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序章・旅立ち編

第2話・帰らぬ父親

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「はぁ~~、良かったら知り合いに泊めてくれそうな女性がいるので、聞いてみましょうか?」

「ええ!いいんですか。助かります」

 わざとらしい。そんなキラキラと期待した目で見つめられたら、そう言うしかないでしょう。それに俺の家に泊めるよりは、ミリアの家に泊まってもらう方が、俺の被害も少なくて済むだろう。

 今の逆鱗状態の母さんと妹を前にして、今日知り合ったばかりの知らない女を泊めて欲しいなんて、口が裂けても言えない。俺にも守るべきプライドと命があるんだ。

「あくまでも聞くだけですよ。それにかなり性格が悪い女です。もしかすると、断るかもしれませんよ。あんまり期待しないでくださいね」

「そうですか…」

 まあ、ミリアが断った場合は、俺の家に泊まってもらうと言えば、ミリアはしぶしぶ承諾するのは分かっている。あいつはそういう女だ。

 だが、今はマズい。さっきミリアは怒らせたばかりだし、母さんはすでに怒りの臨界点は突破している頃だろう。あと1、2時間は警戒して家には帰らずにいないといけない。だとしたら、やる事は1つだった。

「せっかく、セルカ島に来たんですから、島の案内でもしましょうか?牧場に畑に、牧場に畑がありますよ」

(済まない島の皆んな。俺は正直者なんだ。嘘は付けなかった)

「…あっはは、とりあえず牧場をお願いします」

「じゃあ、島唯一の牛牧場を案内しますね。7頭しかいませんけど…」

「………」

 済まない島の皆んな。俺は正直者なんだ。嘘は付きたくないんだ。それに牛牧場以外に観光客を喜ばせる場所なんか、俺には思いつかなかった。ただ心配なのは、彼女の真っ白なワンピースが牛の糞で汚れないか、どうかだった。

 ❇︎

 2人で港から牛牧場に向かって歩いて行く。隣を歩く女性からは花のようないい匂いがする。はぁ~、ミリアもこのぐらいの美人だったらいいのに。

「あっ!そういえば自己紹介もまだでしたね。俺、いえ、私はルインです。ルイン・バンクスです」

「ふっふ、無理しなくて俺でもいいですよ。さっきも港で釣りをしている時も、そう言っていましたし」

「えっ⁉︎」

(やっぱり独り言を聞かれていた!いや、聞いていたのか。動揺するな、俺。動揺するんじゃない!)

「あれはちょっとした決意表明というか、練習をしていたんです。練習です‼︎」

「何の練習ですか?確か……お父さんを探すとか、冒険者になるとか言ってましたけど」

 船を降りてから、ほぼ一直線に俺の所に来たのかよ。発見した第1島民は釣りをしながら独り言を言うヤバい若者かよ。セルカ島のイメージ最悪だよ。

「あっははははは…ふぅ~、実は島を出て、行方不明の父さんを探そうと思っているんです。それで冒険者になろうと思っていたところに、お姉さんがやって来たという訳です。いつも独り言を言っている訳じゃありませんよ」

 本当です。たまにしか言いません。釣りしながら言う『今日は釣れねぇなぁ』とほぼ一緒です。

「そうだったんですね。でも、冒険者は危険なお仕事ですよ。冒険者になって1年以内に死亡する人は全体の20%ぐらいはいるそうです。私だったら、もっと安全な仕事に就く事をオススメします」

 へぇ~、見かけによらず意外と冒険者の事に詳しいのかも。

「例えば?」

「ええっと、この島なら漁師とか農家とかが良いんじゃないですか」

 ふっ。さすがは観光客、このセルカ島の実情が1つも分かっていない。まず、この島の住民の70%以上が漁師と農家を兼業している。そして、残りの30%が食料の加工と生活用品を生産している訳だ。俺も町で1つしかない鍛冶屋で、包丁や農業用のくわかま、漁業用のもりを研いだりしている。つまりは住民達の本音はこうだ。

『もう、漁師も農家もいらねぇ。他の仕事を探してくれぇ』

 この島に残った場合の俺の未来は、おそらくは現在、人手が足りない船大工として、船の修理と家の修理、そして、たまに鍛冶屋で働く事になるだろう。既に船大工の親方に猛烈な勧誘を受けている最中だった。

 今、承諾すれば丸太のように太った可愛い娘《ルビア》を嫁に貰えるらしいが、おそらくはこの条件を受け入れる住民は1人もいないだろう。せめて、ルビアが痩せて可愛くなってから出直して欲しいものだ。

