目の前で、握手をしようと言って私は、そのまま何も判らない状態で握手をしたのだ。
 それに、明治浪漫の書生風、という何とも近代的で、非常にカラフルな服を着ていると云うこともかなり衝撃的だった。

「ツクヨミってあの、イザナギの右目から生まれた、あの」
 私は無意識のうちに口から疑問が零れる。
「それ以外にツクヨミなんて変な名前はないだろう。俺はそのツクヨミだ。イザナギから生まれたな。崇めても良いのぞ」
「え。そんな神様がどうしてここに」

 私の頭の処理が追いつかない。
 寧ろ、脳が勝手に考える事を放棄している。
「どうしてって、そりゃカオ、じゃないコーカとフジカ、それからヤクモ。お前に会いに来ただけだ」
 何一つ不思議に思っていないのか、はっきりと答える。
「そして実際に俺は、一番会いたかったヤクモにこうして会えている。何かおかしい事でもあるのか」
 そう言うと、美しい三日月の眉を下げて、キョトンとした。

 あ、そうか。

 この人はこれが普通だと本気で思っている。
「あ、いや、そうではなくて、その、三貴神の様な神様が人間の僕なんかに」
 月詠さんは退屈したように小さく息を吐く。
「なんかじゃないぞ、ヤクモ。良いか。三貴神も人間も、それこそ神様だって唯の区別名。即ち所属名ってだけさ。俺はそこまでそんなものに拘り縛られたくないね」
 彼はつまらなそうに「人間はそんなツマラナイのもに拘っているから、そこから呪いや祝いが生まれてしまうんだ」と聞こえない程小さな声で呟いた。

 それからどこかツンとした表情で彼は答えた。
「俺が会いたいと思えば、例えそれが人間だろうと、動物だろうと、神様だろうと関係ないさ。会いに行って言葉を交わして、その者の性格やら考えやらを知りに行くだけだ」
 月詠さんは「それに、そっちの方が面白さや驚きがあって退屈しないからな」と得意げに笑う。

「ヤクモ、お前はどうなんだ。そういったものに固執するのか、それともしないのか」
「僕は……」
「なんてな。なに、今の人間には難しい問いだな。それに何百年、何千年と生きてきたとしても、この問いの答えに苦しむ者も居る」
 月詠さんは無邪気に笑って「俺はただただ、退屈しない日々になれば何だって良いんだけどな」と言った。

 そして私の目の前に近づいてきた。
「そうだヤクモ、俺に聞きたい事でもあるか。お前だけ質問攻めと言うのは哀れだしな。どんどん質問し給え。特別に赦すぞ」
 月詠さんは、背を真っ直ぐに伸ばし胸を張る。
 雪の様に真っ白で冷たい手が胸の前に置かれる。
 真珠の様に光る歯を見せて笑う彼は、子供の様でもあった。
 香果さんはやれやれと云った表情で月詠さんを見ている。
 私は先程から気になった事を素直に質問してみた。

「えっと、その、何でそんなに派手な書生服なんですか」
「嗚呼これか。これは俺の趣味だ」
「趣味?」
「嗚呼、古事記にも日本書紀にも俺の登場が少なく印象が薄くてな。だから派手でハイカラな服を着ていれば印象残るだろう」
「つまり」
「印象が強ければ、本や書物、文献に俺の名前が書かれる」
 舞台役者の様な大袈裟な仕草をして高らかに言った。

 そして小さな声で「そうすれば何かと俺も動き易いからな」と妖艶なウィンクをして言った。
 なんという自由人じゆうじん、いや、自由神じゆうじんなのだろうか。

 きっと後にも先にもこれ程までに自由な人に会うことはないだろう。

 私はそう確信した。
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