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序章・旅立ち編

第5話・旅立ち

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 ゆっくりと気配を消して、クローリカさんに近づく。もしかすると、別人という可能性もある。麦わら帽子から長い金髪が見える。昨日、会った彼女の印象はとにかく綺麗な女性だった。そして、敵意は感じなかった。ただ単にあれが演技だと、俺が思いたくないだけかもしれない。

「おはよう、ルイン君。よく眠れた?」

 ワンピースの背中の方は汚れていなかった。でも、振り返ったクローリカさんのワンピースの前の部分は、黒く変色した血がベッタリと付いていた。

「うっ!おはようございます。その服の血は何ですか?出来れば説明が欲しいんですが…」

「…これ?これはルイン君とその他の血だよ」

 おそらくはワンピースからは異臭がするだろう。でも、クローリカさんは気にしていないようだ。明らかに彼女は異常な人間と判断するべき状況だと思う。

 それでも、島から外に逃げる事は出来ない。彼女と戦えば勝てるのか?いや、そもそも服に血が付いているだけで、俺は怪我していないし、それにクローリカさんは石化の犯人じゃない可能性もある。今のところは被害者もいないし、ちょっとした悪ふざけで済む問題だ。

 もしかすると俺と同じで、彼女も起きたら服に血が付いていて、それで混乱しているだけかもしれない。その可能性も十分にある。もっと慎重に話を聞かないといけない。

「そうですか。でも、俺、怪我していませんよ。傷口もないのに、どうやって血が外に出るんですか?」

「へぇ~、分からないの?それとも、分からないフリをしているのかな?」

 質問を質問で返すのは何かやましい気持ちがある場合だと思うけど、彼女の場合は違う。俺を試しているのか?だとしたら…。

「起きた時の頭痛や身体の倦怠感は貧血の可能性があります。傷口がないのなら塞いだと考えるのが一般的です。もしも町の人を石化させた人物が魔法を使えるのなら、俺の身体から血を出してから回復魔法をかければ、外傷は消えてなくなります。違いますか?」

 10年間、馬鹿みたいに島の中でダラダラと暮らしていた訳じゃない。モンスターの知識や、魔法の知識は父さんの部屋の本棚に大量に入っていた。覚える時間は十分過ぎる程にあった。

「ほぼ正解かな。でも、モンスターに襲われていた君を私が助けて、手持ちの回復薬で治療したとも考えられない?今は記憶が混乱しているだけかもしれない。この服の血はルイン君とモンスターの血かもしれないよ。その可能性も私はあると思うんだけど…」

「えっ⁉︎それは…」

(ハッ!何をしているんだ、俺は。推理ゲームをしている場合じゃない。もっと普通に考えろ。ただ単に的確な質問をすればいいだけなんだ。それだけでいい)

「島の皆んなを石化させたのは、クローリカさんですか?」

 俺の質問を聞いた直後に彼女の口元がゆっくりと綻び始めて行く。次の瞬間には…。

「くぅふふふふ…大正解。私がルイン君以外の島の皆んなを、石化させた犯人よ。おめでとう」

「そうですか。証拠はありますか?」

 彼女は笑っているが、こっちは笑えない。そんな事をする理由が分からない。たとえ俺にも彼女と同じ力があったとしても、住民全員を石化させる意味が分からない。『寝息が煩かったから、石化した』と言われたら、多少は理解出来るかもしれないが、その程度の事で、こんな大規模な魔法を使うとは思えない。

 そもそも、クローリカさんが魔法を使った可能性も疑わしい。事実だけで判断するのなら、住民を石化させた誰かが島にいるという事だけ。彼女以外に昨日、島にやって来た人がいる場合もある。おかしな話だが、まずは証拠を見せてもらわないと彼女の話を信用できない。

「いいよ。《今眠れ。石の棺を抱く者よ。その墓標に名を刻み、復活の時を待て…》」

 ヴゥーン!

 詠唱が始まると、クローリカの周囲、上下左右前後、合わせて6個の円形の輝く魔法陣が出現した。

「…嘘だ」

 信じられない。信じたくはない。でも、右手に隠し持っているアイアンダガーを強く握る。彼女が犯人なのは理解出来た。理解は出来たが、この後どうするべきか。それを理解したくはなかった。

「《我は石を砕く者。我は石を磨く者。ミナラ・ライゼーション》」

 ブゥシューー!