「そうなんですか。小さな島の中でも生存競争は激しいんですね」

「まあ、そういう事です。一応は島の外に出て、父さんのように見聞を広めようと思っているんですよ。この牛達も父さんが島に連れて来たんですよ。最初はたったの2頭だったんですけど、今ではこの通りです。島の住民が毎日牛乳を飲むには、まだまだ足りないですけどね」

 モォー! モォー! 牛達が山積みの干し草を食べている。雑な飼育方法でも意外と繁殖してくれたので、助かっている。この牛達はお金がない時に売ってしまったので、今は父さんの牛ではないけど、そんな事はどうでもいい事だ。この牛を見ると父さんを思い出す事が出来る。

「立派なお父さんなんですね。見つかるといいですね」

「えぇ。そうですね」

 そろそろ、母さんも落ち着いた頃だろう。いつまでもウジウジと迷ってないで、はっきりと言わないとな。母さんやルルカが反対しようと俺は決めたんだ。島を出て父さんを探す。生きているのか、死んでいるのか、それだけでも知りたいんだ。そうしないと本当の意味で前に進む事は出来ないと思う。母さんも俺もルルカも…。

 ❇︎

 この島の人口はたったの260人。1人の人間がいなくなるだけでも、島全体に大きな影響が出てしまう。もちろん、それは大人の場合であって、子供の場合は比較的影響は少なくて済む。だからこそ、出て行くなら今しかない。

小母おばさん、ミリアいますか?ちょっとお願いしたい事があるんですけど」

「あら、ルーくん…後ろの女性は誰かしら?」

(まさか、遠距離恋愛中の彼女とか!)

 小母さん、何で急に不機嫌な顔になるんですか。やましい事は何もしていませんよ。

「ええっと、この人は」

 そういえば名前をまだ教えてもらっていなかった。一度聞いたけど、父さんと冒険者の話になったんだよな。

「こんばんは。突然すみません。私はクローリカと言います。観光で来たんですけど、泊まる場所が見つからずに困っていた時に、ルインさんに出会って、泊まれるお家を紹介してもらっていた所なんです」

「あらあら、そういう事。だったらウチに泊まりなさいよ。お金なんていいから、遠慮しなくていいのよ」

(島には若い男が少ないんだから、とりあえずミリアの為にルーくんはキープしておかないとね)

「本当ですか!助かります。でも、タダで泊めてもらうのは心苦しいので、少ないですが…」

「まあ、こんなに⁉︎」

(銀貨8枚8000ゴールドも!お金持ちのお嬢様かしら?)

 小母さん、何枚かの硬貨を受け取っているようだけど、銀貨?ちょっと貰い過ぎなんじょないのか。

 まあ、勝手に話が進むのは楽でいいけど、俺はもう帰っていいのだろうか?このクローリカさんに、もう少し島の外の話を聞きたかったんだけど、俺もそろそろ家に帰らないとヤバいよな。

「小母さん、そういう事だからよろしくお願いします。俺もそろそろ帰らないと母さんに怒られるんで」

「あぁ!ちょっと待ちなさい!芋の煮っ転がしがあるから持って行きなさい。ほら」

「小母さん、いつもありがとうございます。母さんも妹も喜びますよ」

 俺は喜ばない。島の料理はとにかく飽きた。特に小母さんの芋の煮っ転がしは週に2回は食べている。さすがに飽きた。家に行くと必ず持たされるから、小母さんはこれしか作れないかと思ったぐらいだ。小父さんとミリアには同情するよ。

「ルインさん。ありがとうございます」

 島の外の人は皆んな、こんなに礼儀正しいのだろうか?だったら俺には結構キツいかもしれないな。礼儀作法なんてこの島では習わないしな。

「お礼を言いたいのは俺の方です。クローリカさんのお陰で決心がつきました。帰ったら母さんに話してみます。きっと反対されるでしょうけどね。それじゃ、また明日」

「えぇ、また明日。それとおやすみなさい」

 本当に優しくて綺麗な女性だな。明日、一緒の船で島を出られたら楽しそうだけど、観光だからな。2、3日ぐらいはいるかもしれない。仕方がないけど、俺の目的は冒険者になって父さんを探す事なんだ。遊びで島を出たい訳じゃない。

 母さんも分かってくれる。一番父さんに会いたいの母さんなんだから…。

 ❇︎

 

 

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