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序章・旅立ち編

第4話・石像の町

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「んんっ…」

 ルインは目を覚ますと頭が痛く怠いようです。原因に心当たりもないのに自分の身体が酷く疲れている事が不思議でした。昨日はそんなに働いていません。こんな事は初めての経験です。

「うっ!何だよ、この臭いは⁉︎」

 ツーン!と部屋の中が物凄く生臭いです。動物の死体でも部屋に投げ込まれた感じです。島を勝手に出ようとするルインに対して、母親と妹が嫌がらせにこんな事をするとは思えませんが、とにかく窓を開けて換気しないと気分が悪くなります。

 ベタッ! ビクッ! ベッドから起き上がろうとすると、手の平に冷たく嫌な感触が走りました。ベッドのシーツに血がベットリと付いていました。気づくと自分の服にも身体にも黒く変色した血がこびり付いていました。

(何だこれ!怪我はしていないし、痛くもない。自分の血じゃない。だとしたら………ハッ!)

「母さん!ルルカ!」

 何かに気が付いたのか、ルインは急いでベッドから飛び起きると自分の部屋から飛び出て、妹の部屋の扉を開けて飛び込みました。そこには妹にソックリな石像が、ベッドの上に寝ていました。

「ルルカ⁉︎ルルカなのか?」

 布団を捲り、等身大のルルカの石像を調べます。島の住民でこんな綺麗な石像を作れる人物には心当たりはありません。そもそも石像を作っても、この島では誰も買いません。本当にたまに来る観光客も重い石像なんか買おうとは思わないでしょう。

(悪戯?いや、それにしてはお金がかかっているし、モンスター!だったら、石化ガスを吐くという《コカトリス大型鳥類》かもしれない。でも、その場合はこの血が何なのか分からない…)

「…母さん?母さんは何処だ?」

 この時間ならいつもは起きて仕事に出掛けているはずです。部屋の中を見ましたがいませんでした。それに今日の島は何だか静か過ぎるように感じがします。

「嘘だろ⁈何で母さんの石像があるんだよ!」

 ルインの母親は台所のテーブルにいました。右肘をテーブルに乗せて、右手で頬っぺたを触っています。何か考え事をする時に母親が無意識によくやる仕草でした。

「母さん…」

 母さんの石像を触る。冷たくて硬い。常識的に考えて、これは母さんではない。でも、ルルカもそうだったが、顔の表情から服のシワまで本物にしか見えなかった。

「すぅーはぁー………よし!まずは外に出て町を調べよう。もしかしたら、悪質な悪戯かもしれない」

 深呼吸して、気分を落ち着かせる。こんな時こそ冷静に対応しないと駄目だ。冒険者になるのなら、緊急事態にもパニックにならずに落ち着いて行動しないといけない。

 まずは部屋に戻って、バックの中からアイアンダガー鉄の短剣を取りに行こう。鍛冶屋のアルバイト時間に作った自信作だ。この島で不必要な武器なんて誰も作らないから、自分で作るしかなかった。市販の武器に比べれたら、明らかに切れ味も見た目も悪いなまくら武器かもしれないが、無いよりはマシだろう。

 玄関、窓、何処から外に出るか考える。その前にこの血だらけの服を着替えた方がいいかもしれない。モンスターに限らず、動物は臭いに敏感だ。ましてや血の臭いにはさらに過敏に反応するだろう。

 自分の部屋に戻るとバッグの中から着替えの服を取り出して着替えた。まさか、早速着る事になるとは思わなかった。出来れば新品の服は汚したくはないが、ここは仕方ないだろう。これなら、匂いもほとんどしないはずだ。

(出るなら、窓からにしよう。ルルカの部屋よりは母さんの部屋の方がいいかもな)

 一応は戦闘になる事を考えないといけない。ルルカに似た石像を持ち上げようとしたが、重過ぎて出来なかった。万が一の事を考えると石像は絶対に壊すべきではない。誰もいない部屋から出た方が安心できる。

 ガァチャ!