 クローリカは空に向かって魔法を放ちました。右手から灰色の霧が上空に向かって勢いよく昇って行きます。飛んでいたカモメ達が霧に包み込まれると、一瞬で石化して次々と落下して来ます。

 ガァシャーン‼︎ ガァシャーン‼︎

「もういいです!やめてください!」

「そうですか?じゃあ、この辺にしておきますね」

 少なくとも10羽以上のカモメが砕けて死んだ。壊れたカモメ達を見ても、彼女の顔を見ても全く動揺も罪悪感もなさそうだ。壊し慣れているのか、殺し慣れているのかもしれない。
 
「お願いがあります。島の皆んなを元に戻してください。それだけでいいです。それだけで…」

「んんっ~、どうしようかな?」

 どう見ても悩んでいるフリにしか見えなかった。彼女にとって島の人間はただのストレス発散に使われただけなのかもしれない。

「お金ですか?物ですか?それとも人ですか?何が欲しいか言ってください。時間はかかるかもしれませんが、出来る限りの事はします」

 石化を解く方法は術者を殺すか、術者に解いてもらうか、それ以外だと治療薬を使うしかない。知っているのはこの3つだけ。一番確実な方法は術者に解いてもらうだろうけど、交渉出来るかは分からない。いざとなったら、この人を殺して、治療薬を買いに行くしかない…。でも、それは最終手段。出来れば話し合いで解決したい。

「君は最初から冷静だね。冷静に判断が出来るのは良い事だよ。特に緊急時にそれが出来る人はなかなかいない。欲しいものか…何でもいいんだよね?」

「はい」

 父さんの本に載っていた魔女は赤ん坊を欲しがっていたり、処女の生き血を欲しがっていたりしたけど、彼女の場合は力尽くで奪えば済む話だ。それは無い。だとしたら、何がある?

「島を出て冒険者になって欲しいの。出来る?」

 彼女の言っている意味が分からなかった。それなら、島の人間を石化させる必要はない。そんな事しなくても、今日、島を出るつもりだったからだ。それは昨日、彼女に話したから、彼女は知っているはずだった。

「昨日、島を出て冒険者になると話しましたよね?忘れたんですか」

「ふっふ。もちろん覚えているわ。でも、私専属の冒険者になって欲しいの。その為の力も、もう与えたのよ。私の力でルイン君は強くなったのよ。ふっふふ…」
 
(…人体改造。血の跡はそういう事か。脳味噌を弄って洗脳でもしたのか、心臓でも取り出して、逆らったら握り潰すとか、そんな所だろうな。まあ、本人に聞いた方が早いだろうな)

「分かりました。あなた専属の冒険者になります。私はどうすればいいんですか?」

 まずは大人しく言う事を聞いて島の外に出る。冒険者登録する時にギルドに相談すれば、何とか解決出来るかもしれない。

「ふっふ。本当に冷静だね。無駄な抵抗はせずに大人しく言う事を聞くフリが出来るんだ。でも、ルイン君の考えている事は全部筒抜けなんだよ。最初からね」

(思考を読む魔法?確かに存在するらしいけど、本当に頭の中が読めているのか実際には分からない。嘘の可能性もある。でも、彼女が嘘を吐く理由はない。だとしたら…)
 
「…もう嘘じゃないよ。脳味噌も弄ってないし、心臓の鼓動は聞こえるでしょう?さて、君に与えた力は代償魔法《デッド・オア・キル》。死んでも自動的に生き返る事が出来るし、代償を払えば簡単に強くなる事が出来る凄い魔法だよ」

「代償魔法《デッド・オア・キル》?」

(確かに魔法の効果だけなら凄いけど、代償魔法か。問題は何を代償にするか…)

「…命だよ。代償は人間の命。1回使えば、1人が死ぬ。ルイン君はもう1回使ったから、残りは258回。使い過ぎには注意しないとね」

「1回使った?」

(まさか⁈)

「そうだよ。もう島の人間が1人死んじゃったよ。まあ、そのお陰で君は生き返る事が出来たんだから感謝しないとね。まあ、誰が死ぬかはランダムだから、私にも分かんないんだけどね」

 島の人口は260人。俺と死んだ1人を引いた人数は258人。つまり残りは258回か。本当にこの人が言うような魔法があるのなら、確かめる方法はある。その場合は誰か1人が死ぬ事になる。それは絶対に駄目だ。

「そうだね。命は大切にしないと駄目だね。とりあえず、1週間以内にレベル10まで上げてもらおうかしら。クリア出来たら、次の指示を出してあげる。失敗した場合は全員殺す。分かりやすくていいでしょう。あぁ、それとこの島の人達は全員、私が預かるから安心して冒険に集中していいからね」

「人質ですか?」

「まさか!大切に預かるだけよ。壊れたら大変でしょう」

「信じていいんですね」

「もちろん。さあ、出発の時間よ。私が島の外の街まで送り届けてあげるわ。せいぜい死なないように頑張ってね」

(嘘だな)

 クローリカが呪文を唱え始めると、ルインの足元に魔法陣が浮かび上がります。

 ヴゥーン!

 転送魔法も使えるのだろう。それだけでクローリカが優秀な魔法使いだという事が分かる。

 ほうきに乗って空を飛ぶ魔女は本にも登場するが、別の場所に一瞬で移動する事が出来るのは高位の魔法使いだけだ。戦っても勝てる訳がない。今は逆らうだけ無駄だ。今は………。

 ❇︎

 
 


 
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