 静かに窓を開けようとしたのに、音を立ててしまった。普段なら気にならないような小さな音でも、今の島は静か過ぎて聞こえてしまったかもしれない。

 まさか⁉︎昨日、俺がモンスターが出て欲しいと思った所為か?いや、そんな事はないな。それなら、とっくの昔に出ているはずだし…いつもと違う事…。

「あっ⁉︎」

 いや、まさか……クローリカさんが原因なんてありえないか。でも…いや、考えるよりもミリアの家に行けば分かるはずだ。ついでにミリアの無事も確認すればいい。よし、行くぞ。

 建物から隠れて通りを見る。何人かの住民が石化しているのが分かった。

 驚いたり、逃げたりしている人がいない。まるで一瞬で石化されたようだ。だとしたら、大型モンスターのコカトリスよりも、小型モンスターになるけど…。

 まあ《バジリスク小型ヘビ》なら定期船の中に2~3匹は潜り込めそうだけど、その場合は船員に被害者が出ているはずだから、その可能性は低い。それに母さんとルルカは家の中で石化していた。モンスターが玄関の扉を開けて侵入するか、窓を壊さずに侵入出来るだろうか?それはあまりにも不自然だ。だとしたら、やっぱり知能を持った誰か………。

 ミリアの家の前までやって来た。家の中から物音は聞こえない。玄関の扉はいつもなら鍵がかかっているけど…。

 ガァチャ! キィィィ!

(くっ!何で開くんだよ!)

 右手にアイアンダガーを持ち替えて、左手で玄関の扉をゆっくりと開ける。誰もいない。誰も見えない。

 まずはミリアの部屋を確認する。これで悪戯だったら最悪過ぎる。島民全員で俺を騙して何がしたいのか、さっぱり分からない。島を出ようとした俺への罰だとしたら、やり過ぎだろう。

 ガァチャ! キィィィ!

「あっ!」

 でも、俺の期待した展開ではなかった。部屋の中でミリアの石像が机の椅子に座っていた。

 机の上には料理の本が置かれている。昨日の定期船で届いた本だろう。ミリアは島から出ようとは思わなかったけど、読書は好きだった。本の中には確かに島の外の世界があった。でも、俺は自分の目と耳と肌で世界を感じたいと思った。

(とりあえず、ミリアの小父さんと小母さん、クローリカさんを探してみよう。家の中に居ればいいけど…)

 2人はすぐに見つかった。小父さんはベッドに寝ていて、小母さんは入浴中だった。きっと、クローリカさんのお世話をしていて、入るのが遅くなったのだろう。あまり見たくはない場面だったが、これで悪戯の可能性はほぼ無くなった。そして、クローリカさんはミリアの家の何処にもいなかった。

 まだ確定じゃないけど、クローリカさんは確かに怪しい。でも、理由が分からない。島の人間を石像に変えて何の意味があるんだろう。それにそんな事が1人の人間に可能なのだろうか?

「…魔法使い。いや、魔女か」

 馬鹿馬鹿しい。美しい顔の女性が魔女なら、俺にとってはルルカも魔女になる。今やる事は犯人探しよりも、石化を解く事だ。島には無いけど、島の外には石化の治療薬がある。昨日の定期船がまだ港に停泊していればいいけど…。

 自宅に戻ると、バッグとお金を持って、港を目指した。敵の気配も、モンスターの気配もしない。上空ではいつも通りカモメが『ヴーヴー』っと鳴いていた。人間だけを石化させる魔法、もしくはモンスターか…。動物に効かないのなら、牛とか羊は無事なのかもしれないな。

「あっ⁉︎クローリカさん?」

 やっぱりというか、嫌な予想が当たってしまった。石化した住民達の衣服は、灰色の石に変わっていた。でも、遠くの桟橋に見える白いワンピースの女性は、間違いなく石化していない。

 運良く石化せずに助かったのかもしれない。俺はそう思うべきなのだろうか?喜ぶべきなのだろうか?どちらにしても不確定要素が多い。迂闊に近づくのは絶対にやめた方がいい。それが一般的な考えのはずだ。でも…。

 ❇︎

 

 


 

 

 



 

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